第83話/ナギ VS コロン/Limited_NAGI
パルとマークと別れ、レイシーがいる場所に向かう。
地面に倒れ伏している人間達がいやでも目に入る。
ぴくりと動いて呻き声を出す者も居れば、動かない者もいた。
適当に地面に〝つかむ〟をぶっぱなす。
勢いよく帯を引っ張ると横たわった人間が手元にぱっと現れる。
地面を掴めなかった。
「じゃま!」
現れた人間を蹴ると呻き声が聞こえた。まだ生きている。
一瞥もせず死体の合間に狙いを定め〝つかむ〟を声にする。
どこに帯が伸びたかも確認せず適当に引っ張った。
視界が変わった途端、何かに躓いた。何かに乗り上げながら、ぐるぐる空と地上を繰り返す視界。
柔らかい感触と地面の固い感触が交互に体に当たる。
起き上がると、近くで横たわる人間に無言で蹴りを入れる。
魔法自体はレイシーまで届くが、その後も横たわる人間に足が突っ掛かってうまく進めない。
帯を引っ張った途端、体、顔に痛みが走る。
生死も定かでない人々に苛立つ。
地面に身体を擦りつけながら転倒していた。
転ぶ度に横たわる人間を睨む。
舌打ちしながら距離を詰める。
引っ張ってからの近づく速度は戻っていた。
近くまで来ると、レイシーは何人かの人間と対峙していた。
一緒にいるのはダガヤ・クルーの人間だろうか。
険しい顔つきだ。
腕から出血している。
剣を持っているがシャツに短パン。
抗争の場に似つかわしくない服装であった。
(上半身裸の僕の方がおかしいか…。)
気だるそうな目つきで一帯に視線を巡らせる。
少し距離を取るように、どこかで見た事のある、片手のない巨漢が数人を引き連れて立っていた。
にやついてレイシーの方に視線を向けている。
コロンであった。
ナギの刃の長い方のカランビットナイフを手にしている。
レイシーがいる、人の群れ全員に向かって片手を雑に翳す。
興味なさそうに〝みんなはなれて〟と声に出した。
吹っ飛んだスキンヘッドから目を切った。
建物の壁面を時折確認しながら、冷めた顔つきですたすたとコロンに近づくナギ。
取り巻きが気付いて何か喚いているが、気にせずに近づいていく。
嘲笑を浮かべたコロンの表情がナギを見つけると歪んだ表情となっていた。
取り巻きの拳が届く距離まで近寄る。
数歩後ずさりする巨漢に言い捨てる。
「それ、返して。」
近くの女が顔面を殴ってきた。
数歩、たたらを踏んだ。
痛すぎる。拳の硬さではない。
顔を向けると、女の握り締められた拳に、分厚い鉄の板のようなものが張り付いている。
誰かの凍結魔法が胸の近くで集まり出すが、軽やかに避ける。
避けた先には〝火〟があった。
〝もえろ〟だろうと跨ぐ。
表情がない顔つきで巨漢に近付き、再び言う。
「ねぇ、それ返して。」
コロンの目は泳ぎ、唇を歪ませていた。
まるで見た事のない動きをする大きな虫が家に出たような顔。
怯えと焦りが混じった感情が顔に滲んでいた。
右の脇腹が熱い。顔が歪む。
それを見るなり、口角が卑しく上がるコロン。
一人の男がナギの体にナイフを突き立てていた。
左手で男の肩を掴む。
ジャムのように肩が落ち、男は悲鳴と共に膝をついた。
肩を抑えている。
腐って木から落ちた果実でも見るような目で、ナギはそれを見下ろした。
傷口を一発蹴ると、視線をコロンに戻す。
脇腹にナイフが刺さったまま近寄った。
後ずさりするコロンとその取り巻き。
ため息をつくと、自分の背中に魔法を撃って加速する。
コロンのはち切れそうな腹に左拳が突き刺さる。
肘までコロンの体内にめり込んでいた。
絞り出すような声が聞こえてきたと思うと、直後に悲鳴に変わる。
生温かくぬめっている、むにりと柔らかい、握ると形が変わるものが左手に触れる。
まさぐって適当な所で鷲掴みにすると右手でコロンの胸の辺りに〝はなれて〟を撃ちこんだ。
ずるりと体から何かが飛び出し、血が飛び散った。
地面を転がるように吹き飛ぶ巨体。
生温かな血の鉄臭さ、腐敗しかけた肉のような臭気が鼻をつく。
下唇を突き出して細目になる。
掴んでいた〝臭い何か〟を雑に放り投げ、魔法で燃やす。
〝つかむ〟で距離を詰める。
勢いがつきすぎて例によって背後の地面で一気に減速させ転びながら止まる。
脇腹に痛み。
仰向けで自分の腹に手を当てながら言葉にならない声を発しているコロン。
近くにあったカランビットナイフを拾い上げ、ナギは横たわる巨体に近寄った。
*
リサに絡んで負けを喫し〝ダガヤ・クルーを急襲し〟ナギにも負けたコロン。
小さい頃から人よりも体が大きかった。
しかし〝それだけ〟であった。
