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『星降る夜のフェアリーテイル』の物語は、ベアトリーチェの断罪後、思いもよらない急展開を迎える。
数百年前に封印されたといわれている、『魔物の王グウェル』が復活してしまうのだ。
かつてグウェルを封印したのは、神聖魔法の使い手として絶大な力を有していた『星の聖女』と、彼女に選ばれた『暁の剣聖』。それは、この国の者なら誰でも知っている古い言い伝え、古の救世主伝説である。
ところが、物語の後半、グウェルは偉大なる救世主たちの封印を打ち破り、再びこの世に姿を現すことになる。そして魔物の大群を引き連れて、王国中を蹂躙し始める。
人々の惨状と王国の危機を知り、救国の使命に気づいたステラはやがて『星の聖女』として覚醒する。聖女の愛を受けたアンドレア様もまた、『暁の剣聖』として覚醒することになる。
二人は王都に迫る魔物の大群に真っ向勝負を挑み、力を合わせてもう一度グウェルを封印する。王国はようやく平和を取り戻し、アンドレア様とステラは永遠の愛を誓って結ばれる――――。
つまり、この国を救えるのは、アンドレア様とステラのみ。
愛し合う二人が『星の聖女』と『暁の剣聖』として覚醒しなければ、この国は魔物の襲撃によって滅ぼされてしまうのだ……!
となれば、アンドレア様がどんなに私を溺愛しようとも、ステラとの運命の恋に落ちるのは必定。この国の未来を考えれば、邪魔者なのは完全に私のほう。
それがわかっていたのに、なんで私ってばアンドレア様を好きになっちゃったの……!? と自分を責めたくもなるけれど、あそこまで激烈に求められたら絆されても仕方がないのでは? とも思う。とにかくもう、ここは潔く諦めて、己の愚かさを自嘲するしかない。とほほ。
そんなわけで、ステラの入学が怖くて仕方のない私は、次第に塞ぎ込むことが多くなっていった。
その異変に、アンドレア様が気づかないはずはない。常に私を隣に置き、アクセル全開で愛を注ぎまくりながらも、ある日彼は見かねた様子でこう言った。
「ねえ、リーチェを不安にさせているものは何なの?」
「え……?」
「リーチェの憂いは、俺が全部払ってあげる。だから、リーチェが何を気にしているのか、教えてくれないかな?」
「……それは……」
――――ここが小説の中の世界で、アンドレア様はこれから学園で出会う聖女候補に心を奪われてしまうんです!!
なんて、言えるわけがない。
言ったところで、信じてもらえるとは思えない。まともに取り合ってもらえるとも思えない。
かといって、「なんでもありません」「大丈夫です」などと取り繕っても、アンドレア様は一ミリも納得しないに決まっている。
逃すまいという鋭い視線に気圧されて、私は目を泳がせた。
「……じ、実は……」
なんとか誤魔化せる術はないものか。私は頭の中をフル回転させながら、必死になって言葉を探す。
「も、もうじき、学園に、新入生が入学してきますよね……?」
「そうだね」
「そ、その中に、とても可愛らしい令嬢がいる、という噂を耳にしまして……。入学前から噂になるほどなら、アンドレア様ももしかしたら――」
「リーチェ」
私が言い終わるより早く、被せぎみに私の名を呼ぶアンドレア様。地の底から響くような低い声に、びくりと肩が震えてしまう。
「どんなに可愛らしい令嬢が入学してきたとしても、俺にとってはリーチェより可愛いと思える人なんかいないよ? リーチェはまだ、俺の愛が信じられない?」
「そういうわけでは……」
「この先誰に出会っても、俺の最愛はリーチェだけ。未来永劫、俺はリーチェだけのものだし、リーチェも俺だけのもの。いつもそう言っているよね?」
優しげな口調ではあるものの、アンドレア様の瞳の奥にはどろりとしたどす黒い何かが澱んでいる。これはちょっと、やばいスイッチを押してしまったような……?
