第77話/仲間が敵になったと実感する瞬間/Limited_NAGI
「走るなよ。目立つから。」
ウォッチが声を潜めて忠告してきた。
ナギは顔を向けずに頷く。
やや早歩きで前を歩くドンドラについていく。
(だいぶ状況が変わってる。魔物ってなんだよ!キューに会えてもこんな感じだとすぐに殺される。タリフもずっと味方でいるとは限らない。)
足早に歩いているから心拍数が上がっているのか、抗争のど真ん中だからそうなのか。
ナギは区別がつかなかった。
加えて、どうしたらうまくいくのか。全くわからない。
捕まっていたのはノードがあるN棟の二階、一番端の部屋のようだった。
広い廊下を進む。
外套で手の汗を拭いながら、昨日考えついた事を反芻する。
(知らないって思われてる状況は武器になるってルントが言ってた。千年生きたブローチは〝あたりまえを疑いやすい〟ってアネットは言ってた。)
目の前をタリフが歩く。
次にドンドラ。
ナギと並んでウォッチ。
全員ブーツを履いている。
声を出さず、ふらふらもせずに、きびきびと歩くタリフの姿は新鮮だった。
(って事は〝あたりまえって思い込んでる事は弱み〟になるかもしれない。ミトハロで当たり前だと思われてる事…。)
〝ノードの破壊は出来ない〟
それが昨日考え抜いた、ミトハロの常識だった。
これまで破壊が出来ない話は聞いていたが、試した経緯などは耳に入ってこなかった。
散々試されているから、会話に上る価値すらない常識なのかもしれないが、もしかしたら壊せるかもしれない。ナギはそう思った。
そうでも思わないと、自分一人でキューを助け出すなんて想像ができなかった。
まずはエーテルシューズを機能不全にしたい。
場の混乱だけをひたすら狙っていく。
しかし、混乱をさせた後の計画は全くない。
〝引かれた線〟にその都度、選択をするしかない。自分で線を引けば有利になるかも。昨日、そう考えた。
(ノードが破壊できない、それがミトハロで常識なのかはわからない。でも配達をしないキューがそれを言ってたんだ。たしか、パルも言ってた気がする。あれ?マークだっけ?まあいいや…配達をしない人達がそういう感じなんだから、配達業の人達の頭は猶更そうかも。)
初めて一人でバシナリー広場を訪れた時も、アネットとのデートで来た時も、ノードの周りに人はいなかった。
壊せないと思ってるから油断してるのかも。それって弱みかも。そう思った。
手が冷えていき、背中が強張る。
置いていかれないように、せかせかと前に出す足に力が入らない時がある。
左手のブレスレットを右手で触ると、ゆっくりと回転させた。
(やってみて無理だったら…、それはそれでいい。とにかく生きて、グローブ・Kに入会するフリをしてサファを殺す手伝いをしよう。隙を見てキューの居場所を探すしかない。まずはやってみよう。シューズの人達、移動が早すぎるんだよ。ヤマカミには僕の目的がバレてるから、すぐに移動できちゃうかもしれない。ヤマカミにバレてるって事はドミヌスにもバレてるか…。ぐるぐる考えるな!まずはやろう!やる!それだけ考えればいい。)
いざノード棟にいると思うと顔の筋肉まで強張る。
瞼が短い間隔で震える。
胸が締め付けられるようだった。
纏わりつく空気が重く感じる、初めての体験だった。
手足に力が入りにくい。
深呼吸をした時、階段で躓いた。
つんのめっている所をウォッチに腕を掴まれる。
腕を握り返して上半身を起こすと、小声で御礼を言った。
(それにしても…なんでこんなに人がいないんだ…?)
階段を上がり三階に着くと、タリフが半身になる。
「ノードはこの上。一旦こっちね~。」
小声で言う。
指で宙をつつくようなジェスチャーで、左方向を示している。
声を出さずについていく。
何かが床に擦れる音がし、右にちらりと目をやる。
廊下の端の方に、エーテルシューズで滑る人間が数人見えた。
滑らかな動きで部屋を行き来している。
一瞬息を呑むが、顔を戻して左に進む。
ウォッチの顔を見るが、特に右方向の人間達を気にしている素振りはない。
どこかの部屋の中から話し声が聞こえる気もするが、建物の中は閑散としていた。
突き当りの部屋の扉の前につくと、タリフが扉に手をかける。
何度か軽く押し引きしているが扉は開かない。
施錠されているようだった。
「〝ひらけ〟」
両手を扉の取っ手に翳し、タリフは囁いた。
何事もなかったかのように開く扉。
(鍵を開ける魔法…?)
