春と挫折と宮古島 8話
俺たちはタクシーの中から景色を見つめていた。
これから伊良部島から宮古島へと進むみたいだ。
「あの……母ちゃん?これから港に行くの?」
「あはは、まさか!伊良部島はこうやって繋がってるのよ!」
「これは……橋?」
そう、伊良部島から宮古島まで3キロほどの距離を大きな橋がかかっていた。
両脇にはエメラルドのような海が太陽の光を照らしている。
東京ではそれだけでも非日常の世界そのものだった。
「すげぇ……。」
「おー、直輝めっちゃ窓見入ってるじゃん。」
「う……うるせえ。」
気がついたらタクシーの窓に張り付くかのように見ていて母ちゃんがにやにやする。
去年の沖縄よりも、海の美しさがかなり違う。
「沖縄本島で見た海より綺麗だった。」
「あはは、そうかもね。」
橋は山のようにアーチをかけていて、その中を船が進んでいる。
どうやら、海路としても使われているようで海も彼らの生活の1部だと思い知らされた。
そして、いよいよ宮古島へと入っていき俺たちの旅が本格的に始まった。
☆☆
「すみません、予約した天野ですけど。」
「いらっしゃいませ、そしたらこちらの紙に住所とお名前をお願いします。」
「はーい。」
母ちゃんは出された用紙を淡々と筆を進める。
ホテルに着くと妙に安心感がある。
緊張がほぐれるような、その感覚が好きな自分がいた。
「ねえ直輝。」
「ん?」
「このお勤め先って書かなきゃダメかな。」
「まあ書くでしょうね。でも母ちゃん働いてないんだし主婦でいいんじゃないか?」
「えー、でも通らない可能性があるかもよ?こうなったら……事務所の名前を。」
「待て、それAVの事務所じゃねえか!それこそアウトだよ!」
そんな事を言ってると途中で紙をホテルマンが回収する。
え、まだ書いてる途中なんだけど……?
「ありがとうございます!お名前と電話番号と住所だけでOKですよ。」
ガクッと二人で肩透かしを食らった。
「……母ちゃん。」
「あ……あー!そうですよね!こういうのは必要な場合のみ書くのよ!」
「いや、めっちゃ書こうとしてたやん。」
「しーっ!直輝、これ以上はアホだと思われるから!」
いや、結構手遅れじゃないか?
母ちゃんはアホじゃないけどこうして抜けてる時がある。
そして、本人がAV女優の過去があるので公言しそうなのが怖い。俺もよく16年も気が付かなかったものだ。
「とりあえず……荷物置くわよ!」
「はいはい。」
ホテルに入り荷物を置いて、俺たちはすぐにホテルを出た。
そして、ホテルは海辺に隣接していたので砂浜を見ながら二人で夕日に照らされたビーチを横に歩いている。
生活圏に入っても海が幻想的なまでに綺麗だった。
砂が白く煌めき、エメラルド色の海水がどこまでも水の底を見渡せる。静かな波音が心地よくいつまでも聞いていたいような心地良さがあった。
しかし、そんな景色よりも母ちゃんが少しソワソワしていて何かを言いたげだったのでそちらに注意が逸れてしまう。どうしたんだろう。
「ねえ、直輝?今日私の友達も呼んでるけどご飯一緒でも大丈夫?」
「友達?構わないけど。」
あれ、母ちゃんはこの付近に友達っていただろうか?
