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ナギとリサの大冒険  作者: あ★い★う★え★お
【水仙の部】第五章
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第93話/裏路地バトル(1)/Limited_NAGI

たくさんの足音で壁が、天井が、足元が揺れる。

家屋全体が震えている。

股間に〝いやすね〟をかけている暇はない。

不快な鈍い痛みと違和感を腰回りに残しつつ、ナギは横たわるサファを飛び越え部屋の入口に近づいていた。

後ろからエヴィに名前を呼ばれたが、大丈夫とだけ叫ぶ。


最初に吹き飛ばした老人が扉のすぐ傍に立っている。

どこを見ているのかわからない目つき。

襲ってくる様子はなさそうだった。

再び魔法を使い、くり抜いた扉から外に吹っ飛ばす。


階段から何人かが滑り落ちてくる。

ほぼ裸の〝おそらく老人〟。

髪は抜け落ち、頭皮から部分的に生えていた。

性別を確認する暇もなく、すぐさま階段の上に視線を向ける。

階段の幅いっぱいに人間が迫る。

両側から仲間に押し潰され、うまく進めていない者もいる。


パンを持ってきた時とは顔つきが違う。

怒りに満ちた目。

まるで獣だった。

行動は単調に見える。

バシナリー広場での魔物が浮かぶ。


襲い掛かってきているのは明白だった。

殺さないと死ぬ。そう思うと胸がすっとした。

少年から思考が消える。


階段下に落下してきた何人かの人間はうつ伏せに重なって藻掻いていた。

背中を踏み台にして階段へ飛び上がる。


鼻先に迫る〝おそらく老人〟の顔面。

歯が抜け落ちているのが見えた。

左手で顔を掴み、溶かす。


掴んだ老人の肩の上から別の人間の顔が後ろから飛び出している。

即座に左手を開き、往復ビンタのように左右に振った。

掌に付着した顔面が、手を振る勢いで飛び散った。

べちゃっとしたものが頬に触れる。


後ろから迫る人間が、首から上を失った人間を突き飛ばした。

人間ではなく、人の形をしている波と対峙しているかのようだった。

勝手に回復する体を目にしてるとはいえ、怖い。

堪らず真上の天井を魔法で掴み、すかさず帯を引っ張って飛び上がる。

天井に頭をぶつける。目がちかちかした。

相変わらず勢いを制御できない自分に舌打ちをつく。


〝普通の人間〟の悲痛を孕んだ呻き声がふと聞こえた気がした。

真下には〝人間の形をしたそれら〟がひしめき合っている。

最初に落下した人間が発火しているのを視界に捉えた。


「エヴィ!火ぃだめ!たぶん人がいる!」


顔を下に向けながら叫ぶ。

視線が高い。

真下にいる蠢く人間が俯瞰できた。

階段の上には天井がなく、そのまま上階の天井に張り付いているのだとわかった。


視線を前に向ける。

階段をあがりきった所に通路。

通路には手すりがあり、階段を見下ろせる造りになっている。

ぎゅうぎゅう詰めに人間が詰まっていた。

〝つかむ〟の効果が切れ、ナギは落下する。

蠢く人間の頭に足が触れる瞬間〝はなれて〟を脇腹に撃ち込んだ。

階段の手すりに脹脛をぶつけ、老婆のいた部屋の入り口の壁に激突する。

短い声が出た。

隣には両手を翳すエヴィ。

力強い目つきだったが、顔は青ざめている。

自分の体内にあるノードに視線を落とす。出来れば〝はやく〟は使いたくない。

マヤとミカの魔法がちらついた。顔を上げ、ナギは声を張る。


「なんか〝まとめる〟魔法ない!?上にたくさんいる!」


エヴィははっとした顔になり、階段を上がり切った部分が見える位置に数歩移動する。

床にいるうつ伏せの人間が僅かに火を上げながら、エヴィの足に手を伸ばしているのが視界に飛び込んだ。

すかさず飛びついて頭を左の掌で押し潰すナギ。


「〝すべろ〟」頭上から微かにそう聞こえた。


階段下で重なっている人間の頭付近を、左手で適当に掻き回す。

体を痙攣させていたが、やがて動かなくなった。

階段に顔を向ける。


背中を階段の段差に擦りながら、ずり落ちてくる人間が数人見えた。

最下段で左手を構え、ずるずると落ちてくる人間の頭を握る。

抵抗なく次々に溶けていく。

ナギの腕を掴んでくるが、ほどなくして力が抜けた。ずり落ちる身体を支える力を失い、重力に任せて床へ崩れていった。



後頭部と肩に同時に衝撃。

エヴィから名前を叫ばれた気がした。

体が重い。

荒い息遣いが聞こえ、胸に腕が回っている。

誰かが背中にしがみついているのだとわかった。

後頭部の辺りで左手を適当に振ると、背中の重みが消えた。

胸に絡みついていた腕は後ろに引いていく。


見上げると上階の廊下にあった手すりが折れて出っ張っている。

踏み越えたのか、折ったのか。いずれにせよあそこから落ちてきたのだろう。

それならばと、二歩後ずさりながらエヴィに叫ぶ。


「さっきの滑るやつ!ずっとして!」


「やってる!」


必死な声が返ってきた。

エヴィに顔を向けると階段の上に両手を翳し続けている。

赤く滲んだ目をシャツの肩の部分で拭っていた。


エヴィに少し横に逸れるよう叫ぶと、付近の死体を〝はなれて〟で纏めて外に吹き飛ばした。

鈍い音と共に最下段の位置に人間が落ちてくる。

足を怪我したのか、呻き声を出してその場でしゃがみこんでいる。

まじまじとその様子を見つめてしまった。


(考えられないの…?知能がない?)


