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ナギとリサの大冒険  作者: あ★い★う★え★お
【水仙の部】第五章
92/132

第87話/初めての大火事/Limited_NAGI

(強いって退屈だなあ)


蹲っているリサがちらちら映り、目障りだったので適当に魔法で飛ばす。

肩まで土に埋まり、動かなくなったサファの隣に胡坐をかいて座る。

何気なく広場を見まわしていた。

広場のほぼ真ん中。相変わらず、魔物はナギに襲い掛かって来なかった。


アエスが広場を走っていたので〝つかむ〟で引き寄せる。

グローブ・Kのアジトの方に〝はなれて〟で飛ばした。

何か喚いていたが、どうでもよかった。


〝はやく〟の効果が凄まじかった事と、ブローチのような戦い方が出来る自分をミトハロ最強だと確信し、少年は考え込んでいた。

〝僕、もっと強い奴と戦いたいんだ!〟といった、何かの物語に登場しそうな性格でもなかった。

〝敵味方関係なく、人類はみな友達!〟そう思えるほどの体験も、ミトハロではなかった少年は、魔物に襲われる人間達をただ眺めていた。


魔物が攻めてきたらこの街は終わりだと、ルントが言っていた気がした。

たしかにこの街は、なんの準備をしていたのだろう。

レイルだの抗争だのと、人間同士の事しか考えてこなかったのだから、この光景は当然なのではないか。

〝スルドイタチ〟の爪が女の脇腹を背後から貫いていた。

街のみんなと仲良しだったなら、助けるために手を尽くしていたかもしれないな。そう思った。

今この時、ナギはミトハロが嫌いだった。


(全員が敵ってなんなんだよ。)


噴き出しそうになるのを堪える。

しかし、各チームの情勢がどうだとか、裏切者がどうだとか、いちいち考えないでいいと思うと気が軽くなった。

イノシシの魔物が牙を激しく上下させ、死体を蹴散らしている。

冷めた目でそれを見ながら、パルとマークを襲っていたイノシシを思い出した。


(あれなんだっけな…。バックで走る方が速い、意外…いが…〝イガイノシシ〟か。)


自分に向かってきた時は殺そう。そう思った。

後ろ向きで爆走する〝イガイノシシ〟が目の前を横切り、あまりのシュールさに笑みを抑えられずに噴き出した。

その勢いを利用して、動かなくなったサファに話しかける。


「おまえさ、あんだけ僕に〝弱い弱い〟って言うって事はさ、自分の事強く思いたいっていうか、強くなくちゃ自分じゃないって考えてると思うんだけど、別に強くなっても大した事なくない?ただヒマなだけじゃん。」


サファから返事はない。

目が開いているかもわからない程に顔が腫れている。

首をだらんとさせ、視線は適当な方向の空を向いていた。

視線があるかどうかはわからないが。


「じゃあサファ。僕が代わりにさ、ミトハロ支配するよ。強くなったし。ガンガン回復薬値上がりさせるよ。僕に任せてよ、ミトハロ。」


サファから返事はない。

盛大に噴き出しながら言葉を続ける。


「ってさ!ならないよ!ならない!支配するー!ってならないの。そういう気持ちが出てこない!」


サファから返事はない。

緩ませた目尻は、やがて切ない目つきに変わっていった。


「支配に興味がないだけだって言われたらそれまでだけどさ。強かったら!そりゃあ出来るでしょ!支配くらい!…まあ僕が強いのは今だけかもしれないけどね。強いんだからそりゃ出来る…うーん、なんて言ったらいいの?お腹減ったらごはん食べられるでしょ?悲しかったら泣けるでしょ?楽しかったら笑えるでしょ?そんな感じに見えるよ。強かったら支配できるでしょ!ただそれだけの事じゃん。支配して何が楽しんだよ。こんだけ強くなれて、仕返ししても全然気持ちよくないし。虚しいだけじゃん。今、僕はおまえを支配してるけどさ、意味あんの?これ?ふっ、ふは、本当に強かったらさ、くっ、支配以外にも、できる事あるんじゃないの?あぁっつ、、、なんでわざわざ、支配、選ぶんだよ!」


