第90話/裏路地との開戦/Limited_NAGI
西大通の裏路地に着くと、上から次々に何かが落ちてくる。
石、木片、腐っているモノ。
三日前に〝ヤマ〟と来た時と同じだ。
よく見ると、白い塊も交じっていた。掌よりも小さい。
サファの頭と足を魔法で掴み、横にして頭上に固定した。落下物を防ぎながら進む二人。
ここに来るまでに裏路地についてエヴィから話を聞いてみたが、具体的な話になると言葉を濁し、顔を曇らせていた。
広場でエヴィと会った時は何も感じなかったが、アジトに戻った辺りから、連れ回していることを少し申し訳なく思っていた。
空を飛んだ後、自分一人で行くと告げたのだが、向き合いたいと真剣な顔でエヴィは言っていた。
ナギにはその意味が全く分からなかった。
〝ミカ〟が言っていた、ここで襲われた女が〝勝手に流れつく〟という言葉がどうしてもナギは気になっていた。
どうせ強さを手に入れたのだから見てみよう。
そう思い、足を運んでいた。
裏路地を進むと、上に蝶番がついている窓を少し開け、こちらを覗いている顔がいた。
性別不詳の老人。〝おそらく老婆〟。
口角が不自然に上がり、目が剥いていた。
ぎりぎりまで顔を近づけてナギは呆れながら声を張る。
「こんにちは!あのー!入りたいんだけど!」
顔は呆れているが、元気いっぱいの声。
おはようだったね。直後にそう言い直す。
返事がなかったので木窓に拳を叩きつける。
無理やり閉めた。
あっ。と後ろからエヴィの声がした。
隣にある扉に近づいてノックをするが、応答がない。
手をかけてもびくともしない。施錠されているようだった。
手首までを扉に突き刺すと、抵抗なく貫通する。
一度膝を曲げ、足元までぐるんと大きな四角を描いた。
通れるサイズにくり抜かれる扉。
すえた臭いと生臭さが混じったような異臭が鼻をつく。
中から叫び声が聞こえてきたが、気にせず扉の目の前に佇む老人に〝はなれて〟を撃ち込んだ。
あまりにも鈍い呻き声を出して老人は階段に吹っ飛んだ。
「こんにちは!入ります!」
半ばヤケで足を踏み入れる。
鍵を開けると、開閉の概念が意味をなさなくなった扉を一応開く。
吹っ飛んだ老人がのろのろと立ち上がりそうだったので、さらに魔法を声に出す。
階段上まで吹き飛ばした。
サファを引き摺りながら入る。
その後ろにおそるおそるのエヴィ。
喚き声、叫び声が近くなる。左の部屋からだ。
〝おそらく老婆〟だろう。
階段上には、吹き飛ばした老人が上の方でずるりと仰向けになっているだけで、まだ他の人間はいなかった。
扉のない部屋の入口まで行くと、中心に〝おそらく老婆〟は立っていた。
目を剥いて鼻に皺を寄せ、これまで上がっていた口角は歪んでいる。
言葉にならない何かを喚いていた。
ナギは叫び散らす老婆の目をじっと見つめていた。
敵意も憐れみも忌避もない。池に立った波紋がなぜ起きたのか、何気なく確かめるような目だった。
しばらく視線が合っていた。
老婆が足元のサファを見るなり、怒りに満ちていた表情が驚きに変わる。
少し声が小さくなった。
「ちょっと静かにしてって!扉はごめんね!ちゃんと弁償するよ!」
声の大きさに細目になりながら、思ってもない言葉を吐き捨てる。
老婆はサファに視線を固定したまま、徐々に静かになっていった。
表情も戻ってきている。
部屋に足を数歩踏み入れる。
エヴィも続いて入る。
扉のすぐ近くで立ち止まっていたので、階段から襲われるかもしれないと思い、もう少し扉から離れるようにジェスチャーした。
老婆はノードに侵食されているナギの体を気にも留めず、サファについて尋ねる。
「お ま え そ れ サ フ ァ だ ろ ど う し た 」
威圧感のない、しゃがれて掠れた声。
「ちゃんと喋れるんでしょ?普通に喋ってくれない?その話し方嫌いなんだよ。」
何故か、ひどくむしゃくしゃした。
胸に黒い何かが湧く。
「お ま え そ れ サ フ ァ だ ろ ど う し た 」
話し方を貫くらしい。
ため息が出た。
エヴィとグローブ・Kのアジトで事前に打ち合わせた通りに話す。
先程のように刺されるのも嫌だったので今回は思惑を事前に伝えておいた。
「ドミヌスは今日で終わり。僕が新しいチームを立ち上げるんだ。これが証拠。」
サファに顔だけ向ける。
老婆の顔に笑みが戻る。
「す ば ら し い よ く や っ た 」
「別におまえのためにやったわけじゃないでしょ。」
鼻で笑った。
横から、おい。と小声で聞こえた。
エヴィを一瞥して老婆を見据える。
「ここで、襲った女の人を紹介してるってほんと?逆にドミヌスからも女の人引き取ってたの?これからお世話になるかもしれないからさ、ここってなんなのかなって思って。今日はその挨拶っていうか。これからよろしくね。」
ミカから聞いた裏路地で襲われた女が〝勝手に流れつく〟から声をかけてるだけというのがどうしても納得がいかない。
ドミヌスとセグイドが繋がっているならここも例外ではないのではないか。そう考えていた。
鎌をかけた。
老婆の笑みが一瞬ぴくついた気がした。
「お ん な だ け じ ゃ な い お と こ も 」
横から床が軋む音。
