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前世で『星降る夜のフェアリーテイル』を読んだあと(というか無理やり読まされたあと)、姉ちゃんに本を返したら「どうだった?」と聞かれた。
「どうって? 感想?」
「当たり前でしょ」
「…………強いて言えば、なんで封印は解けたのかなって思った」
「は?」
姉ちゃんはあからさまに怪訝な顔をして、説明しろとばかりに俺を見返す。
だから渋々、続きを話すよりほかなかった。
「だってさ、『星の聖女』と『暁の剣聖』は最強の二人なんだろ? それなのに、なんでそう簡単に魔物の封印が解けちゃうんだよ?」
「数百年も経ってれば、封印が解けちゃうのは仕方のないことでしょ」
「封印って、物理的に経年劣化するものなのか?」
俺の言葉に、姉ちゃんはわかりやすく眉をひそめる。
「あんたね、ファンタジー小説のあるある王道展開に文句言うのはやめてよ。様式美ってものがあるでしょう?」
「様式美」
「時代劇や特撮作品にお決まりの定番回とかテンプレな流れがあるのは、みんながそれを待ち望んでるからなのよ? 要は、需要と供給のバランスの問題」
「へえー」
「ていうか、私があんたにこの本を貸したのは、そういうことを言いたかったわけじゃないの。わかるでしょ」
あのとき、なんで姉ちゃんが自分のお気に入りの本をわざわざ俺に貸したのか、今となってはよく覚えていない。
でも、『なぜ魔物の王の封印が解けたのか』という視点は、存外重要な気がした。
俺がベアトリーチェ嬢を断罪したり、婚約を破棄したりなんてことはもう絶対にあり得ないけど、それだけでは破滅の未来を回避することはできないからだ。
もしも魔物が復活してしまったら、俺はステラを選ばざるを得なくなる。そうなれば、いずれ世界が救われたとしても、ベアトリーチェ嬢は救われない。俺にとっても、そんな世界はむしろ地獄でしかない。
彼女の命も心も身体も、この先一ミリも傷つけず、大事に大事に守り切る。それは俺にとっての最優先事項であり、彼女を傷つける可能性のあるものはとにかくすべて排除してしまいたかった。
だったらもう、魔物の復活そのものを阻止するしかない。
それがどれほど無謀な挑戦になるのか、どれほど険しい道のりになるのか、俺だってもちろんわかっている。
だからこそ、俺は一人の男を召喚することにしたのだ。
「いきなり呼び出されたと思ったら、なんですか今の話は。転んで頭でも打ったのですか?」
呆れ顔で平然と毒を吐くのは、セウェルス・フルーガル侯爵令息。
宰相フルーガル侯爵の嫡男で、神童と呼ばれるほどの頭脳を持ち、俺の幼馴染といっていい存在ではあるが、何しろ口が悪い。容赦がない。歯に衣着せぬ、辛辣な物言いが多い。TPOはわきまえているみたいだが。
ちなみに、セウェルスは原作にも登場するものの、「王太子アンドレアの側近」と書かれてあっただけで名前はなかった。いわゆるモブである。こんなにキャラが濃いのに、もったいない。
そんなモブ代表の親友を呼び出した俺は、自分が転生者であることをはじめ、ここが小説の中の世界であり、物語の展開としてこの先何が起こるのかということを、躊躇なくすべて話したのだ。
「一応言っておくが、俺は転んでないし、頭も打ってないからな」
「では、突拍子もない夢を見たものですね」
「夢じゃないって。前世の話だと言っているだろう?」
「前世? そんなものが本当にあるとでも? おまけに、ここが小説の中の世界だなんていきなり言われて信じる人間がいるとでも?」
「お前は信じないのかよ?」
「僕が殿下の言うことを疑うわけないでしょう?」
皮肉交じりに正論を振りかざすかと思えば、これである。
口は悪いし辛辣ではあるが、セウェルスの中身は忠誠心の塊。不遜な物言いも毒舌も、実は俺への忠誠心の裏返しだったりする。ちょっと(いや、だいぶ?)、わかりにくいけど。
だからこそ、俺もセウェルスを絶対的に信頼し、この奇想天外で荒唐無稽な事実をすべて明かして協力を仰ごうと決めたのだ。
「それで、殿下は僕に何をお望みなのですか?」
なんだかんだ言いながらも俺の話をまるっと全部受け入れてしまう懐の深い側近は、俺に話の続きを促す。
「俺はリーチェと結婚したい。リーチェしかいらないし、早くリーチェを俺だけのものにしたい」
「…………えーとですね、いろいろツッコみたいところは多いのですが、とりあえず一つだけお聞きします」
「なんだよ?」
「もう愛称呼びなのですか? 婚約が決まったのは、つい先日のことだとお聞きしましたが」
「え、婚約が決まった瞬間から愛称呼びだけど?」
「殿下って、愛情表現が半端なくド直球すぎません? よくそれで、ベアトリーチェ嬢に引かれませんでしたね」
「まあ、引かれてはいなかったと思うけど、いきなり愛称で呼ばれたリーチェが驚いて、顔を真っ赤にしていたのは可愛すぎてどうにかなりそうだった」
「そこはかとない変態発言はやめてもらっていいですか?」
「リーチェが死ぬほど可愛いんだから、しょうがないだろ」
「でも、この先の展開を考えれば、あなたは聖女候補を伴侶に選ぶことになるわけですよね? ベアトリーチェ嬢ではなく」
「だからその展開を覆すために、魔物の王の復活を阻止したいんだよ」
「……どうやってですか?」
「ひとまず、『月読の魔女』を探す」
俺の言葉に、セウェルスは首を傾げた。
「『月読の魔女』? それって、もしかして」
「物語の中に出てくる、世界の始まりを知る魔女だ」
――――月読の魔女。
物語の後半、魔物の王グウェルが復活したことを知り、アンドレアとステラは魔物の群れの討伐へと向かう。
その途中、人里離れた森の奥で出会うのが、『月読の魔女』だ。
リーチェを守ると決めた俺は、前世で読んだ『星降る夜のフェアリーテイル』の内容をできる限り詳細に思い出し、書き留めておくことにした。そのとき、国を救おうと奔走する二人に手を貸す魔女がいたことを唐突に思い出したのだ。
魔女は人智を越えた力を持ち、森羅万象を司る存在ではあるものの、この世界の出来事には一切干渉しないとされている。人々の前に姿を現すこともなく、むしろその身を隠して生きていることもあって、魔女の実在を信じる者は少ない。原作では、そう書かれていた。
つまり、現代日本でいうところのUMAとかUFOとか、そんな感じか?
でも、魔物が復活して人々の命を奪い、我が物顔でのさばるようになれば、この世界の存続自体が危うくなってしまう。その脅威を退け、世界を守ろうとするのなら手を貸してやってもいい、と言って、原作の中の魔女は主人公二人にグウェルの弱点が眉間であることを教えてくれるのだ。
「世界の始まりから存在していて、グウェルの弱点も知っていたあの魔女なら、そもそもグウェルを復活させない方法だって知っているんじゃないかと思うんだ」
「それは、そうかもしれませんが……」
「もし知らなかったとしても、何かしら役に立つ情報は教えてくれるんじゃないかと思ってさ」
「だとしてもですよ。すべては魔女に会えたら、の話でしょう? 殿下は魔女の居場所を知っているのですか?」
「いや、わからん」
「……はあ?」
「だからさ、魔女の居場所を突き止めるためにも、お前のその頭脳が必要なんだよ」
俺がそう言ってほくそ笑むと、セウェルスも心得たとばかりに口角を上げた。




