第3話「五歳児、田畑に大興奮! 農業の師匠は南蛮宣教師デマ・ライヤーです!」
元亀三年(西暦1572年)九月二十日〈旧暦〉 秋・早朝
近江国坂田郡 宮部城
「……にゃあ」
「……あと五分」
「にゃあ!」
「美々……頼む。昨日は疲れたんや……」
ぺしっ!
「痛っ!」
鼻先に猫パンチが炸裂した。
目を開けると、三毛猫の美々が俺の胸の上に座っていた。
「……お前なあ」
「にゃあ」
「昨日、宮部家に養子入りしたばっかりやろ?」
「にゃあ」
「もう俺より偉そうやん」
美々は大きくあくびをした。
……否定せんのかい!
俺は布団から這い出した。
元・京都大学農学部四回生。
現・木下治兵衛。
数え五歳。
後の豊臣秀次。
そして現在、猫の下僕である。
前世では卒業論文に追われていた。
今世では切腹の未来に追われている。
しかも、その切腹を命じることになる人物が、俺の叔父さん。
木下藤吉郎。
後の豊臣秀吉。
……身内ガチャ、難易度高すぎやろ!
「……よし!」
俺は小さな拳を握った。
「今日から農業研究、始めるで!」
「にゃあ!」
「美々も手伝ってくれるんか?」
「にゃあ!」
「頼もしいなあ!」
美々は俺の足元をすり抜け、廊下へ走っていった。
……朝飯かい!
同日 朝餉の後
宮部城 居間
「治兵衛、こちらへ参れ」
「はい、お父さん!」
養父の宮部継潤が、俺を呼んだ。
宮部継潤。
近江国坂田郡宮部を本拠とする武将。
もとは浅井家に属し、今まさに織田方との結びつきを強めようとしている。
近江国では、織田信長と浅井長政が激しく争っていた。
元亀元年、一五七〇年の姉川の戦い。
織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍が激突した戦だ。
しかし、姉川で勝利したからといって、浅井家が滅んだわけではない。
浅井長政は小谷城に健在。
越前の朝倉義景も健在。
近江北部では、今も戦が続いている。
そんな土地へ、俺は養子に来てしまった。
……ほんま、勘弁してほしい。
「治兵衛」
「はい!」
「今日から宮部家の子として、学問と武芸を身につけてもらう」
「はい!」
「読み書き、礼法、弓、馬術。いずれは兵法も学ぶのじゃ」
「……はい」
「何か望みはあるか?」
「あります!」
「申してみよ」
俺は胸を張った。
「田んぼと畑を見せてちょう!」
「…………」
宮部の動きが止まった。
「……田畑?」
「はい!」
「弓ではなく?」
「田んぼ!」
「馬ではなく?」
「畑!」
「……武芸は?」
「畑仕事も身体を鍛えられるがね!」
「…………」
宮部は額を押さえた。
「藤吉郎殿から変わった童だとは聞いておったが……」
「お父さん!」
「なんじゃ?」
「田んぼの作り方、畑の作り方、肥やしの作り方、全部知りたいんだわ!」
「……全部?」
「はい!」
「……何のためじゃ?」
俺は少し考えた。
正直に答えれば、前世で農学部にいたから。
しかし、そんなことを言えば大騒ぎになる。
だから、五歳児らしく。
「……お米をいっぱい作りたい!」
「ほう?」
「みんなが腹いっぱい飯を食べられたら、嬉しいがね!」
宮部は黙って俺を見つめた。
そして、静かに笑った。
「……よかろう」
「ほんと!?」
「ただし、百姓の仕事を邪魔してはならん」
「はい!」
「勝手に田へ入るな」
「はい!」
「そして、百姓を見下してはならんぞ」
俺は真剣に頷いた。
「もちろんだがね!」
宮部は満足そうに頷いた。
「では、参ろう」
「やったあああ!」
俺は美々を抱き上げた。
「美々! 農業見学や!」
「にゃあ!」
宮部が眉を上げた。
「……猫も連れて行くのか?」
「はい!」
「……なぜじゃ?」
「美々も勉強したいそうです!」
「…………」
宮部は大きなため息をついた。
「……好きにせい」
……よし!
猫同伴、許可!