話していると再び笑いが込み上げてきた。

抑えながら話す声は震えていた。

サファから返事はない。


「なんか…支配にさ…っは!…目的があるのかもしれないけどさ!ははは!それなら〝自分で〟やれよ!支配しないで!〝自 分 で〟協力者を探せよ!漁業を停止させるなんて意味わかんない事やってないで!相手を支配せずに〝自分で〟やれよ!あははは!臆病者サファ!ははは!周りの人が弱いからいけないんだとかって言いそうだなおまえ!うゎはは!自分は周りと違うって思うなら!わざわざ絡むなよ!一人で強者として死んでくれ!強者なんだろ?おまえは強いんだろ?守れるんだろ?あっははははっは!弱者を支配しないとできないなんて、それもう弱者だろ!あはははっは!本当に強いんだったらみんなついてくるでしょ!」


笑った勢いで足を伸ばし、すぐに折り畳む。再び胡坐の姿勢になり、腹を抑えて笑う。

話している内に、とある事に気づく。


「あっ!そういう事か!周りがついてくるかわからないのが怖いから支配するんだ!それあるでしょ!絶対あると思う!さすが臆病者サファ!ははっははは!」


サファから返事はない。

やがて笑みが落ち着くと、はー。と大きく息をする。

思考も冷静になっていった。

N棟の壁面でレイルに失敗した人間が落下し、オオカミの魔物に噛み付かれているのを眺めて考える。


(ドミヌスなんて最初から敵だし、ダガヤもヤマカミもグローブ・Kも、リサだって。全員、敵だしなあ。別に助ける必要なんてないよね。)


