第14章 見えない汚れ
夜。
雨は止んでいた。
だが、空気にはまだ湿り気が残っている。
ソレアのシャッターを閉めたあと、
ハルノは店内を静かに片づけていた。
包丁を洗う。
鉄板を拭く。
いつもの作業。
そのときだった。
「……?」
わずかな違和感。
ソース容器。
位置が、少しだけズレている。
——気づいたか。
「ああ」
ハルノは、手を止める。
閉店後。
自分以外、誰も入っていないはずだった。
だが——
“触られた跡”がある。
ほんのわずか。
普通なら気づかない程度。
ハルノは、ゆっくりと蓋を開ける。
匂い。
異常はない。
だが——
「……薄いな」
ソースが、少し水っぽい。
誰かが混ぜた。
ほんの少し。
気づかれない程度に。
——陰湿だな。
「ああ……」
ハルノは、静かに容器を見つめる。
これは、壊すためじゃない。
“ズラすため”だ。
味を。
信頼を。
積み重ねを。
少しずつ。
「……なるほどな」
怒りより先に、理解が来た。
これが、相手のやり方。
真正面じゃない。
“気づかれない場所”から崩す。
ハルノは、ゆっくりとソースを捨てた。
迷いはない。
新しく作る。
手間はかかる。
だが——
「……出せねぇな」
少しでも違うものは。
鍋を出す。
香辛料。
トマト。
油。
静かな夜の店内に、匂いが広がる。
コトコト、と小さな音。
そのとき——
カラン。
入口のベル。
ハルノが振り向く。
シャッターは半分閉まっている。
その隙間から、小さな影。
「……あ」
あの少年だった。
「忘れ物した」
そう言って、席の方を指さす。
濡れたノートが置いてある。
ハルノは、うなずく。
「持ってけ」
少年はノートを取る。
だが——
途中で止まる。
「……なんかあった?」
ハルノは、鍋を混ぜながら答える。
「別に」
短い。
だが少年は、動かない。
「……違う味だった?」
ハルノの手が、一瞬止まる。
——鋭いな。
「ああ」
少年は、少し考える。
「レビューのやつ?」
ハルノは、否定しない。
それで十分だった。
少年の顔が、少しだけ曇る。
「……最低だな」
ぽつりと漏れる。
ハルノは、小さく息を吐いた。
「まあ、こういうのはある」
「でも……」
少年は、何か言い返そうとして止まる。
悔しそうだった。
その顔を見て——
ハルノは、少しだけ笑う。
「そんな顔すんな」
少年が顔を上げる。
「……でも」
「まだ壊れてない」
静かな声だった。
鍋を混ぜる。
香りが戻ってくる。
いつもの匂い。
「……直せる」
それは、ソースの話だけじゃなかった。
少年は、しばらく黙っていた。
やがて——
小さくうなずく。
「……うん」
そのときだった。
店の外。
誰かの影が、通り過ぎる。
立ち止まらない。
だが——
“見ている”。
ハルノは、気づいていた。
——向こうも見ているな。
「ああ」
試している。
どこまで崩れるか。
どこまで耐えるか。
ハルノは、火を見つめた。
静かに燃えている。
消えていない。
「……まだだ」
ぽつりと、つぶやく。
ソレアは、まだ流れている。
簡単には止まらない。
夜の店内に、
新しいソースの香りが広がっていった。
質




