↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナギとリサの大冒険  作者: あ★い★う★え★お
【水仙の部】第五章
100/132

第95話/裏路地バトル(3)/Limited_NAGI

「エヴィ!次全部!僕やるから!」


裏路地を走りながら言った。

返事はない。黙々と横を滑るエヴィ。

自分の体に目を向けると、さほど体内の触手はさほど進んでいなかった。

あまりにも強力な〝はやく〟や欠損を回復するほどの〝いやすね〟を唱えると、大きく進むのかもしれない。ナギは改めてそう思った。

触手の事を考えると呼吸が浅くなる。

気を逸らすように、エヴィから聞いた魔法を反芻した。


彼女が所持している魔法は六つ。

〝ちかづくな〟〝はねろ〟〝すべろ〟は急に使えるようになっていたらしい。

閃いたんだろう。

その他には道具屋でよく見る〝こがせ〟〝つかむ〟〝いやすね〟。


〝ちかづくな〟は最初にエヴィの背中に乗った際、痛みを伴ったものだ。

近い距離限定なんだとか。

痛みはかなりあったが、我慢できないものではなかった。

ノードに侵食されていない体だったらもっと痛かったのかもしれない。

しかし、いずれにせよ、エヴィの魔法は大人数を相手にするような戦闘向きではない。


それよりもエヴィの揺らぎ方がナギは気になった。

視線をエヴィに向ける。

シューズで滑っている彼女の横顔は精悍なものだが、ふとした時、目に涙を溜めていた。

魔力切れかもしれないとは言っていたが、切れていなくても効果は弱いかもしれない。


偶々であれ、強くなった自分がやらなければならない。そう思っていた。

〝なんかできたからやる〟アネット伝いに聞いた、プロフィッド・ティルの言葉が浮かぶ。

ナギは鼻から息を吐いた。


走りながら二人でミッシェルを呼ぶ。

何故か上から物は落ちてこなくなっていた。

横たわっている人間が二人いたが、気にせずにミッシェルの名を叫びまくる。


「エヴィ!」


ナギが立ち止まり、呼び止める。

エヴィが急旋回で減速する。

二人で耳を澄ます。

掠れた声が耳に触れた気がした。

微かな風の音。

どこかの足音。

家屋が軋むような音。

窓がかたかたと揺れる音。


「ミッシェル!」


再び大声で呼ぶ。


「ハーイ。」


その声にエヴィと顔を見合わせた。

上からだ。

掠れた声。

生気のない声。

顔を上げ、名を呼び続ける。

声を頼りに歩く二人。

声が段々と大きくなってきた。


「あの建物かも。屋根行こう。掴まって。」


視線を屋根に固定しながら言う。

首元に腕が回り、雑な返事が近くなる。

耳元でエヴィの息遣いがした。


二階か三階建て。

中途半端な高さの建物。

屋根を魔法で掴む。


魔法の帯を引っ張るのとほぼ同時に足への衝撃。

視界が屋根と空を交互に映す。

転がっているのだと気づく。


「これなんとかなんないかなあ!止まれないの!遠くに一瞬で行けるの便利なんだけどさあ!」


仰向けでぶつけた脛を抑えながら、苛立ちを声に出す。

顔だけ起こし、左右を見回す。

勢い余って吹っ飛んだサファの位置を確認する。


「運動神経じゃん?タイミング?」


エヴィが乾いた笑いを交じらせて言った。

腿の辺りをはたきながら平然としている。

うまく着地したようだ。

差し出された手を掴んで起き上がる。


声は近い。おそらくミッシェルだろう。

〝ハーイ〟と聞こえていた声は〝オーイ〟に変わっていた。


屋根から突き出た小部屋から聞こえてくる。

大きさから、ダガヤ・クルーの物置部屋を思い出す。

屋根の上を歩いて近づくと、全開に開いた木窓から、長い髪を垂らした老婆が目の前にいた。

にやついている。

エヴィの小さな悲鳴。

ナギにとっては〝ただのリサ〟。

部屋の中を一瞬見る。

ゴミが散乱していてよくわからないが、ダガヤの物置部屋よりも少しだけ広そうだ。


「ミッシェル、僕、客だから。ちゃんと〝交換〟してきたよ。で、女の人どこ?」


嘘をつきながら、窓を跨ぎ中に入る。

ミッシェルの顔が険しくなり、喚きだす。


「は、入るな!…来るな!…それ以上入ったら違反…い!違――――」


〝入るな〟という魔法かと思い、体がびくっとする。

瞬間イライラナギ。

会話できないタイプか。そう思って殺しそうだった。

言葉に割って入る。


「だーかーら!客なの!僕!さっき道端にも行ってきたの!はやく〝し〟たいんだって!女の人!どこ!」


同じような風体の老婆にはっとした。


(あ、ここも〝道端〟って事?さっきの人の名前聞いときゃよかった。でもどうせ、〝名 前 は も う な い〟とか言うんでしょ。)


