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転生悪役令嬢は何も知らない  作者: 桜祈理
表側 ベアトリーチェの概ね平和な日常

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1/10

 十歳のとき、私は原因不明の熱病に冒された。


 数日間生死の境を彷徨い、目が覚めて唐突に気がついた。



 ……ここって、異世界ファンタジー小説『星降る夜のフェアリーテイル』の世界じゃん……!!



 しかも、私はあろうことか、悪役令嬢ベアトリーチェ・ウィタリスに転生していたらしい。


 ベアトリーチェは泣く子も黙るウィタリス公爵家の傲慢令嬢にして、王太子アンドレア・レムミラス殿下の婚約者。


 物語のヒロインである聖女ステラとアンドレア殿下が惹かれ合う様を見て嫉妬&逆上し、とにもかくにもステラを執拗に虐げまくった結果として、婚約破棄→没落→魔物にやられて死亡という、テンプレな末路をたどったザ・悪役令嬢。だったはず……。



 な、なんで、よりによってベアトリーチェに転生しちゃってるの……!?



 とはいえ、私は前回の人生で『星降る夜のフェアリーテイル』をきちんと読んだわけではない。というか、一ページも読んでない。


 ではなぜ、物語の内容を知っているのか。


 答えは簡単。四歳年上のお姉ちゃんが親友に勧められてドハマりし、こちらが頼んでもいないのに次から次へと延々あらすじを聞かされていたからである。


 それによると、ベアトリーチェは眉目秀麗かつ冷静沈着なアンドレア殿下にべた惚れで、学園では常にアンドレア殿下を追いかけ回していたらしい。


 鬱陶しい婚約者に辟易していたアンドレア殿下は、二年生になったその年、入学してきた平民のステラと出会う。ステラは孤児でありながら、王都神殿で『聖女としての素質あり=聖女候補』と認められ、学園入学を許可されたのだという。


 天真爛漫なステラと寡黙なアンドレア殿下は次第に惹かれ合うものの、嫉妬に狂ったベアトリーチェが黙って見過ごすわけもない。ベアトリーチェはステラに対して陰湿な嫌がらせを何度となく繰り返し、学園から排除しようと画策する。


 ちなみに、ベアトリーチェが具体的に何をしたのかは、よく知らない。ただ、お姉ちゃんが「ベアトリーチェ、めっちゃあくどい」と言っていたから、相当悪辣な嫌がらせをしていたのだろう。


 そうした悪事が明るみに出て、結局はアンドレア殿下によって断罪され、婚約を破棄されてしまうベアトリーチェ。それをきっかけにウィタリス公爵家は没落へと一直線、ベアトリーチェ自身は物語の後半で復活した魔物によって、あっけなく命を奪われてしまう。



 ……いや、ほんとに、マジで詰んでるじゃん、ベアトリーチェ……!



 だったら、断罪回避のためにもアンドレア殿下と婚約しなければいいのでは? なんて一瞬思ったけど、無理だった。だって、殿下との婚約は、残念ながら一か月前に結ばれている。


 これはもう、全方位的に救いがない。このままいけば、断罪も死も免れない可能性大……!!



 まずい!!!



 焦った私は、ここではた、と気がついた。


 確か、物語の中のアンドレア殿下は『寡黙』で『冷静沈着』で、感情をあまり表に出さないせいか『氷の王太子』などと呼ばれていたはずである。


 お姉ちゃんが小説の挿し絵を目の前に突き出して、「アンドレアのビジュよすぎない? 銀髪に切れ長の目って、最強すぎない? 普段は『氷の王太子』なのに、ステラの前でだけ表情豊かになるの、マジで最高すぎん?」とか早口で言っていた記憶があるもの。


 でも、実際のアンドレア殿下は、物語の中の彼とは若干違うような。


 いや、見た目がどうこう、という話ではない。中身がだいぶ、違うような。


 だって、一か月前、殿下と初めてお会いしたときの第一声はこうだったのだ。


「ベアトリーチェ嬢が可愛すぎて好きすぎてどうにかなりそうなので、今すぐ俺と結婚してください!!」


 初対面の挨拶をすっ飛ばし、だいぶド直球な告白をかましてきた殿下。どうがんばっても、『冷静沈着』とは言い難い。


 ちなみに、初顔合わせに同席していた国王陛下と王妃殿下は、アンドレア殿下の言葉に文字通り卒倒した。普段は品行方正な第一王子の常軌を逸した言動を目の当たりにして、気を失いたくなるのは当然である。


