↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナギとリサの大冒険  作者: あ★い★う★え★お
【水仙の部】第五章
85/132

第80話/初めての告白/Limited_NAGI

周辺地域に四つの名前を持つ男、タリフ。

各街の女と関係を持ち、帰れる場所がいくつかあった。

この世に産まれてからの一番古い記憶は、拳を振り下ろしてくる父の顔。

タリフは世界を認知した瞬間に孤独と向き合わねばならなかった。


十歳で家を出る。

しかし、周囲を羨みはしない。


接する人間達と自分の違いがはっきりと理解できた。

孤独から目を逸らして世界に関わっていく人間達が容易に見抜けた。

そんな人間達を利用して生き延びるのは、難しい事ではなかった。

タリフは独りだったが、気づけば自然と周りに人がいた。


ある日、世話をしてくれた兄貴分が命を落とす。

タリフにとっては利用するだけの人間。そのはずだった。

それがドミヌスの策略であった事を知り、彼の人生は狂い出した。


セグイドとも独自にルートを築き、自分の息がかかった配達拠点をミトハロ以外に持っていた。

外側からもドミヌスをすり潰そうと考えていた。


人を従える事に秀でていたタリフ。

敗因は孤独を〝我慢してしまった事〟。

人生の分岐点で意志が介在しない判断を何度かしてしまった。

ナギと出会い、タリフが彼と関わっていく中で、抑えていたそれがまた溢れ出した。


サファがミライ、ケイである事を知った瞬間、選択をしていれば。

横に立つナギに黙ってナイフを刺せば終わりであった。

声を上げるタイミングではなかった。


その敗因を彼は、自身の弱みとしてとっくに認知していた。

我慢以外の解決の仕方があるのだろう。他人を見ているとそう思う時があった。

しかし抗えなかった。

抗えない自分自身も認知していた。

物質は奪えばいいが、孤独だけは我慢以外の術がわからなかった。

世の中に問う勇気も持てぬまま、たった一人の少年によりタリフの人生は幕を閉じる


彼は世界から脱落していない。

彼はただ、生をまっとうした。




*



タリフの人生に思いを馳せる事もなく、膝に手をついて前屈みで雄叫びを上げ続ける少年。

自分は何をやっているんだ。なぜ抗争のど真ん中で雄叫びを上げ続けている事が出来るんだ。

実質、タリフはグローブ・Kのボスであっただろう。そんな彼を殺したにも関わらず、どうして誰も自分に攻撃してこないんだろう。

ふとそう考えた時、我に返る。

広場の殺伐とした音が耳に戻ってきた。

W棟の方から女の悲鳴が聞こえたが、気にかけなかった。


付近のどこに顔を向けても、その場で固まる人間と目が合った。

視線が集中しているのだと実感する。

困惑や焦りを浮かべているような顔つきの人間がほとんどだった。

中には睨みつけてくる人間もいたが、敵意は少数に見えた。


隣にいるウォッチに顔を向けるが、彼女とは目が合わなかった。

腹からナイフを抜き、慣れた手つきで魔法で回復している。

顔を顰めながらシャツの袖を破き、シャツを添えるように手を当てていた。

視線は腹の傷に固定されていた。


ベルトから魔法筒を抜き、回復魔法をセットする。

その声に気づいたように、顔を上げたウォッチと目が合った。

ピンを抜かずに無言で投げ渡す。

御礼が聞こえたが特に返さずに、N棟とS棟の壁面に顔を向ける。


人間が大量にへばりついている。

海辺にあった大きな岩に、びっしりとついていた小さな貝を思い出す。

あれは食べる事ができたのだろうか。関係ない事を考えながら、壁に張り付いている人間達をまじまじと眺めていた。


目が合った人間が、はっとした顔をして隠れるようにどこかに跳んでいく。

それを見た近くの人間も同じ行動を取った。

視線が刺さった箇所にいる人間から壁を離れていった。

貝を岩からこそぎ落としているようだった。


