第18章 濁った流れ
夜。
商店街の明かりは、ほとんど消えていた。
閉じたシャッター。
遠くの自販機の光。
その中を、一人の男が歩いている。
黒いシャツ。
無駄のない足取り。
ソレアへ最初に来た男だった。
名前は——シドウ。
タバコを咥える。
火はつけない。
ただ、噛んでいる。
「……面倒な店だな」
低くつぶやく。
——本当にそう思っているのか?
声が返る。
だが、それは“頭の中の声”ではない。
隣を歩く男。
細い目。
軽い笑み。
同じ側の人間。
「潰すなら、もっと派手にやれますよ」
シドウは、短く鼻で笑う。
「バカがやるやり方だ」
「じゃあなんで、あんなチマチマ?」
沈黙。
シドウは、しばらく歩く。
やがて——
「……流れが気に入らねぇ」
ぽつりと言った。
「流れ?」
「あの店の空気だ」
シドウは、少し目を細める。
「静かな顔して、人を集め始めてる」
派手じゃない。
声も大きくない。
なのに——
人が残る。
また来る。
勝手に広がる。
「そういうのが、一番面倒なんだよ」
小さく吐き捨てる。
隣の男は、少し笑った。
「親分みたいなこと言いますね」
シドウの足が止まる。
「……昔、似た店があった」
夜風が吹く。
遠くで、何かの看板が揺れる音。
「昔?」
「ああ」
シドウは、ゆっくりと続ける。
「小さいラーメン屋だった」
静かな店。
派手じゃない。
だが、人が集まる。
近所のガキ。
仕事帰りの連中。
酔っ払い。
気づけば——
“場所”になっていた。
「……で?」
「邪魔だった」
短い言葉。
シドウの目は、どこか遠くを見ていた。
「こっちの店に、人が流れなくなった」
金だけじゃない。
支配。
“誰の空気で街が回るか”。
それが崩れる。
「だから潰した」
淡々と言う。
感情は薄い。
だが——
後味だけが残る。
「……燃やしたんですか?」
隣の男が軽く聞く。
シドウは、首を横に振る。
「そんな派手なことはしてねぇ」
レビュー。
噂。
仕入れ。
少しずつ。
静かに。
流れを濁す。
やがて、人は来なくなる。
店主は疲れる。
最後は、自分で閉める。
「……終わり方としては綺麗だ」
シドウは、そう言った。
その声に——
ほんの少しだけ、疲れが混ざっていた。
隣の男が聞く。
「じゃあ今回も?」
シドウは、空を見上げる。
「そうなるはずだった」
だが——
ソレアは止まらない。
レビューを入れても。
機械を止めても。
流れが切れない。
むしろ——
少しずつ、強くなっている。
「……気に入らねぇ」
その言葉は、前より少し重かった。
嫉妬。
苛立ち。
そして——
少しだけ。
羨ましさ。
「シドウさん」
隣の男が笑う。
「もしかして、あの店好きなんですか?」
沈黙。
次の瞬間——
軽く蹴られる。
「バカ言え」
だが——
否定は、少し弱かった。
夜風が抜ける。
遠く。
商店街の奥。
ソレアの看板だけが、まだ薄く光っていた。
シドウは、それを静かに見つめる。
「……次で決める」
低い声。
その目は、もう迷っていなかった。
流れを止めるために。
あるいは——
確かめるために。
夜の街に、静かな圧が広がっていく。