同日 午前九時頃
宮部城下 水田地帯
「……おおおお!」
黄金色の稲穂が、秋風に揺れていた。
畦道が続き、用水路には水が流れている。
遠くには山々。
そして、広がる田園。
「……すごい!」
俺は思わず叫んだ。
「お父さん! 田んぼだがね!」
「見れば分かる」
「稲だがね!」
「それも分かる」
「土だがね!」
「……治兵衛!」
「はい?」
「見たままを叫ばんでもよい!」
……お父さん、ツッコミが鋭い。
近江国は、琵琶湖を中心に豊かな水資源を持つ土地だ。
ただし、水が豊富だからといって、どこの田んぼでも簡単に米が作れるわけではない。
川から水を引くには堰が必要だ。
水路を掘り、畦を築き、水を分け合わなければならない。
水が足りなければ稲が枯れる。
多すぎても困る。
そして、用水を巡る争いは、村同士の大問題になる。
「……なるほどなあ」
俺は田んぼを見つめた。
現代ならポンプもある。
農業用水の管理施設もある。
しかし、ここは戦国時代。
人の手で、水を引く。
人の手で、土を耕す。
人の手で、稲を育てる。
その苦労を知らずに、農業改革なんてできるわけがない。
「……お父さん」
「なんじゃ?」
「田んぼを作っとる人に、話を聞いてもええ?」
「うむ」
宮部は頷いた。
「ちょうどよい。あそこに村の年寄がおる」
田の脇では、数人の百姓が作業をしていた。
その中に、白髪交じりの老人がいた。
「おお、殿!」
老人が慌てて頭を下げた。
宮部が手を上げた。
「よい。今日は、この子に田畑を見せたい」
「……この童に?」
「わしの養子、治兵衛じゃ」
「ははあ!」
老人が深々と頭を下げた。
俺も頭を下げた。
「治兵衛です! よろしくお願いします!」
「……へ?」
老人が目を丸くした。
「若様が、わしなんぞに頭を下げなさる?」
「だって、田んぼの先生でしょ?」
「…………」
老人が固まった。
宮部も固まった。
「……先生?」
俺は笑った。
「お米を作ることなら、おじいちゃんのほうが詳しいがね!」
老人は困ったように笑った。
「……いやいや、若様。わしらはただの百姓でございます」
「でも、お米を作れるんでしょ?」
「そりゃ、まあ……」
「俺、作ったことないもん!」
「…………」
「だから、教えてちょう!」
老人は宮部を見た。
宮部は笑って頷いた。
「遠慮はいらぬ。この子は本気じゃ」
「……ははあ」
老人は頭をかいた。
「弥兵衛と申します」
「弥兵衛じいちゃん!」
「……じいちゃん?」
「よろしく!」
「ははは! よろしくお願いいたしまする!」
よし!
現地調査、開始や!
「弥兵衛じいちゃん!」
「はい、若様」
「この田んぼ、いつ田植えしたん?」
「今年は五月の頃でございます」
「苗はどこで育てたん?」
「苗代でございます」
「いつ種を蒔いたん?」
「春先でございますな」
「ふむふむ」
俺は頷いた。
稲作の基本は、苗を育てることから始まる。
まず種籾を選ぶ。
苗代で苗を育てる。
田を耕す。
水を入れる。
代を掻く。
そして田植え。
夏には草取りや水の管理。
秋には稲刈り。
ただし、地域や品種、天候によって作業時期は変わる。
「……じいちゃん」
「はい?」
「田んぼは、どうやって耕すん?」
「鍬や鋤でございます。牛を使うところもありまするが、この辺りでは人の手も多うございます」
「……大変やね」
「そりゃ大変でございます」
老人は笑った。
「腰が痛うてかないませぬ」
「……分かる!」
「……若様?」
「俺も昨日、馬に乗って腰が痛いんだわ!」
「…………」
弥兵衛じいちゃんが吹き出した。
「はははは!」
宮部も笑った。
「治兵衛! 百姓の苦労と馬の揺れを一緒にするでない!」
「だって痛いもん!」
「ははは!」
……よし。
笑ってもらえた。
でも、俺は本気だった。
人力で田を耕す。
それがどれほど重労働か。
前世で農業実習を経験している俺には、少しは分かる。
「……じいちゃん」
「はい?」
「田んぼを耕すとき、何人くらいでやるん?」
「家の者で足りぬときは、村の者同士で手を貸し合いまする」
「……なるほど」
共同作業。
労働力の融通。
戦国時代の農業は、一軒の家だけで完結するものではない。
「……じいちゃん」
「はい?」
「俺、今度、田んぼを耕してみたい!」
「……へ?」
宮部が即座に口を挟んだ。
「ならん!」
「なんで!?」
「おぬし、鍬を持てるのか?」
「……持てる!」
「本当か?」
「……たぶん!」
「たぶんでは駄目じゃ!」
「…………」
くっ!