キューの所に行こうかと迷ったが、机に拳を叩きつけていたドワンの目つきがどうしても浮かぶ。

自分のせいで誘拐されたかもしれないと考えると、足に力が入らなかった。

オオカミの魔物が口にした人間をぶんぶん振っている。

人間の下半身が宙に舞っていた。

ふと赤い糸が揺らめきながら視界に飛び込んだ。

何気なく顎を引いて左肩を見ると、ふわふわ漂っている部分は肘を越え、肩に到達しそうになっていた。


顔を上げると、N棟から見た事のある女が飛び出した。

濃い茶髪のハーフアップ。

ハーフパンツから伸びる、タイツのような黒い脚衣。

乱戦の中だというのに、器用に足を入れ替えて華麗なステップを刻んでいる。

パンチが当たらなかった女、エヴィである。


ウォッチから助けるように頼まれていた。

死体を飛び越えてもバランスを全く崩さずに着地し、縫うように滑っている様子を見て閃いた。

運動神経の良い彼女なら、高速になってしまった自分の〝つかむ〟で移動が出来るかもしれない。

〝はなれて〟を自分に撃っても移動できるが、曲がれない。

それよりもシューズの方が何倍も速いはずだ。そう思った。


右手で地面に触れながら、膝をついて立ち上がる。

目を細めて手を翳し、エヴィを魔法で掴んで引き寄せる。


短く高い悲鳴が一瞬で足元に現れた。

砂交じりの土でじゃりじゃりと音を立てて、引っ張った勢いを残し、転倒したままナギの横を通り過ぎていく。

目で追っていると、減速し切った彼女がナギに気づく。

体を捻り、うつ伏せで顔だけ向けているエヴィが声を張る。


「はあ!?ナギてめっ!おまっ!えっ!あっ!えっ!おわああ……。へへへ。なあに?」


転倒した原因がナギだとわかったのか、唇の片側だけ引きつらせ、苛立ちを滲ませる顔つきで声を出し始める。

少年の〝腕に這った赤〟の異様さを前に、驚きの声を上げながら丸くなっていった目は震え出していた。

近くで首をだらんとさせて埋まっている血だらけの人間を見るなり、ドン引きの声と共に眉をハの字にくねらせる。

その因果がナギにあると推察したのか、最後は媚びた表情に落ち着いた。


一息でころころと表情が変わるエヴィをじっと見つめる。

無言の圧を振り払うかのように、立ち上がりながら話しかけてきた。


「あの、なん…すか?ははは。」


媚びた表情が引きつった笑顔に変わる、乾いた笑い。

ナギは言葉を返さずに〝すな〟でサファの周りの土を砂に変える。

次の魔法が発動するまでの時間を利用するかのように、口を開く。


「ちょっと頼みたい事あるんだけど。」


〝つかむ〟でサファを引き抜いている途中でミライに変わる。

ミライ喋ると鬱陶しんだよね。と呟き、軽く平手打ちをしてサファに変えた。


「ぅわああ…えええ…それ…誰…?すか…?なん…すかね…色々…。」


顔面が腫れあがったサファの全身が、ずるりと土から飛び出した。

開いた口が塞がらない様子のエヴィの視線は定まっていない。

ふわふわ動く〝つかむ〟の帯と、垂らす腕すらないぐったりした人間を、エヴィの目が行ったり来たりしていた。


「それ…生きてる…ます?」


半開きの口のまま、問いかける。


「さっきピクッてしてたよ。ちょっと血が出てるけど。」


サファを一瞥して言った。

「ちょっと…?」と漏らしているエヴィに向き直る。


「とりあえず後ろ向いてしゃがんでほしいんだけど。あ、僕の左手は絶対に触らないで。とろけちゃうから。」


言いながらサファの髪の毛を左手で掴む。

握りしめた部分が消滅し、そこから先の毛がするっと地面に落ちた。

エヴィは短い悲鳴を出しながら、たちまちしゃがんでいた。

遠慮なく背中に飛び乗る。


「ちょっと!乗るの!?絶対無理!いやっ!重っ!くはないけど!〝ちかづくな〟!やめろ!触るなって!きもい!」


焦る横顔が見えたと思うと、全身の皮膚に刺すような痛み。

体が跳ねる。唇に力を入れながら、E棟とS棟の間の地面を〝つかむ〟で引っ張った。


一瞬で移動するがエヴィは転ばなかった。

少し滑って雑木林に入った途端、衝撃と共に視界は草で埋め尽くされていた。

茂みに頭から突っ込んだのだとわかった。

弾けるように三人がばらばらになっている。


抗争の喧騒が遠のいている。

後ろから苛立ちが滲んだ甲高い声がクッキリと聞こえた。


「ちょっと!速すぎ!もうこれ移動じゃなくて消えてんじゃん!っつーか何!?なんであたしなの!?」


茂みから頭を出そうと藻掻くが上半身に痛みが走る。

枝が刺さっている。

左手で触れた草が溶けていた。

無理やり体を引き抜きながら考える。


(エヴィの背中に乗った時もこんな感じの痛みがしたな。あれ魔法かな。)


うつ伏せになっているミライを魔法で拾い、軽く殴ってサファに変えた。

エヴィは木の幹に片手をついて、膝についた草を払っている。

言い過ぎたと思ったのか、バツが悪そうな顔つきをしていた。


「ドミヌスのアジトに行きたいんだよ。こいつサファだからさあ。目の前でアジト燃やそうかと思って。グローブ・Kのボスでもあるらしいんだけど。」


魔法で浮いている、ぐったりしたサファを見ながら話す。

悪びれもなく言い放つその姿にエヴィは引き笑いをしていた。


「あたしさ!男に触られたくないんだけど!できればなんですけどね!」


何かを察したようにエヴィは言葉を軌道修正させながらしゃがむ。

攻撃されなければ特に殺すつもりはなかった。

強いと周りが勝手に従うんだなあ。と複雑な思いを巡らせながら背中に体重を預けた。

刺すような痛みはない。

たしかに最初に会った時のエヴィは触ってほしくなさそうだった。思い出しながら、安心させるように反論する。


「大丈夫、僕、今人間じゃないと思うから。」


ころころと笑って言った。

なんとなくそんな感じがした。


「はあ?…どういう事?…いや。まあ…なんとなくわかるわあ…わかります…。」


声が語尾に向かって細くなる。

特に言葉を返さずにナギは近くの地面を引っ張った。

三人の姿は一瞬にしてその場から消える。

進行方向に吹き飛ばされた落ち葉が渦を巻き、宙に舞い上がった。


*


「エヴィ、回復魔法持ってる?〝これ〟、顔だけでいいからかけてあげてよ。できれば肩の断面も。まだ血出てるし。僕が回復すると腕まで生えてきちゃう。こいつの魔法めんどくさいんだ。」


