第18話【黒歴史】俺が持っていた1つの才能
「……ふふっ」
マットに倒れていたところに
不意に、小さな笑い声が降ってきた。
仰向けになった俺の視界に、みさきさんの顔が映り込む。
初めて会った時の「天使」でも、「トレーナー」でもない。
柔らかくて、どこかあどけない笑顔。
「あ、すみません。笑うつもりじゃなかったんですけど……八天さんって、本当に面白い方ですね」
「面白い、ですか? 」
俺は天井を見つめたまま、力なく自嘲の息を吐き出した。
「七転び八起き、なかなか上手くいかないもんですね」
ラノベの主人公のような、才能に目覚めて即覚醒……なんて都合のいい展開は、俺にはなかったらしい。
「……でも」
彼女は俺の横に、すとんと膝をついて座り込む。
彼女も汗をかいてるはずなのに、俺のそれとは全く違う清潔な香りが鼻腔をくすぐった。
「私は『転んでる』姿って、嫌いじゃないですよ。」
「え?」
「初めてジムに来た時も、すごかったですし」
「ぶふっ!? げほ、ごほっ!」
あまりにも唐突に黒歴史を掘り起こされ、俺は盛大にむせた。
「あれは本当に不可抗力というか、事故というか、尊厳の危機というか……!」
慌てて身体を起こそうとした瞬間。
「ふふっ。無理しないでください」
みさきさんの手が、軽く俺の肩を押さえた。
そのまま彼女は少し視線を落とし、ぽつりと呟く。
「……羨ましいな、って思ったんです」
「……何がです?」
「そうやって、取り繕わずに必死になれるところが」
便意との最終決戦を迎えていた、人生最悪の初対面。
そして今、床に転がっているこの惨状。
俺としては、どちらも必死だっただけなんだが……。
「私、いつも『ちゃんとしないと』って思うことが多くて。
弱さを見せたら駄目、いい子じゃないと駄目みたいな。
でもそれって、本当の自分なのかなって」
そう言うみさきさんは少し儚げに見えた。
(……いや。それ、めちゃくちゃ凄いことじゃないか?)
俺からすれば自堕落を重ねた結果の、この体たらく。
社長から「自己管理ができていない」と鉄槌を振り下ろされた身としては、自分を律しようとする彼女の姿勢は、とてつもなく凄い事だ。
「でも八天さんって、ちゃんと転ぶし、ちゃんともがくんですよね。そういう人の方が私は……」
彼女はいたずらっぽく目を細めた。
(えっ、まさか!?)
「……鍛えがいがあります」
(そっちかよ……!)
俺は心の中で全力のツッコミを入れた。
「お疲れ様でした。最後にストレッチして、今日は終わりにしましょうか」
「……うっす。お願いします」
いつも完璧だと思っていた彼女が、見せてくれた小さな弱音。
促されるままに体を伸ばしながら、俺はどきどきと鳴る鼓動をごまかすのに必死だった。




