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豊臣秀次に転生しました! やばっ! バッドエンド確定じゃん!  作者: イサクララツカ


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第8話「五歳児、宮部家の台帳を作る! 大嶽城を見て思い出したのは、三国志・街亭の戦い!?」

元亀三年(西暦1572年)九月二十五日〈旧暦〉 秋・早朝

近江国坂田郡 宮部城

「……お父さーん!」

「朝から騒々しいぞ、治兵衛!」

「お願いがあるんだがね!」

「……また田んぼか?」

「はい!」

「即答するな!」

養父の宮部継潤が、額を押さえた。

俺は木下治兵衛。宮部家に迎えられた幼名は万丸。

数え五歳。

そして、将来の豊臣秀次である。

前世は京都大学農学部四回生。

現在の目標は、農業研究と八十歳までの長生き。

……ただし、史実では二十三年後に切腹する。

絶対に回避してやる!

「お父さん、紙をちょうだい!」

「紙?」

「それから、宮部村の田畑の覚え書き!」

「何に使う?」

「絵図を描くんだわ!」

「……絵図?」

「はい! 田んぼと畑と、川と道と、お城!」

宮部は眉を上げた。

「城まで描くのか?」

「昨日教えてもらった、小谷城や虎御前山も!」

「……ほう」

「それから、浅井方と朝倉方の陣地も!」

宮部の表情が変わった。

「……万丸」

「はい!」

「それは、軍用の絵図にもなるぞ」

……あ。

しまった。

農業地図を作るつもりが、軍事地図まで作ろうとしている!

俺は慌てて笑った。

「田んぼを守るためだがね!」

「……本当か?」

「本当です!」

宮部はしばらく俺を見つめた。

そして、苦笑した。

「……よかろう。ただし、城や陣地のことは、わしの前だけで扱え」

「はい!」

「外へ持ち出すでないぞ」

「分かったがね!」

……よし!

戦国農業研究、第二段階!

同日 朝餉の後

宮部城・広間

「これが、宮部家に残る田畑の覚え書きじゃ」

宮部が、数枚の紙を差し出した。

「……おお!」

俺は目を輝かせた。

「これが台帳!?」

「台帳というほど整ったものではない。田の場所、年貢の取り決め、耕す者の名などを書き留めたものじゃ」

「……なるほど!」

戦国時代の土地管理は、現代の土地台帳とは違う。

村ごとに、田畑の持ち主や耕作者、年貢の負担などが複雑に絡み合っている。

しかも、まだ太閤検地の時代ではない。

全国共通の基準で整理された記録が、最初からあるわけではないのだ。

「……お父さん」

「なんじゃ?」

「これ、写してもいい?」

「よい。ただし、勝手に書き換えるな」

「はい!」

俺は深く頷いた。

「それから、田んぼを見に行きたい!」

「……またか」

「はい!」

「昨日も行ったであろう」

「今日も行くんだわ!」

「……なぜじゃ?」

「昨日と今日では、田んぼの様子が違うかもしれんがね!」

宮部は吹き出した。

「ははは! おぬしは、本当に変わった童じゃ!」

……またそれ!?

俺は頬を膨らませた。

「お父さん!」

「なんじゃ?」

「田んぼは、毎日見ても面白いんだがね!」

「……そうか」

宮部は笑った。

「では、弥兵衛を連れて行け」

「やったあああ!」

同日 午前九時頃

宮部城下・宮部村

「……弥兵衛じいちゃーん!」

「おお! 万丸様!」

畦道で、弥兵衛じいちゃんが手を振った。

「今日は何をなさいますかな?」

「絵図を描く!」

「……絵図?」

「うん!」

俺は紙を広げた。

「田んぼと畑の場所を描くんだわ!」

「……ほう」

「それから、川と水路!」

「……なるほど」

「道と橋も!」

弥兵衛じいちゃんが感心したように頷いた。

「……それは、役に立ちそうでございますな」

「そうだがね!」

俺は胸を張った。

「どこに田んぼがあるか分かれば、水の流れも考えられる!」

「……水の流れ?」

「うん!」

「……若様」

「はい?」

「それも、南蛮の先生の教えでございますか?」

来た!

農業の師匠。

南蛮宣教師デマ・ライヤー先生。

津島にひと月滞在し、俺に農業を熱心に教えてくれた人物。

……もちろん、架空の人物である。

俺は真剣な顔で頷いた。

「はい!」

「……ほう」

「デマ先生は、田畑を見るときは、まず水を見なさいと教えてくださいました!」

「……水?」

「はい!」

「……なぜでございます?」

俺は畦道にしゃがみ込んだ。

「水が足りんかったら、稲は育たん!」

「……左様でございます」

「でも、水が多すぎても困る!」

「……そのとおりですな」

「だから、水がどこから来て、どこへ流れるかを調べるんだわ!」

弥兵衛じいちゃんは、ゆっくり頷いた。

「……なるほど」

俺は続けた。

「それから、田んぼの土も!」

「……土?」

「水が抜けやすい田んぼと、抜けにくい田んぼがあるがね!」

「……確かに」

「それを覚え書きにする!」

弥兵衛じいちゃんは笑った。

「……若様」

「はい?」

「デマ先生は、よほど農に詳しい方だったのでございますな」

俺は胸を張った。

「はい! とても熱心な先生でした!」

……本当は、前世の大学教授と農家の方々だけどな!

