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そんなわけあるかーーーー!!!
と、叫び出したい衝動を抑えながら、俺はすぐさまセウェルスに命じた。
「あの噂の出どころを調べろ」
「……あれもこれもと、人使いの荒い主ですね、まったく」
「お前なら、それくらい朝飯前だろう?」
「当然ですよ」
あんな根も葉もない噂がまことしやかにささやかれているなんて、本当に意味がわからない。
俺がリーチェとの婚約解消を望むなんてあり得ないし、ステラのことだって毛嫌いしていることくらい、見ればわかると思うのだが……!
故意に誰かを貶め、傷つけようとするその噂に、ただひたすら腹立たしさが募る。
それから、数日後。
授業が終わってステラを早々に馬車へと送り届け(「このあと一緒に街へ遊びに行きませんか!?」とかなんとか言い出したから、問答無用で馬車に押し込んだ)、俺たちも帰ろうかと廊下を歩いていたときだった。
少し先の教室の前で、数人の令嬢たちに囲まれるリーチェを目にしたのだ。
「なんだあれ」
見るからに、穏やかな雰囲気とは言い難い。
反射的に駆け寄ろうと足を踏み出したところで、隣にいたセウェルスに引き止められる。
「お待ちください」
「なんだよ」
「あそこにいる令嬢たちですよ。噂の出どころは」
「……なんだって?」
「主犯格はオリアナ・ケルヴァス侯爵令嬢。それからコンスタンス・ミセル伯爵令嬢、ネリッサ・セネカ子爵令嬢、アガタ・マニウス子爵令嬢、テレサ・モンティス男爵令嬢です。まあ、言ってみれば、ケルヴァス侯爵令嬢とそのお仲間たち、といったところですかね」
「……お前、相変わらずすごいな。そんなにスラスラと令嬢の名前を言えるなんて」
「殿下も貴族の名前くらい、ちゃんと覚えてくださいよ。次期国王でしょう?」
「お前が覚えてればいいんじゃね?」
「よくないに決まってます」
「令嬢たちって、リーチェ以外はみんな同じに見えるんだよな。制服も一緒だし。見分けがつかない」
「単に覚える気がないだけですよね? まったく、ベアトリーチェ嬢に全振りしすぎなんですよ」
「まあ、否定はしない」
なんてわちゃわちゃしている間にも、令嬢たちはリーチェに下品な嘲笑を向けている。会話の内容までははっきり聞こえないものの、腹立たしいことこの上ない。
「……あれ。あのセンターにいるやつ、見たことあるかも」
「彼女がケルヴァス侯爵令嬢ですよ」
「……ん? ケルヴァス? ケルヴァスって、最近いい噂を聞かないあのケルヴァスか?」
「そうです」
「んじゃもう、潰しちゃったほうが早くね? 世のため人のためにも」
「遅かれ早かれ、降爵の運命にあるとは思いますが」
小声とはいえ、だいぶ不穏な会話をしている俺たちに気づくわけもないリーチェは、不意に令嬢たちに向かってふふ、と微笑んだ。
そして、多勢に無勢を覆す余裕の笑みを浮かべて、何やら言い返す。
その姿に、俺は図らずもちょっと見惚れてしまった。
「……やばい。俺の婚約者、可愛いだけじゃなくてめっちゃ格好いいんだが」
「あれくらい、ベアトリーチェ嬢にとっては物の数ではないでしょうからね。うまくあしらったのではないですか?」
「俺の出番、なかったな」
「殿下の出番は、むしろこれからでしょう?」
「さすがセウェルス。よくわかってるじゃないか」
そのあとすぐ、俺はケルヴァス侯爵令嬢をはじめとする五人の令嬢たちの家門に対し、セウェルスの調査結果を踏まえたとんでもなく分厚い抗議文書を送りつけた。
本来なら、こういうことはリーチェの父親であるウィタリス公爵の仕事である。でも今、リーチェは王宮でその身を預かっているわけだから、ここは婚約者たる俺の出番だろうと勝手に判断したのだ。
だって、リーチェはこの先俺と結婚して王太子妃になり、そしてゆくゆくは王妃になる人だよ?
