春と挫折と宮古島 6話
家のドアはいつもよりも重かった。
そして、ゆっくりと開けて俺は静かに帰ってくる。
「ただいま……。」
しかし、いざ帰ってくると日常は特に変わってる様子もなかった。
そりゃあそうだ、今回ばっかりは家出もしていなければ母ちゃんとも喧嘩していない。
変わったのは、俺が模試の結果が散々だったことくらいだった。
母ちゃんがジューと何かをフライパンで焼いている音が聞こえる。
また何かを作ってるのだろう。
「おかえり、直輝!」
「母ちゃん……何作ってるの?」
「何って……じゃーん!トルティーヤ!」
母ちゃんはクレープ状の何かをトルティーヤと言い張っていた。
トルティーヤってこんなんだっけ?もう少しモチモチとしてる気がするのだけど、薄くクリスピーに仕上がっていてクレープの方がやはり表現が近い気がしていた。
「これに……オーロラソースをかけて、ほれ!」
母ちゃんにそれを渡される。
中にはひき肉を焼いたものとレタス、トマトにピクルスが乗っていた。
俺はそれを恐る恐るたべると、そのクオリティに驚かされた。
「…美味い!」
「どう?ビッグマ〇ク超えた?」
「……う、うん。」
「え?」
母ちゃんの謎のフリで少し困惑してしまう。
いや……確かに組み合わせとしては近いものを感じるけど比較対象かと言われると少し分からない。
「ビッグマ〇ク超えた?」
「いや、なんで二回目。でも……すげー美味いよ。よく考えたね。」
「なんか、インスタで目に入ったから作ってみたの。」
「すご、普通そんな行動力ないよ。」
母ちゃんは、本当にすごい。
いつもいつも知らない面が見えて、それでいて前を進んでいる。
一瞬、試験の結果を忘れるほど美味しかった。
やっぱり、努力家な母ちゃんには敵わないなと感じてしまう。
こうやって思いついたら行動して、自分の行動に自信を持つこと……それこそが今の彼女を作っているのだ。
「母ちゃん……試験難しかった。」
「お、珍しーじゃん。直輝から弱音が出るなんて。」
「一生懸命やったんだけど、頭がフリーズしてしまうほど敵わなかった。せいぜい偏差値60前後くらいだ。」
「それでも日本全国だと上澄みなんだけど……やっぱ厳しいんだね。中卒AV女優の私にはわからん世界だわ。」
そんな自虐を彼女は続ける。
いや、そんなことは無い。
恐らく俺を産まない選択をしていたら母ちゃんは恐らく医者になっていた。
母ちゃんも俺くらいの歳の時は親が厳しくめちゃくちゃ勉強していたのだから。
「ちょっと今……本当に医学部に行けるのかわからない。だけど、俺頑張ろうと思うんだ……だから今からめちゃくちゃ勉強して」
「直輝。」
早口になる俺を母ちゃんは遮った。
まるで今闇雲に努力しても何も得られないかを悟るかのように。
「旅行いこ!直輝!」
「……は?聞いてた?俺は今から勉強して成績を上げて行こうと。」
「直輝の悪い癖!ちょっとしたしくじりを無理やり努力で詰め込んでカバーしようとする。そうやって無理ばっかすると折れちゃうよ。」
……何も言い返せない。
俺は母ちゃんに指で胸を刺されるけどなにも反論できず怯んでしまった。
「で…でも、こうしてる間にもライバルが。」
「そんなの、移動しながら勉強すればいいのよ。」
「ええ……。」
そういって、母ちゃんはカレンダーを再確認してスマホを操作しだした。
相変わらずその行動力はどこから来てるのだろうか。
「ほら、ちょうどこの土日あなた開校記念日もあって三連休じゃない。」
そう言って母ちゃんは新年の年間表を持ってニコニコしていた。
「この一週間直輝頑張ったんだから、たまには羽を伸ばさないと……あ!みて、宮古島の便が安い!」
そういって彼女はあっさりと予約を済ませてトルティーヤを食べ始めた。
「予約OK!今回はビジネスクラスにしました。」
「ビジネスクラスって何?」
「んー、まあ……そこそこ快適な席。」
「なんだそりゃ。」
調べてみると飛行機にはファースト、ビジネス、エコノミーの3種類がある。
ビジネスはコスパが良いとされ、勉強や忙しいビジネスマン向けの席になっていた。
「へえ〜こりゃあ快適そうだ。」
「こういうシチュエーションで勉強もいいかもよ。」
「いや、非日常的すぎて勉強にならないよ。」
母ちゃんに押されて旅に出る事になったけど、俺は少しだけ心を驚かせていた。
確かに修学旅行で沖縄には行ったけど、あれよりももっと遠い宮古島に行くのだから。
俺は、少しだけ肩の荷が降りてまた勉強机に向かおうとすると母ちゃんは去り際に声をかけた。
「あ……直輝。」
「なんだよ母ちゃん。」
「受験は長距離走だから頑張るのも大事だけど、無理しすぎないのもひとつのコツだからね。確かに焦る気持ちは分かるけど直輝は確実に進んでいるんだから。」
「……ああ、お休み。」
そういって、俺はまた勉強机にもどって勉強をする。
しかしその晩はあまり集中が出来ずに徒労に終わってしまった。
どうにも試験のショックをまだ引きずっていたからだ。
俺は、こんな状態で本当に旅行なんか行っていいのだろうか?
どうにも時間というロウソクが燃え上がり、残された時間というロウをどんどんと溶かされてるような焦燥感に駆られる。
残された時間と自分の無力さに絶望しつつ布団に入り、俺は何度も目が覚めてその晩はよく寝れることはなかった。
俺は、自分でも気づかないうちに少し壊れかけていた。
寝ては起きてを繰り返して……気がついたら気を失うかのように深い眠りに入るのだった。
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