老婆は続ける。
「お ま え の チ ー ム の な ま え は 」
たしかに、考えていなかった。
ボスになるからには考えなければおかしいのだろうか。
ボスになんてなった事もない。それどころか村で一人の時間が長かったナギ、その辺の事情はよくわからない。
白目寸前まで眼球を宙に向ける。
少しの沈黙の後、口を開く。
「ともだちレイル。」
反応する事なく話を進める老婆。
ナギは拳を握り締めた。
「しょ う か い す る の は お ん な が お お い け ど な 」
横から大きな息が聞こえた。
「この辺りにも、攫った?襲った?女の人たくさんいるんでしょ?どこにいるの?」
「な ぜ」
「人の上に立つなら、そういう…女性とさ…〝そういう経験〟しておけって、こいつがうるさいんだ。……僕は関係ないと思ってるのに。」
エヴィを指さして言った。
打合せ通りだ。
最後の一言は、つい本音が出た。
「お ま え が し て や れ ば い い だ ろ う 」
老婆がエヴィを見る。
エヴィは肩幅くらい足を開き、前傾姿勢だった。
飛び掛かりそうだ。
息荒く、老婆を見据えている。
「僕の事タイプじゃないらしいんだよ。僕、こんな体だし。」
腕を広げて言葉を投げる。人生初のアドリブは少しどきどきした。
老婆はにやつきながらナギに視線を戻す。
「こいつ、サファ。いる?あげるよ。その代わり情報ちょうだいよ。情報っていうか、ここがどういう場所なのかでいいよ。初めて取引するしさ。ああ、あと女の人の場所は絶対ね。教えてね。どうする?」
エヴィとの事前の話でサファを差し出す話は特になかったが、あまりにも老婆がサファをちらちら見ていたので言ってみた。
にやついた表情を保ったまま、しゃがれた声で言葉を連ねる。
「め ん ど う ご と こ ろ し た あ と の こ と 」
「じ ょ う ほ う せ い よ く な に か と こ う か ん 」
「で も 〝み ち ば た〟 か ら は お そ わ な い た ま に ほ じゅ う」
(補充って、人間の事でしょ?襲ってんじゃん。)
眉がぴくついた。
呆れ顔を抑える。
「は む か っ た ら ぜ ん い ん で お そ い か か る 」
「〝み ち ば た〟 に は す で に じ ぶ ん が な い し ぬ の は こ わ く な い 」
(自分達の事〝道端〟とか言ったり、みんなで協力もせずにチーム名作ってまで抗争だとか、いい年して。この街の大人って頭おかしいんじゃないの?こいつ、村長くらいの年じゃないの?)
普段仕事をほとんどしないらしい、リヴェル村の長がちらついた。
ジョージおじさんが色々押し付けられているとボヤいていたのが懐かしい。
勇者の選抜会の見送りにも来なかった村長、本性はわからない、大して話した記憶もないが優しい人だった気がした。
村での備蓄品をお金に換えてアルセナで豪遊してしまった時も、村長から告白し、謝ってきたのだ。
それからしばらくの間、村長はアルセナでほぼ無給で働いたと父のキャスターは言っていた。
その分、村からの〝納め物〟がかなり減って村は一時、豊かになったらしい。
そんな村長も、目の前の〝みちばた〟に比べたら、素晴らしい人間に思えてきた。
「今まで、ここには誰が来た?僕、チームだけじゃなくて、ミトハロ全体のボスになるかもしれないからさ。」
「ぜ ん ぶ だ よ ダ ガ ヤ ド ミ ヌ ス ヤ マ カ ミ グ ロ ー ブ ケ イ そ の へ ん の バ ン デ ィ ア セ グ イ ド は ド ミ ヌ ス け い ゆ せ い よ く じょ う ほ う ひ と そ れ ぞ れ ど う ぐ や や ど や の に ん げ ん も つ か う だ れ で も つ か う ぜ ん ぶ 」
横から大きな息が聞こえてきた。
飛び掛からないか心配であった。
ナギが〝ノードの力〟を手に入れて、ブローチ級の怪物がいない限りは勝てるだろうと思っていた。
前回、ヤマと来た時に襲ってくる様子がなかったので、できるだけ波風を立てず、まずは女達を隠密的に助けてから老婆の対応をしようと二人で決めていた。
混戦は避けたい。
「みんな使ってるんだね。じゃあ他のチームのリーダーも殺さないとだめかなあ。ボスになった後、めんどくさそうだもんね。あ、グローブ・Kのリーダーはさっき殺したよ。」
エヴィを周辺視野で捉えながら言った。
前だけを見て、肩で息をしている。
「セ カ と ド ッ サ の と き は よ く つ か っ て た な あ い つ ら が し ん で か ら は だ め だ き れ い な フ リ し や が っ て ヤ マ は こ ろ す な よ 」
老婆はミライ、〝ケイ〟に触れなかった。
セカとドッサ。その名にエヴィの体が少し動く。
タリフがチームの目上の人達を倒したと言っていたのを思い出す。
そいつらの事かもしれない。
「ダガヤは?」
ナギの声が低くなる。
「ダ ー ガ さ い き ん は き て な い だ か ら こ ん か い ま け る ん だ ろ 」
(前は来てたのか。今回負けるって何の事を言ってるんだ?ムルルクの事?)