床のゴミを蹴り飛ばして足場を作りながら考えを巡らせた。

ジョージおじさんが今のナギを見たら拳が飛んでくるに違いない。

母のナエラが見たら卒倒ものだろう。

オウ王様が見たらどうなるだろうか。

しょうがないじゃないか。そう思いながらゴミを蹴飛ばす力が強くなる。


困惑したミッシェルの声。


「あっ客!客!客客客!〝みちばた〟でなさるの!?客!客!?客客客!」


目に焦りを浮かべ、唇は表情を探すように忙しなく歪んでいる。

〝おそらく老婆〟よりも声に丸みはあるが、しゃがれて掠れた聞き取りにくい声だった。

魔法を使ってくる様子はない。

魔法どころではなく、もうまともに会話すらできないのだろうと勝手に話を進める。


「で。どこ?女の人。ここの建物と目の前の建物だって聞いたんだけどさ、それ以外にいるの?」


窓の外を指さしながら言った。

体が咄嗟に動いたエヴィが視界に入る。


「勝手に選べばいい!勝手に!〝みちばた〟たくさんいるけど!そういうのが好き!そういうの!勝手にそういうのが好き!」


「だから!質問に答えて!他にいるの!?」


〝かいわしろ〟という魔法はないものか。

老婆をぶん殴りそうになる。


「こことあそこだけ!どんだけどんだけ選ぶんだ!勝手にそういうのが好き!さっさとしろ!勝手にしろ!たくさんいるぞ!たくさん勝手に好き!」


ミッシェルは外にいるエヴィに視線を向ける。


「この人は付き添いだって!僕がうまくできるか確認してくれるんだってさ!」


ヤケくそナギ。

頭の熱さを抑えられない。

エヴィを見るミッシェルの表情に下卑た笑みが広がっていく。


「保護者!保護者保護者保護者!一緒に保護者!気づいたら一緒にしてる保護者!出せ!勝手にしろ!保護者も出せ出せ!出して出せ出せ!出されて出せ!出―――――」


叫び声がぴたっと止まる。

老婆の表情が笑みから焦燥へと変わり、顔が震え出した。


我慢の限界ナギ。

足を開き、右手を老婆に軽く翳しながら、肩を開く。

左腕を引き、拳を振りかぶる。

表情のないエヴィが、老婆に中指を立てているのが見えた。

ミッシェルの顔つきは焦燥から困惑へと移り変わり、最後は悲嘆の表情が張り付いた。


「エヴ――――――」


最後の言葉とナギの凍結魔法の声が重なった。

踏み込み、左拳を振り抜く。

ミッシェルは赤黒い霧となった。



*



ミッシェルは、その昔、露店を構え荒物を売っていた。

主な客は漁師。儲けは少なかったが食べていくには十分な稼ぎだった。

漁業が衰退した後の儲けは激減したが、なんとか食いつないでいた。

腕がどんどん細くなっていく気がした。


暇な時は隣の花屋の娘とよく話していた。

よく遊びに顔を出す娘の友人とも、軽口を叩き合うのが楽しみだった。


配達業が隆盛する中、買えるものが増え、人々の繋がりが希薄になる気がした。

しかし、店番を互いにするような、ミトハロの助け合いの風土が残る露店がとても好きだった。

徐々に減っていく露店に自分の居場所がなくなる恐怖。

生きていけなくなる恐怖に呑まれ、ミッシェルは変わった。

きっかけはもう思い出せない。

敵視できるものはなんでもした。

なぜ敵視しているのかわからない時があったので、敵視するためにまた別のものを敵視した。

