第96話/魔王ふっかつにかんけいなく、そもそも世界は平和ではない/Limited_NAGI
顔に届く熱気。
炎が轟々と燃え盛り、木材が弾ける音が続く。
柱が倒れる音と同時に火の粉が吹き出し、炎が形を変える。
風に乗り損なった火の粉が顔に迫る。
焦げた木の臭いが増した。
涙目になっているのは、人を殺しまくったからではない。
黒煙の刺激臭だった。
「結局、ほんとに一人でやっちゃったなあ。」
目の前で勢いよく燃える家屋を見ながら、横に立つエヴィがぽつりと呟いた。
言葉に何も返さずに、ナギは燃える家屋を瞳に映していた。
ミッシェルのいた建物の向かいも制圧し、襲われた女達も助け出した。
その周辺の建物もできる限り確認し、隠し部屋のあった家屋に戻ってきていた。
二人とも血まみれだ。
ナギには人間だとは思えなかったが〝あれら〟も、一応人間なのであろう。
皆が期待する通り、魔王に勝利して世界平和をもたらす存在が勇者なのだとしたら。
(そもそも、世界って平和じゃないじゃん。)
その辺に唾を吐きそうだった。
人間を救うという事は、あんな世界〝も〟救わなければならないのか。
少年は迷っていた。
しかし、勇者なんて存在がなくても、世界はすでにけっこうゴミだった。別にミスッても良さそうだ。ナギはそうも思った。
どうしても〝道端〟を人間だと思えなかった。
襲われていた手足のない女達。
その〝手足〟が、どこにもなかった。
骨も見ていない。
(やっぱあんまり、世界平和とか、どうでもいいや。)
家屋の真ん中あたりがどしゃっと音を立てて潰れ、太い黒煙が立ち昇る。
勇者に最も必要な使命感が薄れていった。
そう考えると、何故か湧き出てくる行き場のないどす黒い感情を、空へ昇る黒煙が代わりに昇華してくれているようで、少し気が晴れた。
微笑みを抑えていると、再び横から声がする。
「何?助けた中にタイプの女でもいたの?」
眉をひそめているエヴィが視界の端に映った。
一呼吸おいて返す。
「人間って、気持ち悪いなあって思って。」
くすりと笑ってそう言うと、エヴィが肩を組んできた。
「ほんっっっっっとうにそうだよね。わかる。あたしもそう思う。」
近くなった彼女の横顔を見る。
瞳には燃える家屋の炎が映っていた。その炎を彼女自身が宿しているような表情だった。
「これからどうすんの?」
視線を家屋から逸らさず、エヴィが聞いてきた。
「わかんないけど、とりあえず一回バシナリー戻るよ。」
ナギも燃える家屋に視線を移してそう言った。
「そう。」
優しく言いながら、肩から手を離すエヴィ。
炎は家屋全体を呑み込んで、勢いを増した。
高い声を上げて喜ぶエヴィとは裏腹に、柱が自分に倒れてこないかひやひやした。
息をすると喉が焼けそうだった。
しばらく見ているとエヴィが切り出した。
「あんたさ、色々見たでしょ。女の人の、色々。さっき。で、辛かったり、まあ、なんだ。その、気持ちがさ、気持ち、って言うか、うん、まあ、落ち着かなくなったりしたらさ、グローブ・K来なよ。広場に、送った後、あたし、一度、戻、ってるから。あ、もう、グローブ・Kだったとこか。」
あまりにも途切れ途切れに話すものだから、言い終わる前にエヴィに顔を向ける。
腕組みをしながら、燃える家屋とナギの膝辺りに視線を往復させて言っていた。
「うん。わかったよ。ありがとう。」
ナギはとりあえずそう言った。
炎が隣の建物の屋根や軒先へ舌のように伸びた。
想定はしていたが、思わず声を出す。
「さっき見たんでしょ?中。」
エヴィが飛んできた火の粉を払いながら言った。話し方は戻っていた。
事前に周辺の建物を確認していた時の事を思い浮かべる。
たしかに人はいなかった。
魔法を使わずに左手だけで壁を溶かせるのは便利だった。
ノードが体内に入ってから、初めて人を守るために左手を使ったかもしれない。そう思った。
「うん、大丈夫だと思う。」
淡々と答える。
弾けた声で言葉が返ってきた。
「じゃーさー!気にしないでいいでしょ!別に!こんなとこ!」
「たしかにね~。」
小さく息を吐いた。
脱力ナギ。
「サファ、炙んないの?」
すぐ後ろに横たわっているサファを、腕組を半分解いてエヴィが指さした。
別の建物から女性達を解放する時に意識が戻っていたが、一部の女性達に再び襲われ気を失っていた。
「ははは!炙る価値もない!僕からカツアゲしちゃうような弱虫!」
エヴィを向き、眉を上げて言った。
「さっき炙ってたじゃん。」
視線の先の彼女は噴き出していた。
大きく息をして、ナギの上半身を見て言う。
「それ大丈夫なの?取れんの?」
「わかんない。」
苦笑いをしながら言った。
俯いて体を見回すと、ノードの触手は腹、右胸までの全てを覆い、右肩に伸びようとしていた。
目を逸らすように燃える家屋に目を向け、右手を頬に撫でる。
右の頬も隆起していた。
少し大きな息を吐き、顎を引く。
赤い糸が不気味に巡った体を改めて見た。
さすがにもう人間じゃない。ナギはそう思った。




