第15章 残る香り
翌日。
空は晴れていた。
昨日の雨が嘘みたいに、商店街には光が落ちている。
ソレアの前にも、少しずつ人が戻ってきていた。
ハルノは、静かに肉を削ぐ。
新しく作り直したソース。
香りは、しっかり戻っていた。
——整っているな。
「ああ」
昨日の違和感はない。
だが——
警戒は消えていない。
視線。
足音。
店の外。
意識の一部は、常にそこに向いている。
そのときだった。
「ここって、レビューの店?」
若い客の声。
ハルノは、顔を上げる。
二人組。
スマホを見ている。
だが——
昨日とは違った。
「でもさ、“静かで落ち着く”って書いてる人もいる」
「写真うまそうじゃん」
評価が、増えている。
——返ってきているな。
「ああ」
少年のレビュー。
それだけではない。
短い言葉が、少しずつ増えていた。
「ちゃんと作ってる感じがする」
「派手じゃないけど好き」
「また行きたい」
大げさではない。
だが——
“実際に来た人間の言葉”だった。
ハルノは、何も言わずに肉を削ぐ。
「二つください」
注文。
「どの味にする?」
「おすすめあります?」
少しだけ、間。
だが今度は迷わない。
「……甘口が多い」
押しつけない。
それだけ。
「じゃあそれで」
手が動く。
安定している。
昨日よりも。
「はい」
渡す。
客が食べる。
「……あ、うま」
自然な反応。
その瞬間——
店の奥から、小さな声。
「……でしょ」
ハルノが振り向く。
席の端。
あの少年がいた。
今日はもう食べ終わっている。
だが帰っていない。
二人組に向かって、少しだけ誇らしそうな顔をしている。
「……お前」
ハルノが言うと、少年は少し照れた。
「別に」
だが——
その空気は、確かに変わっていた。
客同士が、話している。
“店について”。
ソレアが、ただの販売場所じゃなくなり始めている。
——流れができている。
「ああ……」
そのときだった。
カラン。
入口のベル。
ハルノの視線が動く。
入ってきたのは——
見慣れない男。
帽子を深く被っている。
表情が見えない。
だが——
空気が、少し違う。
「……一つ」
低い声。
ハルノは、静かにうなずく。
「どの味にする?」
男は、少しだけ間を置いて言った。
「……おすすめで」
その瞬間。
少年の顔が、ほんのわずかに曇る。
——気づいたか。
「ああ」
ハルノも感じていた。
この男。
“食べに来た”感じが薄い。
見ている。
店を。
客を。
流れを。
ハルノは、黙って肉を削ぐ。
手は乱れない。
男の視線を感じながらも、崩れない。
「はい」
渡す。
男は、一口食べる。
無言。
表情も変わらない。
だが——
視線だけが、動く。
店内を確認するように。
そして——
ぽつりと言った。
「……客、増えたな」
ハルノは、静かに返す。
「少しな」
男は、それ以上何も言わない。
食べ終える。
金を置く。
去る。
その背中を、少年がじっと見ていた。
「……あの人」
ハルノは、肉に目を向けたまま答える。
「ああ」
少年が、小さく聞く。
「……ヤバい人?」
少しだけ沈黙。
やがて——
ハルノは、小さく息を吐いた。
「……流れを止めたい側だ」
少年は、言葉の意味を完全には理解していない。
だが——
危険だけは、感じ取っていた。
店の中に、少しだけ緊張が戻る。
それでも——
火は燃えている。
肉も回っている。
ソレアの流れは、まだ止まっていない。
そして今——
その流れを守ろうとする人間が、少しずつ増え始めていた。
常連が店を語り始めた




