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14・元王妃の述懐



 息が詰まって喉をひっかく。


 何度も繰り返した発作だったが、慣れることは無い。


 胸が重く、体勢を変えても何かがのしかかっているようなそれが外れることはない。


 押しつぶされそうになって、喉がひゅうひゅうと鳴り出し、寝台の上を転がって腕を伸ばす。


 サイドテーブルに乗っていたものが床に落ち、陶器の吸い飲みが壊れた音が響く。慌てたように寝台のカーテンが開かれメイドが顔を出した。


 寝台から半身を落としそうになっている私を見て息を飲み、手を伸ばし、呼吸の苦しさに身悶える身体を慣れた手つきでぐっと支えて起こさせる。


 ややあって、たたき起こされたらしき主治医が急ぎ足でやってきた。喉がひっきりなしに音を立てる私の呼吸の様子を見て、持ちこんできた小箱から小さな瓶を取り出し、蓋を開けて私の口元へ持って来る。


 私はそれを強張った手でひっつかみ、必死の思いで中身を飲み下す。


 ほんのわずかの水滴。


 それが狭まった喉を通り抜けて数秒後、劇的に苦しみは去り、呼吸が楽になる。


 指の間から空き瓶が滑り落ち、私は、ぐったりと 身体から力を抜く。


 心得たように支えてくれていたメイドが私の身体を横たえてくれた。


 私は激しく息をつきながら、枕に片頬を埋めて目を閉じた。


 この発作を抑える薬は、私の元夫がもたらしてくれた。


 何の期待もしておらず、最初は見向きもしなかったが、大きな発作が起こった時に医師に咄嗟に差し出されたそれを苦しみのあまり口にした。


 驚くほど楽になった。


 こんなに効くのならと、もっと沢山手に入れるよう医師に依頼すると、薬は元夫が特別な伝手で手に入れたものであり、一般に出回ってはいないのでそもそも手に入れる事が難しいのだと告げられた。


 薬を持ってきた元夫の使いは医師でもあった。


 私を診察し、薬を渡す際、主治医と私の二人にそう申し渡ししたという。


 私は聞いていなかった。


 意識が朦朧としていたのだ。


 材料も調合法も特殊で、作成できる薬師も一人しかおらず、量産も出来ない。故に、渡した三本は、くれぐれも、余程苦しい時のみに使用するようにと言い含められたそうだ。


 それに従って、担当医は、私の発作が酷い時にしかそれを出してこない。


 今のように、死が迫っているかのような発作の時のみ。


 頻度は月に一度程度。


 三本目を消費した時、次はどうなるのかと心細かった。


 だが、発作の前々日に、元夫の使者はまた新たに三本持ってやってきた。


 大体の間隔を担当医は王都へ報告しており、元夫はそれに応じて薬を用意するよう手配してくれているようだった。


 これは優しさなのだろうか、と体調が少し楽な時には考える。


 あの人は、私にはいつも柔和な微笑しか見せなかった。


 私が王宮で王族のマナーとしてはありえないような言動をしても、鷹揚に笑って頷いた。


 「慣れていないのだから仕方がない。次は気を付けて」


 周囲は呆れていたが、何も言わなかった。


 私が聖女で、瘴気を祓い、荒地を開拓し、国土を富ませたからだ。


 「君には君の役目がある。それを果たしているのだから、誰にも文句を言う権利は無いよ」


 彼の言葉に私は安堵し、そして、やんわりと追い詰められた。


 聖女でなければ、私は宮殿の住人であることを許されない。


 「私は、聖女でありさえすれば許されるのよねえ」


 思いをひっくり返して、鬱積する胸の重さを吐き出すように、静かな補佐官へ挑発するように言った事がある。


 王妃となった私の元へ、王太子妃時代よりは格段に増えた書類の束を持ってきて、署名をするよう言ってきた時だ。


 「一応、中身も確認してください」


 補佐官の何気ない一言が、私のざらついていた心のどこかを不快に擦ったのだ。咄嗟に出た言葉でもあった。


 「誰しもにそれぞれの役目があります。ただその役目のみを果たすだけでは立ち行かない社会の仕組みもございます」


 補佐官の言葉に私は激昂して書類を鷲掴んで投げつけた。


 「私に意見しようっていうの!あんたなんか、いつでも私の意思一つで消せるのよ!あんたの姉のように!」


 次の瞬間失言に気が付いた。


 私は咄嗟に口を閉ざしたが、補佐官は表情一つ変えず、ばらまかれた書類の中に立っていた。


 部屋には侍女や護衛もいた。


 皆の方が顔色を変えていた。


 補佐官はかがんで、床に散らばった書類を拾い集めた。


 裏表、上下を確かめて、端を揃え、とんとんと机の上で整えた。


 そして無表情のまま私の前へもう一度それを差し出しつつ横に立ち、すっと身を寄せ囁いた。


 「落ち着いてくださいませ。聖騎士の命で一応場はおさまっているのですから」


 今度は私の顔色が変わる番だった。


 彼女は知っているのだ。


 波の凪いだ水面のように静かでありながら。


 私はその時、初めて貴族の恐ろしさを実感したのかもしれない。


 何故なら、私は婚約者時代、この補佐官と机を並べて王宮の教育を受けたのだ。


 私は聖女業務でしょっちゅう欠席し、彼女は私と比べるまでもなく優秀で、直ぐに進度は離れてしまったけれど、それでも同じ目的で何度も顔を合わせ、他愛もない話をすることもあり、王宮の他の人間よりは格段に親しくなった。むしろ、彼女しか親しい人間は出来なかった。


 私は彼女を友人として扱った。


 彼女の方は立場を決して違えなかったが。


 それでも、窮屈な宮殿内において、気安い間柄と私は感じていた。


 気晴らしの茶会を「二人きりで」したいと言えば、彼女は微笑みながら付き合ってくれた。


 私が漏らす「ここだけの」愚痴も嫌がらず聞いてくれ、意地悪な侍女に対する「ちょっとした」仕返しの為の情報をくれたこともある。


 彼女の姉に対して行った非道について私は忘れ果てていた。


 彼女と姉は異母姉妹であり、元々さほど交流があったわけでもないと聞いていた事もある。


 王宮へ上がってから、一度も実家に帰っていない事も知っていた。


 家族との関係は薄く、故に家人にも関心は無く、何が起ころうが気にかけてもいないと思い込んでいたのだ。


 だが、知っていた。


 知っていて、平然と私と相対していたのだ。


 「殿下の書類仕事への労力を減らし、聖女業務へ集中できるように任命されたのがわたくしでございます。今後は今以上に簡略化できるよう、事務方と調整いたします」


 彼女は身を離し、そう言って一礼した。


 表情に変化はなく、侍女に向かって私に茶を入れるように言うと、何事もなかったかのように、出て行った。


 私は怯えた。

あかんです。タイトル焼き直し……


一歩外に出ると、外の方があったかい。

家の中、ひんやりしております。

だらだらと連休が過ぎてゆきます。

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