母ちゃんは南海トラフ地震に被災してからはここの人たちとは無縁のはずだったけど。
「いいよ、せっかくだし。」
「ありがとう!そしたら……もう着いて飲んでるみたいだからお店行こっか!」
そういって母ちゃんはニコニコしながら繁華街の方へと進んでいく。
夕日に染まる宮古島はいつの間にか夕闇に染まりエメラルドグリーンの海が少しずつ見えなくなっていた。
「遥香ー!久しぶり!」
「翔子!もう16年振りくらいだね!いやー、全然変わらないね!」
「いやいや……私も老けたわよ。久しぶり、直輝くん!」
「ど……ども。」
俺はタイムスリップでこの人に会ったことがある。
この人は翔子さん。
高校生だった母ちゃんの親友だった。
しかし、震災を経て仲違いをしてからそれっきりの関係である。
「あの時、直輝くんが遥香ちゃんの連絡先教えてくれたからこうして謝ることができたのよ!ほんと感謝しなきゃ。」
「ああ、そりゃあ良かったです。」
ちょっと気まずさがある。
タイムスリップで彼女に会ったのもあるし、現代でも彼女と話したので説明しようがないし、母ちゃんにタイムスリップの話をしなきゃだからある意味爆弾のようなものである。
「ちょっとトイレ行ってくるね!」
「あ、母ちゃん!」
頭が混乱してる中2人きりになる。
何を話そうか悩んでいると翔子さんはコソコソ話で俺に話しかけてきた。
「……色々事情はあるみたいだから、そこは話さないようにするから安心して。」
「お願いします。」
どうやら、ある程度事情は理解してくれてるようだった。それを聞いて安心する。
なんせ、過去の母ちゃんとも少し干渉してるからそこを話すと何が起こるかわからないからね。
そして、席に案内されると見知らぬ女の子がそこにいた。あれ、ここで合ってるよな?
そんな様子の俺に彼女はムスッとした表情でそっぽを向いてしまった。え、なんか怒らせたかな。
「夢華!挨拶しなさい!」
「え……この子ってまさか。」
「私の娘の下地夢華よ!」
確かに……似てる!
祥子さんは今でこそおっとりしてるけど女子高生の時はクールな性格をしている。
冷たいような、少しきついような……その印象が見事に遺伝していたのだ。
「えっと……天野直輝です。」
「……。」
返事がない。ただの美少女のようだ。
彼女はつまらなさそうにスマホをいじり出す。
まあ、年齢的に俺より少し歳下くらいだろうか?
ちょうど反抗期真っ只中と言った感じだった。
「ごめんね、直輝くんせっかく来てもらったのに。この子今受験でピリピリしてるのよ。」
「ママうっさいんだけど!」
そう言って少女は一喝する。
……こわい。浮気と勘違いして詰めてくる舞衣と同レベルくらいで怖かった。
そんな中、翔子さんは母ちゃんと泡盛を頼んでごくごくと飲み出す。
そして、昔話をはじめて夢華ちゃんはスマホをいじり俺はその様子を眺めていた。
しかし、それがいつまでも続く訳でもなく。
「もういい!」
そう言って、彼女は立ち上がり店を出て言った。
おいおい……尖りすぎだろ。
そして、こんな若い子が夜にひとりで飛び出すのは危ない。
俺も立ち上がり追いかけようとした。
「あの、追いかけないんですか?」
「いいのよ。私が行っても反発するだけだから。」
「おれ!ちょっと行ってきます!」
明らかに放任主義すぎる翔子さんに少し苛立ちを覚えて俺も飛び出す。
ちょっと無責任すぎやしないだろうか?
俺は彼女を追いかける。
すると、彼女は海の近くまで進んでいて、月明かりに照らされる海を不機嫌そうに見つめていた。
「……なんで来たの。」
「そりゃあ、君一人で外に出るのは危ないだろ!」
「1人にさせてよ!私……ママと宮古島なんて来たくなかったの!仕方なく着いて行ったら知らない人との会話に混ぜられて……!」
どうやら、彼女はなにかに追い詰められてるようだった。でも、その気持ちは凄くわかる気がする。
去年の俺もそうやって家を飛び出していたのだから。
「気持ちわかるよ、ここ座っていい?」
「うっさいわね!消えてよ!」
「消えない。」
彼女は舌打ちをすると、それをかき消すかのように波音が静かに鳴り響く。どうにも彼女の様子が他人事に思えなく俺も静かに彼女の様子を伺っていた。
すると、彼女はすすり泣くように静かに泣き出した。
俺は戸惑いつつも、どうにも放っておけない。
ザザーっザザーっと波がいつまでも音を立てる。
夜なのにまるで常夏のように暑く、潮の香りが強く目まで潮風で焼かれそうな気がした。
暗闇の中たまに車が走ったり、繁華街から歌声が聞こえてくるけど、俺たちを見つける者は誰もいなかった。