気が付けば、花屋の娘の自死が生きる理由となっていた。



少年が抱いた感想〝ただのリサ〟言い得て妙。

ミッシェルは何がなんだかわからずに、いや、ちょっとだけ気づきつつ、あるいは、気づいていない自分を演じつつ。

世界から脱落した。



*



「知り合い?」


表情を変えずに、赤黒い霧の向こう側に見えるエヴィに言った。


「は!誰が!」


鋭い目つきで、頬の片方だけを上げて言う。

その顔を見ながら、ナギは木窓を跨ぐ。


「たぶん誰を生かすとか、余裕ないと思うよ。」


縁から勢いよく屋根に降りる。


「気づいたらみんな死んでると思うから。女の人は助けるように動くけど。たくさん居そうじゃない?〝道端〟。」


屋根の上を歩き、言い終わる頃には縁から一瞥すると、エヴィを向いて下を指差した。

首と胸に両腕が絡みついてきた。


「なんだよ気づいたら死んでるって!いいよ!それで!誰が知り合いだろうがあんなのもうわかんねーよ!」


語気が荒いエヴィ。

あまりにも耳元だったので耳鳴りがした。

咄嗟に顔を背ける。

そのまま屋根から飛び降り、地面に魔法で着地した。


*


扉の前に誰かが立っていそうだったので、壁の横から穴を開けて侵入する事にした。

隠し部屋があった家屋の二階部分だけで、あれだけの人数だ。

この建物はもっと襲ってくる人数が多そうだった。

即座に〝はやく〟を使おうと考えていた。


「すぐに終わると思うから。」


言いながら壁をくり抜く。


「すぐに終わるのはいいんだけど、中で何が起きてても驚くなよ。」


怒りが滲み出ているような声が後ろから聞こえてきた。

大体知っているような口ぶり。


「わかった。女の人達への説明は、エヴィよろしくね。僕、こんな体だからどうせ気味悪がられるだろうし。」


くり抜いた壁が手前に倒れかけてきたので蹴る。

一人分が通れるくらいのサイズの穴が出来た。


中はぼんやり明るかった。

目の前は廊下だ。天井が低い。

くぐもった声や、言葉にならない高い声が断続的にうっすら聞こえてきた。

エヴィが顔を顰める。

酸っぱいような、生臭いような、すえた臭い。

むっと鼻をつくそれらが、すべて混ざり合ったような臭い。

顔を背けたくなる。吐きそうだ。


建物は小さくはないが大きくもない。

廊下の左右に、二つずつ扉が見える。


隠し部屋があった家屋で襲ってきたような人間達が、廊下に何人も座っている。

人数がわからない程多い。

廊下だけで二十人くらいだろうか。

あまりの悪臭に、数えるのも億劫になる。


触れた壁がべとついた。

拭き掃除を怠っていた時のダガヤ・クルーのテーブルよりもべとついていた。

感じる全てが異常。早く終わらせたかった。

タイミングよくサファへの〝つかむ〟が切れた。

入ってすぐの廊下にサファを放置し、自分に手を翳すと〝ずっとはやく〟そう声にした。


音が消える。

匂いが少し残っている気がした。

廊下に座り込む人間の首に左手で触れていく。

胴体から離れたそれはゆっくりと落下を開始した。


開けた穴に一番近い右側の扉に手をかけると、べとついていた。

舌打ちしながら扉を開ける。

ランタンがいくつか置かれ、部屋には明るい場所と暗い場所ができていた。


室内は大人が数人いても十分に動き回れるくらいの広さ。

