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今度は俺とセウェルスが眉根を寄せる番だった。
「誰かが故意にって……」
「誰の仕業なのですか?」
「それは、私にもわからないよ」
魔女は困ったような顔をしながら、肩をすくめる。
「私が知っているのはグウェルの弱点と、あやつが封印されている場所くらいだからね」
「それは、どこなのですか?」
「バイアの湖だよ。あの湖は、『永遠の虚空』と呼ばれる次元の裂け目につながっているんだ。だからグウェルを復活させようと思っても、そう簡単にはいかないんだよ」
「でも、このままだとグウェルはいずれ復活します。それだけは、確かなんです」
切羽詰まった俺の声に、魔女は真剣な目をして言った。
「もし本当にグウェルが復活するというのなら、かつての聖女と剣聖がどうやってグウェルを封印したのか、その方法を知る必要があると思うね。もしかしたら、グウェルを永遠に封じ込めようとして何らかの細工を施したのかもしれない。それがかえって、仇になった可能性もある」
「細工、ですか……?」
「封印の方法を知るといっても、どうやって調べたらいいのでしょう? 聖女と剣聖の伝説は誰もが知っている話ですが、現存する文献や資料には恐らく『封印した』としか記されていないはずです」
多分、その辺りのことはとっくに確認済みの神童セウェルスが、困惑の表情で訴える。
魔女はやれやれといった顔をして、小さく笑った。
「まあ、そうだろうね。何しろ数百年前の話だ。十分な記録なんて、残っていないかもしれない。幸い、私のほうには心当たりがあるからね、なんなら調べておいてやってもいい」
「……いいのですか?」
正直言って、驚いた。
魔女が自ら手を貸してくれるなんて、思ってもみなかったからだ。
だって、原作には『月読の魔女がこの世界の出来事に直接干渉することはない』とか、『人の行いには一切関与しない』とか、はっきり書かれてあったし。主人公たちだって、グウェルの弱点を教えてもらっただけだ。積極的には協力しないというのが、魔女のスタンスだったのでは?
訝しむ俺を見ながら、魔女が何やら可笑しそうに笑う。
「腑に落ちないって顔だね」
「いや、だって、あなたはこの世界の出来事に直接干渉しないのが信条だと……」
「そうだよ。でもお前さんは、この世界の理から半分外れた存在だろう? 理の外にいる者同士、協力してやってもいいかと思ってね」
魔女の言葉に、俺は目を見開く。
どうやらこの人は、何もかもすべてまるっとお見通しらしい。
◆・◆・◆
なんとか月読の魔女と出会えたことで、しかも魔女の協力をも得られたことで、俺はちょっと有頂天になっていた。
魔女の見た目がどうとか、なんで牝牛なんだとか、いろいろ思うところはあったけど、もう気にならない。
魔女が味方になってくれるのなら、もはや勝ったも同然である(何に?)。
グウェルだろうがステラだろうが、それ以外のどんな災いだって、この俺が完膚なきまでに叩き潰してやる。リーチェを傷つけようとするやつに、一切の容赦はしない! と息巻く俺の熱い想いとは裏腹に、リーチェとの関係はなかなか進展しなかった。
いや、表面上は至って良好な関係で、まったく進展していないわけではない。
でも俺は、リーチェとの間に薄く透明な壁のようなものがあると感じていた。婚約してすでに二年以上が経つというのに、リーチェはいつもどこか警戒した様子で、ぎこちなく微笑む。
嫌われているわけではない、と思う。
でも、本当の意味では心を許してくれないリーチェ。
歯がゆかった。
しかも、厄介なことに理由がまったくわからない。
俺はリーチェへのほとばしる愛をこれでもかというほど声高に叫んでいるのに、リーチェのほうは恥ずかしそうに頬を赤らめて「ありがとうございます、アンドレア様」と答えるだけ。
「いや、それがダメなんじゃないですか?」
セウェルスがさも当然といった様子で吐き捨てる。
「何がだよ」
