失恋
皆さんは、失恋の経験はありますか?
私の失恋は――三歳の時でした。
そんな歳で失恋なんて、それは失恋じゃない?
あなた……今、私の逆鱗に触れていますよ。
……なんちゃって。
でも私は思うんです。
失恋に年齢なんて関係ない。
大切なのは、
どれだけ本気で想っていたか。
私は三歳ながら、身体が壊れるほどお兄ちゃんを好きでした。
勇気を出して想いを伝えて――
返ってきた答えは、兄妹だから結婚はできない、という現実。
皆さんは、振られてすぐ立ち直れるタイプですか?
私は違いました。
私は、こんなにもお兄ちゃんと兄妹であるという事実を、心の底から呪いました。
――そこで、三歳の私は考えます。
兄妹を、辞めてしまえばいい。
答えは驚くほど簡単に出ました。
でも、それが口で言うほど簡単じゃないことも、すぐに思い知ります。
私は台所にいたお母さんに聞きました。
「お母さん……お兄ちゃんと兄妹を辞めたい!どうすれば辞められるの?」
私の言葉に、お母さんは一瞬動きを止め、少し間を置いてから口を開きます。
「凛、あなた……あんなにお兄ちゃんのこと好きだったじゃない。どうしちゃったの?」
「今でも好きだもん!!」
お母さんは、私が“お兄ちゃん好き”なだけだと思って、真面目に取り合ってくれませんでした。
それが“ライク”じゃなくて、“ラブ”だなんて、想像もしなかったのでしょう。
お母さんに聞いてもダメ。
お兄ちゃんとは、振られてから一言も話せていない。
どんな顔で会えばいいのかも、分からない。
そうして数日間、私は一人で考え続けて――
ようやく、答えに辿り着きました。
家を出よう。
家を出て、兄妹を辞めよう。
そうすれば、兄妹じゃなくなる。
三歳の私はそう信じて、
親離れならぬ“兄離れ”を決意します。
皆さんは、親離れ、兄妹離れをしていますか?
おそらく、多くの人は私と同じ理由ではしていないでしょう。
もし同じ理由だったら……
それはもう、心の通じ合った同志ですね。
とはいえ、私は三歳。
右も左も分からない。
靴下一つ、まだ一人では履けません。
――そこから、止まっていた私の心臓が、再び動き出しました。
翌日から、靴下を一人で履く練習。
歯磨き。
お風呂。
着替え。
一人でできるようになるまで、何度も、何度も。
そして一か月後。
私はそれらすべてを、一人でできるようになっていました。
もしかすると私には、
一度決めたことは何が何でもやり遂げる、
そんな意志の塊みたいなものがあったのかもしれません。
準備は、すべて整いました。
いつでも、家を出られる。
――でも。
どうしても、見なくてはいけないものがありました。
それは……
お兄ちゃんの、運動会です。
今まで熱で見られなかった運動会。
最後に一度だけでも、お兄ちゃんの姿を見たい。
その想いには、どうしても勝てませんでした。
そして当日。
遠目に見たお兄ちゃんは、やっぱり光り輝いていました。
真面目で、勇敢で、顔も格好よくて、優しいお兄ちゃん。
最後のリレー、アンカーで走ったお兄ちゃんは、前を走る二人の男の子を抜き去り――
一位でゴール。
歓声と拍手が、園内いっぱいに鳴り響きました。
大人たちまで、声を上げていました。
……やっぱり。
言葉より先に、身体が動いていました。
「朔お兄ちゃん!! 一位おめでとう!
やっぱりお兄ちゃんは、世界一だよ!!」
「ははっ! ありがとう、凛!
凛が観に来るって聞いたから、お兄ちゃん、一位取れたんだよ!」
嬉しそうに笑うお兄ちゃん。
真っ白な歯と、その笑顔が、胸の奥深くに突き刺さります。
――そして、その日を最後に。
私は、家を出ました。