一斉に飛び掛かってくるような報復はなさそうだ。

胸を撫で下ろしながら、視線を近くに巡らせる。

ウォッチは魔法筒のピンを抜き、腹に当てている。

さっきまでいたはずのドンドラの姿はなくなっていた。

叫んでいた時に、動いたのかもしれない。


彼の静かな暗い目がちらつき、左手を見つめた。

何故かは全くわからないが、今自分にはそれなりの強さがある。

向かってきたらやるしかない。

ナギは静かに息を吐いた。


サファの荒げた声に顔を向ける。

バルコニーにいたドミヌスの三人がサファを回復させている。

サファは三人に向かって声を張っていた。

青髪の女と黒髪の男は狼狽えながらサファに手を当てていた。

リサは表情なく、淡々とした様子で傷口を見つめている。

ナギはすたすたと近寄った。


それに気づいた黒髪の男が叫ぶと、魔法を地面で掴み加速した。

リサは〝つよくなれ〟を声に出してそれについていく。今回はとても遅かった。

S棟に向かって逃げている。

〝強化魔法〟を唱えて逃げ出すリサを見て、ナギはつい噴き出した。


青い髪の女に支えられるように立ち上がり、ナギに向かって〝魔力反転〟と声に出すサファ。青髪の女に腕を引かれるように滑り出した。

足を庇っているようだった。

手を先に治したのかもしれない。


体が熱くなり、視線が高くなる。拳ふたつ分くらいだろうか。大分高く感じた。

ズボンが太腿を締め付ける。

肩の周りの突っ張り、動かしにくさは先ほどよりも感じない。

すでにシャツが破けているのだろう。


外套をめくると、左腕は太くなっている。

ノードの触手、掌の周りを漂う糸状のそれは青色に変わっていた。

この魔法って意味あるの?頭を疑問が掠めたが、まずはキューが先だ。そう思い直す。

魔力反転で青くなってるのか。そう思考を纏める。

足を庇いながら滑っているサファを追いかける。

歩幅が広いのか、筋肉が発達したからなのか、サファが遅いのか。

あっという間に追いついた。


サファの背中に頭から衝突すると、腹に手を回す。

くぐもった声が聞こえてきたと思うと、腕に伝わる感触がぱっと変わる。

体つきでなんとなく男性になったのだとわかった。

ミライの叫び声と青髪の女の悲鳴が混ざる。

左手には掴む感覚がないまま、拳が閉じている。

掴んだ先の皮膚をこそげ落としているのだろう。

肩を貸していた青髪の女は離れていった。


膝から崩れながら謝罪の声を張り上げる男。

腹の底に黒い何かが湧いてきた。

力任せに、うつ伏せに倒し、地面に押し付ける。

顔面が地上に当たった瞬間、髪の色が金から黒に変わったのが見えた。

女の声になる。


バシナリー広場のほぼ真ん中に倒れこむ二人。

すぐさま後ろから馬乗りになり、髪を右手で掴む。

顔を地面に何度も叩きつけると、サファとミライを交互に変化していた。

呻き声はサファからしか聞こえない。

腹の底で湧いた黒い何かが胸に昇ってくる。


「キューはどこにいる!言え!」


怒気に満ちた声。

頭を叩きつけながら、顔を近づけて何度も叫ぶ。

耳を齧り取ってやろうか。

黒い何かが異物感として胸に充満していた。


苛立ちに満ちた罵声と、泣き叫ぶような謝罪の声が交じり、会話にならない。

舌打ちをし、サファになった時に手を止める。

地面には血だまりが出来ていた。


「知らねえよ!誰だよそいつ!どけよてめえ!」


髪を掴む右手に抵抗を感じた。

サファが顔をぶるぶると振っている。


言葉にならない震えた声が耳に飛び込んできた。

顔を上げると、青髪の女が立ちすくんでいる。

ナギと目が合うと加速してS棟の壁に離れていった。


「キューはどこにいる!言え!」


叫びながら、つい地面に叩きつけてしまった。

サファは呻き声を出し、ミライになった。


「すいませんすいません!誰ですかそれ!すいません!本当に知らないです!すいませんごめんなさいすいませんごめんなさい!ごめんなさいすいませんすいませんすいませんごめんなさい!」