ナギは唇を噛んだ。
卑しく笑う老婆は続ける。
「お ん な の ば しょ ミ ッ シ ェ ル の と こ ろ そ の む か い の た て も の す き な の え ら べ た く さ ん い る ぞ み ち ば た で す る な ん て お ま え が は じ め て か も な 」
「ミッシェル?どこにいるの?」
「す こ し ひ が し に す す ん だ あ た り で よ べ ば わ か る」
ナギは気になっていた。
目の前の老婆はサファを見て〝よくやった〟と言っていた。
こいつはどっち側なのだろう。
情報屋である事はなんとなく〝ヤマ〟と老婆の会話からわかっていたし、エヴィもそう仄めかしていた。
しかし、全員と取引をしたら意味がないのではないか。
そう浮かんだ。
つい、口にしていた。
「全員に情報渡しちゃったらさ、情報の意味なくない?まあ今後は僕だけになるだろうからどうでもいいけどさ。」
「お ま え だ け に は な ら な い 」
ナギは眉間に皺を寄せる。
「わ た す も の し だ い で じ ょ う ほ う は か わ る だ れ に ど ん な じょ う ほ う を わ た し た か は お し え な い だ れ が き た か も お ま え は と く べ つ だ サ ファ も っ て き た か ら で も み ち ば た は あ ざ む か な い 」
うっかりしていた。
リーダー以外にも訪れる可能性はあるのだ。
当然かもしれないが、お互いの動きがわからないようになっている。
たしかにそれであれば、自分が仮にボスになったからと言って、取引するのは自分だけとは限らない。
裏切者が〝道端〟と取引をする可能性がある。
情報に関しては、ルントとクリーンなやりとりだけだったので、その場その場で情報同士の交換をするものだと勝手に思い込んでいた。
〝道端〟のように、街に巣食う形で儲ける方法もあるのだ。これが本来の情報屋なのかもしれない。ナギは闇事情にひとつ詳しくなった。
でも道端は欺かない。〝でも〟の意味がよくわからなかったが、触れずに話を続ける。
「渡すもの次第って?」
大体予想はついた。
いやいやながらに聞く。
「い ち ば ん は お ん な の か ら だ ぬ く も り つ ぎ に お と こ の か ら だ つ ぎ に く い も の さ い ご は じ ょ う ほ う か ね は ご み 」
横から床が軋んだ音。
「だ れ で も い い っ て わ け じ ゃ な い そ れ は こ っ ち で み さ だ め る 」
老婆は一語一語の間隔を伸ばして続ける。
ナギはつい舌打ちをした。
「お ま え は う ら れ る が わ だ っ た の に な ま ち ぜ ん た い に う ら れ た こ ぞ う よ く ひ っ く り か え し た な」
ナギは一瞬目を細めた。
話を戻す。
「誰でもいいわけじゃないって、サファはどうなの?」
胸にどろつきを感じながらナギは聞いた。
後味の悪いオレンジジュースを飲んだ時のべとつきのように、胸の奥にそれはあった。
恍惚とした表情でサファを見ながら老婆は言う。
「サ ファ の か ら だ は ど う で も い い サ ファ は サ ファ よ く やっ た」
サファからエヴィに視線が移る。
「ち な み に お ま え は や す い こ な い だ と お っ た お ん な は よ か っ た よ ぶ こ え に こ た え た か ら 〝 ほ じゅ う 〟 し よ う と お も っ た の に ま ほ う や ば ん だっ た か ら み の が し た で も ほ し か っ た ま た あ い た い み ど り の み じ か い か み に は な を つ け て し な や か な か ら だ に が い と う か ら み え た ふ く ら み と さ い こ う の に く づ き 」
エヴィが叫び出すよりも早く、自分の背中に魔法を撃って加速した。足が床から離れる。
右手の掌底を老婆の顔の中心に食い込ませ、魔法の勢いに任せて体重で押し倒す。
倒れた老婆の顔面を右手で床に押し込み、左手で首を握り溶かす。
右手を顔から離し、左拳を高く引く。
顔面に思い切り叩きつけた。
拳を振り下ろす瞬間、笑顔が剥がれ落ちていた老婆と目が合った。




