家出
皆さんは、家出をしたことがありますか?
私の家出は――三歳の時でした。
今、驚いている人も多いと思います。
大丈夫です。
私も、まったく同じ気持ちですから。
お兄ちゃんの運動会を最後に、私は家を出ました。
なぜ家を出たのか、ですか?
理由は単純でした。
お兄ちゃんと結婚するためです。
……今思えば、あまりにも一直線すぎる動機でしたが、
当時の私は、それ以外の選択肢を持っていませんでした。
とはいえ、私はまだ三歳。
家の中で一人でできることは増えても、外の世界では無力そのものです。
家で覚えた靴下も、歯磨きも、お風呂も――
外では、何の役にも立ちませんでした。
そこで、三歳の私は考えます。
――自分の家を作ればいいと。
今なら笑ってしまいますが、
その発想は、当時の私にとっては完璧な答えでした。
人のいない場所を探し、ダンボールを集めて、
私は「立派なお家」を作りました。
ダンボールの家は、意外にも空気を通さず、
昼間はそれなりに快適でした。
けれど、夜になると状況は一変します。
初めての家出。
初めての一人きり。
初めての、ダンボールの家。
虫の鳴き声。
風が草木を揺らす音。
辺りは暗く、静かで――とても、心細かった。
それでも、私の中にはいつもお兄ちゃんがいました。
お兄ちゃんの笑顔。
声。
手の温もり。
それらすべてが、夜の冷たい風さえ、
昼の太陽みたいに感じさせてくれて、身体をぽかぽか温めてくれたんです。
その夜は、お兄ちゃんのおかげで、ぐっすり眠れました。
次の日。
私は、自分のお腹の音で目を覚まします。
家を出てから口にしたのは、水筒のオレンジジュースだけ。
鳴り続けるお腹をさすりながら、私はようやく現実に気づきました。
電気もない。
ガスもない。
ご飯は炊けないし、料理もできない。
お金も、もちろんない。
そこで、また当時の私は考えます。
――作れない。
――お金もない。
――じゃあ、食べに行こう。
その瞬間、家族で行ったご飯屋さんの光景が、頭に浮かびました。
「幼児は無料」。
お母さんに聞いたことのある、その言葉。
私はそれを信じて、新しい一歩を踏み出しました。
街を一人で歩くのは、これが初めて。
周りをキョロキョロ見渡しながら、慎重に進みます。
信号を渡るときは、ちゃんと手を挙げる。
それは、お兄ちゃんに教わったことでした。
しばらく歩くと、大きな看板が目に入ります。
――幼児無料。
私は勇気を振り絞って、店内へ入りました。
お肉の匂いが、鼻の奥いっぱいに広がり、
そのまま吸い込まれるように、足が勝手に進みます。
そこは、セルフバイキングの焼肉屋さんでした。
私の前に並んでいた家族の一員だと勘違いした店員さんは、
そのまま一緒に案内してくれました。
私はその家族の隣の席に座り、
リュックをソファに置くと、お肉のある場所へ一直線。
二日ぶりの食事。
舞い上がった私は、
いつもお兄ちゃんが食べていたお肉と、私の大好きなホットケーキを選びました。
自分の席で、じゅうじゅう焼く。
店内では店員さんたちが忙しそうに動き回っていて、
私の存在なんて、誰も気にしていません。
――食べたら、そのまま出ても大丈夫。
当時の私は、そう判断しました。
食べ終わる頃には、太陽が傾いていました。
街灯が一つ、また一つと灯り始め、
昼とは違う街の雰囲気に、私は目を輝かせながら歩きます。
そのとき。
聞き覚えのある声が、耳に飛び込んできました。
隣の家に住む、おばちゃんの声。
必死に私の名前を呼びながら、
すれ違う人に頭を下げている姿が見えます。
おばちゃんが探しているなら――
きっと、家族も探している。
今なら当たり前のことですが、
その時の私は、胸をぎゅっと押さえつけられるような感覚に襲われました。
その場にしゃがみ込み、目を閉じると、
周りの音が、すっと遠ざかり。
……そうすると。
やっぱり、そこにはお兄ちゃんがいました。
そして、
お兄ちゃんと結婚するという意志が、私にもう一度、力をくれたんです。
私は、おばちゃんの声が聞こえなくなるまで走って――
自分のダンボールのお家に、帰りました