この謝罪の声を聞くと頭が熱くなる。

ミライの腕を捥ぎ取ってやろうと左手で掴むが、固い感触が掌に伝わった。

拳が閉じない。


少し目を細め、膝を乗せて地面に押し付けているミライの左腕に視線を固定する。

何度か左手で握るが、腕の固い感触が掌に伝わるだけだった。

ミライが腕に力を籠めているようにも見えない。

タリフが蹴った時も効いてなかった感じがする。そう思った時だった。

視界に入れていたミライの腕の隣に、ブーツのつま先が現れる。


怪訝な表情で見上げると、顔から血の気が一気に引いた。

ラグナロクを水平に振ろうと肘を畳んでいるリサが映る。

ナギの背中の方向から今にも振りそうだ。


リサに正対しようと、ミライの体の上に乗ったまま体を捻る。

右膝がミライの頭に当たった。

聞こえてくる声が謝罪から罵声に変わる。


リサの肘が振られ、視界の中で溶ける。ラグナロクが迫ってくる。

左腕を咄嗟に顔の前に出し、目を瞑ってしまった。


腕の鈍い痛みに、おそるおそる目を開ける。

腕はおろか、首が飛ぶと思っていたが、左腕はちゃんと自分の肩についていた。

剣は腕の左にあった。振り抜かれていない。

サファが身を捩らせているのが足に伝わった。


リサは右手で水平にラグナロクを持ち、薪割りを失敗した時のように、左手をぷらぷらと振っていた。

眉間に皺を寄せ、驚いたような表情で態勢を崩しながらナギの腕を見ている。

筋肉がラグナロクを弾いた。そう思った。


リサの首に迫る剣先が、視界の右端から飛び込んだ。

顔を歪ませたリサが飛びのき、視界の左端に消えていく。

ウォッチが剣先を突き出している。

肩に掠っていたように見えた。


太腿に柔らかいものが触れていることに気づく。

ナギは体を元に戻すと、下からの喚き声に顔を向ける。

仰向けになっている怒りに満ちたサファと目が合った。

険しい顔つきの顔を起こそうとしながら、両手をぶんぶん振ってくるサファ。

何度か顔や腕に当たるが、痛くはない。

ナギをどかそうと腹を押してくるが微動だにしない。


(魔力反転の効果中はたぶん他の魔法を唱えられないんだ。)


念のため右手でサファの首を掴み抑え込む。


「キューはどこにいる!言え!宿から攫っただろ!」


「だからし、らねえって、言ってんだろ!誰、だよソ、イツ!うっぜえな!離、せよ!どけ!」


右手に力を入れる。

会話をする気が起きなかった。顔を睨んで同じ言葉を叫ぶ。


「キューはどこにいる!言え!宿から攫っただろ!」


腹で煮えたぎっていたものが口から出そうになる。

頭が自分のものじゃないみたいに熱い。


サファの左手が顔に伸びた時、顔を背けながら左手で止めようと、咄嗟に手を翳す。

右手は首を掴んでいた。

手首を握ったつもりが、抵抗なく拳だけが握り締められた。

自分の左拳に顔を向けると、ぬめった赤い糸が引いている。

視線を〝滴る赤〟に這わせると、地面には彼女の手首から先が落ちている。

サファの声にならない叫び声で視線を戻すが、その頃にはミライの声色になっていた。


さらに背中から悲鳴。

断末魔。

ミライの顔面を右手で押さえながら顔だけ向けると、仰向けになっているウォッチをリサが見下ろしている。

左足の膝上から先がない。

血だまりの上に転がっている足が見えた。


ウォッチの名を叫び、ミライから離れるナギ。

立ち上がると視線が低くなる。

筋肉がしぼみ、左手にあるノードが赤く変わった。

脱力感は先ほどよりも弱い。

突進してくるリサに向かって駆け出した。


距離を詰めてくるリサに両手を翳す。

ブローチ戦の記憶から想定していた動きよりも、リサは数段遅かった。


リサがラグナロクを振りかぶる。

剣先がナギの腕めがけて落ちてくる。


「〝まわれ〟!」


声を上げると、柄を起点にラグナロクがリサに向かって回転する。

咄嗟に顔を背けていたが刃が肩にめり込んだ。

短い悲鳴と共に、後ろによろけている。


ナギは体をやや左に逸らせ、左足を軸足に腰を捻ると、リサの肩から伸びている〝つかむ〟の帯を引き寄せる。

同時に低い蹴りを振り出すと、向こうから飛び込んでくるように、足に衝撃が走った。

つんのめってきたリサの顔面に右足のつま先が刺さっている。

力をさらに入れ、右足を無理やり振り抜いた。

〝つかむ〟の勢いを殺せずにリサが足元に突っ伏した。


(短い期間でも!真面目にやっとくもんだね!)