建物を見上げながら、隣に立つエヴィに話しかける。

膝をついたサファの肩と顔に回復をしていた。

初めて見た時は異様に感じたが、今はサファの全てが虚勢に見える。

アジトも同様に、味気なく感じた。

ヤマカミに襲われる直前に見た柵も、所々なぎ倒されている。ぼろぼろだった。

サファが復活し、甲高い声が飛び出した。

また始まった。瞼を閉じてそう思った。


「おい!エヴィ!てめえ助けろよ!何寝返ってんだよ!殺すぞ!」


ひっ。と小さな悲鳴。

ナギは声の方を向く。

口を両手で覆ったエヴィが後ずさりしながら、目を丸くしている。

たしかに。両腕がないにも関わらず、こんなにも脈絡なく虚勢を張る人間。ナギもなんとなく怖い。


エヴィをちらりと見て、サファを一発殴り、ミライにする。

鬱陶しいのが来るぞ…。そう思いながらゆっくりと瞬きをして覚悟を決める。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!すいませんエヴィさん!すいませんすいまえんごめんなさいごめんなさい!僕です!ケイです!助けて下さい!グローブ・Kのケイです!すいません!ごめんなさい!普段バンダナ口元にしててごめんなさい!黙っててすいませんごめんなさい!手を当ててもらえば目つきで本人だってわかると思います!今僕手がないんです!当ててください!すいませんわかりにくくて!助けてください!ナギさんは敵なんです!おねがいします!すいません!」


驚いていたエヴィの顔がみるみる内に引きつっていく。


「やっば。きっしょ…。謝り過ぎでしょ…。」


手で覆った口元から声が漏れていた。

バシナリーで合流した仲間から聞いていたのだろうか。

変化する事自体はそんなに驚いてはいなかった。


「ちょっと殴ってみてくれない?蹴りでもいいから。」


ナギに言われるがままに、謝り倒しているミライの背中をエヴィが蹴る。

ミライは変わらなかった。

蹴ったエヴィが顔をしかめながらナギに言う。


「硬っ…。あの、別にさ、確かめなくても、この状況から裏切る気は…ないっすよ。」


ナギの体を視界に入れると、エヴィは無理やり丁寧な話し方に変えていた。


「違うよ。そういうんじゃない。僕が攻撃すると変わるんだよこいつ。なんでだろうと思って。」


わかんない。と興味なさそうに言い放つエヴィ。

ミライは無理だ。そう思いながら一発殴ってサファに変える。

喚き出したそれにナイフを突きつけ、静かにするように言うと、意外にも黙った。

やればできるんじゃん。そう言いながら本題に入る。


「この中って今、グローブ・Kいるの?今の僕にとっては敵だけど…一応…。」


エヴィがアジトを見上げて答える。


「いないよ。もう全員バシナリーに合流してると思う。日が昇る前に偵察がてらここでやり合ったけど、ドミヌス全然いなかった。二十人くらい?ダガヤがほとんどやったんじゃん?」


