第20章 別の流れ
朝。
ソレアの冷蔵庫は、静かだった。
昨日より、さらに軽い。
残っている肉は少ない。
今日を乗り切れば、ほぼ空になる。
ハルノは、黙って在庫を見ていた。
——厳しいな。
「ああ」
認めるしかない。
仕入れが止まる。
それは、“店が死ぬ”ということだ。
どれだけ技術があっても。
どれだけ客がいても。
材料がなければ終わる。
現実だった。
そのとき——
カラン。
入口のベル。
「おはようございます!」
少年。
そして今日は——
その後ろに、数人いた。
常連たちだった。
スーツ姿の会社員。
買い物帰りの女性。
大学生。
皆、少し緊張した顔をしている。
ハルノは、目を細める。
「……なんだこれ」
少年が、一歩前に出る。
「集めた」
短い返事。
「……勝手に」
会社員の男が苦笑する。
「レビュー見てたら、なんかムカついて」
女性客も続く。
「昨日、肉屋さんとか少し回ってみたんです」
ハルノの目が、少し動く。
「……回った?」
大学生がうなずく。
「商店街の外なら、まだ卸してくれるかもって」
——ほう。
ハルノは、静かに全員を見る。
誰も、商売のプロじゃない。
ただの客。
ただの常連。
だが——
皆、“店を残そう”としていた。
「……なんでそこまでする」
ぽつりと、ハルノが聞く。
少し沈黙。
やがて、女性客が笑った。
「だって、困るじゃないですか」
「閉まったら」
その言葉が、店の中に残る。
ハルノは、何も言えなかった。
今まで、自分が守る側だと思っていた。
だが——
いつの間にか。
この店は、誰かの日常になっていた。
——流れになったな。
「ああ……」
そのとき。
少年が、一枚の紙を差し出す。
メモ。
そこには、肉屋の名前と住所。
「一件だけ」
「話聞いてくれるって」
ハルノは、ゆっくり受け取る。
商店街の外。
個人経営の小さな精肉店。
繋がりはない。
だが——
ゼロじゃない。
「……行ってくる」
ハルノが言う。
すると会社員の男が、すぐ返す。
「店、見てますよ」
「え?」
「並べるくらいならできます」
大学生も笑う。
「会計は無理だけど」
空気が、少しだけ柔らかくなる。
ハルノは、しばらく黙っていた。
そして——
小さく笑った。
本当に、少しだけ。
「……素人しかいねぇな」
店の空気が、少しだけ和む。
少年が言う。
「でも、いる」
短い言葉。
だが——強かった。
ハルノは、帽子を取る。
火を見る。
回る肉を見る。
そして——
客たちを見る。
「……頼む」
それは、初めてだった。
誰かに、“店を任せる”言葉。
常連たちは、少し驚いた顔をする。
だが——
皆、うなずいた。
ハルノは、店を出る。
商店街を歩く。
風が吹く。
空は、まだ曇っている。
だが——
完全な暗さではなかった。
その頃。
商店街の端。
シドウは、静かにタバコを見つめていた。
火はついていない。
部下が近づく。
「ソレア、今日で終わりそうですか?」
シドウは、すぐには答えなかった。
遠く。
店の前に立つ人影。
常連たち。
子ども。
笑い声。
「……いや」
低くつぶやく。
「もう、一人の店じゃねぇ」
部下が黙る。
シドウは、ゆっくりと目を細めた。
流れ。
それは——
止めるほど、広がることがある。
そのことを。
シドウは、昔どこかで知っていた気がした。