 もちろん、殿下の要望は即行で却下された。


 でも、婚約はその場で決まってしまったのだ。


 それからというもの、アンドレア殿下は何かと理由を見つけては私に会いにくる。


 第一王子でいずれ王太子となることが決まっている殿下は、王子教育やら何やらで日々忙しいはずである。それなのに、時間を見つけては我が公爵邸に顔を出し、「君に会いたい気持ちを抑えられなくて」とか、「俺の天使が健やかかどうか、この目で確かめたくなって」などとストレートすぎる口説き文句を連発する。


 さらに殿下は、初顔合わせで婚約が決まるとすぐに、私のことを「リーチェ」と愛称で呼び始めた。許可した覚えはないのだけれど、王族であり婚約者でもある殿下に面と向かって文句を言うのは憚られる。言ったところで、華麗にスルーされそうだし。


 そのうえ、「俺のことはアンディでもレアでも、呼びやすい愛称で呼んでいいよ?」などと、ねだるような視線で催促するのだ。でも恐れ多くて、まだ一度も呼べていない。



 ……やっぱり、アンドレア殿下の性格って、原作と違いすぎるような……。



 でも、ここが『星降る夜のフェアリーテイル』の世界ではあることは、まず間違いない。


 だとしたら、いくら今の殿下が私に対して激烈な溺愛ぶりを発揮していても、いずれ学園に入ればステラと出会って恋に落ちる。


 そんな未来を、私は知っている。


 だったら、殿下にこの身を委ねるなんて、愚の骨頂。


 破滅の未来を回避するためには、殿下との適切な距離を極力保ち続けたほうがいい。ステラとだって、できるだけ接点を持たない生き方をしたほうがいいに決まっている。


 とにかくこの先の人生は、断罪回避・破滅回避が最優先。リスク管理を徹底し、慎重に、注意深く生きていくしかない。


 私はそのとき、固く心に誓ったのだった。






◇・◇・◇






 十六歳になった。


 この国では、十五歳になると王立学園に入学する。私たちは、もうすぐ学園の二年生になる。


 そう。ステラの学園入学が、刻一刻と迫っているのだ。


 婚約から六年弱が経過したものの、アンドレア様の溺愛ぶりはまったくもって変わらない。むしろ、ますますヒートアップして、もはや天井知らず。いや、底なし沼といったほうが、正しいかもしれない。


 そもそも、あのひどい熱病にかかったときだってすごかったのだ。


 熱が下がった翌日、真っ青な顔をして公爵邸に飛び込んできたアンドレア様は、私の無事を確認して頽れた。


「リーチェ……」


 悲痛な声でつぶやきながら、思わずといった様子で私の手にそっと触れる、アンドレア様。


「本当に、無事でよかった……」

「……ご心配をおかけして、申し訳ございません」

「もしも君を失うようなことがあったら、俺はもう生きてはいけない。リーチェは俺の唯一、俺のすべてなんだから」



 ……そ、そこまで!?



 私たち、出会ってまだ一か月なんですけど……!?!?



 アンドレア様の激重な愛の台詞に、違う意味でまた熱が上がりそうになったのは言うまでもない。



 その後も、アンドレア様のちょっと過剰でだいぶ強めな愛情から、逃れられる術などなく。



 事あるごとに「リーチェ、可愛い」「リーチェ、大好き」「このままリーチェを王宮にお持ち帰りしていい?」などと、惜しげもなく甘い言葉をささやくアンドレア様は、婚約して二年も経つと私に触れるのを躊躇しなくなった。会えば常に隣の位置をキープして、当たり前のように腰の辺りに手を回す。お茶会でアンドレア様の膝の上に乗せられ、愛おしそうな目で見つめられるのは、もはや通常運転。


 こんな状態が六年も続けば、アンドレア様を好きにならない、なんてとてもじゃないけど無理じゃない……?


 私としてもかなりがんばったつもりなのだけど、結局のところ、あの日の決意は無駄な抵抗だったと言わざるを得ない。


 私はいつのまにかアンドレア様に惹かれていたし、そのことに気づいたアンドレア様の独占欲はさらに加速した。私たちは完全なる両想い、仲睦まじい婚約者同士として、社交界でも認知されている。


 だからこそ、ステラの入学が怖かった。恐怖でしかなかった。


 出会った二人が恋に落ちるのは、わかりきっていたからだ。


 いや、でも、もしかしたら、アンドレア様はステラに出会っても心変わりなどせず、私を選んでくれるのでは? なんて楽観的な気持ちには、到底なれなかった。


 いくらアンドレア様が溺れるほどの愛情を注いでくれても、変わらぬ愛を誓ってくれても、『星降る夜のフェアリーテイル』という物語のストーリー上、アンドレア様とステラは絶対に結ばれなければならない運命にある。




 だって、そうじゃないと、この国は存亡の危機に直面してしまうのだから……!!








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