第16話【降臨】鉄の剣を握りしめ「ベンチプレス」を習得せよ!
「BIG3っていうのは、トレーニングの中でも特にメジャーな3種目のことです」
みさきさんは、軽やかにストレッチをしながら説明を始めた。
俺もそれを見よう見まねで真似るが、悲しいかな、普段の運動不足がたたって、すでに体のあちこちから聞いたことのない音が聞こえてくる。
「ベンチプレス、スクワット、デッドリフト。この三種目で胸、背中、足――つまり人間の主要な筋肉の大部分をカバーできます」
みさきさんは続ける
「この“BIG3”の重量を伸ばすことが、効率よく筋肉を成長させる近道です。筋肉が増えれば基礎代謝も上がって、太りにくく、痩せやすい体になりますよ」
「三種目だけ、ですか。意外とシンプルですね」
「もちろんそれ以外のメニューも組み合わせます。だけど、BIG3はものすごく奥が深いんですよ。一生かけても極めきれないくらいに」
いたずらっぽくみさきさんが笑う。
なんだこの感じ――。
まるで、RPGの主人公が師匠から新たな技を伝授されている瞬間のような昂り。
「今日はその中でも、一番取り組みやすい《ベンチプレス》からやってみましょう」
「わかりました。でも、いきなり三闘神の一角に挑んでも大丈夫なんでしょうか……」
俺はゴクリと唾を飲み込む。
「挑むっていうか、仲良くなる感じで(笑)」
……なるほど。
最初は敵対するけれど、あとで共闘するタイプのライバルキャラか。
そしてみさきさんは、ラックに巨大な鉄の棒をセットした。
スリムな体なのに、その動作はしなやかで力強い。
バーベルを軽々と操る姿に、思わず息を呑んだ。
照明の下で、バーがキラリと輝く。
それはまるで、選ばれし勇者に授けられた伝説の剣のようだ。
「じゃあ、まずフォームから確認していきましょう。八天さん、ベンチに寝転んでください」
言われるままに仰向けになると、バーベルが思ったより近く、顔に落ちてきそうで少し怖い。
もし失敗して、この鉄の塊が顔面を直撃したら――。
そんなバッドエンドが一瞬、脳裏をよぎる。
「お、重そうですね……」
「これは20kgほどです。一般的な男性なら絶対大丈夫ですよ。万が一の時は補助に入りますから、安心して」
「ほ、ほんとに……?」
「目線をバーの真下に合わせてください。そのまましっかり握って……はい、そう」
手のひらに、ひんやりとした鉄の冷たさが伝わってくる。
呼吸を整え――ゆっくりと、バーを胸まで下ろし、押し上げる。
……ぐっ。
腕が、震える。
確かに持ち上がらない重さではない。だが、見た目以上の「質量」を感じた。
バーは上がったが、動きはぎこちなく、息もすぐに荒くなってしまう。
「ナイスです! ちゃんと動作できてますよ!」
「お、おお……」
胸の奥に、熱いものが広がる。
これが……これが筋トレ。
体はすでに悲鳴を上げ始めているのに、心はなぜか心地いい。
スポーツをやらなくなって久しいが、眠っていた細胞がひとつひとつ目を覚ましていくような感覚。
「いいですね。次は顎を引いて、息をしっかり吸って。今度は10回挙げることを目指しましょう!」
「10回……」
一瞬、躊躇した。
だが、ここで止めたら――せっかく灯った熱が消えてしまう気がした。
俺は深呼吸をして、鉄の棒を力強く握り直す。
「い、いち……に、さん、し……!」
みさきさんが優しく、それでいて確かなリズムでカウントを刻んでくれる。
その声が、不思議と俺の折れそうな背中を押し上げてくれた。
六回目。腕が武者震いのようにガクガクと震え出す。
七、八……酸素が足りない。
肩や腕はもちろん、背中にまで鋭い痛みを感じる。だが、止まらない。
「……九っ、じゅうっ!!」
「はい、OKです! お疲れ様でした!」
その瞬間、全身の力が一気に抜けた。
激しい呼吸。心臓の鼓動が耳の奥でドクドクと警鐘を鳴らしている。
「よ、よっしゃぁ……!」
声にはならなかったが、心の中で熱く拳を突き上げる。
その瞬間
――ベンチプレスのレベルが上がった。
Lv1 → Lv2
そんなシステムメッセージが流れた気がした。