母のナエラが使っていたテーブルを拭く布巾よりもボロい布を纏っている。

細い腕、足。

まばらに残る髪。

呻き声を上げる口から、点々と生えた歯が覗いた。

肌は煤のような埃がこびりついて固まったような汚れ。

白目だけが異様に目立つ。

頬はコケている。

性別も年齢もわからない。しかし若くはない。


階段から滑り落ちてくる人間と、上から落下してくる人間。

最下段に〝人間の形をしたそれ〟の塊が膨らむように出来上がっていく。

下の人間を足場にして襲い掛かってくるのでは。そう思ったが、下の人間が上の人間の足を掴んで転ばせていた。


それでも時折〝塊になったそれ〟を踏み越えて襲い掛かってくる者がいる。

〝はなれて〟で、塊に押し戻す。

塊が大きくなってきた所で、凍結魔法の範囲をやや広げて唱える。

赤黒く凍る〝人間の形をしたそれ〟の塊。

左拳を力いっぱい振り抜いた。

パイの耳にフォークを通したような、ぱりっとした感触が微かに拳に伝わった。

エヴィの悲鳴が響く中、階段に赤黒い霧が広がる。


何度か作業的に繰り返す。

横から上からと落ちてくるそれらが、理性を失っていると判断するには十分な回数だった。

こいつら何がしたいんだ。顔を強張らせてナギはそう思ったが、村にいた野良猫を思い出した。

怒れば逆毛になるが、しばらくしてエサがあるとわかると擦り寄ってくる。

そういうものに見えた。


目の前の呻き声が消え、エヴィの鼻を啜る音だけが残った。

左手で掴んだ死体から出た血だまりが、階段を滴っていた。


*


上階から足音は聞こえない。

首を失った人間が階段に転がっている。

赤が垂れて下の段にさらなる血だまりを作っていた。

ぬめった血で死体がずるりと動くと、どきりとした。

鉄と獣を混ぜたような血生臭さが一瞬漂った。


精悍な顔つきだったが、勝手に涙が流れ出ている様子のエヴィ。

肩で息をしている。落ち着くのを待った。

うえー。と声を出しながら死体を見て回った。

〝おそらく老婆〟のように〝おそらく老人〟だ。改めてそう思った。

赤の隙間から見える肌のハリからそう考えた。


「大丈夫。ごめん。」


ほどなくして、平然としているナギを見て言った。


「うん、上の階に誰かいると思う、多分だけど。捕まってる人かも。」


〝おそらく老婆〟の死体がある部屋の入口に立ち、中で気を失っているサファの頭を魔法で掴みながら言った。

横を通り抜けるエヴィと不意に腕が触れる。

首の上がない老婆の隣にいくつか置いてあるランタンを手にしながらエヴィが言う。


「ランタンふたつ持つから。あと、あたし魔法しばらく無理だと思う。気持ち悪い。臭いのせいかもしれないけど。念のため。」


「うん。わかった。大丈夫。」


ナギには魔力切れの気配はなかった。

淡々とした言葉をいくつか交わし、階段に向かう二人。

ナギが先頭に立つ。

だらんと垂れるサファを壁にして、階段を上がっていく。

足元は血でぬめっていた。

死体を避けながら歩く。

足を床につける度に滑らないかひやひやした。


階段を上がりきると振り返って階下を見下ろした。

不思議そうに眉を上げるエヴィと目が合った。

彼女もちょうど階段を登り切っていたところだった。


襲われた時に邪魔になりそうだ。

階段に転がる死体に〝はなれて〟を何度か撃ち、外に吹っ飛ばす。

魔法の赤黒い霧と木材の破砕音と共に、床の血しぶきが舞った。


階段を登り切ると、左右に廊下が伸びている。

左側は長くない。部屋がひとつ。一階と同じ間取り。

右は続いていた。

何故か一階と奥行きの長さが違う。


「下の階よりも廊下が長くない?あとで下の壁、破ってみよ。」


エヴィに声をかけた。


「うん。」


力ない声が背中から聞こえる。

左側の部屋に向かう。

老婆がいた部屋のちょうど真上だろう。

扉はない。


入口に近づくと、埃と汗の混じったような匂い。

床が軋んだ。

振り返るとエヴィが鼻を摘まんでいる。

室内には衣服と言えばいいのか雑巾と言えばいいのかわからない布が散乱していた。

特に声は聞こえない。

踵を返し、不自然な奥行きとなっている、階段を上った右側の廊下に進んでみる。


扉は左右に二つずつ。廊下はだいぶ長いように思えた。

右側手前の扉をほんの少し開けようと手をかけるが、動かない。鍵がかかっている。

左手で鍵の部分を溶かす。

急に飛び出されてもいいように、魔法の帯を操って、サファで扉を押し開けた。


すっぱい匂いが鼻をつく。〝リサの匂い〟だ。

