第94話/裏路地バトル(2)/Limited_NAGI
助けた女達を西大通りに逃がすと、急いで老婆がいた家屋に戻ってきたナギとエヴィ。
一階と二階で奥行きが違う。確かめずにはいられなかった。
くり抜かれた扉をくぐると鉄と獣の臭いが混ざった空気が充満していた。
右側の壁沿いに階段。左には老婆がいた部屋。
その間にある廊下の突き当たりの壁に視線を向ける。
二階では奥に廊下が続いていたが、明らかに一階には手前に壁があった。
「やっぱりこれ、向こう側になんかあると思う。溶かすね。」
息切れをしているエヴィを見て言った。
まだ拘束している人間がここにいるかもしれない。
死んでしまうと〝いやすね〟が使えない。
気持ちがはやる。
「ちょっと、待って。また、あいつらが、いるかも、しれないから。なんでおまえは、息、切れてないんだよ。」
(そう言えばなんでだろ。タリフ達とバルコニーに乗り込んだ時は息がしにくかったのに。)
そう考えただけで、エヴィからの言葉に返事はしなかった。
ランタンを取りに行っているエヴィを横目に、壁に耳を当てる。
向こう側からは何も聞こえない。
エヴィの息が整った頃、左手で壁を溶かす。
小さく穴を開けて中を見る。
暗い。しかし、何かある。
ドーゲンミライ道場の地下のような、埃っぽいすえた匂いがした。
扉をくり抜いた時の要領で左手を刺し、膝を曲げ、二人分が通れるくらいのサイズにくり抜いた。
エヴィがランタンを翳した時、二人は息を呑んだ。
向かいの壁が目に飛び込んだ。
何か文字が書かれており、二つが対になるように、一方からもう一方へ矢印が伸びていた。
右の壁面にどうしても目が引っ張られる。
たくさんの白い塊が一面に規則正しく並んで貼り付けられている。飾られているようだった。獣の骨だろうか。その近くにも何かが書いてあった。
左の壁面は文字だけがびっしりと書かれている。
長机と普通サイズの机が、部屋の対角にある隅へ置かれ、それぞれに椅子が置いてある。
おそるおそる部屋の中心に進む。
エヴィからランタンをひとつ受け取った。
右側の壁に吸い寄せられるように歩き出すエヴィ。ナギは左の壁面の前に近づく。
S、A、B、C、Dと書いてあり、それに対応するように名前が連なっていた。
ひとつのアルファベットに十から三十は書かれている。
名前、名前、名前。密集して並ぶそれらを見て、おぞましさを覚えた。
血で書かれているのだろうか。黒ずんでいるものから、赤っぽい色合いが混じっている。
赤いものは最近書かれたものかもしれない。そう考えながらランタンを翳して名前を追っていると、つい目を見開いてしまった。
Sの一番最後に〝緑髪〟と書かれている。
文字は赤みを帯びていた。最近のものだ。
さらにランタンを壁に這わせる。
他にも知ってる名前があった。
(S、ベゼフェリ、ヤマ……A、ウォッチ……B、ネリュ、カミ……。B多いな…。)
Bを全部見切る前に視線が動く。
ランタンを持つ手が止まる。
(C…リサ?)
人違いかもしれないと思った。
リヴェル村でも、同じ名の女性がもう一人いた。
しかし、文字が新しい。緑髪と書かれている色とほとんど変わらない。
さらに名前の下に小さく〝狂犬〟と書かれていた。
その文字だけ少し震えていた。確定だろう。
Dには知っている名はない。書かれている数も一番少なかった。
眉間に皺を寄せながら唾を飲み込んだ。
近くの椅子を持ってきてその上に立ち、Sからもう一度見る。
小さな声が出た。
Bにはキュー、そしてポスコの名前もあった。さっき助けた女だろう。そう思った。
(これなんなんだ…。)
そう思った時、すすり泣く声が後ろから聞こえてきた。
振り向くと、小さくなっているエヴィの後ろ姿。
壁の前で膝を揃え、脚を左右に崩して座っている。
近寄ると、骨のようなものを抱いて涙を零していた。
壁面には、大きな骨がひもで括られ、装飾品さながらにずらりと並べられていた。
付近に書かれている名前で、それが人のものであると察した。
〝エイベル〟そう書いてある部分の骨だけがなかった。
エヴィが抱いているものだろう。
肩でひとつ息をした。おそらく、これは獣の骨ではない。そう察した。
なんと声をかければ良いのかわからなかった。
じっと見つめる事しか出来ない。
唇に力が入り、壁に視線を戻す。
骨は、左右に広がった蝶のような形をしており、その下には蝶ネクタイのような形。
骨の空洞部分にはアクセサリーが結ばれている、骨の近くの壁に打ち付けられているものもあった。
何も考えられずに立ち竦んでいた。
しばらくすると下から声が聞こえてきた。
「ごめん。」
エヴィが目を擦りながら立ち上がる。
骨から外したアクセサリを、首に巻いていた。
ナギはそれを直視する事が出来なかった。
大丈夫。視線を外してそれだけ呟いた。
扉の向かいの壁面の前に移動する。
エヴィはさっきまでナギが見ていた壁の前。
作ったような声が聞こえる。
「これ値段表だろ!女の名前しかないし!きっしょ!ウォッチは〝そういう事〟する必要ないから、こいつら独自でたぶん調べてんだよ!きも!ってかなんでウォッチがAなんだよ!Sだろ!」
直後に息遣いが止まる。
ポスコの名前を見つけたのかもしれない。ナギはそう思った。
目の前の壁に顔を向けるが、気が気でなかった。
こんな時ジョージおじさんならどうするだろう。
そう考えたが、状況が異質過ぎて答えは浮かばない。
そういえばエヴィの名前はなかった。エヴィッタとも書かれていなかった気がした。
顔だけ向け、横目でちらりと様子を見ると、エヴィは壁を蹴っていた。
「で?そっちは?」
苛立ちを含んだ声が近づいてきた。
慌てて視線を戻す。
右肩に手が置かれ、つい顔を向ける。
ランタンで壁を照らすエヴィの横顔が見えた。
目の周りが赤かった。
「わかんない。なんだと思う?」
言いながら改めて目をやる。
肩から手が離れた。
知ってる名前はいない…いた。
ランタンを近づける。
〝シュヴァルム・ヘルデ→トイズ〟〝メロッサ・ヴォーチェ→アラン〟〝ヤマ↔カミ〟
目をぎゅっと瞑り思い出す。
(ヘルデ…ヘルデヘルデヘルデ…あ、ダガヤクルーでコロンに襲われた時に居た奴か、ヴォーチェは、さっきドミヌスの保管庫で見たメモ書きにあったな。たしか。あれ?ヘルデも書いてあったっけ?)