じゃあいっか。そう返した。

アジトの前は雑木林で囲まれていて、空き地のような空間になっている。

木箱や簡易的なテーブルがいくつか並べてあった。

張られていた柵は木材の破片となって無残に散らばっている。

死体は転がってはいるが、バシナリー広場に比べると少ない。

魔物もいなかった。


到着した時はすでに閑散としていたのだ。

着いた時、布の袋を担いだ何人かが焦るように飛んで行ったので、混乱に乗じて盗みに入っていたのかも。ナギはそう考えた。


「ねえ、あんた本当にタリフの事――――」


エヴィが言葉をかけるより早く、ナギはサファの耳元に顔を近づけていた。

淡々と言った。


「サファ、散々僕の事を、弱い弱いって言ってたけどさ。」


震えるサファに気づいて言い直す。


「ああごめん、怒ってるわけじゃないんだよ。僕は本当に弱いから言われても別にいいんだけど。サファはどう?」


別に周りは煩くない。耳元で喋る必要もなかった。言い終わってから後悔した。

震えた声で返すサファ。


「ああ!?てめえは弱いだろ!俺は弱くねえ!ふざけんな!耳元でしゃべんじゃねえよ!さっさとバシナリー戻せ!おい!」


なんでそんなにバシナリーに居たがるんだろう。

サファから顔を離し、ドミヌスのアジトに両手を翳す。

エヴィが息を呑んでいた。


「〝すべて、ずっと、もうれつに、もえろ〟」


言葉の輪郭をハッキリと発声する。

ノードを吸収してから広範囲、高出力、長時間で魔法を唱えるのは初めての経験だ。

アジトの一階と二階部分が炎に包まれる。

広範囲過ぎたのか、炎はまわりの雑木林にもはみ出していた。

衣服を纏っていない上半身に触れる空気が上がる。

ごうごうと燃える音が辺りに広がった。


サファの顔から血の気が引き、瞳を震わせている。

言葉にならない声を上げていた。

ナギは再び顔を近づける。


「強いなら、守れるんじゃない?」


ぽつりと囁いた。

それどころではない様子で言葉にならない声を発し続け、涙を流しているサファ。

ナギはその横顔を、死んだ顔で見つめていた。

エヴィが数歩、距離を取っていたのをなんとなく視界に捉えた時。

中から十数人ほどの人間が声を上げて飛び出してきた。

全身が燃えている者もいる。


砂か水!エヴィがそう叫ぶ。

〝すな〟を唱えるが、炎の魔法が出てからそんなに経ってないからだろう。発動しなかった。

ひやりとしたが、なんでひやりとする必要があるんだと、冷めた目つきで再び唱えると大量の〝すな〟が出てきたのだった。

大量にかかった人間から火が消えていた。

それ以外の人間はお互いでなんとかしていたようだった。どうでもよかった。


ナギの姿を見て全員がぎょっとしていたが、特に敵意はないようだった。

人によっては御礼を言ってきた。なんだか胸の奥がむずむずした。

どこのチームなのか全くわからなかったが、サファに襲い掛かる人間もいたのでドミヌスではなさそうだ。


「ヤマカミか、ダガヤじゃない?」


疑問を察したようにエヴィがぽつりと声にする。

特に興味もなかったのでサファを魔法で掴み、屋敷に近づけて炙る。

サファとミライに点滅するように変化する様子に、ははは!と声を上げる少年。

衝撃をサファの状態の時に与えると呻き声を上げるので、ナギは石を投げつけていた。

〝点滅する人間〟に石が当たり、うまい事呻き声が出ると喜んだ。

エヴィは青ざめた顔でその様子を見ていたのだった。


*


「〝なんにもできねぇ癖に調子乗ってた〟のはサファだったね。僕、別に調子乗ってないし。」


魔法の帯をふわふわと目の前に引き寄せながら、冷たく言い放つ。

ナギの瞳には、燃え盛る屋敷の炎が反射して映っている。

サファは失禁していた。


「おまえ今日、僕に一発でも入れたっけ?」


少しだけ首を傾げながら聞く。

やがて噴き出しながら続ける。


「リサが斬った僕の腕を踏みつぶしてたね!はは、おまえって人数いないと、そうだよなあ。」


サファの目は虚ろだった。

魔法が切れ、膝をついて突っ伏しそうになる所に一発顔面を殴る。

ミライになった瞬間に腹に軽く蹴りを入れた。

うつ伏せに倒れるサファ。

髪を掴み、起こして言った。


「リサの目の前で僕の事ボコボコにするんじゃないのか!あの時、僕に言ったのはなんだったんだ!何にも守れねえじゃねえか!って!サファの言うとおりだ!弱いとなんにもできない!弱いおまえを見て僕は今日気づいたよ!おい!」


突然のナギの怒号にエヴィの小さい悲鳴。

魔法で頭を掴み、上半身を起こす。

頭突きと平手打ちで一往復サファ。

ナギの瞳には炎が宿っていた。

エヴィが二歩、後ずさる。


「あの時のおまえの言葉は!執着だろ!自分の事言ってたんだろ!?僕がそういう立場だって事にして安心したかったんだろ!おまえはそういう奴なんだろ!こら!目逸らすな!こっち向け!」


