第21章 火を継ぐ者
朝。
ソレアの前に、静かな光が落ちていた。
昨日とは違う。
空気が、少しだけ軽い。
ハルノは、店の前で立ち止まる。
看板を見る。
“ソレア”
変わらない文字。
だが——
その意味は、少し変わってきていた。
「……」
鍵を開ける。
シャッターを上げる。
金属音が、朝に響く。
すると——
「おはようございます!」
すぐ後ろから声。
振り向く。
少年だった。
しかも今日は——
エプロンを持っていた。
「……なんだそれ」
ハルノが聞く。
少年は、少し得意げに広げる。
安い布製。
だが、ちゃんと“店側”の形をしている。
「手伝う」
短い返答。
ハルノは、少し黙る。
——本気だな。
「ああ」
少年は、前より迷っていなかった。
レビューを書いた。
列を整理した。
店を守ろうと動いた。
その積み重ねが——
今、ここに立っている。
「……学校は」
「終わってから来る」
即答。
ハルノは、小さく息を吐く。
「……楽じゃねぇぞ」
「知ってる」
返答も早い。
少しだけ。
ハルノは、笑いそうになる。
「……まずは邪魔すんな」
少年の顔が、ぱっと明るくなる。
「うん!」
店の中へ入る。
火をつける準備。
ソースを並べる。
少年は、ぎこちなく動く。
「あっ」
紙コップを落とす。
「……」
「ご、ごめん」
ハルノは、黙って拾う。
怒らない。
ただ——
「置く順番がある」
それだけ言う。
「……こう?」
「逆だ」
「あっ」
不器用だった。
だが——
ちゃんと見ている。
覚えようとしている。
そのとき。
カラン。
常連の会社員が入ってくる。
少年を見る。
そして、少し驚く。
「……バイト?」
少年は、慌てて首を振る。
「ち、違います!」
ハルノが、肉をセットしながら言う。
「見習いだ」
少年の動きが止まる。
「……え?」
ハルノは、そちらを見ない。
火加減を調整しながら続ける。
「まだ半人前以下だけどな」
会社員が笑う。
「昇格したじゃん」
少年は、顔を真っ赤にしている。
「……っ」
何か言おうとして。
結局、言えない。
ただ——
少しだけ胸を張った。
——変わったな。
「ああ」
ハルノも感じていた。
最初は、ただの客だった。
静かな店に来るだけの少年。
だが今は——
流れの中にいる。
「注文いいですか?」
「甘口で」
ハルノがうなずく。
そして——
少年を見る。
「……包むのやれ」
「えっ、オレ!?」
「落とすなよ」
慌てながら受け取る少年。
危なっかしい。
だが——
客は、少し笑って見ている。
失敗してもいい空気。
覚えていく空気。
ソレアの中に、
今までなかったものが流れ始めていた。
“受け継がれる”という流れ。
そのとき。
店の外。
少し離れた場所。
黒シャツの男。
シドウが立っていた。
無言で見ている。
店の中。
笑い声。
ぎこちない動き。
回る肉。
火。
流れ。
シドウは、しばらくそれを見つめていた。
やがて——
小さく、つぶやく。
「……そういう店か」
その声は、前より静かだった。
風が吹く。
ソレアの香りが、少しだけ外へ流れる。
それはもう——
一人だけの匂いではなかった。