「でも新入生の入学に関しては、俺もリーチェに話しておかなきゃいけないことがあるんだ」
不意に私をその腕の中に閉じ込めると、アンドレア様はどこか硬い声でそう言った。
「実はね、今度の新入生の中に、神殿が聖女候補と認めた娘がいるんだよ」
「……え?」
私は耳を疑った。
そ、それって、もしかして……。
「孤児院で育ったステラという娘でね。十三歳を過ぎた頃に、偶然神聖魔法が使えるとわかったらしくて。王都神殿で本格的に能力検査をした結果、神聖魔法が使えるだけでなく膨大な魔力量を有していることも判明して、正式に聖女候補と認められたそうなんだけど」
淡々と説明するアンドレアの様の言葉が、全然頭に入ってこない。心臓が勝手にばくばくと暴れ出し、呼吸もどんどん浅くなる。
――――アンドレア様が、すでにステラの名前を知っている。
もしかして、原作でも入学前からステラの存在は認知されていたの……?
本当は、心のどこかに、ひょっとしたらステラという聖女候補はこの世界に存在しないのでは、なんて淡い期待があった。物語のヒーローであるアンドレア様だって、原作とは性格が違いすぎるんだもの。原作のストーリーそのものもどういうわけか改変され、それによってステラが存在しなくなり、だからこそアンドレア様は私を溺愛するのでは、と考えたことも、一度や二度ではない。
それなのに、こうもあっさりと一縷の望みが絶たれてしまうとは。
衝撃と混乱に打ちのめされる中、アンドレア様は更なる爆弾を容赦なく投下する。
「厄介なのは、その娘が国家を揺るがす大罪への関与を疑われているってことなんだ」
「………………はい?」
私は思わず、反射的にアンドレア様の顔を見上げた。
ステラが国家を揺るがす大罪に関与……?
そんな設定、あったっけ……?
「詳しいことは言えないんだけど、とある筋から内密に情報提供があってね。どうやら単なるデマや作り話などではなさそうなんだ。でも確たる証拠もないのに、本人の身柄を拘束したり神殿内部を調査したりするわけにもいかないだろう?」
「……そ、そうですね」
「だから、これから入学してくるその聖女候補を俺とセウェルスとで監視して、様子を探りながら証拠を集めろって陛下たちに言われちゃったんだよ。鬱陶しいことに」
はあ、と大袈裟にため息をつくアンドレア様は、心底不愉快そうである。
ちなみに『セウェルス』とは、セウェルス・フルーガル侯爵令息のこと。宰相フルーガル侯爵の嫡男にして、アンドレア様の幼馴染でもある彼は、私のことで暴走しがちなアンドレア様を食い止めることのできる、唯一の逸材といっても過言ではない。
ただし、類まれなる頭脳の持ち主でありながら、その物言いは不遜で毒舌。アンドレア様に対しても、まったく容赦がない。時折ヒヤヒヤさせられるけど、どうもアンドレア様はそれすら面白がっているような節がある。
「でも監視しているのがバレるとまずいから、当面は聖女候補の学園生活をサポートする『案内役』ということにして、ぴったり張りつくように、なんて言われてさ」
「『案内役』ですか……?」
「そう。確かに、俺たちが聖女候補にぴったりと張りついていれば尻尾を掴むのも容易いとは思うけど、でもそのせいでリーチェとの時間が減るのは不本意極まりない」
これ以上ないというほど苛立たしげな表情をするアンドレア様を、私は黙って見つめることしかできない。
だって、『アンドレア様がセウェルス様と一緒にステラを監視する』なんて話の流れは、原作になかったはずである。そもそもセウェルス様だって、原作に登場するのかどうかもわからない。
でも、確実に、そして着実に、物語が改変されている。そんな気がしないでもない。
「とにかく、できるだけ早く悪党の化けの皮を剥がしてみせるから。しばらくさびしい思いをさせることになるだろうけど、我慢してくれる?」
アンドレア様にぎゅうぎゅうと抱きしめられながら、私は予想だにしない展開に内心唖然とするよりほかなかったのだ。




