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ナギとリサの大冒険  作者: あ★い★う★え★お
【水仙の部】第五章
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第79話/初めての咆哮/Limited_NAGI

起き上がろうと身じろぎするミライ君に近づくタリフとドンドラ。

不思議そうに見下ろしている。

ナギは少し後ろについた。


「攻撃するとサファとそいつが入れ替わります!」


N棟の入り口付近から信じがたい言葉が飛んできた。

声の主はグローブ・Kの人間だろう。


タリフが右足を後ろに振り上げ、力いっぱい顔面を蹴り飛ばす。

ミライ君は変わらない。

眉がぴくついただけだった。

まるで衝撃などなかったかのように、肘をつき、すでに負った傷の痛みに呻いているようだった。


振り向いたタリフと目が合った。

タリフが顎でしゃくる。

おまえもやってみろという事だろう。

近づくと、ブーツのつま先でミライ君の顔面を思いっ切り蹴り飛ばす。

金髪の短い髪が、ぱっと黒色に変わる。

髪も伸びていた。


ミライ君は無言でサファになった。

顔を上げ、目の前にいる三人に向かって吠える。


「てめえ!タリフ!俺が〝ケイ〟なんだよ!さっさと殺せこいつ!うぜえ!おい!ナギ!てめえ絶対にぶっ殺すからな!」


胸がどろついた。

感情がない表情とは裏腹に、そのどろつきを抑える事なく、再び顔面に蹴りを入れる。

サファは呻き声を上げ、ミライ君になった。

顔を上げて叫び出す。不快な声。


「すいません!ごめんなさい!すいませんタリフさん!僕です!ごめんなさい!ケイなんです!一番最近の依頼はアブヘンギへの案件でしたよね!ごめんなさいすいません!その前はトゥオック!すいませんすいません!いつもウキルさん使って色々処理してます!今動いてるのはアブヘンギでの暴動事件です!すいません!ちなみにそっちはドンドラさん!足治ったんですね!すいません!ごめんなさい!すいません!奥にいるのはウォッチさん!ごめんなさい!すいません!シェアさん!リサさん!僕を回復してください!ごめんなさい!すいません!すいません!」


目の前の三人に向かって叫んでいたが、やがてN棟の壁面にいる二人に向かって声を張った。

N棟の壁面までは声は届いていないだろう。ナギはそう思ったが、ミライ君は必死な様子だった。


振り向いてウォッチを見ると言葉を失っていた。

視線を戻し、もう一発蹴りを入れようとすると、タリフに腕を掴まれ止められる。

ドミヌスの黒髪の男が近くに着地した。

タリフが俯いたミライ君の前で膝を曲げる。


「おい、こっち向けよ。」


言いながら髪を掴み、顔を上げさせるタリフ。

何かを探るような表情で、掌をミライ君の口元に近づける。

ミライ君は鋭い眼光でタリフを見据えた。


タリフは立ち上がると、もう少し離れるよう、周囲に叫ぶ。

ナギも後ずさる。


長い助走を取り、ミライ君の顔面を蹴りつけた。

たしかに当たっている、しかし表情ひとつ変わらない。

ミライ君はタリフを見据えていた。


口角の上がったタリフに手招きされる。

もう一度ナギが蹴ると、ミライ君は無言でサファになった。

笑い混じりの大声が背中から聞こえる。

すぐさま振り向いた。


「なんとなんと!ナギちゅわんを追ってバシナリーまで来たらソッコー王様のサファにぶち当たって!積年の恨みって事で!こいつは今回の殺人ターゲットなわけなんだけど!なんとそのターゲットがウチのボスだった!初めて声聞いたよ~!こんなダサい奴だったとはね!そりゃいつも口元にバンダナするわけだよね~!」


今までにない不気味な笑い方だった。

ナギは頭が真っ白になり、数歩後ずさる。


右手からリサに伸びた〝赤黒い帯〟が動いていた。

ちらりとその先を見ると、リサはサファの折れた手足を黒髪の男と回復していた。

続くタリフの言葉に顔を戻す。


「ってことでナギちゅわんは!ク!ビ!悪く思わないでよ~!」


胃から何かが込み上げてくる。

周囲にいる人間が敵になった。

視線が自分に集中しているのがわかる。


リサの顔をちらりと見るが一瞥もない。

瞼を痙攣させながらタリフに視線を戻す。

両手を腰の高さまで上げ、さらにゆっくり後ずさる。


「ここまでうちのボスが隠してたって事は、これってボスの弱みでもあるわけね~!ぶっちゃけこれナギちゃん倒したら終了なんだよね!おまえが一番ややこしそうなんだよ!なんでかそう思うんだわ~!ノードも〝食べちゃってる〟しさ~!さすがに見過ごせないんだよね~!なんでおまえが中心にいるんだ!」


