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13・報告、その他



 テーブルに置かれた三本の薬瓶を私は溜息をつきながら見た。


 午後の日差しが、天板に薄紫の光を映している。とても美しい色だった。


 たった今、辺境の元妻の元へ派遣した魔法医から、現地の情報を聞きとった所だった。


 ご丁寧に報告書も添えられている。


 「この薬を使っても、妻の……元聖女の呪いは完全には消えないということなのだな?」


 テーブルを挟んで向かいに座った魔法医に確認する。


 「お苦しみのようでしたから、それを軽くする作用があるだけです」


 「消す方法は無いのだな?」


 「私が知る限りではございません」


 元妻の身体を蝕む呪いは、元は自身が発したものだという。


 それが返ってきただけだと。


 呪いを向けた相手はかつての私の婚約者であり、それが返ってきたのは、あの腕輪を破壊したからだと。


 聖女が人を呪うなど、あり得るのだろうか。


 そう問えば、手順さえ間違わなければ誰にでも出来る事だと魔法医は恐ろしい事をさらりと答えた。


 聖なる力も、神の加護も、そこには干渉しないのだろうか。


 魔法医は「わかりません」と端的に答えた。


 聖女や聖人が人を呪った事など聞いたことが無い上、試してみようにも自分は聖なる力がないので、と。


 ただ、相反する力を同時に体内へ宿してしまえば、反発しあって身体には負荷がかかるだろうとは予測できると。


 そして、聖女が徐々に力を失っていったのは、これが原因の一つだったのかもしれないと。


 魔法医は淡々と告げた。


 この魔法医の夫である魔法士は、聖女の力の減衰の原因を、「まずは無菌状態の田舎から都会の神殿になど連れてきたからだ」と言った。


 聖女を聖女たらしめる心の持ちようというものは確かにあるのだと。あの魔法と野心に満ち溢れた男が。


 であれば我々は、聖女自身でさえ、よってたかって聖女の資質を粉々に打ち砕いてきたということか。




 「この薬も量産できるわけではございません。「呪いをかけられた者」が好意で魔力を混ぜてくれたのですから」


 息が詰まる心地がした。


 苦しみを少しでも和らげるには、呪われた相手の魔力を利用して毒性を薄める方法しかないのだという。


 呪いの対象の身体にあった時、呪いは相手の魔力を打ち消す波動を生み出す。それが返ってきて身体を蝕むのなら、反転している筈の相手の魔力をぶつけて干渉を起こし、威力を弱める事が効果的だ、と魔法医は言う。


 そして、その対象とは、私の元婚約者。


 先日「深淵の森」で二十年ぶりに会った彼女の姿を思い出す。


 美しかった容貌の半分は損なわれ、髪は真っ白に色が抜け、右足と左手を失い、半身はどす黒く染まっていた。


 火傷の痕にまとわりつくように滲んでいた黒ずみこそが呪いだったのだという。


 長く自分を苦しめた相手のためであるにも関わらず、彼女は薬を作った。


 「何故だ……」


 拒絶もせず、あっさりと。


 注ぐ魔力だけではない。使用した薬草も彼女の家の温室で育てられた特殊なものだという。


 憎い相手ではないのか。


 「弟子の気持ちは私には判りません。私はただ、作ってやる気はあるかと問うただけです」


 応えて彼女は、黙って薬を作り出したという。


 「どれほど効果があるかは判りませんが、薬の出来は良いと思います」


 私は薬瓶を一つ取り上げ、中の薄紫の液体を揺らした。


 窓へ向けて透かすと、薄紫の光が差す。中身がたっぷりと魔力を帯びている事は瓶越しにも伝わってきた。


 「……元妻の元へ届けさせよう。報酬は……」


 「妥当な金額が判りません」


 魔法医は具体的な金額を提示しなかった。


 希少な薬草と特定の魔力。そもそも呪った相手だ。一体どのような報酬であれば妥当なのか。


 「どうやって報いれば良い……?」


 魔法医は小さく肩をすくめた。


 「ではその薬を使った後にでも、それが誰の作か元聖女殿にお伝えください。弟子は今の平穏な生活が続く以外の事は望んでいないようですが、あの子が長い年月苦しみのたうつ様をただ見守る事しか出来なかった私や従僕、そして子供達の恨みの感情は整理できておりません。敵に憐れまれる屈辱と絶望が理解できる方である事を願ってございますよ」