広くも狭くもないように見えたが、この建物は広かった。

天井が低いのでさっきはそう感じたのかもしれない。


今後の人生、これ以上の凄惨な状況はもう見ないだろう。

願わくば部屋の広さを延々と論じていたい。そう思う程の光景だった。

ナギはその場から一歩も動けなかった。


壁の一角に目をやった。

裸の人間の後ろ姿。

弛んだ尻が見えた。

何かに覆い被さっている。

その人間の両側から伸びるように両足。

仰向けになっている人間が下にいるのだろう。

何をしているのかはすぐわかった。


〝そういう教育〟を丁寧にしてくれたジョージに感謝するとは思わなかった。

そういう話を聞いた当時はとても恥ずかしかったが、自分は恵まれていた。

この状況を異常だと思える村で育ってよかった。ナギはそう思った。

そう思わないと、雰囲気に呑み込まれて吐きそうだった。

今、自分がどんな感情を抱いてるのかすら全くわからない。

視界がぼやける。

気づけば涙が滲んでいた。


急がねば魔法が切れる。その思考で弾けたように足が動く。

手足のいずれかを失った女に覆い被さる人間達。その頭部や首に次々と触れ、溶かしていく。

〝対応済〟の目印のように、左手から伸びる赤い糸が〝人間の形をしたそれ〟同士を繋ぐ。

女の虚ろな表情、険しい顔、恐怖に歪む顔。見ないようにしていたが嫌でも目に飛び込んできた。

四つん這いになっている女もいたが、表情が想像出来てしまい、目を背けた。


交わる人間達の〝どれ〟を殺せばいいのか、迷う必要もない程に凄惨な状況だった。

一人の女に数人が群がっている。

手足のいずれかがない人間を勢い余って殺さないようにだけ、配慮した。


床がぬめっている。

血だまりもできていた。

〝はやく〟の効果で周りの動きが遅い。

ナギが攻撃したからといって、すぐに血は飛ばない。

女たちの傷が新しいのだろう。そう思った。


魔法が切れて動き出せば、触れた人間は事切れる。

死体が女に覆い被さる事になるだろう。

〝はやく〟が切れた直後に、せめて〝はなれて〟を撃ってあげたかったが時間がない。


部屋を見回して全員殺したのをなんとなく確認する。

次の部屋に行く事にした。

壁を左手で溶かし、廊下に出ずに隣の部屋に行こうかと迷う。

しかし、人間が密集し過ぎていた。


扉側を除く一辺の壁に五人くらいの女がおり、部屋の中央にも二人か三人いる状況だ。

壁に左手を突っ込んだ時に、その向こうにいる女も一緒に溶かしてしまいそうだった。

ナギは入ってきた扉から出る事にした。


ちょうど廊下に出た時に〝はやく〟が切れる。

廊下に座り込んでいる一帯の人間達の頭が、ごとりと音を立てて一斉に落ちる。

後ろの室内からも何か重いものがゴトゴトと落ちる音がした。


バシナリー広場で使った時よりも効果が短く感じる。

扉を開けた時、あまりにも考えすぎた。

魔法自体はちゃんと機能しているはずだ。そう考え直す。


数拍おいて、ナギが居た部屋から悲鳴が上がる。

怪訝そうな表情のエヴィと目が合った。

ここの部屋は終わったよ。そう声をかけようとしたが意味がない事に気づく。

困惑するエヴィの顔を見つめ「〝しばらくはやく〟」感情が消えた顔つきで、そう口にした。


(強いって便利だな~。)