体術の訓練をしてくれたアネットに感謝しながら、リサの髪を掴んで二、三度蹴り、体を仰向けに回転させる。

空を向いたリサは痛がりながらも虚ろな瞳をしていた。

思い通りにいかないと、すぐに虚ろな目になるのが気に入らなかった。

ここまで彼女は〝つよくなれ〟以外の魔法を唱えている様子はない。

胸を思い切り踏み、腰から折って顔を近づけ叫ぶ。


「キューはどこだ!言え!リサ!」


柔らかなものが潰れる感触でバランスがとりにくい。

足を縦に回転させ、鳩尾と首元に移動させる。


「奪わ、な、いで…。」


むせながら言っていた。


「ああ!もう!何言ってんだよ!!キューはどこだ!さっさと言えよ!」


「なんで奪うの…。」


会話にならない度、息が荒くなり、肩が震える。

左拳を振りかぶる。

ナギの怒りに満ちた顔は、唇だけが徐々に歪んでいった。

踏んでいた足を鳩尾から離すと、右足でリサの顔面を蹴った。


怒りに満ちた表情を泣き出しそうな顔つきに変化させながら、ウォッチに駆け寄るナギ。

右手で途中に近くにある切断された足を抱え上げる。

想像以上に人間の足は重かった。


足を傍らに置いて地面に膝をつくと、ウォッチの後頭部と地面の間に右手を差し込む。

左手も使いたかったが、触れた瞬間に怪我をするだろうと触れなかった。


目を瞑り眉間に皺を寄せ、断続的な痛みに耐えるようにしながら上半身を起こすウォッチ。

おびただしい量の脂汗。息が荒く、顔は青白い。

広場に横たわる死体が増えている。場所を移したい。


「掴まって!飛ぶ!」


ウォッチから視線を切る。

立ち上がり、両手を翳してE棟の屋根に狙いを定める。

だいぶ距離があった。


(届け届け届けとどけとどけ!)