五歳児の身体が恨めしい!
同日 午前十時頃
宮部城下 畑作地帯
「次は畑!」
俺は元気よく歩いた。
美々は俺の腕の中で、すっかり眠っている。
「……にゃあ……」
「美々、起きて!」
「……にゃ」
「農業見学やで!」
「……にゃあ」
……こいつ、絶対に興味ないな。
畑には、大根や蕪、菜っ葉などが育っていた。
「……おお!」
俺はしゃがみ込んだ。
「大根!」
「そうでございます」
「蕪!」
「そうでございます」
「菜っ葉!」
「……若様」
弥兵衛じいちゃんが苦笑した。
「野菜の名前を当てる遊びでございますか?」
「違うがね!」
宮部が横から言った。
「先ほどから、ずっとあの調子じゃ」
「……ははは!」
俺は頬を膨らませた。
「ちゃんと勉強しとるんだわ!」
「そうかそうか」
……絶対、子供扱いされとる。
まあ、子供やけど。
「弥兵衛じいちゃん!」
「はい!」
「ここでは、いつ何を植えとるん?」
「春には豆や瓜など、秋には大根や蕪、菜っ葉を作りまする。土地によっては麦も蒔きますな」
「麦!」
俺は目を輝かせた。
「麦はいつ蒔くん?」
「秋に蒔いて、翌年の初夏に刈りまする」
「なるほど!」
麦。
米。
豆。
雑穀。
野菜。
戦国時代の食生活は、米だけでは成り立たない。
特に農民にとって、麦や粟、稗などは重要な食料だ。
「……じいちゃん」
「はい?」
「同じ畑で、毎年同じものを作るん?」
「いや、土地の具合を見て替えることもございます」
「……なるほど」
連作。
輪作。
土壌養分。
病害虫。
現代農学では重要な分野だ。
ただし、戦国時代の農民も、経験からさまざまな工夫をしている。
「……じいちゃん」
「はい?」
「豆を作った後の畑って、どう?」
「……豆の後?」
「土の具合!」
老人は少し考えた。
「豆の後は作物の育ちがよいと言う者もおりまするが、土地によりますな」
「……なるほど!」
豆科植物は、根粒菌との共生によって空気中の窒素を利用できる。
ただし、豆を作れば必ず土が肥えるわけではない。
収穫によって養分も持ち出される。
残った茎葉や根をどう扱うかも大切だ。
「……面白いなあ!」
俺は思わず笑った。
宮部が首をかしげた。
「……治兵衛」
「はい?」
「何がそんなに面白いのじゃ?」
「畑!」
「……それは分かっておる」
「土!」
「……うむ」
「野菜!」
「……うむ」
「肥やし!」
「……治兵衛」
「はい?」
「おぬし、武士ではなく百姓になりたいのか?」
「はい!」
即答した。
「…………」
宮部が固まった。
弥兵衛じいちゃんも固まった。
「……若様?」
「だって、畑は楽しいがね!」
宮部は天を仰いだ。
「……藤吉郎殿」
小さくつぶやいた。
「わしは、とんでもない養子を迎えてしまったようじゃ……」
……失礼な!
俺は優良物件やぞ!
将来の関白候補やけど!