涙を流しながらそう思った。

いくら周りが遅くなろうとも、零れる涙は止まらなかった。


*


廊下に横たわった死体を跨ぎ、向かいの扉を素早く開ける。

鍵はかかっていない。

広さは先程と同じ。

ランタンもいくつかある。

女の数も大体同じに見える。群がっている人間でわからないが、十五人くらいだろうか。

頭や首を溶かしながら、状況を掴んでいった。


この部屋の血は乾いていた。

襲われている人間にタトゥーが見えた。

宝石、三本の爪痕。見た事のあるものだ。

左手でタトゥーの部分をこそぎ落としてあげたかったが、混乱するだろうとやめた。


あれもできないか、これは大丈夫だろうか。

目にした事もない光景。さらには体験した事のない自分の強さに、次々と想いが過ぎる。

目的を絞る。

まずは〝人間の形をしたこれら〟の全滅だ。

男の首をすっと握り締めながら、思考を切り替える。

涙が止まる。


作業的に済ます事が出来、次の部屋に向かう。

廊下に座っている〝人間の形をしたそれ〟の頭部に手を翳しながら走る。

いちいち溶けた部位を確認する暇がなかった。

〝道端〟が狂っていて助かった。

確認する必要もなく、いで立ちと目つきが異様だった。


次の部屋に行くと、襲われている人間に男もいた。

〝道端〟の人間で、見た事のないタトゥーをしている奴もいる。

四つ葉のタトゥー。

二つの爪痕のようなタトゥーも見えた。

ダガヤ・クルーのものとは線の入り方が違った。

〝はやく〟を呪った。

見たくなくても見えてしまう。

建物すべてを燃やしたい衝動に駆られる。

大きく息をする。

強力な魔法も連発はできない。

使うと赤い糸が体を覆ってきてしまう。

それが何を意味するのかわからないが、人間から遠ざかっているような気がした。

いや、そうじゃない。女を助けるのが目的だ。そう思って大きく息をする。


四つん這いの女の後ろで、膝をつく男が目に入る。

しっかり触れていた。首が先が落ちかけている。

脇腹を思いっ切り蹴飛ばし、部屋を後にした。


一階最後の部屋には鍵がかかっている。

左手で扉を溶かして中に入った。

こんなに広い部屋だったのかと思うほど、部屋には人が少なかった。


拘束されている女達が視界に飛び込んできた。

女達は衣服を一切纏わず、布を噛まされて横になっている。

見たところ体に欠損はない。

表情も今までの部屋の人間と比べたらしっかりしている気がする。


〝道端〟は三人だけ。それぞれ刃物を持っていた。監視役だろうか。

相変わらず、服と言っていいのかわからない布を纏っている。


二人は体つきがいい。痩せていない。

もう一人はどこかで見た顔。

隠し部屋があった家屋で、扉の前に立っていた老人かもしれない。

外に吹き飛ばしたまま忘れていた。

まあ誰でもいいか。そう思いながら、左手で見張りの三人の首を掴んだ。


魔法が切れる。

室内の〝道端〟の頭がごとりと落ち、胴体が力なく倒れた。


リヴェル村を訪れた行商人が、糸で吊った人形を器用に動かし、子供達に見せていた事がある。

ナギは人だかりに行きたくなかったのでよく見なかったが、人が散って行く時、店仕舞いの時に顔を出した事がある。

糸が弛んであっちこっちに折れた人形の足を、行商人が畳んでいたのを思い出した。

畳む必要もない程、首を失った目の前のそれは、綺麗に足をそろえて倒れていった。


女のくぐもった悲鳴で我に返る。

逆に自分が〝おそくなって〟いたら意味がない。

横たわる死体を一発蹴り、気合を入れる。


今回はかなり効果が長いように感じた。

それだけ猛スピードで人を殺したのだと、表情を消した。

室内の女達に近づきながら、自分の左手をつい見つめる。


遠くから悲鳴。

きっと回ってきた部屋だ。

目の前にいる裸の女達は、噛んだ布越しに声を上げていた。


暴れられても面倒だったので自分に手を翳して〝しばらくはやく〟を声に出す。

この体では〝道端の仲間〟に思われるかも。そう思った。

〝道端〟から流れ出す血が止まった。


女は七人。

手と足に結ばれているロープを左手で溶かして回る。