自分が何もせずとも相手の態度が柔和になる快感。
コロンはそれに呑まれてここまで生きてきた。
ドミヌスに加入してからもそれは同じであった。
〝何故か〟サファからも認められ〝何故か〟取り巻きも増えた。
そんなコロンは、ナギと初めて会った翌日からドミヌスを休んでいた。
ダガヤ・クルーでの一戦で勝ちでも負けでもない〝何か〟を感じ、彼は悩んでいた。
しかしその〝何か〟を見つめる事が出来ないまま抗争に参加してしまう。
この抗争で片足も失う事になる。
これから大急ぎでミトハロの闇医者に向かう事になるが、辿り着く事はなかった。
コロンは、世界から脱落した。
〝自分〟を一度も感じる事のない、憐れな人生であった。
*
「カバー、どこ?」
そんな男の人生には興味がないナギ。
脂汗をかき、呻き声を上げる巨体を見下ろして静かに話しかける。
まるで目の前の相手がコロンだとも気づいていないような興味なさげな顔つき。
呻いてばかりの巨躯に軽い嘆息をつく。
コロンの体に視線を這わせると、太腿にいくつかベルトが巻いてあった。
わざわざ取り外すのも面倒だ。
左手の指に力を入れて掌をピンと張る。
手刀を足の根本に何回も落とした。
やがて、とろりと離れるコロンの足。
右手で切り離された脹脛を持ち上げる。
重い。血が滴り落ちた。
血が飛び散るのが鬱陶しい。
切断面だけをうまく凍結させ、いくつかのベルトを持ち、ぶんぶん振って引き抜く。
太過ぎる腿にぴっちり密着したベルトを右手だけで外すのは至難の業だった。
適当に左手で腿を削り、ベルトだけ右手で持ち、ぶるぶる右手で振って足から外す。
ナギのカランビットナイフのカバーもあった。
自分の腰につけると何やらぶかぶかだ。
ベルトが伸びている気がした。
コロンを睨みつけて舌打ちをする。
ナイフを収納しベルトを斜めに体に巻き付けている時だった。
後ろから衝撃。
脇腹に痛みが走る。
突っ伏すように倒れこんだ。
荒い息が近い。
感じた事のある重さ。
後頭部にさらに衝撃が連発する。
左手を後ろにやり、まさぐるように動かすと、布のような感触。
そのまま握りしめる。
苦悶の声と同時に背中が軽くなった。
だるそうに起き上がり振り返ると、血が滲んでいる左足を抑えて立っている男がいた。
肩までの長い髪、タンクトップ。
ブーザーがナギを睨みつけていた。
しかし、彼は逃げ出した。
*
〝割に合わない〟。
後ろから突っ込んだものの、その直感で身を返し、雑木林に走り出す背中は彼の人生そのものだった。
タトゥー通り、元ドミヌスである。
チーム内の派閥、政治的な動きがとても苦手だった。自分よりも弱いサファが嫌いだった、偉ぶっているサファが気に入らなかった。
ドミヌスを抜けグローブ・Kに入り、特にドミヌスに何をされたわけでもないが、サファの復讐をタリフに誓う。しかしサファへの怒りなどすぐに薄れ、目的のない暴力に溺れる日々だった。
別の町への配達は、彼にとって殴り込み。
配達員を狙う盗賊〝バンディア〟との遭遇は、暴れる口実が出来て嬉しかった。
いつしか配達は殴り込みではなく、バンディアのアジトを潰し回る外出となっていた。
そもそもエーテルシューズを使えないので、その辺を走る配達員を捕まえて牽引してもらっていた。
時には道中の戦闘で荷物を潰してしまい、近くを通る配達員から荷物を奪い、それを納品する始末。
近くを通る配達員がいなければ、そのまま帰宅した。
虫の居所が悪いと納品先を脅して配達した事にしてもらっていた。
たまに配達物をアジトに忘れたまま、手ぶらで配達に出てしまい、しょうがないので配達先を脅しにいった事もある。
荷物がチームに残っているのに、なぜか納品証明書が発行される配達員はチームで彼一人だけであった。
配達物を潰して帰宅したときの大体の言い訳は〝バンディアに奪われた〟であった。
チーム内では〝出禁のブーザー〟そう陰で呼ばれていた。
ブーザーはどこからも出禁を言い渡されていない。彼に託された荷物の依頼者が、取引停止をチームから言い渡された。そういう解釈だった。
しかしブーザーは、〝割に合わない〟その直感により世界への挑戦権を獲得する。
*
その背中に刻まれた物語など知る由もなく、ナギは呆れた顔で雑木林に消えていくブーザーを見つめていた。
特に目をやる先もなかったので、その辺の人々に適当に視線を這わせていると、囲まれているレイシーが再び視界に映った。
腕だけでなく、頭からも血を流していた。
〝みんなはなれて〟を人間の集団に唱える。
困惑した表情のレイシーが吹っ飛んでいった。