 聖女が恨まれる……


 それもまた考えられない事だった。


 そして、それの大元の原因は、まぎれもなく私自身。


 「私も恨まれているか……?」


 魔法医はもう一度肩をすくめた。


 「あのとんちきな魔法道具を作って王家にお渡しした男は私の夫でございますからね。私にはそんな権利もございませんでしょうが、さて従僕や子供達はどうでしょうか」


 「エルヴィエラは……?」


 魔法医は僅かに笑んだ。


 「弟子のあなたに対する感情は薄い」


 黙り込むしかない。


 「壊れた心を組み上げていく過程で、弟子は極力、不要な物は拾わなかったようです」


 精神の安定の為にも、心の健康の為にも、それが最善の選択でしたでしょうし。


 魔法医の笑みもまた、何の感情も見せなかった。


 「……第二王女の件もこちらで対処するが……」


 言葉を探し、触れておかねばならない他の件にも漸く言及する。


 「わざわざ他人と入れ替えた動機について何か判らぬか」


 入れ替わっているという話が事実であれば、何故そんな事をしたのか。本人はどこへ行ったのか。


 「ご依頼は「見てくるように」という事でしたので、それ以外の事は私には判りかねます」


 「娘に事情を確認したりはしなかったのか?」


 「余計な事を知れば、それだけ危険も増しますから」


 まただ。


 余計な事と言うなら、既に呪いの件で充分だろうに。それに何かが加わった所で何ほどの差があるというのか。


 「元聖女の件に関しては、既に私の弟子が否応なく巻き込まれておりますし」


 呪い返しとだけ報告して、後は知らぬふり、というわけにもいきませんからね、と魔法医は言う。


 呪いの苦痛を和らげる薬まで用意したのだから、それ以外の面倒事は免除しろと言いたげでもあった。


 「……先日そなたの夫と話をしたが、あやつ、魔法道具だけでなく、第二王女にもいらぬ仕掛けを施したと言っておったぞ」


 おや、と魔法医は瞬きした。


 「もしや夫を見舞って下さったのですか。わざわざ」


 意外そうな顔をしつつ、私の左手へ視線が向く。


 そこに二十年近く嵌っていた指輪は、つい先日塵になって消えた。


 そうなった原因を、この魔法医は知っている。


 「叔父が一度訪ねてみよと言ったのだ」


 「公爵閣下が……そうですか」


 この魔法医も当然の事ながら、叔父と面識があるようだった。


 私は目と手を行き渡らせて、この国を隅々まで管理しているつもりでいた。


 諜報部は優秀で、取りこぼしはなく、私自身も適切に使ってきたと思う。


 その証拠に国内でも国外でも、誰かに何か「してやられた」経験は一度もない。


 だが、万事を捕捉してきたわけでもないのだと、今になって漸く自覚しつつあった。


 私は、必要な事物しか拾い上げて来なかったのだろう。

 

