12・帰還、その他
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辺境の「妹」から手紙が届きました。
おじい様おばあ様からの短い便りも同封されています。
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姉の手紙にはそう書かれていました。
先生が、本来であれば私が送られるはずだった辺境へ赴き、「手紙も書けない程体調が悪く、回復もしない」元第二王女を診察して帰ってきたのはつい先日の事。
「元第二王女」は体調に何の問題もなく、健康だったそうです。
問題は母親。
半身が呪い返しで真っ黒に染まっていたと。
母は元聖女です。
聖女が呪いをどうやって発動できたのでしょう。
「充分な魔力と生贄があり、決められた手順にそった儀式を行えば、誰でも発動できる」と先生はこともなげにおっしゃいます。 それが例え聖女であろうとも。
その身に帯びている神の加護は反応しないのでしょうか。
あの輝かしい金色の魔力には負の気、陰の気を浄化する作用があるはずなのに。
「私も初めて見たからねえ」
先生は首を振りました。
予測がつかない、と。
「まあでも、聖女殿の魔力の出力が年々減って行った原因の一つかもしれないね」
負の気に聖の気が負けたのでしょうか。そんなことがあるのでしょうか。
それではこの世の「聖」や「正」は、ことごとくうち伏せられていくしかない……
「あんまり悲観的になりなさんな。私は、世界には調整機能のようなものがあると思っているよ」
「調整、ですか……?」
「極端に悪くなることもないだろう。極端に良くなることもないだろうけど」
安心できるようで出来ない事を先生は言います。
私は知らずに顔を歪めていたのでしょう、笑い声が聞こえて視線を向けると、姉弟子にあたるエルヴィエラ様がおかしそうに笑っていました。
「ごめんなさい。でも、何があっても、多分この世は続いていく、程度には調整されていると私も思いますよ。心配しても仕方がない」
この方が言うと重みが違います。私などよりはよほど世の不条理を体験している方ですから。
私は、この方に比べるととても運が良かった。
「そうだねえ」
そう答えながら先生はガラス瓶の中の薄紫の薬を光にかざしています。
その薬を作っているのは、エルヴィエラ様です。
今も、魔力水に魔力で練った「清浄草の花」を溶け込ませています。
花は、この家の庭に咲いたものです。
「深淵の森」の濃い魔力をたっぷりと浴びて、この家の庭の収穫物、特に薬草は、森の外の同種と比べて恐ろしい程の効力を秘めています。
姉弟子の手の中で圧搾された花はその中でも温室で丁寧に育てられた特級品。
それを惜しげもなく摘み取って、姉弟子は「呪の気祓い」の薬を作りはじめました。
彼女の両手から注がれる魔力は一定で一筋の乱れもなく、銀色に光っています。
右手は貴族らしく優雅で白く、手袋を外された左手指はゴーレム素材の金属が彼女の魔力を帯びて発光しています。
彼女はこの義手をとても器用に扱うのです。
「魔力が一定量あれば簡単ですよ」と言いますが、その操作に慣れて微細な魔力放出の制御まで出来るようになるにはそれなりの時間をかけ、熱心に訓練を続けなければならなかったことでしょう。
その時間を思うと、私には溜息しか出ないのです。
先生は、私が真面目で努力家だと誉めて下さいます。薬師に向いているとも言って下さいます。
ですが、姉弟子の段階に到達するのに、同じ時間で済むとは到底思えません。
この方は、薬師や魔法医としてのみならず、魔法士としても先生の一番弟子です。あの義手で、恐ろしいほど高性能の魔法道具を作り上げるのです。
父は、それでも母の方に利用価値を見出した。
果たしてそれは正解だったのか。
先生も、当事者である姉弟子も「国政が乱れたわけでなく、王家の力を強め、平和に治世が終わったのだから、正解だったのでは?」と言います。
私が言える立場ではないのですが、姉弟子に納得しているのか、と思わず問うた程冷静に。
姉弟子は笑いながら、「私の感情は、また別の話です」と答えました。
父は、母が王籍を抜けた後、渋る姉弟子の異母妹に詰め寄って、姉弟子の居所を聞き出したそうです。
切り捨てた元婚約者に心を残していたのかと、私は知ってとても驚きました。
およそ人間らしい感情はどこかへ置いてきてしまったような人だと思っていましたから。
父はひと月毎日この家の門まで通ったそうです。情熱的です。驚いた後は笑いが出ました。
縋る父に(縋ったという話にも驚きました)、「お互い、何の利もありませんよ」と姉弟子はすげなく言って追い返したとか。
この家の双子に聞きました。