同日 午前十一時頃

宮部城・広間

「……できた!」

俺は紙を広げた。

宮部村周辺の簡単な絵図。

宮部城。

村の家々。

田んぼ。

畑。

川。

水路。

道。

橋。

そして、近くの山。

「……お父さん!」

「なんじゃ?」

「見てちょう!」

宮部は絵図を覗き込んだ。

「……ほう」

「ここが宮部城!」

「うむ」

「ここが村!」

「うむ」

「ここが田んぼ!」

「……うむ」

「ここが畑!」

「……うむ」

「それから、ここが水路!」

宮部はしばらく黙った。

そして、静かに言った。

「……分かりやすいな」

「……ほんと!?」

「うむ。田畑と水の関係が見やすい」

俺は嬉しくなった。

「やったあああ!」

「……だが、万丸」

「はい?」

「この絵図に、城や陣地を書き加えるのか?」

「はい!」

宮部は少し考えた。

「……では、別の紙にせよ」

「……え?」

「村の絵図と、軍用の絵図は分けるのじゃ」

俺は目を丸くした。

……なるほど!

確かに、その方がいい。

農業の絵図は村の人々と共有できる。

しかし、軍用の絵図は機密情報だ。

「……お父さん!」

「なんじゃ?」

「それ、いい考えだがね!」

宮部は笑った。

「……当たり前じゃ!」

……さすが戦国武将!

同日 昼過ぎ

宮部城・広間

「では、軍用の絵図じゃ」

宮部が新しい紙を広げた。

「まず、ここが小谷城」

「はい!」

「南西に虎御前山の織田方陣地」

「はい!」

「南には横山城」

「はい!」

「北西には山本山城」

「はい!」

「そして、小谷城の北方に大嶽の陣地がある」

俺は筆を止めた。

「……大嶽?」

「うむ」

「……朝倉方?」

「そうじゃ。朝倉勢が小谷城を支えるため、山中に陣を置いておる」

俺は絵図を見つめた。

小谷城。

その背後に、大嶽。

南から迫る織田軍。

北方の朝倉軍。

……ん?

俺は首をかしげた。

「……お父さん」

「なんじゃ?」

「大嶽の朝倉軍って、山の上におるん?」

「そうじゃ」

「……食べ物は?」

「越前方面から運ぶほか、蓄えもあろう」

「……水は?」

「山中の水場や運び上げる水に頼る場所もあろう」

俺は目を細めた。

……待てよ。

山の上。

敵に囲まれる可能性。

兵糧と水。

……これ。

どこかで聞いたことがある。

俺は小さくつぶやいた。

「……街亭の戦い?」

「……なんじゃ、それは?」

宮部が眉を上げた。

俺は慌てて顔を上げた。

「……あっ!」

しまった!

また前世の知識が口から出た!

「……万丸」

「はい!」

「街亭とは、どこの城じゃ?」

俺は深呼吸した。

……落ち着け。

ここは戦国時代。

三国志の話なら、知っている者もいる。

ただし、俺が思い浮かべたのは、後世に広く読まれる『三国志演義』の物語だ。

この時代の日本で、誰もがその物語を知っているわけではない。

……よし!

ここは、あの人に登場してもらおう!

「……金城師匠です!」

「……また金城か!」

宮部が額を押さえた。

「はい!」

「……あの大酒飲みの琉球武芸者か?」

「はい!」

「……今度は何じゃ?」

俺は真剣な顔で答えた。

「金城師匠は、三国志の物語が大好きだったんです!」

「……三国志?」

「はい!」

「……武芸者なのに?」

「はい!」

「……酒飲みなのに?」

「はい!」

「……忙しい師匠じゃな!」

……本当に。

設定を盛りすぎた!

同日 午後一時頃

宮部城・広間

「……それで、街亭とは何じゃ?」

宮部が尋ねた。

俺は絵図の端に、小さな山を描いた。

「昔、中国に蜀という国がありました!」

「……うむ」

「そこに、諸葛亮孔明という軍師がおりました!」

「……諸葛孔明か」

宮部が頷いた。

……おお!

知ってる!

「その孔明の部下に、馬謖という武将がおったんです!」

「……ほう」

「馬謖は、街亭という大事な場所を守ることになりました!」

「……うむ」

俺は山を指さした。

「でも、馬謖は山の上に陣を置いてしまったんです!」

「……山上に?」

「はい!」

「……それが、どうした?」

俺は真剣に答えた。

「山の上は守りやすいけど、水や食べ物を運ぶ道を断たれたら困るんです!」

「…………」

宮部の目が細くなった。

「……続けよ」

「魏の軍勢が、馬謖の軍を攻めました!」

「……うむ」

「そして、山上の陣が苦しくなって、馬謖は敗れたんです!」

俺は拳を握った。

「金城師匠は、こう教えてくださいました!」

「……なんと?」

「高いところに陣を置くだけでは、勝てん!」

「…………」

「水と兵糧と、味方へ通じる道が大事なんだがね!」

宮部は黙った。

……あれ?