〝つかむ〟を声に出す。

とんでもなく長い、赤黒い帯が屋根に伸びる。

切断された足を右手で拾い、足を抑えて呻くウォッチの近くにかがむ。


「はやく!」


両腕がナギの首に回る。

左頬にぐったりとウォッチの顔が触れた。

力が弱い。


持っている足を自分の太腿に挟む。

どろりと何かが垂れる。

嫌な弾力が腿に伝わり、顔をしかめる。

左手から伸びている帯を右手で思い切り引っ張った瞬間、ウォッチのお団子頭を右手で掴む。


つま先から膝へ衝撃が広がったかと思うと、一瞬でE棟の屋根に視界が移る。

背中が軽くなり、視界がぐるぐると屋根と空を入れ替わる。

ウォッチの悲鳴が少し離れた所から聞こえた。

体の回転が止まると、屋根の傾斜を転がるように登っていたのだとわかり、すぐに立ち上がる。

左手をついた屋根に穴が開いた。

抵抗がまるでない。溶けるようだった。

腕の周りは溶けていない。掌だけだ。そう思った。

無理やり引き抜いて、きょろきょろ見回す。

吹っ飛んでいたウォッチの足を拾う。


お団子頭が解けているウォッチに駆け寄ると切断された足を脇に置く。

右手を背中に添え、上半身を起こした。

痛みに耐える青い表情。尋常じゃない汗。


ベルトからスティックを抜き〝もうれつにいやすね〟を発声した。

ウォッチの手がナギの右腕を掴んだ。

目に涙を浮かべながら口でピンを抜く。

渡そうとするが気づいていない。

目はウォッチに残し、顔だけを逸らせ、ピンを吐き出して叫ぶ。


「これ持ってて!」


左手を使えないのが不便過ぎる。

右手で切られた足を掴むと切断面に密着させ、ウォッチに支えてもらう。

ナギはスティックを切断面に当てる。

とめどなく血が流れている。


「私、もうダメだから。気にしないで。」


優しい、切ない声だった。

何かを受け入れたような、温かい声。

血が止まらない。


同じ屋根の上にシューズを履いた人間が数人見える。

マナステーションを点けていた。

スティックをウォッチの股の間に固定して立ち上がる。

両手を翳して〝すべてはなれて〟を声に出し、全員吹き飛ばす。


しゃがんでウォッチの足に視線を戻す。

血は止まっていない。

新しいスティックを右手で握り〝ずっともうれつにいやすね〟を発声してピンを抜く。

切断面に当てた。

ウォッチから視線を感じる。

魔法筒はあと三本。


「おまえにドンの弟を重ねてたの、私の方だった。」


ぽつりと呟いた。

言葉を返さずに真剣な表情で叫ぶ。

スティックを持つ右手が溢れてくる血で赤く染まっている。


「もっと足くっつけて!」


切断面を見据える。

スティックをウォッチの腿の上に置く。

ふよふよと漂うノードの赤い触手は、ブレスレットから離れ、腕に進みだしていた。

切り離された方の足を右手で掴み、切断面に押しつけた

血が溢れ出す。


「ドンドラは前に進んでた。死んだ弟に縋るフリして。今日みたいなタイミングを狙ってた。」


血が止まらない。

スティックをもう一本追加する。

一本目は光を失っている、効果が切れていた。

適当に横に投げた。

新たに回復魔法を籠めたものを、ウォッチの腿の間に挟む。


「私、おまえが好きなんだ。」


足を持つ手が緩むウォッチ。


「ちゃんと持って!助かるから!」


根拠なくそう言った。

ウォッチの手を上から掴み、無理やり力を入れさせる。

振れた手が、どことなく冷たくなってきている気がした。

外套を脱いで背中にかける。

どこかの衝突音が屋根に伝わった。


「おまえが好きなんじゃないんだよ。弟属性のおまえが好きなんだ。」


「はあ!?」


生暖かい血が湧き出てくる。

ウォッチの相手をしている余裕がない。

切断面が赤で見えない。

ナギはシャツを脱ぎ、血を拭った。

鎖骨の辺りに貼っておいたマナシールの台紙を三枚全て剥がし、発動させる。

ぼんやり光っているようにも感じるが見ている余裕がない。


「お姉ちゃんに、ずっと憧れてたんだよ。自分がお姉ちゃん、になる事に憧れてたの。私。〝今度は〟助けられてよかった。」


混乱しているのだろうと、言葉は返さなかった。

彼女の支える手が震え出していた。

血は止まらない。

抑揚のない声で静かに続けるウォッチ。

呻きながら出す声が途切れ出す。


「歓楽街でおま、えに怒鳴った後、ドンと一緒に、あいつの、弟の思い出話してて、そんとき気持ちに、気づいたんだ。大好きなんだ。腐った干しフルーツ、荷物に入れっぱな、しの弟とか最高だろ…。世話、焼きたい。…ナギの事、弟属性として愛してる。」