手を叩きながら爆笑している。

後ろから衝突音。誰かに肩を掴まれる。

真顔で飛び掛かってくるタリフ。片手には刃物。

ナギに向かって走り出しているウォッチが視界の端に映った。


振り払おうと藻掻くと、左肩と腕にかかる力は呻き声と共に楽に剥がれた。

右手は掴まれたまま半身の姿勢。

左手を使って振りほどいても間に合わない。

タリフが近すぎる。ウォッチも速い。


「〝いちをかえろ〟!」


そう聞こえた瞬間、目の前でウォッチがタリフに腹を刺されていた。

目を見開いて顔を左右に振るナギ。

右腕の自由が利く事に気づく。

視界が変わっている。


「ごめんタリフ、私今回こっち側ね。じゃ、そういう事で。」


言い終わりにタリフに前蹴りをするウォッチ。

腰に携えた剣を抜きながら、振り向く勢いを利用して後ろの男達に水平に剣を振る。

さっきまでナギの肩を掴んでいた男達だろう。

飛びのいて剣を避けていた。

すでに肘から先がない人間もいた。


「こーれーが怖いのよ!俺も人の事言えないけどさ~!あの古株のウォッチちゃんだよ!?敵になっちゃうなんて!」


タリフがドンドラをちらりと見ると、空を向いて叫ぶ。

おどけた様子は一切ない。


「まずナギを殺せ!他はどうでもいい!」


初めて聞くタリフの声色。

〝ナギを殺せ〟その一言で我に返る。

何も考えられぬまま、両手だけが動いた。

抗争の喧騒が消える。


「〝しゅうご――――〟」


「〝こおれ〟」


言い終わる瞬間にタリフの全身が赤黒い氷で覆われる。

感情は一切乗っていない冷たい声だったが、自分の声色すらもわかっていない。

その氷は今まで放った中で、最も速く、大きかった。

そして、最も異様な色。


周囲の視線が一斉にタリフに集まる。

誰もが言葉を失った。

ナギは脹脛に力を入れ、地面を蹴る。

サファの手が動き出しているのが見えたが、走り出すナギの一歩目が早い。

両手を翳しているうつ伏せのサファを視界に捉えると、走りながら左に逸れる。

リサとサファは同じ位置。

未だリサに向かって伸びている、赤黒い〝つかむの帯〟を目印に、タリフを中間に置いた。

凍結したタリフに二人の姿が隠れる。


「〝まりょくはんてん〟!」


サファの声だけが氷の向こうから聞こえる。

体に異変はない。

脹脛に力を籠め、腕を力いっぱい振り、地面を蹴る。

駆け寄りながら肩を開き、腰を捻る。左拳を引いた。


〝凍ったそれ〟に左拳を突き出した。


拳にほんのりとした弾ける感触が伝わった。

母のナエラが作ってくれた、パイの硬い部分を潰す時のような感触。

フォークで刺していくと弱い力でパリパリと弾けるような。

弾力のない薄い膜。そんな感触だった。

同時に、聞いた事もない、短く高い音が聞こえた気がした。


あまりにも拍子抜けの感触。勢いの乗った左拳に体が引っ張られる。前のめりにバランスを崩す。

顔を上げると、驚嘆の色に満ちたリサの顔が目に飛び込んできた。

細かい粒、靄、霧だろうか。

赤黒い飛沫が周囲に舞う中から、リサが見えた。

ナギは、すぐに目を切った。


氷の破片、肉片はない。

赤黒い霧だけが舞っていた。

破砕というより破裂。


腹に湧いたものが胸に登り背中へ駆け巡る。

体の中を蠢いたその何かは、後頭部にびりびりと滞留する。

頭が熱くなり、言葉が消える。

首から上の皮膚の感覚が消失した。

気づけばナギは、膝に手をつき大地に向かって大声で叫んでいた。


勇者になってから初めて命を奪った生物は、魔物でも魔女でもなく、同じ人間だった。

まるでバシナリー広場の時が止まったかのように周囲は誰も動けない。

サファでさえも空中を漂う赤黒い霧を呆然と見つめていた。


初めての殺人。

体を乗っ取ってくる何かを振り払うように叫ぶ。

膝に手をついた勇者の言葉にならない咆哮だけが、そこに存在するかのように響いていた。

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