⑤
その知らせは、リーチェとの婚約が決まった直後からステラを監視させていた諜報部隊『王家の影』からもたらされた。
王都の孤児院でのほほんと暮らしていたステラはある日、風邪を拗らせ何日か寝込んだという。熱が下がって回復したあと、たまたま転んで怪我をした子どもの傷に触れたら途端に傷が治ってしまった。これはもしやということで王都神殿に届け出たところ、簡易検査の結果ステラが神聖魔法を使えるようになっていると判明したというのだ。
恐らく、正確な能力検査はこれから徐々に進められ、王家への正式通達までにはさらに時間を要するだろう。
まあ、ステラの能力開花自体は、別に驚くことではない。そろそろだろうなと思っていたし、完全に想定の範囲内である。
驚いたのは、『影』からもたらされた報告書の中の一文だった。
『目を覚まし、窓ガラスに映った自分の姿を見た瞬間、監視対象は「え!? もしかして、ヒロインにテンセイしちゃった!? マジで!?」と叫んだ』
これを見て、俺は衝撃を受けると同時に、やっぱりな、という思いを隠せなかった。
もしかしたら、そういうパターンもあるんじゃないかと思ってたんだよ。
きっとそうだ、という確信があったわけではない。でも、物語のヒーローに俺が転生しているということは、ヒロインであるステラも『星降る夜のフェアリーテイル』を知る転生者かもしれない、と思ってはいたのだ。
まあ、ステラの場合は最初から転生者だったというより、風邪を拗らせた結果としての転生なのだろうけど。目覚めたら前世の記憶があった、というのは、ファンタジー小説の王道展開なんじゃないか? 知らんけど。
ただ、問題は、神聖魔法の能力を開花させたステラの住まいが孤児院から王都神殿に移ることだった。
簡易検査で神聖魔法が使えると判明した時点で、ステラは『聖女候補の候補』とみなされる。正確な能力検査で聖女候補とされるのは確定的だから、そのまま王都神殿に居を移すことになるだろう。
神殿、特に王都神殿は、神官たちが神から与えられた『神聖力』によって、悪しきものの侵入を防ぐためのバリアというか、見えない防御シールドのようなものが張られていると聞く。
だからステラが王都神殿に移り住むようになれば、その『神聖力』に守られて、『影』の監視が難しくなるに違いない。ステラが転生者だとわかった今、さらなる情報収集が必要だというのに、これは痛い。
「まあ、でき得る範囲で監視を続けるしかありませんね」
セウェルスは至って冷静にそう言った。もちろん、ステラも転生者だったという事実は、セウェルスにも伝えてある。
ツッキーに協力をお願いしようとしたら、「お前さん、私を頼りすぎじゃないかい?」と、またチベットスナギツネの顔をされた。だって、頼りたくもなるだろう。魔女なんだし。なんでもできるんだし。
「残念だけど、私の力と神聖力は相性が悪くてね。協力してやりたいのは山々だが、大して役には立たないだろうよ」
そんなことってある!? 魔女なのに!? とは言えなかった。
そうこうしているうちに、とうとう俺たちは十五歳になった。
学園入学の年である。
学園に入学してよかったこと。それは、毎日リーチェに会えることだ。今までだって頻繁に会ってはいたけど、学園に入学すれば馬車での登下校の際はもちろん、日中もずっと一緒にいられる。まさに天国である。
ツッキーに見透かされた不安や葛藤は今も俺の中でくすぶってはいるものの、リーチェを甘やかすのをやめるなんてできなかった。だって、リーチェが可愛すぎるのだ。一度触れたら歯止めが利かなくなって、常に触れていないと気が済まなくなったのも仕方がないと思う。
この可愛らしい女神は俺のものだと、世界中に叫ばずにはいられない。
リーチェのほうも、どこか警戒するような素振りはあるものの、俺に好意を示してくれるようになっていた。
初めてリーチェに「……お、お慕いして、おります……」と言われた日のことは、今でも忘れられない。思い出して一人で悶絶していたら、ベッドから落ちたことは誰にも言っていないが。あの告白の瞬間を永遠に残しておける魔法があればよかったのに、と思ってツッキーに頼もうとしたら、「無理に決まっているだろう?」と一蹴された。
そのときの顔も、チベットスナギツネだった。
俺たちの仲睦まじさが貴族社会の定説になりつつある頃、どうにかこうにかステラの監視を続けていた『影』から興味深い報告があった。
貴族出身の神官から、俺がリーチェを溺愛していると聞いたステラがどういうわけか激昂し、「そんなのあり得ないんだから!」と声を荒げたというのだ。
まあ、無理もない。確かに原作では、アンドレアとベアトリーチェの関係が良好とはいえなかったわけだし。
そして、それをいいことに、ステラはアンドレアとの関係を深めていくわけだし。
さらに、現実世界のステラは俺とリーチェに関する噂を徹底的に調べ尽くし、「こんなのおかしい」「せっかくヒロインになれたのに」「学園に入学したら、なんとかしてもとに戻さなきゃ」などとつぶやいていたという。
挙句の果てには、「いざとなったら、アレを使うしかないかもね」とも。
「アレ、とは何のことでしょうか?」
報告書に目を通したセウェルスが、険しい顔をしながら尋ねる。
「十中八九、魔石のことだろうな」
「なぜ、そう言い切れるのです?」
「ステラも原作の内容を知る転生者だ。今の時点で、状況が原作の筋書きとはだいぶ違っていることに気づいている。自分が学園に入学しても筋書きがもとに戻らないとしたら、強制的にでももとに戻そうと躍起になるだろう。それでもうまくいかなかったら、最後は魔石を使ってグウェルを復活させるしかない、とでも思ってるんだろ」
「グウェルが復活してしまえば、殿下も物語のヒーローとしてステラを選ばざるを得ないから、ですか?」
「ああ。『物語の強制力』が発動するだろうしな。まったく、反吐が出るよ」
「となると、ステラは魔石の在り処を知っているということになりますね?」
「あれだけ探しても見つからないんだ。お前が最初に言っていた通り、魔石は王都神殿に隠されているとみてまず間違いない。ステラは王都神殿に移り住むようになって、魔石のことや魔石を使えばグウェルを復活させられるってことを偶然知ったんじゃないか?」
「なるほど。しかし、すべては僕たちの推測にすぎません。確固たる証拠がなければ、神殿の調査許可は下りないと思いますよ」
「だよなー」
セウェルスのもっともな指摘に、俺はがっくりと項垂れる。
原作の中でグウェルを復活させたのも、ステラだったのかどうかはわからない。いや、物語のヒロインなんだし、そんなことはしないか?
でも現状、最も疑わしいのはステラだ。
俺が密かに走り回って筋書きを改変させてきたことで、グウェル復活の黒幕がステラに変わってしまった可能性もある。そうなったとしても、不思議ではない。
もうなりふり構っていられないと覚悟を決めた俺は、「『聖女候補がグウェルの復活を目論み、この国を恐怖と混乱に陥れようと企んでいる』という極秘情報を得た」ということにして、陛下や国の上層部に対し神殿内部の調査を願い出た。
結果は、もちろん却下。
確たる証拠は何もないのだ。当たり前である。
でも、しつこく調査、調査と騒いでいたら、とうとう陛下にこう言われてしまった。
「そこまで言うのなら、お前が自ら聖女候補に接触し、証拠を掴んでくればいいだろう?」
気づいたら、ステラの学園入学はもう目前だった。




