第13話【飢餓】午前10時、封じられし魔獣が暴れ出す!?
タイムカードをスキャンし、パソコンを立ち上げる。
いつもと同じ朝のルーティーン。
だがダイエットを誓ったことで、日常が、少しだけ違う平行世界のように感じられる。
だがその小さな違和感は、思いもよらないところで具現化した。
……午前10時、異変発生。
腹が……減ってきた。
普段なら鳴ることのない俺の腹が、グゥゥと低く唸りをあげる。
これまで昼食を食べすぎて眠気と戦うのは日常茶飯事だったが、あれは“天使の子守唄”のようなもの。
今、俺を蝕んでいるのは――腹の中に封じられた魔獣が暴れ出すような、原初的な餓えだ。
水をがぶ飲みし、コーヒーで誤魔化し、椅子の上で姿勢を変えて気を紛らわせる。
だが11時を過ぎる頃には、書類よりも時計ばかりをチラチラと見てしまう。
――そして、ついに迎えた昼休み。
俺は椅子を蹴って立ち上がると、近くのコンビニへ駆け込んだ。
いつもなら迷わずパスタや菓子パンを手に取るところだが、今日の俺は違う。
「……幕の内弁当。カップラーメンじゃなくて……カップスープ。それと、水」
健康的チョイス。完璧だ。完璧なはずだった。
だが、ここで俺の中の“獣”が囁く。
《足りぬ……まだ足りぬ……!》
気づけば、ホットスナックのチキンを追加。
無意識のうちにデザートの棚に手が伸びかけたが、それだけはギリギリ俺の理性が食い止めた。
会計は1000円近く。
財布が、またひとつ柴三郎を失った瞬間だった。
デスクに戻り、まずは写真をパシャリ。
弁当と水、そしてチキン。
「これはタンパク質だからセーフ」という免罪符を胸に、正直に撮影する。
食前の儀式を終え、弁当を一心不乱に食らいつくすが、お腹は満たされたものの、いつものデザートが無いだけで物足りなさが残るのも事実。
そこで俺は、カバンに忍ばせた“試供品”を思い出した。
――プロテイン。
昨日、みさきさんから渡された禁断のアイテム。
せっかくだから飲んでみるか。
シェイカーに粉を入れ、水を注ぎ、シェイク。混ざったところで、一気に飲み干す。
ゴクゴクゴクゴク……。
「……」
「…………!」
「……うっ、うめぇぇぇええ!!」
どこからともなく現れた天使が、脳内でファンファーレを響かせる。
ただの粉末が、濃厚なチョコシェイクのような、ほろ苦いココアのような、完璧な「ご褒美ドリンク」へと昇華していた。
しかも腹にズシリと効く。
まさに俺の求めていた“満足感”がそこにあった。
みさきさんの言葉を疑うわけじゃなかったが、これならプロテインのスキルは間違いなく続けられそうだ。
洗ったシェイカーを片付けていると、不意に背後から声がした。
「あら、八天くん。それ……プロテイン?」
――木場課長。
「は、はい。一応、ジムにも通い始めまして……」
最初に背中を押してくれたのは彼女だ。隠す理由はない。
俺が正直に答えると、課長はふふっと微笑んだ。
「でもね。やるって決めて、ちゃんと行動したのは八天くん自身よ」
そう言って、彼女は片目をウインクしながら親指を立ててみせた。
「そういうところ……いいじゃない」
クールな燈子課長が見せるウインクに、不意を突かれ、心臓の鼓動が少しだけ高鳴った。
俺は慌てて背筋を伸ばし、シェイカーを握りしめたまま答えた。
「は、はいっ! 頑張ります!」
プロテイン。
それは怪しい粉でも、マッチョ専用の秘薬でもなかった。
甘くて旨くて、腹にもたまる。
俺にとっての“新たなる武器”だ。
《スキル:プロテイン Level 1 → Level 2》
脳内に、そんな音声が流れた気がした。
「……よし」
俺はきれいになったシェイカーを握りしめ、小さくガッツポーズを決めた。




