春と挫折と宮古島 5話
「……いよいよか。」
俺は試験会場の席に着き、準備をしていた。
やるのはもちろん、医学部の模試である。
この一週間、できる限りを勉強に費やした。
去年とは違って少しは爪痕を残せる気がした。
「それでは、試験を開始してください。」
試験管の合図とともに一斉に学生たちが模試を開く。
シャープペンシルが机を叩く音が無数に聞こえて、俺の耳は緊張とこの音でどうにかなりそうだった。
しかし、その気持ちをグッとこらえて問題に打ち込むのだけど俺は頭が真っ白になっていた。
「……え?」
内容が、少しはわかるのだけど大半が分からない。
確かに龍と一通りはやったはずなのに……その単元をいくつも捻った問題ばかりで俺は5分かけて1問解くのがやっとだった。
嘘だろ?あんだけやったのに?
こんなに遠いわけがない……。
俺の手とペンは震えていた。
文字すらろくにかけるか分からないほど俺は打ちのめされていた。
できる限り、わかる問題から進めてみるけど……それでも俺の解答用紙が空欄だらけだった。
急いで時計を見ると、試験の時間があと少しで終わってしまう。
俺はなんとか記述式の問題でできる限りの知識を埋めてみたが、どうにも確信がないまま時間が過ぎ去っていた。
「はい、試験は終了です。ペンを置いてください。」
「……。」
「そこの君!試験は終了なので指示に従ってください!不正と見なしますよ!」
「は……はい!すみません!」
その後も俺は試験を受けてみたけど、太刀打ちと言うには程遠い世界だった。
うちの学校の3年の範囲がこれでもかと出てくるし、ただの知識ではなく論理的に理解しないといけないのでその力が弱い俺にとってはまさに弱点と向き合うようなものだった。
そして、あっという間にその日は過ぎ去っていった。
「はい、本日の試験はこれで終わりです。試験結果はウェブにて9~10日後に発表いたします。」
「……。」
俺は席を立って逃げるように会場を去っていった。
吐きそうだった。
今までの努力が一体なんだったのか、医学部なんて向いてないんじゃないか?
そんなモヤモヤが俺を支配して、今すぐこの場から逃げ去りたい気分だった。
しかし、そんな俺を誰かが捕まえる。
「よぉ、なおっち。大丈夫か?」
「……なんで教えてくれなかったんだ。」
「なにがだ?」
「なんで!俺が全く通用しないことを教えてくれなかったんだ!!ずっと見てたならわかったんじゃないのか!」
俺はあろう事か親友に怒りをぶつけてしまった。
でも、もっと早く言ってくれれば危機感持って努力できたのに。
そんな八つ当たりを彼にぶつけてしまう。
「俺は……俺は全く通用しなかった!!どの教科も中途半端で……何聞かれてるのかすらもわからなかったんだ!!」
「……。」
「なんで……なんでだ。俺は、医者になって……!」
「あのな、なおっち……人にやってもらって医者になれるやつなんかいないぞ?ここに来てたヤツらは全員自分の意思で自分の行動で結果出してる奴らなんだ。今のお前じゃ通用しない。」
龍はいつになく冷静だった。
まるで、この結果を見据えていたように。
そして俺が彼にぶつける言葉さえも想定内であるかのように。
「でも俺お前に聞きたいさ……そんな現実を突きつけられてまで、お前がなりたいものってなんだよ。」
「そんなの……医者に決まってるよ。」
「じゃあ医者になれよ!!」
久しぶりに、彼の大きな声を聞いた。
いつもは論理的に話してヘラヘラ笑ってる彼が久々に怒ってくれたのだ。
「お前がこうしてる間に、他の奴らは進んでるんだよ!そしたらさ、1個下に追い越され、2個下に追い越されて……お前はこのままじゃポンコツのレッテルを貼られたまま何物でもないおっさんになるんだぞ!そういう無能が溢れるのがこの医学部受験なんだぞ!」
彼は声を荒げ俺に現実を突きつける。
俺にはまるで悩んでる時間を持たせないためなのかもしれない。
「もっぺん聞くぞ、なおっち!お前……今諦めて中途半端なおっさんになるのと……今死ぬほど努力して医者になるの、どっちがいいんだよ!」
「医者になりたいに……きまってるだろ。」
「じゃあ医者になれよ!!俺はお前のこと信じてるからさ、一緒に……医者やろうぜ!」
彼は目を逸らさず思いっきりそんな言葉を俺にくれた。
涙がこぼれて……頑張って泣かないようにしてるけど、むしろ涙が零れてきた。
「ぜってぇなれるから!諦めんなよ!お前の母ちゃんとも約束したんだろ?」
俺は泣き崩れた。
返事なんてできなかった。
でも、静かにコクリと彼の問いかけに頷くので精一杯だった。
「じゃあな……俺は恐らくA判定なんだけど、油断してたらライバルに抜かされかねないから帰ったら勉強するよ。1回冷静になってお前の本当の答えが出たらまた教えてくれ。」
そういって、彼は去っていく。
改めて、医学部の世界の遠さを思い知った。
帰り道、俺は並木道を進んで自宅へと向かっていった。
先週満開だった桜はほとんど散っていて、桜の花びらの絨毯があるようだった。
そして、春になり少し明るい夕方の中俺はゆっくりと自宅に向かいながら俺は自問自答する。
俺は……どうしたらいい。
何がしたくて、今ここを歩いてるのだろう。
そんな堂々巡りをしながら、家が近づく度に足が重くなっていくようだった。
母ちゃんに……なんて言おう。
どんな表情で彼女と向き合えば良いのだろう。
家が見えてきた。
リビングの灯りがついている。
母ちゃんが、待っている。




