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ナギとリサの大冒険  作者: あ★い★う★え★お
【水仙の部】第五章
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第85話/リサの恋人/Limited_NAGI

「ズルくない?ネリだけ助かって。俺は、死ぬわけ?」


壁に背をもたれて座る黒髪の男。

息を荒く、上目遣いで言った。

額にはおびただしい量の脂汗が浮かんでいる。

立てた前髪はぼさついていた。

男の目は笑みを滲ませていたが、唇は歪んでいる。


「俺もお前に飛び掛かっちゃったし。それは謝るよ。でもネリだっておまえにバルコニーで向かっていっただろ?攻撃してたじゃん?あいつだけ生かされるなんてフェアじゃなくね?」


「じゃあ、どうしたらいい?フェアって何?ドミヌスのくせに。」


母、ナエラの諭すような口調で言った。

この男は命乞いをしたいのか、不満を述べているのか。見下ろしながら考える。

不満を述べているのだとしたら何について述べているのだろう。

自分から抗争に参加して他人に襲い掛かっておいて、いざ自分が殺されそうになると不満を述べているのがよく分からなかった。

じゃあ参加すればいいんじゃないの?そう思った。

見た事のある昆虫を改めて観察するような静かな目つき。

黒髪の男に残されたものは右足だけであった。

レイシーとカイバが去った後、それ以外は捥いでいた。

血だまりの中に男はいる。


「いやいや、俺も助けてよ。ドミヌス辞めるよ。俺も。」


半笑いで男は言った。


「そしたらまた攻撃してくるじゃん。」


男の瞳を見ながら平然と言った。


「お、かしいだろ!それ!ネリにだって、言、えるじゃんそれ!」


険しい顔をし、力を振り絞りながら男は反論した。

ナギは足元に迫る男の血を冷静に避けながら言う。


「あの人は、攻撃はして来ないと思うよ。僕の言った通りの事をしてくれるかはわかんないけど。まあその辺はあのハゲの人がやってくれるよ。」


「なんでわかるんだよ!そんな、事!」


食い気味だった。

顔は白くなっていた。


「なんとなく。」


「じゃあな、んだよ!俺はその、おまえのなんとなくで死ぬのかよ!」


ため息をついて答える。


「なんとなくで死ぬんじゃなくて…。今日抗争に来たから死ぬんじゃない?サファを守ってたから死ぬんじゃない?…でも、なんとなくでも合ってるか。僕はおまえに恨みないし。人って、なんとなくで死ぬよね。」


別の主張を思いつきそうだったが、話している最中にブローチを思い出した。

言い終わる頃には、口から出た言葉に自分で頷いた。


「おまえみたいな、ガキが、何言ってんだよ!死んだ事もねえくせに!」


強気な声とは裏腹に、眉間には深い皺が刻まれていた。

言葉を吐き切るたびに唇がわずかに震えている。

つい鼻で笑ってしまったが、屈託のない微笑みに変わっていく。

それを見た男の目が怒りに満ち、唇が卑しく歪んだ。


「おまえ!たまたま〝ノード食って〟強くなった気でい、るのかもしれないけどな!狂犬に勝てるわけねえんだよ!バル、コニーで俺の隣にいただろ!武、器も全然周りとは違、うしな!」


言い終わりに、男から、はははと笑いが漏れた。

唇は歪んだままで、眉間に寄った皺が時折頼りなく曲がりながら、目を細くして笑っていた。

それを見たナギも大声で笑う。裏路地の老婆を思い出していた。

体を腰から曲げ伸ばしして、顔をぶんぶん上下させた。


「あはははは!狂犬ってリサの事だったのか!ははっは!あんな奴が狂犬!?自分にすら向き合えないただの化け物だろ!ははははっは!ドミヌスって弱いんだな!サファも弱かったし!おまえらって大人数じゃないと本当になんにもできない!そうだ!あのデブ!コロンもそうだった!リサもおまえも…くあっははは!サファも!リサも!おまえも結局さ!この広場で僕に生かされてんじゃないか!ははははっ!ははは!生かされてる自分を見るのが嫌だからそんなに強がるの!?普段から強がる事しかできないからおまえらより弱い僕にひっくり返されるの!?教えてよ!お兄ちゃん!あっはははっははは!タリフは強かったよ!強かったからすぐに殺さないと僕が死んでた!一番チームの人数少ないタリフが一番強くてさ!一番人数が多いおまえらが一番弱い!はは!弱いから集まるの!?集まるから弱くなるの?教えてよお兄ちゃん!つあははははっはは!」


