第16章 止まった回転
昼時。
ソレアの前には、小さな列ができていた。
三人。
四人。
長くはない。
だが、確実に“待つ店”になり始めている。
ハルノは、静かに肉を削いでいた。
リズムは安定している。
焦らない。
待たせても、崩れない。
——掴んできたな。
「ああ」
火の音。
刃の感触。
客の流れ。
少しずつ、一つになってきていた。
「次、一つください」
「甘口で」
「自分は中辛」
声が重なる。
ハルノは、順番にうなずく。
そのときだった。
——違和感。
わずかに。
耳が拾う。
回転音。
いつものリズムが——ズレた。
「……?」
ハルノの視線が、肉の塊へ向く。
回転が、不自然に遅い。
そして——
ガクン。
止まった。
「……は?」
客の空気が、一瞬止まる。
肉の回転機。
完全停止。
火はついている。
だが——
肉が動かない。
——来たな。
「ああ……」
ハルノは、すぐに機械へ手を伸ばす。
確認。
電源。
異常なし。
コード。
問題なし。
だが——
内部が、動いていない。
「すみません、少し待って」
客へ声をかける。
落ち着いた声。
だが——
内側では、空気が変わっていた。
「故障?」
「マジ?」
ざわつき。
スマホを向ける者もいる。
ハルノは、機械の裏を見る。
そして——
止まる。
ネジ。
不自然に外されている。
配線も、一本だけ抜かれていた。
——工作だ。
「ああ」
昨日のソース。
今日の機械。
段階が上がっている。
「……クソが」
小さく吐き捨てる。
客が待っている。
列もある。
ここで止まれば——
流れが切れる。
そのとき。
「……手伝う!」
声。
振り向くと、あの少年だった。
今日は学校帰りなのか、鞄を背負っている。
「……お前は下がってろ」
ハルノが言う。
だが少年は動かない。
「でも!」
「列、整理くらいできる!」
ハルノは、一瞬だけ止まる。
——どうする。
「ああ……」
少年の顔を見る。
不安。
でも、それ以上に——
“守りたい”顔をしていた。
ハルノは、小さく息を吐く。
「……無理すんなよ」
少年の顔が、少しだけ明るくなる。
「うん!」
すぐに客の方へ向く。
「すみません!ちょっとだけ待ってください!」
声は少し裏返っている。
だが——本気だ。
客たちも、その空気を感じ取る。
「大丈夫ですよ」
「待ちます」
列が、崩れない。
ハルノは、工具を持つ。
配線を戻す。
ネジを締める。
指先は、落ち着いていた。
怒りはある。
だが——
乱れない。
——守れ。
「ああ」
店を。
流れを。
積み重ねを。
回転機に、最後のネジを入れる。
スイッチ。
一瞬の沈黙。
そして——
ウィン。
肉が、再び回り始める。
「……っ」
少年が、小さく笑う。
客の空気も、少し緩む。
ハルノは、ゆっくり立ち上がる。
「……待たせたな」
そして——
包丁を持つ。
刃が、光る。
肉を削ぐ。
シャッ。
その音が戻った瞬間——
ソレアの流れも、戻った。
「はい」
一人目へ渡す。
「うまそう」
「よかった、直った」
小さな声が重なる。
ハルノは、黙って手を動かし続けた。
だが——
視線だけは、外を見ていた。
商店街の奥。
誰かの影。
立ち止まりもせず、去っていく。
——見ていたな。
「ああ」
試された。
そして——
ソレアは、止まらなかった。
「……簡単には切れねぇぞ」
小さく、つぶやく。
回転する肉の表面が、火に照らされる。
その熱は、まだ消えていなかった。