将来的には自分たちが仕え、従うことになる、最高権力者なんだよ?
その辺の貴族令嬢ごときが取り囲んで愚弄していい存在じゃないし、そもそも根も葉もない噂を広めて傷つけようとするなんて、何様のつもりなの? 喧嘩売ってんの? だとしたら、こっちにも考えがあるよ?
というような内容の、見る人が見れば「ほとんど脅しでは?」と突っ込まれるような文章がふんだんに盛り込まれた、尋常ではない抗議文書を突きつけてやったのだ。
いや、我ながら、ちょっと過激すぎたか? とは思う。でも最近のストレスフルな環境のせいで、何かと思考が物騒になっていることは否めない。
いきなり王家から常軌を逸したやばい抗議文を送りつけられた貴族家は、軒並み上を下への大騒ぎになったらしい。
特に、ケルヴァス侯爵家の衝撃と混乱はすごかった。
実は、この少し前、ケルヴァス侯爵は長年税収を誤魔化していたことが発覚し、厳しい処分は免れないだろうと噂されていたのだ。
そんなときだというのに、状況認識の甘い娘が勝手に暴走してやらかした。リーチェを軽んじ貶めるということは、王家に楯突くことと同義である。自分の不正経理については素直に反省の意を示し、できれば寛大な措置をと繰り返し願い出ていた侯爵も、これには相当焦ったに違いない。
結果として、ケルヴァス侯爵は早々に娘を隣国の貴族に嫁がせた。しかも、相手は女癖が悪いと評判の、だいぶ年の離れた伯爵である。「輿入れ」という名の実質的な「追放」であることは、誰の目にも明らかだった。
そのほかの令嬢たちも、全員すぐに学園を退学させられたらしい。王家の不興を買った娘をそのまま放置していたら、自分たちにも累が及ぶことになる。そう思った当主たちが、自主的に娘を回収してそれぞれに厳しい処分を下したのだ。
「ケルヴァス侯爵令嬢がなぜあんな噂を流し始めたのか、知らなくていいのですか?」
目障りな令嬢たちをあっさり排除したあと、セウェルスが思い出したようにそう言った。
「理由? そんなもの、どうでもいいよ。どうせしょうもない理由だろ」
「それはまあ、そうかもしれませんが。ケルヴァス侯爵令嬢は婚約者候補に名前が挙がる以前から、殿下に想いを寄せていたそうですよ」
「だからって一方的にリーチェを敵視して、事実無根の嘘で貶めようとするのは違うだろう? そんなことしたって婚約者が変わるわけないし、そもそも貶めるどころか、見事に返り討ちにあって終わってたじゃないか」
「仰る通りですね」
「理由はどうあれ、リーチェに悪意を向けた時点で万死に値するんだよ」
平然と答える俺に、セウェルスは「はいはい」と言って苦笑する。
実は、抗議文書を書き始めてすぐ、俺はふと思い出したのだ。
何を隠そう、ケルヴァス侯爵令嬢たちも原作に登場する。まあ、名前が出てくるのはケルヴァス侯爵令嬢くらいで、その他の令嬢たちはいわゆるモブなのだが。
原作での彼女たちは、入学してきた平民のステラを忌み嫌い、ベアトリーチェと一緒になって何度も何度も陰険な嫌がらせを続けていた。
でも、逆境にめげることなく、どこまでも前向きに突き進むステラに心を揺さぶられ、だんだん見方を変えていくのだ。そして最終的には、アンドレアがベアトリーチェを断罪する際の証人を買って出る。
つまり、ベアトリーチェの破滅は、彼女たちの証言によって決定的になるわけだ。
ただ、俺が密かに動き回って物語の筋書きを変え続けたせいなのか、実際の彼女たちの立ち位置も行動も、原作とはずいぶん違ったものになったらしい。
それなのに、『ベアトリーチェに仇為し、害を及ぼす』という役割だけは、変わらなかった。
だから容赦なく、退場してもらったのだ。
でも、俺はこのとき、すっかり忘れていた。
リーチェに悪意を向ける身の程知らずの勘違い女は、ほかにもいたということを……!