右手で腹を抱えてヒーヒー言うナギ。

腕を伸ばし、肩で目尻を抑えながら男を見る。

男は軋む音が聞こえてきそうな程に歯を噛み締めている。

唇は半開きで不自然に歪み、鼻の頭には皺が寄っていた。

睨みつけてくる顔が合うと、ナギは目を白くさせる。


「お し え て お に い ちゃ あ あ あ ん 」


作った白目のまま、両手を前に伸ばす。

足を交互にバタつかせて体を左右に揺する。

口をだらしなく開けて裏路地の老婆の口真似をした。


「おい!ガキ!リサの知り合いか!?おい!」


男が声を荒げる。


「あ ん な や つ し ら な あ あ あ い ん 」


体を揺すり続ける。

だらしなく開けた口から涎が垂れた。

あっと半笑いで啜りながら、右手の甲を口元に当てて口真似は終了した。

それを見ていた男が突拍子もなく言い出した。


「おい!あいつ宿、変えただろ!俺んとこずっと泊まってたんだよ!おまえ知らないだろ!あいつ気持ちよ、さそうに鳴くんだぜ!毎晩毎晩、甘えてきて!知らないだろ!おまえ!リサとヤるなんて無理そうだもんな!おまえダセえし!あいつ初めてみたいだったから色々教えてやったよ!」


脈絡のない、意味不明な発言には慣れていた。

ズボンについた涎を右手で払いながら、執着だろうと察する。

男は続けた。


「俺を殺したらあいつがくるぜ!もう俺なしじゃ生きていけないってよ!恨まれるぜ!おまえ!」


〝マヤ〟と同じ目をしていた。

相手をするナギの目の奥は笑っていない。しかし表情は笑っていた。


「リサの恋人なの!?はやく言ってよ!魔法筒持ってる?」


乾いた笑いで、男はアイテムポーチの中身だと教えてきた。

とりあえず傷口だけ塞ぐ。


「そうそう!最初から助けておきゃいいんだよ!ネリみたいに生やしてくれよ!恋人いなくなったらリサ悲しむぜ!恨まれるぜ!」


眉を上げて態度を翻す男。

ナギは耳の裏の髪の生え際をポリポリ書きながら言い放つ。


「リサの所まで今から連れてってあげるよ。僕も試したい魔法あるんだ。これでカイバとレイシーと一緒だからいいよね。あいつの居場所、僕すぐわかるんだ。なんでかわかんないけどさ。」


言いながら左手を自分の顔の近くに上げる。

赤黒い帯をまじまじと見つめた。

リサに伸びている魔法の帯は、壁を貫通してN棟の方に伸びている。

それにしてもなんだこれ。と軽い嘆息。

つい左手から登ってくる赤い糸が目に入る。揺蕩っている触手は、肘に到達しそうになっていた。

空気中をふよふよと漂っている部分が登ってきている。手首の方に近い程、体内に同化していた。

右手を翳し、俯いている男の頭を魔法で掴んだ。


「ちょっと、その辺にぶつかっちゃうかもしれないけど、我慢してね。」


声をかけるが、男は急に静かだ。

どこを見ているかわからない、虚ろな視線になっていた。

それを見てほくそ笑んだ。

左手と男の間に伸びている魔法の帯に視線を這わせる。

右手からリサに伸びているそれのように伸び縮みはしない。

リサに伸びている帯を引いてみる。

彼女がグローブ・Kに襲い掛かるのを防いだ時の強さを思い出し、少しだけ。ほんの少しだけ、慎重に引っ張る。

今この瞬間にもリサがコケていると思うと可笑しかった。


ふざけている場合じゃない。恋人を再開させなければ。ほとんど手足がない男を見て、そう思った。つい鼻で笑ってしまった。

男を帯で掴んだまま走り出す。

背中からどこかに衝突する音が度々聞こえてくる。引き摺りながら連れていった。


リヴェル村で、犬の首輪に紐をつけて一緒に歩いている老人を見た事がある。

金色の毛並みをした大型犬。優しい目をしていてナギは好きだった。

村にいた時、人に話しかける事は少なかったが、その老人にはよく話しかけて犬を触らせてもらっていた。


(元気かなあ。)


