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ナギとリサの大冒険  作者: あ★い★う★え★お
【水仙の部】第五章
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第88話/初めての人体実験/Limited_NAGI

迫る木の幹が当たりそうで当たらない。

何本先まで見えているのか。そう聞きたくなるほどスムーズだった。


ドミヌスのアジトと歓楽街の間の雑木林。

ナギを背負いながら木々をすいすいと避け、器用に滑るエヴィ。

横顔を向けて切り出した。


「金、持ってんの!」


「どういう事!?持ってないよ!」


後方に伸ばした左腕を気にしながら、エヴィに顔を近づけて返す。

右手はエヴィの肩に添えていた。


左手から伸びる魔法の帯の先には気を失っているサファ。

枝や草木に、ばさばさと当たっていた。

こんなにたくさんの衝撃でも帯が切れない。相当魔力が強くなっている。ナギはその様子を見ながらそう考えていた。


未だリサに付いて消えない帯は、バシナリー広場の方向に伸びている。

ちらりとそれを見て首を傾げるが、消えないものは仕方ないと、諦めた。


「金ないのに行くの!もう強くなったからそういうの関係ないってこと!?ほんっっとうにきっも!くはないですけど!したい時ありますもんね!」


苛立ちから嫌悪に変わっていくような声だったが、しまった。という感じで取り繕っていた。

足に触れる体の温度が上がった気がした。

何も言わずに後ろを見る。

効果が切れそうなサファを再び魔法で掴む。


「もう閉まってるかもよ!無理やり入るの!?」


何かを気にしているような声。


「そうするよ!もし無理だったらすぐ出ると思うけど!男の人に襲われたら全部僕が相手にするから!」


「はあ!?おまえ何言ってんの!?きっも!」


エヴィがそう言い捨ててきた時、雑木林を抜けた。

人気のない路地を通って行く。

細かい道案内をし〝ヤマ〟に連れていかれた建物に向かった。



*



建物に着き、少し離れた所で意識のないサファを見下ろす。


(置いてったら逃げるだろうな。)