 「ありがとう存じます。私は一切見舞っておりませんので」


 魔法医は平然と言った。


 離婚協議中という話は聞いている。


 不思議なことに長年愛人と暮らして家庭を顧みなかった夫の方が離婚を渋っているとか。


 「死を目前にして、心細くなっているのではないか」


 「どうなのでしょうね……」


 魔法医にとってはどうでもいいことなのか、表情は変わらない。


 「で、夫が王女殿下に、何をしたとおっしゃいました?」


 私は、魔法士に聞いた通りの事を答えてやった。


 元妻の依頼であったと。


 「さようでございますか……」


 魔法医は考え込むように顔を伏せた。


 「元妻は、私の愛を得ようとして出来なかったが故に去ったのだとある者に言われた」


 私は、エルヴィエラの義妹に告げられた、予想外な事を魔法医へも話してみた。


 魔法医は何とも言えないような顔をして私を見てきた。


 「おしどり夫婦として有名でしたのに?」


 そう言ってくる目が既に、それを信じてはいなかったと語っている。


 「大事にしていたつもりだったのだが」


 思わず呟いた。


 「そうですね。我々にもそのように見えましたし。国中の者が、平民出身の聖女と愛し合って王妃へ据えた陛下を称え、お二人の愛を信じておりましたよ」


 魔法医は私の「そのように見られたかった」形の輪郭を語った。


 「そなたはそう見えていなかったのか?」


 「弟子は、あなたと婚約を解消する前から私と連絡を取り合っていた事をご存じでしょうに」


 「……そうだったな」


 世間一般に流布している夢のような「王と聖女の恋物語」よりは真実に近い所にいた人間なのだ。


 「そう言えば、一般には破棄と言われていますが、実際は解消だったのですかね」


 「……そうだな」


 「ま、弟子に瑕疵はなかった筈ですからね。妙な噂はたてられていたようですが」


 公にはしていないが、契約を反故にした賠償金はきちんと王家から伯爵家へ支払われた。


 それ以外にも、幾つか伯爵家への優遇措置を提示して、婚約は解消された。


 伯爵は、終始上機嫌だった。


 「王家の思し召しのままに」と。


 表情を誤魔化すことさえ必要ないと思っているようだった。扱いやすい人物ではあったがおよそ上級貴族の当主とも思えない。少しは腹の内を隠す努力をしないと折角の優遇措置も意味がないのではないか。わざわざ言ってやる必要も感じなかったがそう思った。


 今でも伯爵はそのままだ。


 予想外にその後家が栄えているのは後妻がうまく制御しているからだと噂に聞いている。以前は領政には一切かかわろうとはしていなかった様子だったが流石にどこかで危うさを感じたのだろう。


 そう言えば当主から、婚約解消の話し合いの最後にごく自然に「娘は王都から出し、暫く領地へやりましょう」と言われたのだった。にこやかに。


 流石にその時は、娘を害そうなどというつもりはなかったのだろうとは思うが。


 そうでなければ、腹の中が丸見えだと思った私が見事に騙された事になる。


 どちらなのだろう。


 今更、疑心暗鬼に駆られる。


 「ほとぼりが冷めるまではその方がいいだろうな」とその時私は答えた。


 その場で私は、腕輪をエルヴィエラへ手ずから嵌め、「離れていても心はそなたのもとにある」と告げた。


 それを伯爵はにこにこしながら見ていた。いっそ無邪気に。


 それ故、私の意思は両者に伝わっていると思っていたのだ。


 あの表情は伯爵の本来の笑みだったのか、それとも作られた笑顔だったのか。


 いや、物事が思い通りに進んだと単純に喜んだのであれば……


 今思えば、私はあの時、彼女の顔を見ていたのだろうか。伯爵の晴れやかな笑みばかりが思い浮かぶ。


 彼女がどんな表情をしていたのか思い出せない。


 国の為、王家の為、最善の選択と思いながらも、後ろめたかったのだと今になって気づく。


 それ故、その後すぐに彼女が王都を去ったと聞いてどこかほっとしたのを覚えている。


 それきり姿を現さなかった事にさえ、安堵していた。


 ずっと待っていてくれると都合よく信じて。



 私はやはり見たいものだけを見てきたのか。


 為政者としてやってはならない事の筈だったのに。



 「陛下の愛を思うように得られなかったとして、王女殿下を連れて行く事と関係があるとも思えませんが」


 魔法医が現実へ引き戻してくれた。


 私は深く息をついた。


 「あれが真の所、何を考えていたのか、今となっては判らない。直接尋ねるほかないのだろうな」


 魔法医は何も言わず目を伏せた。


 「おしどり夫婦だったのに、とは言わぬのか?」


 そのくらいの皮肉は飛んできそうだと身構えていたのだが。


 「たとえどれ程親密な間柄であっても、完全に理解し合う事は出来ませんよ。私たちはそれぞれ別々の人間なのですから」


 至極当たり前の事だと言いたげだった。


 それに僅かにほっとし、そして不安にもなった。


 あの単純に見えた伯爵でさえ、推し量れぬ何かを持っているのだろうか。

タイトルの付け方がめっちゃ雑になっていく。


見に来てくださってありがとうございます。

連休に入りましたね。私には関係ありませんが。

ずっとかけていた年金保険の支払期日がいよいよ来まして、そこからさえ源泉徴収される現実にショックを受けております。

なんだかな~、ふざけてんのかな~。収入から税金やら社会保険料やら引かれた中から毎月コツコツ支払った筈なのに、そこからまた取るって何なんだろう。そりゃ支払った額よりは増えてはいますけどもさ。

本来予定していた年次手取り額に近づける為に、二年据え置く事にしました。保険屋さんには「中途半端な……」って顔をされました。いいんだよ。

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