第12章 星の重さ
昼過ぎ。
ソレアの前に、いつものように人の流れがあった。
多くはない。
だが、確かに続いている。
ハルノは、変わらずカウンターに立つ。
手は、昨日よりも整っていた。
——戻っているな。
「ああ」
短く、心の中で返す。
そのときだった。
「ねえ、ここさ」
若い声。
店の前で、二人組が立ち止まる。
スマホを見ている。
「評価、低くない?」
「ほんとだ、なんかバラバラ」
ハルノの手が、わずかに止まる。
——評価?
耳に残る言葉。
「星2もあるし、5もある」
「どっちなんだよって感じ」
二人は、顔を見合わせる。
そして——
そのまま、去っていった。
「……」
ソレアの前に、静けさが落ちる。
ハルノは、ゆっくりと手を動かす。
だが——
さっきの言葉が、残っていた。
——見ろ。
「ああ……見るか」
ポケットからスマホを取り出す。
画面を開く。
店の名前を打つ。
「……出たな」
レビュー。
評価。
星の数。
指を滑らせる。
★☆☆☆☆
「接客が静かすぎて怖い」
★★☆☆☆
「味は普通、わざわざ行くほどじゃない」
★☆☆☆☆
「なんか雰囲気が暗い」
スクロール。
★★★☆☆
「悪くはないけど、印象に残らない」
さらに——
★★★★★
「落ち着く味、また来たい」
★★★★★
「静かで好き」
評価は、バラバラだった。
極端に。
「……なんだこれ」
——分かれているな。
「ああ」
いいか悪いか。
はっきりと、割れている。
その中に——
不自然なものも混ざっていた。
同じような文。
似た言い回し。
短く、刺すだけの言葉。
「……雑だな」
——“作られている”。
「ああ」
誰かが、意図的に落としている。
理由は分からない。
だが——
タイミングは分かる。
「……昨日か」
ヤクザ。
あの圧。
直接ではない。
だが——
別の形で来ている。
「……陰湿だな」
ハルノは、スマホを閉じた。
火の音が、やけに大きく聞こえる。
「……関係あるか?」
——ある。
「ああ……だよな」
人は、見る。
星を。
数字を。
入る前に、判断する。
つまり——
入口を、削られている。
第六章で気づいた“足りない一歩”。
それを——
さらに遠ざけられている。
「……面倒だな」
正直な言葉だった。
そのとき——
「ここ?」
また別の客が立ち止まる。
スマホを見る。
一瞬、店を見る。
そして——
少し迷う。
——今だ。
ハルノは、何も言わない。
ただ——
肉を削ぐ。
いつも通りに。
丁寧に。
音を、立てる。
香りを、流す。
視線を、強制しない。
だが——
“ここにある”ことだけを示す。
客は、もう一度スマホを見る。
そして——
「……一つください」
小さく、言った。
ハルノは、うなずく。
「どの味にする?」
「……甘口で」
手が、動く。
迷いはない。
削ぐ。
整える。
渡す。
「はい」
客は受け取る。
一口。
「……あ」
その一音。
ハルノは、静かに見ていた。
「……うまい」
素直な声。
さっきまでの迷いが、消えている。
ハルノは、小さく息を吐く。
「……そうか」
レビューは、変えられない。
書かれるものだ。
だが——
目の前の一口は、変えられる。
確実に。
——それでいい。
「ああ」
すべては、制御できない。
だが——
“ここ”は、まだ守れる。
そして——
もう一つ、分かったことがある。
「……見えない戦いか」
ヤクザだけじゃない。
評価。
噂。
印象。
それもまた——
戦場だった。
ソレアの前を、風が抜ける。
その流れは、少しだけ不安定だった。
だが——
止まってはいない。