彼女の部屋に放置されていた干しフルーツを思い出した。


釣りをするかのように、部屋の真ん中でサファをぶらぶらと揺する。

飛びついてくる者はいない。

声も聞こえなかった。

おそるおそる覗く。横からランタンがにゅっと飛び出したので受け取った。

壁際には棚が並び、それぞれに袋が置かれている。

中に入り、ランタンを棚に置いて袋を手に取る。

〝リサの臭い〟が強くなる。


袋を開いた瞬間、悪臭と無数の小さい虫が飛び出てきた。

堪らず顔を背ける。

頬をひきつらせ目を細めながらもう一度覗く。

何か入っている。肉だろうか。

胃から何かが出てきそうになる。

〝行くとこまで行ったリサの臭い〟だ。ナギはそう思った。


他の袋も同様だった。

考えたくないが、食料の保管部屋だろう。

廊下でえずいているエヴィにつられて、ナギもえずきながら部屋を出る。

次の部屋に行く。

扉の近くに居るエヴィと肩同士が触れた。


「あっ、ごめん、血ついたかも。」


「全然へいき。もうそういうの、言わないでいいから。」


鼻を摘まんでいるエヴィの籠もった声。

顔の前で手をひらひらとさせて言っていた。


床に置いていたランタンを持ち上げるエヴィに、自分のものも渡そうと機を窺う。

ハーフアップの髪が揺れたのが見えた。

出来る限り手を空けておきたかった。

彼女が上半身を起こすのを確認してから手渡した。


右側の奥の部屋。

鍵は掛かっていなかった。

先ほどと同様にサファを身代わりにするが、扉を押し開けるまでもなかった。

すぐさまサファと体を入れ替えて室内に入る。


生臭いような、酸っぱいような、リサの臭いとは別の悪臭が鼻から喉に回る。

ツンとした臭い。

再び胃から何かが出そうだったのを堪えながら見回した。


手足がない女が壁に背中を預け、項垂れている。

たくさんいた。

後ろから照らされていたランタンの明かりが突然下がる。

廊下からエヴィの吐瀉している音が聞こえた。

ランタンを床に置いて吐いているのだろう。


サファを遠ざけて〝もうれつにひろくいやすね〟をそれぞれの壁を向いて三回、声に出す。

魔法は誰にも反応しなかった。


全員、肘と膝から先が欠損している。

室内には女が十四人。

血は乾いていた。

質感を失った、違う色の髪。

胸、肩には歯形がある者もいた。

白い薄い膜が髪、皮膚にへばりついている。

薄い膜ではない、液体のような状態のものもあった。

それが何かやっとわかり、ナギは部屋の中央で吐いた。


部屋を出ると膝に手をついてぜえぜえ言っているエヴィ。

目を合わせるだけで会話を交わさず、涙目の二人はその向かいの部屋の扉に近寄った。

扉を開けた瞬間、即座に回復魔法を声にする。


三人の裸の女が仰向けに寝かされていた。

呻き声が聞こえた。手足が生えてくる。生きている。


「さっきの部屋から着るもの持ってきて。無理なら僕が行く。」


顔を向けずに低い声でエヴィに言った。

足早に遠ざかっていく足音。

部屋に入って左右を見ると、数本の斧や剣が壁に立てかけてあった。

べっとりと付いている血に視線が止まり、表情が消える。


ナギは何かを探すように部屋の周りを見渡した。

女達の手足が治ったのを確認すると、布を手にしたエヴィと入れ違うように部屋から出る。

あまり部屋にいては申し訳ないと思った。


腹の底が冷えていく。

襲い掛かってきた人間の形をしたそれが、同じ人間だとは思えなかった。

エヴィが女達に話しかける声が朧げに聞こえる中、最後の扉に手をかける。


部屋を開けると、すぐさま回復魔法を発声した。

魔法は反応しなかった。

体のどこかがない六人の女が横になっている。

血は黒ずんでいた。

ナギは部屋を隅々まで見渡すと、静かに部屋を後にした。


「そっちは!?」


隣から顔を出したエヴィが聞いてきた。

ナギの様子で察したのか「こっち布追加!」と声を張り、すぐに顔を引っ込めた。

ぼうっとした視線のまま〝布の部屋〟に行き、布を見ずに右手で手繰り寄せる。

引っかかりを感じ、何度か右手に力を入れるが、自分が踏んでいる布まで手繰り寄せようとしていた。

廊下に横たわっているサファを跨ぎ、エヴィ達がいる部屋に運ぶ。

魔法はいつの間にか切れていたのだろう。

布をエヴィに手渡した。

茫然と壁の一点を見たり、泣いている女達に対してエヴィは声をかけていた。

ナギはただ、立ち尽くす事しかできなかった。


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