③
「原作の中では『月読の魔女』がどこにいるのか、はっきり書かれてはいなかった。ただ、魔物討伐のために王都を出発した主人公たちが、最初に魔物と対峙したのがドルンの町のはずれだったんだ。魔物はなんとか倒すことができたが、戦いの途中で同行していた騎士団員たちとはぐれてしまって、見知らぬ森の中を彷徨っているときに魔女と出会うんだよ」
「では、魔女のいる森はドルンの町周辺、ということですか?」
「恐らくな。俺は原作の記憶を頼りに、魔女が隠れ住んでいそうな森の特定に全力を挙げる。お前には、各地に残っている魔女についての伝承や言い伝えを片っ端から調べてほしいんだ」
「なるほど。伝承や言い伝えの中に、魔女の居場所を特定する手がかりが隠されているのでは、と?」
「頼めるか?」
「愚問ですね」
それから俺たちは、月読の魔女が隠れ住んでいる森はどこなのか、密かに探し始めた。
その合間を縫って、俺はリーチェに会うために足繁くウィタリス公爵邸を訪問した。まあ、可愛い婚約者に会いたくて、というのが本音ではあったが、俺が今やろうとしていることは物語の筋書きを変え、原作を改変しようとする無謀な行為だ。いわゆる『物語の強制力』とやらが、いつ牙を剥いてリーチェに襲いかかるかわからない。
だからリーチェの無事を確認したくて、毎日のように公爵邸へと向かった。本当は王宮に連れ帰りたかったけど、無理だった。当たり前か。
ただ、婚約して一か月ほど経った頃、リーチェが原因不明の熱病にかかって何日も意識不明の状態が続き、生死の境を彷徨っている、と聞いたときには戦慄した。本当に、肝が冷えた。
ようやく熱が下がって意識を取り戻したと聞いた翌日、俺は居ても立っても居られなくなって、すぐさま公爵邸に駆け込んだ。
久しぶりに会えたリーチェは心なしか少しやつれていて、俺は不甲斐なくもその場に頽れてしまった。思わず泣きそうになった。無事でよかったと心から思ったし、リーチェを失うなんて考えられないと思った。
そのとき俺は悟ったのだ。
リーチェが死ねば、俺も死ぬ。
だからますます、魔女探しに本腰を入れた。
その一方で、俺はこの先聖女候補として認められる予定の、孤児ステラを見つけて監視することにした。
ステラに神聖魔法の能力があると判明するのは、十三歳を過ぎた頃だ。ステラは俺たちの一つ年下だから、能力が開花するまでまだ時間がある。
とはいえ、油断はできない。
魔物の復活を阻止できればステラの存在なんてどうでもいいが、万が一のことを考えれば、早くから監視してその動向を把握しておくに越したことはない。
何かしら使える情報が得られるかもしれないしな、という憶測もあって、俺は王都に点在する孤児院の中からステラという少女を見つけ出し、人知れず監視を続けた。
そうして、二年と数か月。
俺とセウェルスは、とうとう魔女の居場所に見当をつけた。ドルンの町からは少し離れているが、いくつかの伝承から導き出したその場所は、イシルの森だ。
幸い、イシルの森は、王都からフルーガル侯爵領へ向かう途中にあった。俺たちはフルーガル侯爵領に視察に行きたいと偽って、途中で姿をくらまし、こっそりイシルの森へと向かった。
「ここまで来たのはいいですけど、果たして魔女には会えるのでしょうか?」
薄暗い森の中を歩きながら、セウェルスが珍しく少し不安そうにつぶやく。
「多分大丈夫だ」
「その根拠のない自信は、いったいどこからくるのですか?」
「根拠がないわけじゃないさ。まあ、言ってみれば『主人公補正』ってやつだな」
「『主人公補正』? なんですかその珍妙なワードは」
「うーん、説明が微妙に面倒くさい」
「は? 横着しないでくださいよ。次期国王のくせに」
「次期国王は関係ないだろ」
「ありますよ。大事なことを面倒くさがっていては、国のトップは務まらないということです」
「うわ、出たよ正論」
「あなたが邪論ばかり言うからでしょう?」
なんて、能天気にわちゃわちゃと騒いでいたときだった。
「――――お前さんたち、人ん家の前でうるさいんだよ」
突然目の前に現れたのは、やけに行儀のよさそうな黒猫を連れた、どう見ても牝牛のお姉さん、だった。
◆・◆・◆
現れたお姉さん(と言っていいのか、牝牛さんと言えばいいのか)が出し抜けにパチン、と指を鳴らすと、俺たちは見知らぬ屋敷の応接室らしき部屋に移動していた。
「え、すご……」
「もしやあなたが、『月読の魔女』なのですか?」
「このシチュエーションで、それ以外あり得ないだろう?」
いや、違う場合もあるよね? だって、牝牛だよ? 頭から突き出た黄色い角といい、特有の白黒の模様といい、どう見ても牛。しかも、牝牛。それなのに、やけに上から目線でアンニュイなしゃべり方をする、月読の魔女。いろいろと想定外が過ぎる。だって、原作には魔女の見た目なんて詳しく書かれていなかったし。
あと、セウェルスが魔女の風貌に何の疑問も抱かず、すんなり受け入れているところがどうにも解せない。
「あ、あの」
「なんだい?」
「一応確認したいのですが、その猫の名前は……?」
「モールだけど?」
それがどうした、と言わんばかりの顔をして、魔女が俺を睨む。魔女に黒猫。テンプレ過ぎる気もするが、なぜだか逆にホッとする。猫の飼い主は牛だけど。もういろいろカオスである。
「お前さんたちがどうやってこの場所を嗅ぎつけたのか、そもそもなぜ私の名前を知っているのか、聞きたいことはいろいろあるが――――」
ソファに座り、気だるそうに足を組んだ魔女は、見た目にそぐわぬ威厳のある声で尋ねた。
「いったい何の用があって、ここまで来たんだい?」
その問いに、俺は間髪を入れずズバッと答える。
「恐らく今から五年後くらいに、魔物の王グウェルが復活します。それを阻止する方法を、教えてほしいのです」
俺がまっすぐに見返すと、魔女はすぐさま胡乱な目つきになる。
「グウェルが復活する? どうしてわかるんだい? ――――いや、ああ、そういうことか」
魔女は俺を見透かすようにまじまじと凝視して、それから納得したように何度も頷いた。
俺の中に何を見たのかは知らないけど、おおよそのことは察してくれたらしい。
「……信じてくれるのですか?」
「まあね。お前さんの言うことは信じよう。ただし、グウェルはそう簡単に復活しないはずなんだがね」
「なぜそう言い切れるのですか?」
「お前さんたちの間では伝説として語り継がれている、聖女と剣聖の封印が強力だからさ。あれから数百年以上経っているが、かつての封印が自然に解けるなんてことはあり得ない。ただ――」
「ただ?」
「もし万が一、あの封印が解けるようなことがあるとしたら、それは誰かが故意に封印を解いたということ。つまり、人為的なものだということさ」
月読の魔女のモデルは、みなさんもご存じかと思います(笑)