「要するに、軽々しく愛を叫びすぎなんですよ。事あるごとに、好きだの可愛いだの君がすべてだの君しかいらないだのと無駄にしつこく言われ続けたら、本気かどうか疑わしく思うのも当然じゃないですか?」
「軽々しく言っているつもりはないし、本気だってこともちゃんと伝えてあるし。しつこい自覚はあるけど」
「でも、言えば言うほど空回りしている気がするのでしょう?」
「そうだけどさ。かといって、言うのを控えるという選択肢はないからな」
「なぜですか?」
「伝えるのを怠ったら、取り返しのつかないことになる気がするんだよ。言っても伝わらないのなら、言わなきゃもっと伝わらないじゃないか」
「まあ、そうかもしれませんけど」
ちなみに、出会って以降、思いの外頻繁にやり取りをするようにになった月読の魔女、通称ツッキー(本人がそう呼べと強要した)にも、相談してみた。
いや、相談したのは、セウェルスなのだが。
「色だの恋だの考えたこともないこの私に、よくそんな相談ができたもんだよ」
ツッキーはチベットスナギツネのような顔をして、俺たちを見返した。牛がチベットスナギツネの顔をするなんて、意味がわからないとは思うが。
それからどこか遠い目をして何かに思いを馳せ、徐にこう言ったのだ。
「心を許していないのは、お前さんも同じじゃないのかい?」
「……え?」
「馬鹿の一つ覚えみたいに惚れた腫れたと言いながら、どこか二の足を踏んでいるように私には見えるがね」
「それは……」
何も言えなかった。
確かに、ツッキーの言う通りなのだ。
俺はリーチェへの想いを、会うたびに繰り返し執拗に飽きもせず伝えている。リーチェとの未来のために、グウェルの復活を阻止すべく日々奮闘もしている。
でも、物語の筋書きを変えることに、不安がないわけではない。
この作戦が果たしてうまくいくのかどうか、本当にリーチェを守り切れるのかどうか、ふとした瞬間恐怖に呑まれる。下手をしたら『物語の強制力』が発動して、筋書き通りにリーチェを失うことになるんじゃないかと、臆病風に吹かれてしまう。
そんな憂いと葛藤を抱える俺を見透かしてか、ツッキーは宥めるような口調で言った。
「グウェルの復活を目論むやつが何をしようとしているのか、だいたいの目星はついているんだ。焦ったって仕方がないだろう?」
「それはそうですけど……」
「グウェルが復活するまで、まだまだ時間はある。今はやれることをやっていくしかないんだよ」
実は、かつての聖女と剣聖がグウェルを封印するときに何をしたのか、俺たちはすでに突き止めていた。
ツッキーが人智を越えた魔女の力で『永遠の虚空』に封印されているグウェルの体を調べた結果、魔物の体の核である魔石が抜き取られていることがわかったのだ。
「確かに、魔石がなければ魔物の体は動かない。魔石は魔物の魂が結晶化したものだからね。魔物の体だけあったって、魂がなければただのガラクタだ。でも逆に言えば、魂さえその体に戻すことができたらグウェルの復活だって不可能ではなくなるんだよ」
「じゃあ、その魔石は今どこに……?」
「抜き取った聖女と剣聖がどこかに隠したのだろうが、それがどこなのかはさすがに私もわからないね」
ツッキーの話を聞いてから、俺たちは必死になって魔石の在り処を探し続けている。
でも、今のところ有力な手がかりは何もない。
かつての聖女と剣聖に所縁のある土地や人物、その縁者などを手当たり次第に調べてはいるものの、これといって役に立つような情報は何一つ掴めていない。
「一番怪しいのは、やっぱり王都神殿だと思うのですがね」
調査結果を見返しながら、セウェルスが淡々と指摘する。
「かつての聖女の後ろ盾だったからか?」
「それだけではありません。神殿は、神から与えられた『神聖力』によって守られた聖域ですからね。グウェルの核を隠すにはもってこいの場所だとは思いませんか?」
「だとしても、正当な理由もなく神殿内部を調査することはできないだろ」
「ですよね」
否定できない手詰まり感が、ひたひたと俺の心を侵食していく。
そうしていよいよ、あの知らせが俺のもとに届くのだ。
「……ステラの能力が、開花したのか」