〝しばらくつかむ〟と声にする。


普段の堂々としている態度とは一変し、建物を見つめるエヴィの顔は青ざめていた。

手で太腿や髪を忙しなく触っている。

周囲は閑散としていた。

日が昇ってきたからか、あるいは歓楽街の端の方だからか、両方だろうか。


一人の男が扉から出てきた。

ヤマに連れられた時、建物を出る時に話していた男のような気もしたが、思い出せない。

扉をぶち壊さなくてよかったと短い息を吐く。

出てきた男は三人に気づく様子もなく、建物の裏へと消えていった。

エヴィはぼんやりと建物を見つめていた。


「行こ。」


視線を送っても反応しないエヴィに声をかけた。

なんであたしも。と言いたげな表情をしていたが、ナギの左腕辺りを見て、軽く頷いた。


何食わぬ顔で建物の扉を開けると、テーブルを三人の男が囲んでいた。

二人はガタイが良い。

顔はわからないが、前回来た時に階段付近にいたような男だろう。

テーブルに金を広げて数えているようだった。

話しかけてもトラブルになるだけだろうと、しれっと階段に向かう。


魔法の帯で繋がれたサファが、扉を通過するかどうかのタイミングで、ガタイの良い一人の男が顔を上げる。

椅子を引くような音がした。

顔を向けると、立ち上がって近寄ってきている。

男は威圧するような低い声で言う。


「おい。もう終わってる。」


気にも留めずに階段にすたすたと向かう。

後ろからエヴィの困惑した声が聞こえた。

男はナギの横まで近づくと、腕の辺りに視線を漂わせている。

一瞬驚いた表情をしたが、やがて低い声を出す。


「おまえ、なんかの病気だろ。店がやってたとしても無理だぞ。他行きな。」


少しむっとしたが、表情を戻して手を翳す。

目の前の男に〝もうれつにはなれて〟を発声した。

破砕、衝突といった音が一斉に鳴り響き、ひとつの衝撃音となる。

横からは短く鋭いエヴィの悲鳴。

跳ね飛ぶ男の体。

金を数えている男達のテーブルを巻き込み、そのまま壁を突き破っていく。


一人の男がカウンターに背をつけて、床に尻もちをついていた。

焦りと困惑が入り交じった表情で、治安維持隊!そう叫びながら建物から出て行った。


「エヴィ。そこのランタン、よろしくね。」


潰れていないテーブルの上にあるランタンを指差し、怯えを浮かべた顔つきのエヴィにそう言った。


上の階がざわめいている。

見上げながら階段を進む。

騒がしい。

二階に上がると、扉から顔を覗かせている女が数人見えた。

暗い廊下にランタンを掲げると、人影はすっと引っ込んだ。


「端から行きたいんだ。ランタン持ってて。」


そう話しかけるより早く、エヴィは何かを叫びながら廊下を走り出していた。

後方でふわふわと浮いている意識のないサファに視線を送り、深いため息をつく。仕方なく一人で進む事にした。


ナギが廊下を歩いていると、隙間から様子を窺っていたのか、次々に扉が閉まる音がした。

一番奥の部屋の扉に手をかけるが開かない。

中から誰かが力を入れているようだった。


向こう側にいる人間を傷つけぬよう、慎重に扉を左手で撫で、穴を開けた。

悲鳴を上げながら、ベッドに飛び上がるように座る薄着の女が穴から見えた。

扉はすんなり開いた。

部屋に入ると、前回とは違ってランタンが置いてある。

女の悲鳴が頭に響く。

頭が割れそうだ。つい目を細めた。


話しかけるが、女は自分の悲鳴でパニックになっているようだった。

おそらくナギの声が聞こえていない。

舌打ちがでそうだった。

上半身裸で、腕に血管が浮き出てる男が急に入ってきたら無理ないか。そう思い、頬に入れた力を緩める。

ランタンを机に置き、カランビットナイフを抜いて、低い声を出す。


「うるさくしたら、殺すよ。」


女の悲鳴が暗闇に吸い込まれていくように止んだ。

嗚咽のような、くぐもった声だけが部屋の中に残る。

ナイフをカバーに収めてランタンを取り、女を照らす。

左腕がなかった。


近づくと短い悲鳴。

薄着の女は、壁際にこれでもかと背中を押しつけ、震えながら涙を流していた。

動いたら殺すと棒読みで言い放つ。

聞こえてない様子だったので顔を近づけて告げると小刻みに頷いていた。


涙を流す女を視界に捉えながら、欠損部分を探るような視線で見つめる。

肘の辺りは丸くなっており、他の部分と変わらず皮膚で覆われていた。

そういった怪我をした人間を今まで見た事がなかったナギは、どれくらい昔のものなのだろうと疑問が浮かんだ。


手を近づけて〝もうれつにいやすね〟を声にした時だった。

ナギは目を丸くする。

女の腕から先が生えてきた。

いや、伸びた。と言った方がいいかもしれない。

ウォッチやカイバ、そしてリサに斬られた自分の腕は、切断面からぬるりと生えた。


一方で目の前の女の腕は〝皮膚が伸びた〟のだ。

ゆっくりとした木々の成長を、物凄い速さで見ているような。

種から出した芽が順調に伸びていくような。

腕が徐々に育っていく、そんなスピードだった。


指まで伸びた後、女は目を丸くし、開いた口をそのままに右手で左腕を擦った。

ナギの視線に気づき、そのままの表情で目を合わせてきた。


「痛くない?」


唇を噛み締め、涙が零れる目を開いて何度も頷く女。

ナギは微笑むと、軽く謝って爪を触る。

女は手を引かなかった。

爪を撫でると、しっかり硬かった。


レイシーのピアスの穴が塞がったのを目にした時から、もしやと考えていた。

大きさで程度はあれど、ピアスの穴はいずれ塞がる事を知らなかったナギ。

誤解したままの予想は見事に的中した。

新たな疑問が湧く。


(〝いやすね〟は時間経過の魔法じゃないんだ。時間経過なら昔の怪我が治るわけない。ただの回復魔法?じゃあなんでリサは成長したんだ?)