ナギは何気ない表情でウォッチの顔を見る。

青白い顔。

髪はぼさぼさだ。

少し目の周りが窪んでいるような気もした。

しかし、とても綺麗な瞳。

マヤとリサとは全く違う澄んだ目。


「やっと見てくれた。愛してるナギ。弟属性として。」


力ないウォッチの微笑みから、足に視線を戻す。

足の上に置いていた魔法筒を全て脇に置く。

血は止まっていない。

目を瞑って深呼吸をした。


右手はウォッチの太腿に手を翳す。

左手は切り離された足に優しく添えた。

力を入れぬよう触れたが、掌が抵抗なくずれる。

ずれた跡に赤い線が出来る。

皮膚がずるりと剥けてしまった。

両手をそれぞれ切断面に近づけると、最大出力で回復魔法を声にした。


両手が発光する。

左手を添えていた足が前に押し出される感触に、慌てて手を少し離す。

そのまま切られた方の足は脇に逸れ、ぬるりと新しい足が生えてきた。

しなやかで綺麗な足だった。

開いた口が塞がらず、目を丸くした。

直後に発光がやんだ、翳していた手を引っ込める。


おそるおそるウォッチの顔を見ると〝成長している様子〟はない。大きな息が出た。

彼女もまた、目を剥いて半開きの口のまま自分の足を見つめている。

生えてきた足をさすり、膝をゆっくりと曲げ伸ばしする。

半開きの口で小刻みに震えた顔と目が合った。


「弟属性が、なんだって?」


言いながら肩の力が抜ける。ため息交じりの声が出た。

手元にあるシャツで手を拭おうと左手を伸ばす。

触れた部分が溶け、うまく掴めない。

諦めて、手を頭の上に伸ばし仰向けになった。

大きく息をしながら言葉にならない声を出す。


朝の光が徐々に空を照らし始めていた。

ウォッチの解けた髪を見ながら話しかける。


「ほんっとに焦った~生えてきてよかった~。痛い?」


右膝を腹に寄せ、水色のバンダナを左手で溶かし切る。

投げ捨てると、吹いた風でどこかに落ちていった。

見当違いの回答が、力強い声で返ってくる。


「おまえ…!そこら辺の〝弟好き〟と私を一緒にすんなよ!ただ愛でたいとか、独占したいとか、かわいいから見てるだけで癒されるとか…そういうんじゃないからな!弟好きっつってもな!私からおまえを抱けるし、おまえからも抱かれたい。弟属性じゃなくなったとしてもおまえを愛せる!弟属性の今のおまえを私は知ってるから!あの頃はかわいかったねって思いを馳せながら体を重ねるまでが弟属性なんだよ!弟が好きなんじゃない!私がお姉ちゃんになりたいわけでもない!私が弟属性を好きなんだ!」


暴走ウォッチ。

ナギは会話を諦める。

体を起こすと、さっきまで切断面だった辺りを右手で揉んでつまむ。

掌で擦ってもみたが、特に何もない。

ウォッチは吐息交じりの高い声を出している。

切断された体を回復なんてした事ないが、ノードを吸収した影響で生えたのだろう。なんとなくそう思った。


(痛みはなさそう。)


「おまえ、ヤマと…カミ?どっちかと〝し〟たの?…その…ヤッたの?」


足から視線を移す。

俯いているウォッチの血色は少しだけ戻っていた。

胸に貼ってあるマナシールを三枚とも剥がす。

最高火力で回復を何度も唱えたが、魔力切れになる気配がない。

シールの影響だとは考えにくい。おそらくノードのせいだろう。

手にしたシールを眺めながらそう考えた。

その辺に捨てながら返事をする。


「ヤッてないよ。」


「なんでだよ!しろよ!」


いつもの声色でウォッチは言った。


「はあ?」


片方の頬が引きつった。

立ち上がり、広場の真ん中あたりに視線を漂わせる。

リサに伸びる〝つかむ〟の帯を目で追った。


「だから!私はその辺の弟好きじゃないんだって言ってんだろ!おまえの全てがほしいとか!童貞奪って優越感を感じたいとか、束縛したいとか!そういう自分勝手な感じじゃない!色々経験して世の中を知った弟属性を抱きたいんだよ!触れたいんだ!おまえが好きなんじゃない!弟属性が好きなんだ!でもおまえ以上の弟属性なんてもう二度と会える気がしない!」


なぜ経験の有無を決めつけられているのかわからなかったが無視をする。

S棟、奥の角辺り、地上でサファを回復させているドミヌス達がいた。

男とリサが交互に魔物を追い払っている様子を眺める。


(あいつらばかだな…まず避難させればいいのに。やっぱりリサは〝つかむ〟を買ってないのか。)


生えてきた左足を見下ろす。

右足と比べて血色が良くない。

力を入れにくそうにしていたので、もう少し留まる事にした。

表情は解けた髪で見えない。

サファからなるべく目を切らず、ウォッチの様子も窺う。

リサに伸びる〝つかむ〟の赤黒い線で居場所はわかりやすかった。


(最悪見失っても、これ追ってけばいいか。)


屋根が緩やかな傾斜で助かった。

遠くが見えやすい。

今は人間よりも〝デカムカデ〟が少し怖かったが一帯にいない。

広場を見つめたままウォッチに話しかける。


「じゃあさ、僕がウォッチと〝し〟たいって言ってもしないの?僕がそういう経験ないから?」


沈黙ウォッチ。

ナギは顔を右に向ける。〝凹〟のように両端が突出したN棟の屋根に男と女が見えた。

体を向け、左手だけを翳す。

〝つかむ〟を発声すると赤黒い帯が女に当たる。

眉を上げて自分の左手に素早く顔を向けた。


(片手でも出せる…。威力だけが上がってるわけじゃないんだ。)


掴まれた女は帯の先を目で追いながら困惑していた。

目が合った気がした。

引っ張らずに魔法が切れるのを待つ。

右手だけ翳しても、同様に魔法が発動した。

もしやと思い、目を瞑って発声してみたが、何も起こらない。

口ごもったウォッチの声に目を開ける。


「するだろ…。たくさんする…。毎日…。でもそれですぐに付き合ったりはしない。一緒には居たいけど、一旦その辺はフリー。おまえが別の女とそういう経験をしてからが、私の本気…、弟属性のはじまり…。それからは…一緒に居たい…。私が全部塗り替えてやる。でも成長したおまえ…私の知らないおまえにイ…」