つい目尻が緩む。

階段を降りる時、呻き声が遠くなった。

気づくと魔法の効果が切れている。

犬でも自分で歩くのに。ナギはため息をついた。

勿論、男の手足は自分が切断したのだが、切断されるまで恋人を放置して他の女と戦っておいて、いざ命が危うくなったら不満を言う。

会えるとなったら御礼ではなく〝お得意の〟虚ろな目。


左手をまめに見ながら、ため息が止まらない。

せめて帯から重さでも感じられればわかりやすいのだが、魔力が上がっているからか何も感じなかった。

ただでさえ警戒する事が多い広場で、右手の状況を確認しながら走るのは億劫だった。


E棟を出ると、とにかく死体が目についた。

全部吹き飛ばしてしまえばいいのだが、キリがない。

さらに、横たわる人間を食べている魔物もいた。

死体がなくなったら自分が襲われるかもしれない。

吹き飛ばすのはきっと良い判断ではない。そう思った。


しかし、リサの恋人に万が一があってはならない。

なるべく建物の側を迂回してリサに近づく。


赤黒い帯はN棟の一階へ伸びていた。

何かの拍子に飛んでくる魔法筒を避けながら進む。

注意しなければならないものが多かった。

首を忙しく振らなくてはならなく、何度か心の中で舌打ちをした。

N棟に入ると、リサに続く帯は壁を貫通していた。

裏側か。男を見て、肩を落としながら壁に左手を突き刺した。


「恋人って、嘘だったら殺すからね。」


苛立ちを言葉にする。

男は呆然と天井を見つめて何も言わなかった。


壁をくり抜いて建物の裏側に回ると、雑木林に囲まれたちょっとした空き地になっていた。

パルとマークにレイルを教わっていた場所が頭に浮かぶ。

建物の壁にサファが座っており、その正面にリサが膝を曲げて手を翳している。

回復しているのだろうか。


最後に見たのはたしかミライだった。

どこかで攻撃を受けたのかもしれない。


(僕以外でも入れ替わるんだ。ノードのせいじゃなさそう。っていうかずっと回復してるな。)


そう思ったが、ナギにはどうでもいい事だった。

〝つかむ〟の魔法が切れた。

黒髪の男の肩の部分のシャツを掴み、二人に少し近寄る。

あまりにも重いので少し離れた距離から大きな声を出した。


「リサ!恋人連れてきたぞ!付き合ってるならちゃんと守れ!」


言いながら膝を曲げ、うつ伏せになっていた男の髪を右手で掴む。

顔を上げ、リサの方に向ける。

驚いた表情のリサと目が合った。

視線が男に移動すると、やがて目を見開き、ゆっくりと立ち上がった頃には真剣な表情になっていた。

サファはそれを見上げて何か叫んでいたが、リサは気にしていない様子でナギに声を張る。


「恋人じゃない!」


それを聞いた男が叫び出す。

大声で助けを求めていた。


ナギはリサに言い返そうとするが男が大声でそれに被せてくる。

二回地面に顔面を叩きつけ、「目をくり抜くぞ」と伝えると静かになった。

掴んでいた髪を離し、突っ伏す男を尻目に立ち上がる。

リサを向き、男を指さして腹から声を出した。


「宿を変えてから、リサはこいつとヤりまくりだってこいつ言ってたぞ!リサは気持ちよさそうに鳴くって!リサは毎晩毎晩甘えてくっぶっ!」


言いながら堪らず噴き出してしまった。

不自然に頬が緩む。

そもそも何故あのタイミングでこんな話をし出すのか。

執着に塗れた支離滅裂な発言は、聞き手側が割り切ってみると案外面白いものだ。

目の前のラグナロク然り。


リサは眉間に皺を寄せていた。

サファが立ち上がり、リサの後方に移動するのを視界に捉える。


ナギは軽く握った掌を口元に持ってくる。

わざとらしく咳払いをして誤魔化すと真剣な表情を作って続けた。


「宿変えてからこいつのとこにずっと泊まってたんだろ!リサは毎晩甘えてくるって言ってたぞ!リサは初めてだったから色々教えてやったって!こいつがいなくなったらリサは悲しむって言ってた!おまえ、強いならちゃんと守れよ!」


