第19章 閉じる火
朝。
空は曇っていた。
重い雲。
湿った風。
商店街も、どこか静かだった。
ソレアの前で、ハルノはいつも通り準備をしている。
火をつける。
肉を確認する。
ソースを並べる。
変わらない朝。
——だが。
「……遅いな」
ハルノが、小さくつぶやく。
いつも届くはずのものが、来ていない。
肉。
仕入れ。
時計を見る。
もう、とっくに着いている時間だった。
——嫌な流れだな。
「ああ」
スマホを取る。
仕入れ先へ電話。
数回のコール。
やがて、繋がる。
『……あ、ハルノさん』
声が硬い。
それだけで分かった。
「何かあったか」
沈黙。
そして——
『……しばらく、そっちには卸せなくなった』
空気が止まる。
ハルノは、何も言わない。
だが——
指先だけが、わずかに止まった。
「理由は」
『……上から止められてる』
短い返答。
『悪い』
電話が切れる。
静寂。
火だけが燃えている。
「……」
——来たな。
「ああ」
レビュー。
機械。
ソース。
そして今度は——
仕入れ。
店の“根”を止めに来た。
ハルノは、冷蔵庫を見る。
残りは少ない。
今日の昼を越えられるかどうか。
そのとき。
カラン。
入口のベル。
「おはようございます!」
明るい声。
あの少年だった。
だが——
ハルノの顔を見た瞬間、止まる。
「……どうしたの?」
ハルノは、少し考える。
隠すか。
だが——
「肉が来ねぇ」
正直に言った。
少年の顔が固まる。
「……え?」
「止められた」
短く。
少年は、すぐに理解した。
「あいつら?」
ハルノは、答えない。
だが沈黙で十分だった。
少年が、悔しそうに拳を握る。
「最低だ……」
ハルノは、静かに火を見つめる。
怒りはある。
だが——
それ以上に、考えていた。
“どう続けるか”。
そのとき。
店の外に、一人の影。
見覚えのある黒シャツ。
シドウだった。
ゆっくりと近づいてくる。
今日は、一人。
「……」
ハルノは、動かない。
シドウは、店の前で止まる。
回転している肉を見る。
そして——
ぽつりと言った。
「止まるぞ」
静かな声だった。
脅しではない。
確認みたいに。
ハルノは、シドウを見る。
「……お前か」
シドウは否定しない。
「商売ってのは、流れだ」
低い声。
「流れを握られたら終わる」
仕入れ。
人。
噂。
全部、繋がっている。
一つの店だけでは、生きられない。
それが現実。
シドウは、静かに続ける。
「だから最初に言った」
『筋を通せ』
その意味。
今なら、はっきり分かる。
ハルノは、しばらく黙っていた。
店の中。
火の音。
少年の息遣い。
外の曇り空。
全部を、一度飲み込む。
やがて——
ハルノは、小さく息を吐いた。
「……それでもだ」
シドウの目が、わずかに細くなる。
「俺は、ここで焼く」
静かな声。
だが——
揺れがない。
「肉が減っても」
「流れが細くなっても」
「ここでやる」
少年が、ハルノを見る。
シドウは、何も言わない。
ただ——
その目だけが、少し変わった。
「……バカだな」
ぽつりと漏れる。
だがその声には、
前ほどの冷たさがなかった。
ハルノは、肉を削ぐ。
残り少ない塊。
だが、手は止まらない。
シャッ。
シャッ。
その音が、静かな商店街に響く。
ソレアの火は、まだ消えていなかった。
だが——
確実に、追い込まれていた。