急に黙ったので意識を失ったのかと思い、焦って視線を向ける。

言いかけてやめていただけだった。

手で髪を耳にかけている。

胸を撫でおろした。

顔色は戻っているようだった。耳まで真っ赤。


「ウォッチ、魔法、何持ってる?」


前を向き直して尋ねる。

サファの周りにいるドミヌス達は右往左往していた。

何度か大きな呼吸が聞こえた後、言葉が返ってくる。


「〝てっぺき〟〝いちをかえろ〟〝つよくなる〟。あとは売ってるやつ。掴むのと凍結、回復。」


「つよくな〝る〟?つよくな〝れ〟じゃなくて?」


ウォッチに視線を向けた。


「〝る〟。弟魔法。」


淡々とした声。


「弟魔法?なにそれ?」


「知らないって。浮かんだんだよ。〝てっぺき〟と〝いちをかえろ〟も浮かんだ。弟魔法。別に誰かにそう言われたわけじゃない。好きな人を守る時にしか使えない。だから私にとっては弟魔法。色々、何度も試したけど発動しなかった。〝てっぺき〟はほんの少しの間だけ攻撃食らわない。おまえがノード棟から落ちた時に〝位置を変えたかった〟けど、失敗したらって思ったら怖くて使えなかった。今日初めて使ったんだよ。でも…あの時…お姉ちゃーっー呼んーーれて…とっーも嬉―かった…。おまーも…私の事―――――――」


魔法というものの自由さに、つい噴き出してしまった。

何かぶつぶつ言い出したが無視をした。

曲げ伸ばししている足に目をやる。

足はまだ血の気が薄かった。

生えてきた足を撫でている指の先端が、黒色だった。


(ウォッチってネイルしてたっけ…。)


歪んだ顔を悟られぬよう、顔を背けて唇にきゅっと力を入れる。

乱暴な言葉使いだったが、丁寧に低い蹴りを教えてくれたウォッチを思い出した。

ぶつぶつ言い終わったウォッチが言葉を続ける。


「〝つよくなる〟は自分よりも強い相手の時だけ、相手よりちょっとだけ強くなる。もちろん弟がいないと使えない。連発もできない。多分他の人を対象にすると発動しない。他のもそうかもだけど。」


ナギは左腕で目を擦る。

揺蕩っていた赤い糸状のノードが一瞬顔に向かって伸びた気がした。


「ウォッチ。」


横顔を見下ろしながら言う。


「んん?」


力を入れ、ピンと張った左足を眺めながら返事をするウォッチ。


「僕、出身はエンローズ村じゃない。リヴェル村って所。アルセナの近く。嘘ついててごめん。あと、師匠が仲間を探してるっていうのも嘘。師匠は仲間を抜けて別行動。」


解けた髪が遠心力で靡く。

勢いよく顔を向けたウォッチと目が合った。

瞳孔が開いている。


「じゃあおまえ…今…っていうかこれから一人なの…?」


言葉を返さずにウォッチを見据えた。


ウォッチは自分の足に視線を戻すと静かに立ち上がり、何かを確かめるように屈伸をした。

効果が切れたスティックが音を立てて屋根を転がり落ちる。

サファ達に視線をやりながらナギは話しかけた。


「力入る?」


「ごめん微妙。」


低い声。


「ここから離れて。僕は大丈夫だから。左手がコントロール出来ないだけだし。」


「おまえそれ、ノードだろ?大丈夫なの?なんでノードに突っ込めるんだよ。」


切断された足からブーツを外してウォッチは言った。

手に持っているそれは黒く変色しているように見えた。

ナギは返事をしながら念を押す。


「大丈夫。なんでかは僕もわからない。僕さ、一度魔法が暴走して大変な事になった事あるから、離れてて。」


返ってきた言葉は別の忠告だった。


「あの赤い柄の女…リサ。説得しようと思うなよ。あいつの目、イッてたぞ。」


少しの沈黙。

座りながらウォッチは続ける。


「…私がおまえの事を好きだから言ってんじゃなくて…。チームに居ても見た事あるんだよ。ああいう目。他から移籍希望で来る奴とかでたまにああいう感じなんだよ。考える事ができなくなってる目っていうか…。何言っても無駄。グローブ・Kは元々の所属とか分け隔てなく受け入れてるけど、ああいう目をした奴だけはどんなに金持ってても、どんなに強くてもタリフが入れなかった。会話が合わなくて使い捨てにしかならない癖に必ずどっかで暴走するからコスパ悪いってよ。」


