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転生悪役令嬢は何も知らない  作者: 桜祈理
表側 ベアトリーチェの概ね平和な日常

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3/6

 それからしばらくして、ステラたち新入生が入学してきた。


 アンドレア様とセウェルス様は聖女候補であるステラの『案内役』に任命され、毎日行動をともにしている。


 最初こそ、ステラも「お、王太子殿下と侯爵子息様のお世話になるなんて、おおお恐れ多いことですっ!!」なんて恐縮していたけれど、国を代表するやんごとなきツートップになんだかんだと傅かれて、日々ご満悦な様子である。


 どうやらステラのほうは、原作通りの『天真爛漫』な性格らしい。


 その証拠に、わざとらしくアンドレア様にしなだれかかっては、「アンディ殿下ったらぁ」と甘えた声でベタベタベタベタ触りまくっているのだ。愛称呼びも、ステラのほうから「愛称で呼びたいです!」などとせがんだんだとか。図々しすぎない? セウェルス様には目もくれず、アンドレア様だけに全集中しているのは、まあ原作通りという気がするけど。


 ただ、基礎的な令嬢教育をほとんど受けておらず、礼儀作法もマナーも稚拙なステラの一挙手一投足はどうしたって目につきやすい。有り体にいうと、だいぶ目立つ。なんせ、まず声が大きい。いや、大きすぎる。だからお昼時になると、カフェのどの辺りに座っているのかがすぐにわかってしまう。


 アンドレア様の隣に座って、キャッキャ、ウフフ、と一人で盛り上がっているあの声を聞くのは、やっぱり楽しいものではない。



 だから私は、なるべく彼らを見ないようにしていた。近づこうともしなかった。



 耳障りな笑い声を避け、ほとんどの時間を一人で過ごすようになった自分に気づいて、なんだかこれは『星降る夜のフェアリーテイル』の筋書き通りの状況だなと思う。


 物語の中では、ひょんなことから出会ったアンドレア殿下とステラが次第に距離を縮め、やがて想いを通わせる。でも、アンドレア殿下に半ば疎まれていたベアトリーチェは最初から蚊帳の外で、いつも一人ぼっちだったのだ。



 鈍い痛みが、ちくりと胸を刺す。



 そうして、ステラの入学から数週間が経った頃。



 とある噂が、まことしやかにささやかれるようになっていた。



 ――――アンドレア殿下は婚約者であるベアトリーチェ嬢から聖女候補ステラに心を移し、婚約解消を望んでいるらしい。



 確かに(はた)から見れば、私はアンドレア様に捨て置かれ、完全に放置されている状態である。


 一方、言うまでもなく、ステラはアンドレア様やセウェルス様に甲斐甲斐しく世話を焼かれながら、学園生活を満喫している。


 特にアンドレア様は常にステラのそばを離れず、ステラもアンドレア様に信頼以上の感情を抱いているのが一目瞭然。


 心ないその噂に、無責任な学園生たちが飛びつかないわけがない。多くの者たちが一人ぼっちで過ごす私に好奇の視線を向け、ヒソヒソとささやき合うようになる。



 そんな、ある日。



「まあ、ベアトリーチェ様」


 その日の授業が終わって教室を出た途端、嘲るような声に呼び止められた。


「今日もお一人ですの?」

「……ええ」


 下卑た視線を向けてくるのは、オリアナ・ケルヴァス侯爵令嬢とその取り巻きのみなさん、である。


「あれほど一身に殿下のご寵愛を受けていらしたのに、なんともおさびしいことですわね」


 茶化すような、挑発するような口調でほくそ笑む、オリアナ様。


 その言葉に呼応するように、取り巻きの令嬢たちも口々に話し出す。


「殿下も殿下ですわ。ステラ様が入学された途端、あっという間に心変わりなさるなんて」

「あら、ステラ様は聖女候補ですもの。その辺の貴族令嬢に比べたら、よほど価値のある稀有な存在でしょう?」

「王族と聖女が恋に落ちるのは、巷の恋愛小説を彷彿とさせて素敵ですものね」

「身分と気位ばかり高くて面白味に欠ける令嬢より、ステラ様のほうが断然可愛らしいと殿下もお思いなのでしょう」

「お似合いですわよね」


 ほほほ、ふふふ、と好き勝手に言い募る令嬢たちは、一人ぼっちの私を貶めようと躍起になっている。


 それもそのはず。私とオリアナ様には、実はちょっとした因縁があるのだ。


 六年前、アンドレア様の婚約者を決める話が浮上したとき、同じ年代の高位貴族の令嬢は私のほかにも三人いた。


 四人の令嬢とアンドレア様をどういう順番で顔合わせさせるのか。王家と国の上層部が協議した結果、最初にお鉢が回ってきたのが私だったのだ。


 単純に、くじ引きで決まっただけらしい。


 ところがアンドレア様は、最初に会った私を婚約者にするとその場で即決してしまった。おかげで、ほかの三人との顔合わせが行われることはなかったという。


 オリアナ様は、そのことをずっと根に持っている。


 幼い頃、何かの機会にアンドレア様をお見かけしてからというもの、オリアナ様は密かな恋心を胸に秘めてきたらしい。だからこそ、婚約者候補に自分の名前が挙がったときには長年の恋が実るかもと有頂天になった。でも実際には、顔合わせすら行われなかったのだ。


 しかも、アンドレア様の溺愛ぶりはすさまじく、学園に入学してからは否が応でも私を前にしてデレデレとだらしなく鼻を伸ばすアンドレア様を目の当たりにする羽目になってしまった。



 『順番さえ違っていたら、殿下の寵愛を受けるのは自分だったかもしれないのに……!』



 そんな思いに囚われているらしいオリアナ様は、これまでも時折刺すような視線を私に向けることがあった。


 ただ、私から片時も離れないアンドレア様のおかげで、特に実害はなかったのだ。


 でも状況が変わり、私が一人で捨て置かれるようになったことで、一泡吹かせてやろうとでも思ったのだろう。



 馬鹿なことを、と思う。


 

 私は顔色一つ変えることなく、令嬢たちを見返した。


「なるほど。あなた方には、アンドレア様とステラ様との関係がそのように見えているのですね」


 ふふ、と小さく微笑むと、言外に嘲笑の意味を汲み取ったらしいオリアナ様の眉間に何本ものしわが寄る。


「ずいぶんと、余裕がおありですのね? 殿下とベアトリーチェ様との婚約解消はもはや時間の問題、なんて声もちらほら聞こえていますのに」

「あら、そうなのですか? まったくもって、存じ上げませんでしたけれど」

「虚勢を張るのもほどほどにしたらいかが? もっと現実に目を向けたほうがよろしくてよ」

「お気遣い、どうもありがとうございます」


 薄く笑って鷹揚に応える私に、オリアナ様と愉快な仲間たちは揃いも揃って不服そうな顔をする。


 

 それを横目に見ながら、私は何の紋章も刻まれていない豪華な馬車へさっさと乗り込んだのだった。










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