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物心ついた頃には、自分が転生したのだと気づいていた。
しかも、転生したのは『星降る夜のフェアリーテイル』という、異世界ファンタジー小説の世界。
まさか、四歳年上の姉から半ば無理やり渡されて読んだ小説の世界に、この俺が転生してしまうとは。
さらに驚いたのは、自分が国王夫妻の息子、つまりこの国の王子だという事実。いや、俺、王子って柄じゃないんだけど。
この上なくやんごとない身分に我ながらドン引きしたところで、どうにかなるわけもなく。
まあ、このままいけば、俺は学園で聖女(候補)と出会って恋に落ち、やがて『暁の剣聖』として覚醒することになる。いわゆるヒーローである。聖女との恋は正直どうでもいいけど、『剣聖』という身分にはちょっと憧れる。王子で剣聖。無敵感が半端ない。
いずれ剣聖となる未来を無邪気に夢想しながら、生きること十年。
立太子が確実視されるようになった頃、俺にもそろそろ婚約者を、という話になった。
「そういえば、原作でもなんだかいけ好かない感じの婚約者がいたような」と思い出し、初めての顔合わせに出向いた瞬間、その場で雷に打たれたような衝撃を受ける。
いや、衝撃、なんて生易しいものじゃない。
一瞬で心臓を鷲掴みにされた俺は、呼吸も忘れて、ただひたすら目の前の美しい少女に目を奪われていた。
――――ベアトリーチェ・ウィタリス公爵令嬢。
アッシュブロンドの髪は陽の光を集めて優しく輝き、ガーネット色の瞳は凛とした意志の強さと聡明さを映し出す。透き通る白い肌も、柔らかな微笑みも、品のある優雅な佇まいも、すべてが俺を魅了する至高の美の体現者。
まさに人間界に舞い降りた女神、いや天使か? 俺は今、リアル天使を間近に見ているのか?
瞬きもせずガン見したまま引き寄せられるように近づいた俺は、気づいたら叫んでいた。
「ベアトリーチェ嬢が可愛すぎて好きすぎてどうにかなりそうなので、今すぐ俺と結婚してください!!」
その言葉に、両親(もちろん、この国で最も高貴な人たち)は文字通り卒倒した。そりゃそうだろう。一応未来の王太子でもある俺は、今日まで品行方正な王子の皮を被って生きてきたのである。
実はとんでもない破天荒王子なのかもしれない、と周囲が怯んだしても、無理はない。
それでも、俺の勢いに押されのか、はたまたここでベアトリーチェ嬢と婚約させないともっと制御不能な事態に陥りかねないと危惧されたのか、その場で彼女との婚約は無事に決まった。
ただ、ここで大きな問題が浮上する。
『星降る夜のフェアリーテイル』の物語は、孤児院育ちの聖女候補ステラが主人公である。
そしてベアトリーチェ・ウィタリスは、泣く子も黙る正真正銘の悪役令嬢なのだ。
原作の中でも幼い頃に婚約を結んだとされる、公爵令嬢ベアトリーチェと第一王子アンドレア。でも二人の関係はお世辞にも良好とは言い難く、むしろアンドレアは気位が高くて真面目すぎるベアトリーチェに苦手意識すら抱いているような描写があった。
学園に入学すると、ベアトリーチェはアンドレアとの距離を縮めようとして毎日のように追いかけ回すが、アンドレアのほうはベアトリーチェに向き合う気などさらさらなく、ひたすら逃げてばかり。
そうこうしているうちに一つ年下のステラが入学してきて、アンドレアとの運命的な出会いを果たす。
アンドレアとステラは次第に惹かれ合うものの、正式な婚約者であるベアトリーチェが黙って見過ごすわけもない。ベアトリーチェはステラに対して陰湿な嫌がらせを何度となく繰り返し、学園から排除しようと画策する。
そうした悪事が明るみに出て、結局はアンドレアによって断罪され、婚約を破棄されてしまうベアトリーチェ。それをきっかけにウィタリス公爵家は没落し、ベアトリーチェ自身は魔物に襲われてあっけなく命を落としてしまう。
そう。
悪役令嬢ベアトリーチェはほかならぬ俺の手によって不幸のどん底に突き落とされるだけでなく、最終的には非業の死を遂げることになるのだ……!
さらに厄介なのは、数百年前に封印されたはすの『魔物の王グウェル』が物語の後半で復活してしまうということ。
かつてグウェルを封印したのは、神聖魔法の使い手として絶大な力を有していた『星の聖女』と、彼女に選ばれた『暁の剣聖』。
その封印を打ち破って復活を果たしたグウェルは、魔物の大群を引き連れて再び人々を蹂躙し始める。しかしかつての伝説と同様、ステラは『星の聖女』として覚醒し、彼女の愛を受けたアンドレアもまた『暁の剣聖』として覚醒。二人は力を合わせてもう一度グウェルを封印し、王国に平和を取り戻す。
つまり、ヒーローとヒロインが出会って恋に落ち、結ばれることこそが、魔物を倒して世界を救うための必須条件、という筋書きなのだ。
こんな理不尽なことってある……!?
俺はベアトリーチェ嬢がいいのに、もうベアトリーチェ嬢以外はいらないと思うほど完全に心を奪われちゃってるのに、なんでこの先ステラと恋に落ちなきゃならないんだよ!?!?
てかもう、ステラと恋に落ちるなんて、無理だから!!
それに、ベアトリーチェ嬢を断罪して自ら婚約を破棄するなんて、天地がひっくり返ったってあり得ない。せっかく婚約できたのに、この俺がそんなことするわけない。
だいたい、あんなに可愛い婚約者がいるというのに、ほかの女に現を抜かす原作のアンドレアが悪いんじゃないの? 逃げてばかりいないでちゃんと向き合えよ、このポンコツ王太子! と言ってやりたい……!
悪いけど、俺はそんなポンコツ野郎に成り下がるつもりはない。
ベアトリーチェ嬢を断罪なんかしないし、死なせもしない。
ステラと結ばれる未来だって、必要ない。剣聖には憧れたけど、そんなのはもうどうでもいい。
――――俺は、ベアトリーチェ嬢を救いたい。失いたくない。
だから、決めたのだ。
どんな手を使ってでも、たとえ邪道に堕ちようと悪魔に魂を売ろうとも、物語の筋書きにとことん抗ってやろうと。
ベアトリーチェ嬢とともに生きる未来を、絶対に諦めないと。
というわけで、みなさんの予想通り、アンドレアも転生者でした。
ここから原作の知識を総動員して、アンドレアがベアトリーチェのために奔走(いや、暴走?)していきます。
次話は、強力な助っ人の登場その一、です。