何か、まずいこと言った?

すると。

「……万丸」

「はい?」

「その金城という男、ただの酔っぱらいではないな」

「……え?」

「武芸だけでなく、兵法まで知っておるとは」

……しまった!

また金城師匠の評価が上がった!

「……お父さん!」

「なんじゃ?」

「でも、金城師匠は、ほんとに酒飲みだったんだがね!」

「……分かった、分かった」

宮部は苦笑した。

「酒飲みであることは、もう十分分かった!」

……よかった。

いや、よくない!

存在しない師匠が、どんどん大人物になっていく!

同日 午後二時頃

宮部城・広間

俺は再び絵図を見つめた。

「……お父さん」

「なんじゃ?」

「大嶽の朝倉軍も、道を断たれたら困るん?」

宮部は頷いた。

「当然じゃ」

「……じゃあ!」

俺は身を乗り出した。

「大嶽の陣地を孤立させたら、街亭みたいになるんじゃない?」

広間が静まり返った。

宮部は絵図を見つめた。

そして、ゆっくり首を振った。

「……そう簡単ではない」

「……え?」

「大嶽は、街亭の山と同じではない。地形も、道も、兵の配置も違う」

「……うん」

「朝倉勢も、山上に何の備えもなく陣を置いておるわけではない」

「……なるほど」

「周囲の山道を守り、越前との連絡を保とうとしておる」

俺は頷いた。

……確かに。

三国志の故事を、そのまま当てはめるのは危険だ。

戦場ごとに条件が違う。

「……でも、お父さん」

「なんじゃ?」

「食べ物と水が大事なのは、同じだがね!」

宮部は微笑んだ。

「……そのとおりじゃ」

俺は続けた。

「田んぼも、戦も、水が大事なんだわ!」

「……また田んぼか!」

「もちろん!」

宮部は腹を抱えて笑った。

「はははは!」

……いや、笑い事じゃないぞ!

農業も軍事も、補給が重要なんだから!

同日 夕刻

宮部城・治兵衛の自室

「……ふう」

俺は部屋に戻り、美々を抱き上げた。

「……美々」

「にゃあ?」

「今日は、大変なことが分かったがね」

「にゃあ」

「小谷城の後ろに、大嶽の朝倉軍がおる」

「にゃあ」

「その朝倉軍は、越前から食べ物を運んどる」

「にゃあ」

「……もし、その道が断たれたら?」

「にゃあ?」

俺は小さく頷いた。

「……困るよなあ」

美々は俺の膝で丸くなった。

「……ふにゃあ」

俺は天井を見つめた。

史実では、翌元亀四年、一五七三年。

織田信長は小谷城周辺の朝倉勢を崩し、朝倉家と浅井家を滅ぼす。

その過程で、大嶽の陣地も重要な意味を持つ。

……つまり。

今、俺が描いている絵図は、歴史の大きな転換点につながっている。

「……美々」

「にゃあ?」

「俺、戦なんかしたくないんやけど」

「にゃあ」

「田んぼを耕して、みんなでご飯食べたいだけなんだがね」

「にゃあ」

「……でも」

俺は小さな拳を握った。

「村のみんなを守るためには、戦のことも知らんといかんのかな」

美々が俺の手に頭を擦りつけた。

「……にゃあ」

俺は微笑んだ。

「……ありがとな、美々」

そのとき。

廊下から声が聞こえた。

「……殿、若様はいかがでございました?」

「うむ」

宮部の声だった。

「……万丸は、田畑の絵図を描いておったはずが、いつの間にか城や陣地まで描いておった」

「……ほう」

「しかも、大嶽の朝倉勢の補給を気にしておった」

「……五つの童とは思えませぬな」

「うむ」

宮部は静かに笑った。

「……あの子には、兵法の才もあるやもしれぬ」

「……将来が楽しみでございますな」

「うむ」

俺は固まった。

……あれ?

なんか、また評価が上がっとる?

「……美々」

「にゃあ?」

「俺、出世したくないんやけど」

「にゃあ」

「……これ、まずいんちゃう?」

美々は大きくあくびをした。

「……ふにゃあ」

そして、そのまま眠ってしまった。

「……おい」

俺は天井を仰いだ。

戦国時代。

豊臣秀次。

死亡予定まで、あと二十三年。

目標、天寿全う。

現在の課題――。

宮部村の田畑を調べること。

宮部家の台帳を整えること。

小谷城周辺の情勢を知ること。

そして、戦乱から領民を守ること。

……完璧な農業研究計画だ!

ただし、最大の問題が一つ。

農業の絵図を描いていただけなのに、兵法の才能まで疑われ始めたこと。

「……頼むから、俺を軍師にせんといてくれえええ!」

その夜。

宮部城に、五歳児の悲鳴が響いた。

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