笑わず言い切った。

眉間に皺を寄せたリサの表情が紅潮する。


「ヤッてないし!泊まってない!甘えてもない!」


リサを見て下唇を突き出す。

両方の掌をわざとらしく空に向け、肩をすくませた。

そうでもしないと笑いそうだった。

再びしゃがむと男の髪を掴み、顔を上げさせる。


顔から血の気が引いていた。

耳がほんのりと赤くなっている気がした。

視線が定まっていない男に、寂しげな顔つきで静かに聞く。


「だってさ。うそついたの?」


言葉にならない声を漏らした男は、ナギの言葉に返さずにリサに向かって叫ぶ。


「助けてくれ!リサ!殺される!助けて!」


声は上ずっていた。

先程までの強気さとは一転、情けない声だった。

嘆息し、まあそんなもんだよね。ナギはそう独り言のように、そう呟いた。

会話にならなくなるタイミングがわかっていたかのように、顔には諦めの色を浮かべる。

男の髪から手を離した。

その頭に右手を翳す頃には、表情は死んでいた。


「〝もうれつ〟に〝まわれ〟」


そう声に出した瞬間、

男の頭が唐突に胴体からねじ切れ、地面に触れるとその場で回転だけをしている。

赤い飛沫が跳ねるように飛び、砂を巻き散らしている。

やがて砂埃が舞うと、頭は土を噛んだのか、血を巻き散らし、草むらをなぎ倒しながら猛スピードで雑木林に突っ込んでいった。

村で、同年代の子供達が遊んでいた、木で彫った独楽を思い出した。

その独楽よりも早い。ナギはそう思った。




*




首が千切れたその男は、女を抱くのが好きだった。

ドミヌスに入った理由は〝ドミヌスという権威〟だった。

大体の女は抱く事が出来た。


しかし、カイバ・ネリュに言い寄った際に爽やかに断られる。

爽やかに断られたならまだしも、その上で日常的に話を振ってくるカイバに男は揺らいだ。

気づけば抱けたか抱けないかしかなかった人生。そんな男には、カイバのそのバランス感覚が理解できなかった。

バカにされていると酒を浴びた夜もあった。

他の女を抱いた。

いつしか〝性行為が好き〟から〝女を抱けるから自分〟となっていった。

異性と体を重ねる事で自分の存在を確認するようになってしまっていた。


そんな認識を本人も俯瞰できないほど日常的になった時、リサと出会う。

ひとめぼれだった。

そこで初めて、自分がわからなくなっている事に気づきかける。

気づきかけたが、その恐怖から、彼は見て見ぬふりをして〝戻ってきてしまった〟。


ひたすらスキンシップを繰り返し、距離を詰め、なし崩しに抱こうと考えていた。

いや、考えてすらいない。自分から目を逸らした男には、もうそれしかなかった。

しかしそれまでの女とリサは何かが違った。

もっと触れたい、ずっと触れていたいと思うようになっていた。


リサだからそうなのか、本気で好きになったからそうなのか。

その区別すらもつかなくなっていた。

それ以来、他の女と体を重ねてもどこか満たされない日々だった。


ダガヤ・クルーでの商人護衛案件の帰り道、初めてリサの指に指を絡めかけたが露骨に振り払われてしまった。

耐えられなかった。

振り払われた事もそうだったが、つなぎかけた〝恋人繋ぎ〟の温もりが今までの女とは全く違うものだったからである。

自分から逃げた男には、もう他に手段が思い浮かばなかった。

男は恋愛もできない程、歪んでしまっていた。


最期の命乞いでは混乱し、願望を事実として言い放ってしまう。

我に返り、軌道修正はしたが、十三歳の少年に執着として見抜かれ、玩具にされてしまった。

男の名はフィランダ・シェアル。

世界から脱落した。



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