ポーチにあるはずだ。
腰に目をやるが、そういえばウォッチに預けていたと思い直す。
横から、いくらか落ち着いたエヴィの声。
壁の隅の名前を見ながら口を開く。
「〝弱み表〟って感じ?ぱっと見、お偉いさんが多そう。関わっちゃったんかね~。ごめん、こっちはよくわからんね。」
ナギの視線が壁面のとある名前に固定される。
「うん。…エヴィ、謝る事じゃないよ。」
言いながら目を瞑る。
気のせいだろう。そう思った。
「優しいじゃん。ほんとにあたしと〝し〟たくなっちゃったとか?無理無理。」
少し震えた覇気のない声が後ろに遠ざかっていく。
言葉は返さず、ゆっくりと目を開ける。
〝エルトン・ドワン↔ハドワン・キュー〟
たしかにそう書いてあった。
頭の中が白くなった。
何も考えたくなかった。
考えられなかった。
エヴィが後ろの隅にある机を漁っているのを見て、ナギも真似をする。
近くにある長机の引き出しを乱暴に開ける。
書類がたくさん入っていた。
間取り図のようなものがあった。
(ダガヤのアジト、こっちはヤマカミ、たぶんこれはドミヌス…。これなんだ?)
別の紙を手に取った。
古い地図。
雑に書かれた四角の中にチームの名前。
ドミヌスの名前が一番多い。
ヤマカミの名前は他と比べ、筆跡が新しいものが多い。
グローブ・Kとダガヤもあったがバツ印が上から書かれている。
その二つは筆跡が色褪せていた。
「それ、歓楽街の地図。エッチなお店やってるって事だな~、それは。」
エヴィが横から覗き込んできた。
急に引き出しを引かれたので体が当たりそうになり、咄嗟に机と距離を取る。
「グローブ・Kはタリフになってからやってませーん。他の街とのトラブルは多いけどね。」
何気ない表情で引き出しを漁りながらそう言った。
ナギは歓楽街の地図を机の上に置き、代わりに別の書類を手に取った。
古い紙なのか、表面のざらつきが目立つ。
何の書類なのかはすぐわかった。
(バンディアの地図だ。)
左上に殴り書きでそう書いてある。
周辺の街の名前、なんでもない所にバツ印。
エスディア、グラディアとは分類されていない。
ルントから、最近の盗賊達の名称は分類せずにバンディアで統一されている。そう聞いていたのを思い出す。
紙は古いが、最近の情報なのかもしれない。
裏面には何も書かれていなかった。
「ねえ、これもらっていい?」
エヴィに差し出して聞いた。
「んー。」
言いながら手に取る。
「別にいいんじゃん?あのクソババアに聞けば?」
ナギに地図を戻しながらそう言うと、漁っている引き出しに視線を戻した。
「生きてたら殺してるよ。僕、今強いし。」
エヴィは噴き出した。
「なんで欲しいの?配達しないじゃん。シューズも使えない癖に。」
「僕、旅の者ですから。」
バンディアの地図を小さく折り曲げてポケットに突っ込んだ。
「そうでしたね。」
ぽつりと言うエヴィの声はどこか寂し気に聞こえた。
エヴィが見ていた机は構成員だとか、備蓄情報など〝みちばた〟の組織に関する情報だった。
手に取る紙全てが相当古い。
〝人間の形をしたあれ〟を構成員だと言われてもピンと来ない。
実際に見た食べ物も全部腐っていたので、だいぶ古い情報だろうと気に留めなかった。
何気なく見上げると天井に四角の境目が見えた。
おそらく食料の保管部屋辺りからの隠しはしごだ。ドーゲンミライ道場がちらついた。
部屋を出ようとすると、エヴィが言う。
「ねえ、ちょっと離れて。むこう向いててくんない?」
表情を変えずに、言われた通り後ろを向く。
女達の名前が書かれている壁を横目で見る。
背中から鈍い音。
サファに何かしてるんだろう。
(情報屋名乗るんだったら!僕が勇者だって突き止めて言いふらしてみろ!ルントは辿り着いたぞ!ばーか!)
心の中でそう叫び、壁を足の裏で一発蹴る。
「あとでさ、終わってから、最後でいいから。ここの建物も、燃やしてよ。」
消え入りそうな声。
ナギはもう一度壁を蹴り、声の方を向く。
唇を震わせて涙を流すエヴィと目が合った。
ふたつの星をあしらったアクセサリを首から下げていた。
「わかった。」
ナギは力強い目つきでそう言った。
星のひとつは、半分欠けていた。