最後の一人の拘束を解いたとき周りが滑らかに動き出した。

近くの女のばたつかせた足が脛に当たる。

気にせず〝道端〟が装備していた刃物を奪い、女に渡して端的に言う。


「口のはこれで切って。自分でやって。」


刃物が回されていく内に、困惑の声が言葉となり、室内に増えていく。

これだけ強力な魔法を使っても、やっぱり吐き気がない。

女達から目を逸らすように左腕を見ながら、なんとなくそう思った。


エヴィに状況を知らせないといけない。

はっとして部屋を出ようとした時、肩を掴まれ、強引に体の向きが変えられる。

即座に左手を背中に回す。


「助けてくれたんでしょ!」


鎖骨くらいまで伸びた髪の女。

切迫した顔つきが鼻先に迫る。

中腰になっている。

髪はオレンジ色っぽい。

ボサボサなのか毛量があるのか、髪はぼわっとしていた。

頬には酷い痣。額には乾いた血。


衣服を一切身に着けていないので、目のやり場に困る。

目を逸らしながら言葉を出そうとするが女が早い。


「私達は何をすればいい!何ができる!ねぇ教えて!出ても大丈夫なの!?」


肩を揺すられ、逸らしていた視線を戻す。

まっすぐナギを見ている女と目が合った。

鎖骨の辺りに宝石のタトゥーがちらりと見えた。

たどたどしく口にする。


「一階は、もう大丈夫。僕は二階に行く。それが終わったら回復するから、女の人達を、ひとつの部屋に纏めておいてほしい。襲ってる人達の死体は部屋から出して。たぶん全員殺したけど、もし生きてたら、回復当たっちゃうと復活しちゃうから。」


各部屋に回って回復をしたかったが、ノードの赤い触手が体を覆い切りそうで怖い。

回数を抑えられるなら抑えたかった。


「わかった。」


力強く頷くと、ナギの肩から手を離して他の女に駆け寄った。

落ち着かせるようにオレンジ髪の女が説明をしていた。

それを聞いている女から、ちらちらと視線を感じる。

背を向けてエヴィの元に走り出す。


(あ、別に二階に行くとか言わないでいいのか。エヴィにも言わないでいっか。このまま〝はやく〟しちゃえばいいんだもんね。)


自分に手を翳し、「〝ずっとはやく〟」そう呟くと、再び少年だけの世界となった。


*


二階も同じ間取りだ。三階はない。

小さい階段のような梯子がある。ミッシェルの部屋だろう。

部屋は四つ、中は広いが〝人間の形をしたそれら〟で埋め尽くされていて狭く感じる。


一つ目の部屋を終えて、二つ目の部屋の扉に手をかけた時、パルの顔が浮かぶ。

泣きそうなパルの表情が黒く塗り潰されていく。動悸がした。

大きく息を吸い、扉を開けて中に入る。

顔を変えずに道端の〝処理〟を続けた。


三つ目の部屋で、涎を垂らして目がイッている、下卑た口角のブロンズ髪の男の首に触れた。

〝道端〟の中では若い方だな。なんとなくそう考えた。


〝道端〟は年齢層が高い。

肌の皺、ハリでそう感じた。

若い人間は全くと言っていいほど見ていない。


(でも、ここまで外見が異質だと年齢とか関係ないな。判断もできない。)


髪の毛は、ほとんどの人間が異様な禿散らかし方をしていた。

禿げているというよりかは、毟られたような、頭皮から何本か出ているといった感じである。

ぱっと見では性別もわからない。

女に群がる〝道端〟は男だけでなく、女らしき人間もいた。


(きっと狂ったらこういう禿げ方するんだ。リサも将来こうなる。)


作業的に〝人の形をしたそれ〟の首に触れ、溶かし続ける。

握る際に抵抗はない。

もし抵抗があったらと思うと、想像しただけでぞっとした。

赤い液体が糸を引き、拳が閉じる。


考えを巡らせる。

露店や偶に入る道具屋、ダガヤのカウンターの仕事中〝気さくな年配の客〟には会った事があるが、それくらいだった。

ミトハロで今まで出会ってきた人達は年齢層が若い。

〝道端〟は漁業が関係しているのかもしれない。ふと、そう思った。

それほど配達業、今回の抗争。大人と言えど、若い人間しか見ていない。


(ドーゲン…あいつは頭おかしいしな…。)


何故か性格を知らないドーゲンをそう定義した。


(あの年で詐欺とか頭おかしいでしょ!)