ブーツを履きながら言った。


「うん、わかってる。」


とりあえずそう言った。

ナギはE棟の屋根を見回すが、誰もいなかった。

ウォッチが立ち上がると、言い淀みながら言葉にする。


「エヴィッタ…あの…、エヴィ。そのさ…助けてよ。グローブ・Kは、その、おまえを、裏切ったかもしれないけど…ダチなんだ。バシナリーに向かってくるはずだから。」


淡々と返すナギ。


「助けるとか助けないとかよくわかんないけど。あいつの事むかついてるんだよね。色々言われたし。ぶん殴っちゃうかも。グローブ・Kに通ってた時は抑えてたけどさ。今はさすがに僕も余裕ないし、タリフみたいな事もいつ起きるかわからない。手足は捥いじゃうかもしれない。なんか左手が自分のじゃない感じもするし。」


噴き出しながら言葉が返ってきた。


「いいよ。生きてれば。」


ナギは何も言わなかった。


「ナギも、死なないで。」


静かな切ない声。

上に向けられた掌が、目の前に差し出される。


「これ何?交互に叩くやつ。」


今までなんとなくやっていたので聞いてみる。


「組織とかチームとか、関係なく、信じてるからなっていう、ハンドサイン。」


顔を赤くしてそう言った。

誤魔化すように言い添える。


「…あ!おまえのシャツ!もらうから。匂い嗅ぎたいから。外套も。裸に外套はやばいだろ。必要なければポーチも持っといてやるから。」


溜息ナギ。

これだけ回復魔法を使っても、魔力切れになる気配がない。たしかに少し邪魔だった。

アイテムポーチとベルトを外しながら、差し出された掌を細目で見る。


「気持ち悪いよお姉ちゃん。」


言いながら差し出された掌を叩こうとすると手を引かれる。

空振りした。

ウォッチを睨む。


顔を上気させ、両手で口元を覆っている。

潤んだ目でナギを見つめ、小刻みに頷きながらアイテムポーチとベルトを受け取っていた。


「そういえばさ。」


片手で口を覆い、小刻みに頷き続けるウォッチ。

ポーチとベルトはその辺に投げ置いていた。


「〝しゅうごう〟って何?」


タリフの魔法を聞いてみる。

涙目にまっすぐ見られている。

顔を上気させながら、か細い、籠った声で言う。


「タリフが仲間だと思った…認めた奴に爆音が聞こえる魔法。あいつ、あんなだったから敵でも仲間だと〝思える〟から。敵の本命を見つけたり、襲撃の対象が変わった時に唱える作戦だったの…。」


ふーん。と言いながら、目を宙に這わせると、N棟のバルコニーを〝つかむ〟。


「ねぇ。」


消え入るような声がした。

バルコニーから視線を外し、ウォッチを向く。

涙が零れていた。


「何?」


「…下着も…ほしい…。」







自らの死を受け入れて世界への関わり方が素直になったウォッチ。

不意に一命を取り留めて〝しまい〟過去の自分が顔を出しかけた。

しかし元々気づいていた心情をその後に口にするのは容易かった。


〝当時〟魔法は回復のみ。

新しくオープンした雑貨屋で働いており、趣味は武道だった。

それからしばらくして、ドンドラの弟がドミヌス関連に巻き込まれて死んだ時。

近くに居れなかった自分を責め続けてここまで生きていた。


いつ呑まれてもおかしくない執着を、土壇場で逆に食らい尽くした狂気のお姉ちゃん。

世界への挑戦権を獲得する。






そんな彼女の過去なんて知る由もない(知ったとしてもどうでもいい)ナギ。

抗争中のとんでもない発言に、頬を引きつらせて黙り込んだ。

澄んでいる瞳から涙を零し、小刻みに頷き続けるウォッチを見て肩を落とすと、魔法で掴んだN棟のバルコニーへ飛んでいった。


N棟のバルコニーの壁に顔から激突している少年を眺めながら、お姉ちゃんはシャツで鼻と口元を覆う。

匂いを吸い込む度に電撃が脳天を走り抜ける中、静かに零れる涙を宿した目は、力強く、そして澄んでいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。