右拳の殴打と頭突きで一往復サファ。

つい蹴ってしまい、勢い余ってミライ。

エヴィがさらに後ずさる。

デコピンでサファに戻し、叫ぶ。


「どうなんだ!言ってみろ!おまえが自分でそう思いたくないから僕に言ったんだろ!リサが毎日楽しそう?全然楽しそうじゃないだろあんなの!グローブ・Kの人達はけっこう楽しそうだったぞ!そいつらは死んだけど!タリフもそうだ!僕にはなんでかわからないけど一緒に居た時楽しそうだった!!ウォッチもそう!いっぱいいっぱいの顔、何度も見たけど苦しそうじゃなかった!サファ!おまえは!楽しそうだって言い聞かせたいんだろ!リサは毎日楽しそう!ドミヌスはいいチーム!犯罪者集団だけど良いことしてる!お ま え が!そう思いたいんだろ!」


瞳に反射する炎とは裏腹に、怒りに我を失ってはいなかった。

何かを探るような目つきで叫び続ける。

エヴィが立ち止まる。


「だから世界に向かって確認してるんだろ!おい!こっち見ろって言ってんだろ!どうなんだ!考えろ!カイバも苦しそうだった!あとあいつ!…んああああ!知らないよ名前!黒髪の!首飛んでったやつ!あいつも苦しそうだった!ミカもマヤもだ!寝返って僕を捕まえてお金もらって楽しいはずなのに!おまえの周りは全員苦しそうなんだよ!おまえがおまえの苦しい事に向き合わずに周りの人に押し付けてるからだろ!周りにそうやって乱暴に接してるからだろ!」


黒煙でむせる。何故かレイシーがちらついた。


「回復できないからってカイバに怒鳴るなよ!八つ当たりするな!腕が吹っ飛んだ回復は〝いやすね〟は無理なんだろ!?やってみて無理だったら!気づけよバカ!おまえ頭悪すぎなんだよ!おまえが弱いから!僕に腕落とされたんだろ!自分のせいだ!今日誰がおまえの事助けに来た!?おまえが助けろ助けろって一人で喚いてるだけじゃないか!」


サファは涙を流す。

エヴィは少しだけナギに近づいた。

ナギの顔に怒りはなく、淡々と抑揚なく、声を荒げていた。

ただボリュームを上げている。そんな声だった。


「私は弱いです!って認めてみろ!自分のアジトも守れないんだから弱いじゃないか!僕に燃やされて!僕だぞ!?あの弱い僕だぞ!?おまえの言うとおりだよ!僕は弱いんだ!ぴょんぴょん跳ねて!なぜか肩で風切って偉ぶってるだけの配達の人達にも喧嘩勝てないし!たまたま今日自分で決めてやってみた事がうまくいっただけで!僕は弱いの!そんな僕からおまえは今日何を守った!?おまえは何を決断したんだ!ずっとリサの影に隠れてるだけじゃないか!私は弱いです!って認めてみろ!」


サファはただ泣き叫ぶだけだった。

しばらく待ったナギは、諦めたように、静かに息を吐く。

再び魔法でサファの頭を掴むと、屋敷に近づけて軽く炙ったのだった。


エヴィはナギの横に歩み寄っていた。

時折、炙られているサファを見るものの、何かを考え込むように地面を見ている事の方が多かった。

サファは再び気を失った。

アジトが激しく燃える音だけがその場に残っていた。



*



「さっきなんか僕に聞いてた?」


カランビットナイフについた血をサファの衣服で拭きながらエヴィに聞く。


「あ、ああ!もう大丈夫。大体わかったから。」


吃りながら言った。

顔を作っている様子のエヴィ。


「ふーん。」


エヴィが話を変える。


「他に行きたいとこってどこ?っていうかなんであたしなの?」


「転ばないでしょ。エヴィ。僕の〝つかむ〟今日コントロールできないんだよ。ずっと一瞬で移動しちゃうから。毎回転ばないと移動できないんだ。」


「あっそ。で?どこ?」


そっけない返事。

少し大きめの石に腰掛けながら言った。

いくつかの小石を、宙に投げてはキャッチしている。


「んー。まずは歓楽街かな。」


胸に巻いてあるカバーにナイフをしまいながら答える。

コロンのせいで伸び、フィット感を失ったベルトを見る度に切なくなる。

あのデブ!サファにナイフを刺そうか迷ったが、甲高い声で気が逸れる。


「はあ!?歓楽街!?えっ!?するの!?」


頭に響く声。

睡眠不足には堪えた。

適当に、うんそうだね。そう答えておいた。

エヴィがナギに向かって強めに投げた小石は、気を失っているサファの足に当たっていた。




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