姉弟子は父の事は何も言いませんでした。訪ねてきたことさえ黙っていました。彼女にとってはどうでもいい事で真実忘れていただけなのかもしれません。この人にはそういう所があります。
ディートは姉弟子の少女時代からの忠実な護衛を兼ねた従僕で、姉弟子の意向であれば己の感情は呑みこんでしまう上表情を読ませませんので実際の所は判りません。
が、双子は違います。
初めて先生に伴われてこの家を訪れた際、ひと目私を見るなり、警戒心をあらわにしました。
私の外見が、王家の特徴そのものであり、恐らく、顔つきも父に似ているせいでしょう。
姉弟子もディートも傍にいない時を見計らって近づいてきた双子は、「先生が連れてきた以上受け入れるけれど、お母様に余計な事は言うな」と冷ややかな目で警告されました。
双子は姉弟子を「お母様」と呼びます。
混じりけのない銀の髪と冬の星のような青い瞳は姉弟子そっくりです。
実子に間違いないと思うのですが、姉弟子は首を横に振ります。
「あの子たちはある日この家の庭に迷い込んで来た不思議な子供達です。「帰る所はない」「ここが家」と言うので、最初は妖精かと思いました」
そう言って笑いました。
「私はなんにもしていないのです。「母」と呼ばれるだけ。主に面倒を見ていたのはディートで、最近、顔つきまで彼に似てきたような気がします。不思議ですね。やはり生みの親より育ての親なんでしょうか」
いっそ無邪気に首をかしげる姉弟子は、回復した体調のせいか、日に日に若々しくなっています。
色が抜けて、真っ白になっていた髪は、生来の銀髪の艶を取り戻しつつあるようで、それがますます双子の髪に似てきているのですが、彼女はそれを認識していません。
先生もディートもその事に関しては何も言いません。
私も必要以上に疑問に思う事はやめました。
姉弟子は一度、完全に心が壊れた人です。再構築したとはいえ、欠けもあれば歪みもあるでしょう。余計な負荷はかけない方がいい。双子が警告する「余計な事を言うな」とはそういう意味に違いないので。
双子は私を警戒しながらも、寄り添いあってこの閉じた庭で楽しそうに暮らしています。
平穏な暮らしが長く続くと良いと思うのみです。
姉弟子が作った薬は小さなガラス瓶に三本程。
先生はそれを一つずつ丁寧に布に包んで鞄に入れました。
「それじゃ、行ってくるよ」
「失礼します」
私も頭を下げました。
先生は私の手を握り、私たちは王都の薬房へ転移しました。
これから先生は、上王陛下、つまり私の父に面会するのです。
薬房にはディートも到着しています。
彼は、さっさと転移で戻ってしまった先生の代わりに、辺境で前王につけられた護衛や世話された馬車等を戻す手配をしたり、何かと鬱陶しい元聖女の取り巻き達をあしらって後始末をつけてきたそうです。先生に面倒を全て押し付けられたような形ですが、「慣れている」そうで飄々としています。「いざとなれば、自分も転移すればいいだけですので」と。
そう、彼も元をただせば貴族の子息。魔法が使えるのです。まさか転移まで出来るとは思いませんでしたが。
彼のやり方は、小刻みに移動する方法だそうです。
先生や姉弟子のように大容量の魔力を持たないので編み出した方法だそうです。
それだって、相当訓練しなければ出来ない事の筈なのですが。
実際、彼より魔力量の多い私は未だに転移は出来ませんし。
「それじゃ、留守を頼むよ」
私は頷きました。
これから先生はディートと王宮へ向かいます。
私は留守番です。
殆ど交流は無かったとはいえ、私が顔を見せれば、流石に娘と気づくでしょうし。
……気づきますよね?
なんだか自信がなくなってきました。
まあ、髪と目の色で気づくでしょう。多分。
父があっさり切り捨てた娘ですから、ばれた所でお互いどうという事もないのですが、辺境の母の件が片付くまでは潜んでおきたい所です。
母の呪い返しや、娘の私の入れ替わり等、あの父ですから敢えて表沙汰にはしないでしょうが、王家の権威を守るため等という理由でうっかり消されてしまう可能性もありますので。
王家の諜報部は優秀ではありますが、私の入れ替わりを父は知らなかったようなので、先生の弟子に収まっている事はばれていないと思います。
今のところは。
今回の件で先生の周囲が探られてしまうとあっさりばれてしまうかもしれませんが……。髪を染めた方がいいかもしれませんね。今更ですが。
全く面倒な事です。
タイトルがどんどん思いつかなくなっていく……
見に来てくださってありがとうございます。
つか、あとがきのこれが、前二回にわたって「身にきて」になっているのに本日病院の待ち時間に気が付いて気が遠くなりました。なんだこりゃ。どうして気が付かない。
そのせいかどうか判りませんが、普段は平均値の血圧が爆上がりしていて看護師さんにチェックつけられました。貧血は平均値に戻ってほっとしてたのに。