……あかん。
それが一番の不良物件やった。
同日 昼前
宮部城下 草肥を積む小屋
「……くっさ!」
俺は思わず鼻を押さえた。
「若様!?」
弥兵衛じいちゃんが慌てた。
「こちらは肥やしを置くところでございます!」
「知っとる!」
「ならば、なぜ近づきなさる!?」
「肥やしを見たいから!」
「…………」
宮部が頭を抱えた。
「……治兵衛」
「はい?」
「おぬし、変わり者にも程があるぞ」
「えへへ!」
「褒めとらん!」
……ひどい。
農学部生にとって、肥料は重要な研究対象なんやぞ。
「弥兵衛じいちゃん!」
「はい?」
「肥やしは、何を使っとるん?」
「刈った草や落ち葉、厩の敷き草、家畜の糞などでございます」
「灰は?」
「使いまする」
「人の糞尿は?」
「使う者もおりますが、村や家によって違いまする」
「……なるほど」
俺は頷いた。
草肥。
刈敷。
厩肥。
灰。
人糞尿。
肥料の種類や使い方は、地域によって異なる。
「……じいちゃん」
「はい?」
「草や落ち葉は、どれくらい積んどくん?」
「腐り具合を見ておりまする」
「中が熱くなることは?」
「……おお、ありますな」
「……なるほど!」
堆肥化。
微生物の働き。
発酵熱。
ただし、温度が上がれば何でも安全というわけではない。
未熟な堆肥は作物を傷めることもある。
人糞尿には病原体や寄生虫の危険もある。
「……じいちゃん」
「はい?」
「肥やしの作り方、もっと詳しく教えて!」
「……若様」
老人は困ったように笑った。
「本当に、そんなことが知りたいので?」
「もちろん!」
「……変わった若様じゃ」
宮部が横から言った。
「わしも、そう思う」
「お父さん!」
「なんじゃ?」
「肥やしは大事だがね!」
「……うむ」
「肥やしが足りんかったら、作物が育たん!」
「……そうじゃな」
「だから、ちゃんと作りたい!」
宮部はしばらく考えた。
そして。
「……弥兵衛」
「はっ!」
「この子に、農のことを教えてやってくれ」
「……ははっ!」
「ただし、危ない場所には近づけるな」
「承知いたしました!」
俺は飛び跳ねた。
「やったあああ!」
美々が驚いて鳴いた。
「にゃあっ!」
「ごめん、美々!」
同日 午後一時頃
宮部城 居間
「……それで、治兵衛」
宮部が尋ねた。
「田畑を見て、何をしたくなった?」
俺は正座した。
美々は膝の上で丸くなっている。
「……いっぱいあります!」
「申してみよ」
俺は指を一本立てた。
「まず、いつ何を植えとるか知りたい!」
「……うむ」
二本目。
「田んぼを、どう作っとるか知りたい!」
三本目。
「畑を、どう作っとるか知りたい!」
四本目。
「肥やしを、どう作っとるか知りたい!」
五本目。
「それから、どんな道具を使っとるかも知りたい!」
宮部が頷いた。
「……なるほど」
俺は続けた。
「それを、ちゃんと覚えておきたいんだわ!」
「……覚える?」
「はい!」
「なぜじゃ?」
俺は少し考えた。
そして、答えた。
「……来年、もっと上手に作れるかもしれんから!」
「…………」
宮部の目が細くなった。
「……続けよ」
俺は頷いた。
「今年、何を植えたか」
「……うむ」
「いつ植えたか」
「……うむ」
「どんな肥やしを使ったか」
「……うむ」
「それで、どれくらい取れたか」
「…………」
俺は小さな拳を握った。
「それを覚えとったら、来年、比べられるがね!」
宮部は黙って俺を見つめた。
「……治兵衛」
「はい?」
「おぬし、それを誰に教わった?」
来た。
当然の質問だ。
五歳児が作付けや肥料の話をすれば、誰だって不思議に思う。
だが、俺には秘策があった。
尾張の津島。
木曽三川の水運と伊勢湾の交易につながる商業の町。
津島神社の門前には商人や旅人が集まり、尾張の中でも賑わいを見せている。
叔父の藤吉郎も、商いの重要さを知っている。
そこなら、珍しい人間に出会ったという話も通りやすい。
俺は背筋を伸ばした。
「……津島に滞在しておられた、南蛮の宣教師様です!」
「……南蛮の宣教師?」
宮部の眉が上がった。
「はい!」
「名は何と申す?」
俺は真剣な顔で答えた。
「デマ・ライヤー先生です!」
「…………」
宮部が黙った。
「……でま?」
「はい!」
「……らいやー?」
「はい!」
「……聞いたことのない名じゃ」
「南蛮の方ですから!」
俺は一切、表情を崩さなかった。
デマ・ライヤー。
もちろん、そんな宣教師は存在しない。
俺が今、適当に作った架空の人物だ。
名前の意味は、デマとライヤー。
つまり、嘘つき。
……我ながら、ひどい命名やな。
しかし、ここで笑ってはいけない。
笑ったら終わりだ。
俺は真剣な顔のまま続けた。
「デマ先生は、とても熱心に教えてくださいました!」
「……ほう?」
「土のことも、水のことも、作物のことも!」
「……うむ」
「肥やしのことも、草のことも!」
「……そこまで?」
「はい!」
宮部は顎を撫でた。
「……その宣教師は、農にも詳しかったのか?」
「とても詳しい方でした!」
「……どのくらい一緒におった?」
「ひと月ほどです!」
「……ひと月?」
「はい!」
「ひと月で、それほど学んだと?」
「毎日、熱心に教えていただきました!」
俺は胸を張った。
「先生は、何度も同じことを教えてくださいました。俺が分かるまで、ずっと!」
宮部の表情が少し和らいだ。
「……よい師であったのじゃな」
「はい!」
「……今は、どこにおる?」
「旅立たれました!」
「どこへ?」
「……南蛮へ!」
「…………」
宮部はしばらく黙った。
そして、静かに頷いた。
「……そうか」
……通った!