脈絡ない思考を正当化するように苛立った。

扉に戻る際、ブロンズ髪の男の脇腹を何回か思いっきり蹴飛ばした。

大して動かなかったが衝撃はちゃんと入っているはずだ。

動き出したら女から離れるように倒れるだろう。


蹴った男の床についた右手が視界に入る。

小指と薬指が欠損していた。

あっ間違えちゃったかも。咄嗟にそう思ったが、この場で涎を垂らして女を襲ってる人間に、逡巡の余地はなかった。


全ての部屋が終わり、走ってエヴィの元に戻る。

一度魔法が切れていたため、廊下にはいくつかの死体が横たわっていた。

死体を飛び越えながら、胸を撫でおろす。


(キューがここに捕まってなくてよかった。)


脳内に浮かぶパル。

その表情に塗り潰された黒がすぅっと消えていく。

疑ってしまった事に少し胸が痛んだが、ナギはもう自分の感情がよくわからなくなっていた。


*


階段を降りようとする時、二階の廊下で座るようにして事切れていた人間達がどさりと床に倒れる。

魔法が切れた。

一斉にゴトゴトと音がした。

数拍置き、背中から数々の悲鳴。

むせかえるような悪臭が鼻をつく。


一段飛ばしで階段を降りる。

一階の廊下がみるみる内に赤で染まっていく。


オレンジの髪の女と、同じ部屋にいた何人かが廊下に飛び出してきたのが見えた。

胸と腰に布を巻いている。

ナギは全部終わった事を叫んで伝える。

二階は任せる事にした。

女達は困惑した表情を一瞬浮かべたが、すぐに階段を上がっていく。

オレンジの髪色の女とすれ違った時に、鎖骨の辺りにあるタトゥーが視界に飛び込んだ。

たしかに宝石模様だった。

床に敷かれていく赤を見つめながら少しの間立ち止まる。


一階の部屋の中からの困惑と悲鳴が混じる声で、足を動かした。

扉を開け放していたのでよく聞こえてきた。

エヴィは侵入してきた最初の壁の辺り。

忙しなく顔を振り、状況を窺っている。

おそるおそる部屋の中を覗いていた。

駆け寄りながら声を張る。


「〝あいつら〟はもう終わったから!女の人、一ヵ所に集めてほしい!すごいたくさんいるから!」


はっとした顔でナギを向いたが、真っ赤に染まる左手をちらりと見ると、何かを察したようにすぐに唇が引き結ばれる。

同じ部屋に二人で入っていく。

エヴィは助かった事を大声で告げると、近くの女に駆け寄っていた。


ナギは部屋の中にある死体を魔法で掴み、侵入してきた壁から外に出していく。

〝首のないそれ〟は、もう人間には見えなかった。

行き来する際に室内の女達から視線を感じる。

何故かナギに謝罪をする人間も居た。


「ここに集めんのね!」


正気を保つために発したんじゃないか、そう思うほどの大声がエヴィから聞こえた。

膝を曲げ、女に寄り添っている。

ナギを向く表情は青ざめ、戦慄が走っている。

足は少し震えていた。


大きな声で相槌を打ちながら、隣室との境の壁に、慎重に左手を突き刺す。

自分の肩幅くらいのサイズの穴を作って声を張る。


「なくなっちゃった所!回復できるからこっちの部屋に集まって!」


困惑の声が大きな悲鳴となる。

そりゃそうだ。何回か〝はやく〟が切れているとは言え、彼女たちの頭では一瞬前まで襲われていたのだ。

さらには壁から子供の声。怖すぎる。理解が追いつくわけがない。そう言い聞かせた。


振り向いて、女の体を擦るエヴィを見つめる。

こんなに強くなっても、人を安心させる事すらできない。もどかしかった。


ノードの影響で、自分が今どんな顔をしているのかもわからない。

穴から顔は出さず、何回か声だけ張った。

女達に優しく声をかけていたエヴィは、室内の布をそれぞれの近くに投げると、別の部屋へと走って行った。


すすり泣く声だけが室内に響く。

あまり自分がここに居てはいけない気がした。

隣の部屋から直接来れるよう、壁に人間一人分のサイズの穴を開けると、すぐにナギも廊下に出る。


向かいの部屋からは、女に向けたエヴィの大きな声が聞こえた。

その隣の部屋に行き、扉からナギも集まるように叫ぶ。

虚ろな目つきで動けない女がほとんどだった。


(脅した方が早いかも…パニックになるか。)