「どうして…?」


女の声で我に返る。

考えている余裕はない。

一人だけ回復というわけにもいかない。


「次の部屋行かなくちゃ。」


そう言い残して、ナギは部屋を後にする。

端から順番に部屋を回っていった。


部屋に入るとまず悲鳴を上げられ、その度にナイフで脅し、大人しくさせて女たちの古傷に回復をかけていった。

足、鼻、目、掌。

顔に残る大きな火傷のような痕、頭皮がただれて髪が抜けてしまっている女もいた。

〝いやすね〟は、あらゆる古傷を治す事が出来た。


目の古傷を治した時。

自分の腕が生えてきた時の事を思い出す。

復活して間もなくは力が入りにくかった。

ウォッチもそんな事を言っていた。


目は見えているのかと、元々ある方の目を瞑ってもらい、顔の前で右手をひらひら振ってみる。

見えてるか尋ねたのだが、迷わず手を握ってきたので大丈夫だろうと判断した。

顔がくしゃくしゃになった女の〝復活した目〟からは涙が零れていた。ナギは微笑んで部屋を後にした。


回復後、困惑ながらに礼を言われる事もあったが、応じる事なく次の部屋に向かった。

治った後、混乱した女から平手打ちをされたりもした。

表情を抑えて部屋を出たが、あとからむかむかしたので、そんな時は廊下で意識のないサファを二度蹴った。


真意の理解がはやかった金髪の女がいた。

片足の太腿の中間くらいから先が欠損していた。


回復の御礼として〝行為で埋めてあげようか〟そう艶やかに聞いてくる女。

そういう事が目的ではないと、さらっと断り回復をする。

残念、絶対にまた来てね。と微笑んで女は言った。

度胸があるのか、前回ナギが来たのを覚えている人間なのか、ナギの体を見ても落ち着き払っていた。


しかし、サファに気づくと表情が憎悪に染まる。

〝サファの心臓にそれを刺していいか〟。ナギのカランビットナイフを見据えてしきりに聞いてきた。

〝まだ〟殺したくないと答えると、女はサファの顔を殴りつけたり、蹴りまくっていた。

踏みつけやすいように、浮いているそれを床に降ろす。

女はミライに変化する事に疑問を抱いていなかった。

それ以上に憎悪が上回っているといった様子だった。

ひたすらサファを殴りつけているのを、ナギは静かに見つめていた。


部屋に入るとあまりに悲鳴が飛び交うものだから、その女と一緒に回って事情を説明してもらおうかと思ったが、女は会話ができる状態ではなくなっていた。

しばらく殴りつけると、息荒くベッドに座り込み、目を見開いて壁を睨み続けていた。

サファを殴った事で、新たに拳を怪我をしていたので改めて回復をする。

女に溢れた憎悪は行き場を失っているかのように顔に張り付いていた。自分が回復されたことにすら気づいていないようだった。


何人かの女は逃げてしまっていたのか、扉が開け放たれ、無人の部屋が出来ていた。

こういう時にエヴィが説明しといてほしいんだよね。そう思いながら、浮いているサファの尻をジャンプ蹴りしながら廊下を進む。

手に持っているランタンの火が揺れた。


とある部屋の扉を開けると、まさにそのエヴィが立っていた。

手にしたナイフをナギに向けて言う。


「おまえ何人も…何してんの?ポスコには絶対にさせないから。違う部屋行って。あたしはここで終わり。もうついてくの無理。」


低い声だった。

ランタンを向けると、覚悟が決まったような目つきが見えた。

息をする度に肩が上下しているが、手の震えを見逃さなかった。

何も言わずにエヴィを通り過ぎる。


左の脇腹に痛みが走った。

ナイフを刺されたのだろうと考えたが、なぜか激痛ではなかった。

気にせずに進む。

ベッドの上で壁際に寄る女に近づいた。


顔のほぼ左半分が髪の毛で覆い隠されおり、足がなかった。

これまでの女達の様子から、何かを察したように震えている女に尋ねる。


「怪我、足だけ?」


答えを待たず、しゃがんで脛に手を伸ばす。

エヴィの怒号が背中から聞こえる。

脛から足先が現れると女は目を丸くしていた。

その反応には慣れていた。気にせずに質問を繰り返す。


「他には?怪我。」


後ろから覗き込んでいるのか、エヴィは静かになっていた。

ためらいがちに女は言う。


「顔…と、あと…胸。」


髪をよけてもらい、差し出された顔に回復をする。

暗くてよくわからなかったが、髪で隠している部分がただれて変色しているようだった。


指を差されるがままに、片方の胸にも手を翳す。

肩を大きく露出した薄手の衣服の膨らみが左右均等になるように、女が指さした先が徐々に盛り上がった。

おそるおそる衣服の胸元の部分を指で摘まんで確認する女。

その表情が変化する前にナギは振り向いた。


バツが悪そうな顔つきのエヴィが立っていた。

唇を少し尖らせ、細めた目でナギからの視線を回避するかのように壁に視線を漂わせている。


「説明しない僕も悪かったけど、この力、探り探りなんだ。絶対に出来るとも思ってここに来てないんだよ。コントロールできないからけっこう怖いし。」


気まずい沈黙が流れた。

カランと床から音がする。

脇腹に刺されたナイフが抜けていた。


エヴィに脇腹をランタンで照らしてもらう。

傷はなくなっていた。


(さっきコロンの仲間に刺された時はこんな感じじゃなかったのに…。)


考えても仕方ないと思い、視線を戻すと、目を丸くしたエヴィと視線が合った。

下唇を少し突き出して今度はナギが目を逸らす。


「…ありがとう。」


二人の間に流れる沈黙を肯定するように、その言葉だけが落ちた。

涙交じりの、か細い声だった。




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