俺は心の中で拳を握った。
ただし。
本当に農業を学んだのは、前世の京都大学農学部だ。
教授。
研究室の先輩。
農業実習で世話になった農家の方々。
みんなが、俺に知識と技術を教えてくれた。
その記憶だけは、嘘ではない。
「……治兵衛」
「はい?」
宮部が静かに言った。
「その師の教えを、大切にするがよい」
「……はい!」
俺は深々と頭を下げた。
「一生、大切にします!」
その言葉だけは、心からの本音だった。
同日 夕刻
宮部城 治兵衛の部屋
「……ふう」
俺は畳に寝転がった。
美々が胸の上に乗ってきた。
「にゃあ」
「……美々」
「にゃ?」
「今日、いっぱい勉強したなあ」
「にゃあ」
「田んぼも、畑も、肥やしも見た」
「にゃあ」
「次は、もっと詳しく調べたい」
俺は天井を見つめた。
まずは現状を知ること。
作付けの時期。
田畑の作り方。
肥料の種類。
農具。
水の管理。
収穫量。
それを知らなければ、何も始まらない。
現代農学の知識があっても、戦国時代の土地や気候、労働力を知らなければ役に立たない。
「……焦らんとこ」
俺は美々の頭を撫でた。
「まずは、みんなの話を聞くんや」
「にゃあ」
「それから、できることを考える」
「にゃあ」
「……そして」
俺は小さく笑った。
「絶対に関白にはならん!」
「にゃあ!」
……美々も賛成らしい。
そのとき。
廊下から声が聞こえた。
「……殿、本当に若様に農のことを学ばせるおつもりで?」
「うむ」
宮部の声だった。
「……しかし、まだ五つの童にございますぞ」
「分かっておる」
「では、なぜ?」
少しの沈黙。
そして。
宮部が静かに答えた。
「……あの子は、百姓を見ておる」
「……は?」
「田畑だけではない。耕す者の顔を見ておるのじゃ」
「…………」
「それに、南蛮の宣教師から教えを受けたと申しておった」
「……南蛮の?」
「うむ。デマ・ライヤーという者らしい」
「……でま?」
「……らいやー?」
「……変わった名でございますな」
「わしもそう思う」
俺は布団の中で固まった。
……あれ?
なんか、話が広がっとる?
「……美々」
「にゃあ?」
「俺、出世したくないんやけど」
「にゃあ」
「……これ、まずいんちゃう?」
美々は大きくあくびをした。
「ふにゃあ……」
そして、そのまま眠ってしまった。
「……おい」
俺は天井を仰いだ。
「相談相手、猫しかおらんのに……」
戦国時代。
豊臣秀次。
死亡予定まで、あと二十三年。
目標、天寿全う。
現在の課題――。
田畑の作付け調査、肥料の研究、農具の勉強。
そして、最大の問題。
存在しない南蛮宣教師デマ・ライヤー先生が、俺の農業の師匠として宮部家に認識されてしまったこと。
「……頼むから、デマ先生を探さんといてくれえええ!」
その夜。
宮部城に、五歳児の悲鳴が響いた。