そう思い留まった。

堪らず隣の部屋に行き、扉から中を覗く。

エヴィに向かって声を張る。


「エヴィ!動けない人ってどうしたらいいの!」


エヴィは虚ろな目をしている女に、ちょうど平手打ちをしている所だった。


「もう魔法で無理やり連れてっていいよ!とりあえず回復優先!あたしは殴るしかできないけど!あ!あと布集めて!足りない!」


その言葉で、その場にいる何人かの女達が立ち上がって移動した。

ダッシュで部屋に戻り、虚ろな表情で自力で動けない女達を魔法で掴むと、最初の部屋へと連れていく。


赤黒く伸びた無数の帯の先に、何人もの裸の女達。

部屋に入ると、どよめきと軽い悲鳴がした。

その声に驚き、滑る床に足をとられて転びそうになった。

血は何か別の液体と混ざっているように、粘り気を帯びていた。


*


ほとんど何も身に纏ってない人間達が部屋の中でぎゅうぎゅうになっている。

全員は入れなかったので、何人かは隣の部屋で待ってもらっていた。


腰に布を巻き、両胸を腕で隠しつつ先頭に立っている女の一人とふいに目が合った。

困惑と疑いの視線が刺さる。


気にせずに肩幅より少し広く両手を翳すと、広範囲でやや出力を上げた回復魔法を声に出した。

困惑と驚嘆の声で室内が溢れていく。

後方にいる人間の何人かは発動していないようだったので、隣の部屋の人間と一緒にかけなおした。

御礼の声もあったが、それ以上に安堵の声が大きいように思えた。

エヴィが集団に叫ぶ。


「帰れる家がある人ははやく逃げて!奴らが周りにいるかもしれないから!すぐ大通り!あたし達は二階もあるからまだいるから!不安な人は残って!」


帰る家がない人間はどうするんだろうと聞いていると、エヴィはグローブ・Kのアジトを言い添えるように叫んでいた。

我に返ったように部屋から飛び出す大半の女達。

エヴィに集まり泣きながら礼を言う女達もいた。


その内、廊下から怒号。

何事かと扉から顔を出す。

数人の女が意識のないサファを踏みつけまくっていた。

サファとミライを行ったり来たりしている。


「あっ、蹴るのはいいけど、まだ殺さないで。」


その声に体をびくつかせる女達。

振り向いた顔は、目に涙を滲ませ、怒りに満ちている。

ゆっくり向き直った後、さらに何発か蹴って建物を後にしていた。


血みどろの床にサファだけが横たわる。

左目が抉り出されていた。

つい顔を後ろに引き、唇を歪ませ、目を細める。

あーあ、死んだかも。そう思った。

室内に視線を戻し、残った女達の目を見つめる。


虚ろな目だが、リサやマヤの目つきとは違った。

狂気はない。

諦めているようにも、自分がここにいる理由を失っているようにも見えた。

表情はなく、その顔から何を読み取るかは、見る者に委ねられているような目つきだった。

怒りもない。

ただ、どこを見るでもなく、瞳だけが彷徨っていた。


ナギの視線に気づいた一人が、胸を腕で隠しながら壁を向く。

しまった。そう思ったが遅かった。


「あんまり見ないであげて。」


傍にいたエヴィから優しく注意される。

誤解されたのだろう。言い訳したかったがさすがに自分が悪い。

ナギは謝罪を口にして上の階へと向かった。


二階の人間達はオレンジ色の髪の女、その他の女が纏めてくれていたので助かった。

部屋に集まっていた人間全員に回復をかけ終わり、すぐに逃げられる者が部屋から一斉に飛び出した頃。

エヴィがナギの後ろに立っていた。


拘束されている人間は今いる建物と、向かいの建物だけのようだった。

〝道端〟からの情報通りだ。

二階を纏めてくれていた女の一人が周辺に詳しいらしく、そう言っていた。


すぐに行動を起こせない者、喋る事が出来ず、帰る場所があるかがわからない者が残っているようだった。

一階同様にエヴィがグローブ・Kのアジトを案内すると、纏めていた人間の二人が引き連れる事になった。


その内の一人は〝手足が切断されていなかった女〟だったような気がした。

ナギは別の人間と交代するように言う。

言われた女をはじめ、エヴィやオレンジ髪の女も困惑の色を浮かべていたが、それに従ったのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。