第14話【陰湿】午後の戦場、定時帰宅という勝利を掴め!
空腹の危機をなんとか乗り越えた俺は、午後の戦場に舞い戻った。
昼に飲んだプロテインの満腹感は想像以上。
飢えに悩まされるどころか、むしろ軽く胃が重いくらいだ。
いつも襲ってくる午後の強烈な睡魔も、今日は鳴りを潜めている。
「……プロテイン道、奥が深い」
だが確信した。
使いこなせれば、こいつはダイエットにおける強力なアーティファクトになる。
集中力が途切れないおかげで、気づけば今日のタスクは予定より早く片付いている。
「……よし。これは余裕で定時帰宅できそうだ」
掴みかけた、勝利の予感。
――その時だった。
「よォ……」
耳障りな声が、俺の背後から滑り込んでくる。
振り返るとそこには。
俺の “絶対許さないリスト” のトップページをぶち抜きで飾る男。
――京右介だ。
「晒し上げくらって定時帰りか? 余裕だな」
わざとらしいニヤつき顔。
言葉や仕草の一つ一つが、俺の神経を丁寧に逆撫でしてくる。
「……聞いたぜ? ダイエット始めたんだろ?」
なっ――!?
なぜコイツが知っている。
社内ゴシップギルドの情報網……恐るべし。
「……ああ」
俺はできるだけそっけなく返した。
だが次の瞬間、奴は本性を剥き出しにする。
「……今さら、ダイエット? ハッ、笑わせんなよ」
京右介は鼻で笑いながら、俺を見下ろした。
「何年も好き放題食ってきたヤツが、今さら変われるわけねぇだろ。
なぁ、色気づいちまったのか? 誰に見せるつもりだよ、その腹」
わざと周囲に聞こえるような声量。
その言葉は、鋭い棘となって俺の心に突き刺さる。
……くそッ。
……くそッ。
分かってる。俺がだらしなかったことくらい、自分が一番分かっている。
だが――変わろうとする「意思」まで、否定されてたまるか。
「健康診断の事もあるしな。京右介、お前も人のこと言えないんじゃないのか?」
トイレに敗走した昨日の経験を糧に、今回は受け流すような返答を試みる。
「俺のことはいいんだよ。それより――」
まだ挑発を続けようとする京右介。
ここまで粘着されると、いっそ俺に惚れているんじゃないかと疑いたくなるレベルだ。
悪いな京右介。
俺もいい歳だが、それでも“王道ルート”を諦めちゃいない。
だからBLの道に進む気は、これっぽっちもないんだよ。
その時――。
「京右介くん、何やってるの?」
木場課長の声が、鋭く割って入った。
その瞬間、京右介は態度を豹変させる。
さっきまでのニヤついた顔が、瞬時に営業スマイルに切り替わる。
「いえいえ、明日の仕事の打ち合わせをですね。
明日は忙しいですから、しっかり段取りを――」
……誰が信じるか、そんな白々しい言い訳。
京右介の執拗な挑発をなんとかやり過ごし、MPの消耗を最小限に抑えた俺は、そのまま帰路についた。
道中、スーパーへと滑り込む。
手に取ったのは、米中心の弁当と水。
そして、明日以降の“ごはんの相棒”になりそうなおかずも数点。
――正直、毎日完璧な弁当を作るなんて芸当、今の俺には無理だ。
だが全てを外食やコンビニへと委任すれば、家計はあっという間にレッドゾーンへ突入、即ゲームオーバーである。
そこで俺が導き出した折衷案は――《おにぎり作戦》。
おにぎりなら、炊いた米を握るだけ。
洗い物も工程も最小限。
《自炊スキル:Lv.1》の俺でも、なんとか発動可能だ。
アパートに戻り、着替えもそこそこにパソコンを開く。
検索バーに「プロテイン」と打ち込み
……俺は絶句した。
ホエイ!ソイ!エッグ!
(な、なんだこの種類の多さは……!)
ダイエット用? 増量用?
(減らすのか増やすのか、どっちだよ!?)
さらに圧巻なのは、フレーバーのラインナップ。
チョコやプレーンといった定番から、バナナ、ストロベリー、抹茶、ほうじ茶、ヨーグルト……。
果てはモンブランやショートケーキといった、スイーツ界の重鎮たちまでもが画面を埋め尽くしている。
「……プロテイン。奥が深すぎるだろ」
価格帯も、比較的安いものから高級品までピンキリ。
正直
いつ飲むべきか。
一日に何回が正解なのか。
どの種類がいいのか……。
わからないことだらけだ。
幸い、手元には入会特典でもらったサンプルがいくつかある。
当面の間は、これで凌ぐ事はできるだろう。
よし。明日、みさきさんにまとめて相談だ。
きっと彼女なら――。
俺にふさわしい“運命の一杯”を、導き出してくれるはずだ。
そしてその夜、俺は炊飯器のタイマーをセットし、布団へと潜り込んだ。