脇腹のナイフを握り、奥歯を噛み締める。
触れただけで痛みが走る。
大きく呼吸する。
息を止め、目を瞑ると一気に引き抜いた。
眉間に皺が寄り、我慢できず、くぐもった声が漏れ出る。
ナイフを放り投げ、回復魔法をかける。
痛みが引いていった。
さすがに魔法が使えない状態はまずいと、だるそうに歩いて雑木林に身を潜める。
広場を眺めていた。
コロンが痙攣しているのを見て、鼻で笑う。
目を移すと、起き上がろうとしているレイシーに向かって何人かの人間が険しい顔で駆け寄っている。
水色のバンダナをしていた。
ヤマカミの人間に襲われているのだろう。
脇腹の光が止み、回復が終わる。
唇をきゅっと噛み締めた。
雑木林から飛び出してレイシーと対峙する人間の足元に〝つかむ〟を放つ。
八人くらいいるだろうか。
集団の近くの地面に赤黒い帯が伸びた。
何も考えずに帯を引っ張る。
止まる気は全くない。
視界が切り替わる。
集団の一人が目の前に現れたのと同時に、体のいたるところに衝撃。
入り乱れるように集団に突っ込んだ。
人の体の上に乗っているからか、自分の体がなかなか地面につかない。
怒りに満ちた短い声が、いくつか聞こえた。
髪の毛を引っ張られる感触があると、衝撃が増えた。背中、腹。
人違いだと仲間内で怒る声が飛び込んできた。
ナギに集まってきているのか、人の声が増えた気がした。
苛立ちながら、もみくちゃの状態で左手をぶんぶん振り回す。
地面に足がつく頃には何人かの腕や頭が落ちており、脇腹がごっそり落ちている女が口から血を流して立っていた。
凍り付いた表情で〝ひろくこおれ〟を唱える。
周囲の何人かが赤黒い氷に包まれる。
村で手伝う畑仕事のように、だるそうに、作業的に殴りつけた。
躊躇う事なく、左手を使う。
一瞬にして周辺を舞う赤黒い霧。
誰のものかわからない腕を地面に残し、何名かの〝おそらくヤマカミメンバー〟はまさか死ぬと思わずに世界から脱落した。
ダガヤ・クルーの人間を巻き込んでしまったかも。
そんな思いは全く抱かず、シューズで逃げていく人間を数えていた。
「おい!ナギ!」
横から聞き覚えがある声がした。
普段のように利いたドスは薄れている。
顔を向けると狼狽した様子のレイシーと目が合った。
その後ろには逃げていく人間達の姿がぼんやり映る。
ダガヤ・クルーの人間だろうか。
スキンヘッドと逃げる人間に視界のピントが往復するが、続く言葉に、血みどろのスキンヘッドにピントが合った。
「おい!ナギ!色々どういう事だよ!急にヤマカミの奴らが襲ってくるし!おまえも敵なのか!?この魔物もなんなんだよ!」
不安そうな顔で縋るような声。
数歩近寄ってきた。
腰には剣を携えている。
呼吸が荒くなり、唇が歪む。レイシ―が近寄った分、後ずさりした。
今にも泣きだしそうな声で叫ぶ。
「〝離れて〟!こっち来ないで!僕だってわかんないよ!おまえこそ敵なんだろ!事務所にいるんじゃなかったの!なんでここに居るんだよ!はやく戻れ!ばか!」
レイシーは立ち止まってナギの左腕、肩の辺りに視線を這わせると、最初ぎょっとしていたが徐々に精悍な顔つきに変じていく。
何かを考えこむように黙り込んだ。
まっすぐナギを見て言葉を返す。
「カイバがよ!ここに居るかもしれねえんだ!見かけたんだよ!おまえのさっきの魔法!移動できんだろ!助けんの!手伝ってくれよ!」
精悍な顔つきは言い終わりに向かって再び歪み出す。
ナギは口を開きかけるが、その表情を見て言葉を呑み込んだ。
少年もまた、泣き出しそうな顔をしていた。
ぎゅっと瞼を一度開閉し、ナギが叫ぶ。
「向こう側向いてしゃがんで!」
困惑を浮かべながらしゃがむレイシーの背中に飛び乗る。
あまりの暖かかさに気が緩んだ。
涙が溢れそうになる。
気を逸らすように血まみれのスキンヘッドをぺしぺしと右手で叩きながら、力いっぱい叫ぶ。
「僕の魔法で〝飛べる〟から!行きたいとこ言って!裏切ったら、、、ぶっ殺すからな!あと!僕の左手に絶対に触るな!」
頭を怪我しているのか、頭を叩く度に、レイシーの体がびくんびくん跳ねていた。
やめろと言わんばかりにスキンヘッドを振っている。
「俺が裏切るわけねえだろ!おまえもっと仲間を信用しろよ!」
怒気と暖かさを含んだ声。
言いながらナギの太腿に手を回すとよろけながら立ち上がる。
その言葉に、なんと返せばいいのかわからなかった。
抗争の混乱が落ち着く様子のない広場をスキンヘッドと少年は駆けて行く。
時折血だらけの頭皮に反射する朝日に、ナギは目を細めていた。