タリフに続き、ドンドラが部屋に入る。
ふと鼓動が波打つ。
(僕の新しい監禁場所だったりしないよね…。)
ウォッチが優しく背中を押してきた。
顔を見ると小刻みに頷いている、扉に入るよう促される。
何気ない表情だった。
部屋に入ると、荷物が壁際にずらっと並んでいるのが目に飛び込んだ。
思わず見回した。
部屋の広さはヤマカミから借りた部屋の三倍くらいだろうか。
ダガヤ・クルーの狭い物置部屋が何故かちらついた。
今いる部屋は、保管場所にしては広く感じる。
気づけば横にいたタリフが、肩を抱いてきていた。
「ウチの情報を甘く見てもらっちゃ困るよ~。これ全部回復薬なんだよね~。〝偽物とされている本物〟って事。」
声を潜めて返す。
「どうするの?」
「ここで一旦補給する。今この街で回復薬買うの馬鹿らしいんだよね~。」
乾いた木材同士が軽く当たるような音が耳に入る。
顔を向けると、ドンドラが片っ端から木箱を開けていた。
手に持っている蓋を、たまに床に落とすように置くものだから、ひやひやした。
声量が戻るウォッチの声に肩が跳ねる。
「ドン、ラムネとかサプリの袋あったら真ん中に投げといて。バックパック持ってないからさすがにジュースは持てない。」
ドンドラから言葉は返ってこなかったが気にしている素振りはない。それが普段通りだというように、ウォッチも箱に手を伸ばしている。
「じゃ、俺も~。」
言いながら別の木箱を漁りに行くタリフの背中を見て、ナギも壁際に寄る。
〝偽物とされている本物〟。おそらくムルルクの件だろう。
この部屋にあるのはダーガ達が商人連盟に売った後のものだろうか。
事情を知っているので、なんとなく回復薬を持っていくのは忍びない。
スティック、魔法筒を探す。
ウォッチと同じ壁面の木箱の蓋に手をかける。
彼女がいる逆側から箱を開いていった。
中身はラムネ、サプリ、ジュースがほとんど。
ウォッチに近寄って聞いてみる。
「ウォッチ、ラムネとサプリいるの?」
「あ~。けっこうありそうだから大丈夫。」
箱の中身を覗き込んだままウォッチが言った。
(回復マフィンがあったらひとつだけもらっていこっかな~。)
邪な考えを巡らせながら開きかけの箱に戻る。
村にいた時、村の占い師サディナの家の庭のフルーツを黙って捥いでいたのとはわけが違う。これって盗難だよなあ。そう思って手を動かしていると、一枚の書類が出てきた。
紙を開き、書いてある文字に目を這わせる。
読んでいくにつれ、何気ない顔つきが、徐々に青ざめていった。
+++
■ミトハロ/スウォーム商人連盟/シュヴァルム・ヘルデより荷受け
■ムルルク/カザル商会議会/メロッサ・ヴォーチェへ発送予定
・荷物確認者署名:シェアル、リサ
・発送担当者:未定
・責任者署名:サファ
+++
尻をつけずにしゃがむ膝が、びくっと揺れた。
呼吸が荒くなり、血の気が引いていく。
手に持つ紙が震えていたのが目に入り、気を引き締める。
(マフィンどころじゃない。浮ついちゃだめだ。集中しろ!)
書類から漂う敵の生活感。まさに喉元に今いるのだ。
タリフの狂った陽気さに引っ張られた。
命がかかっている。
リサの署名に目をやる度に胸がざわついた。
敵である事を改めて実感する。
いざ名前を見ると、腹の底に黒いものが湧いていく。
「どうした?大丈夫?なんだそれ?」
頭の上から聞こえるウォッチの声に、腹に湧いた黒いものが霧散した。
ナギの肩に手をついてしゃがむと、顔を近づけ紙を覗き込んでくる。
「なんでもないなんでもない。あっ、魔法筒ってあったりした?数本欲しくって。」
紙をくしゃっと握り締め、アイテムポーチに突っ込みながら早口で言った。
声が上ずる。
「こっちにはなかった。おまえ回復持ってかないの?」
不思議そうな声。
肩を置かれる手に力が加わった。
少しよろけながら立ったのが見えた。
「ああ、うん。僕は回復あるから…。スティックが欲しいんだ。」
木箱を漁るフリをする。
肩から手が離れていく。ウォッチから視線を感じた。
後ろめたい事があるわけでもないのに動悸が止まらない。
(なんで僕がドキドキしないといけないんだ!あの化け物のせいで!)
心の中でリサに悪態をつきながら、何も探していない手を動かすと、突然スティックが顔の横からにゅっと飛び出した。
うわっと、つい短い声が出る。
顔を向けるとドンドラが差し出してくれていた。
「ありがとう。」
受け取りながら立ち上がる。
渡されたスティックと布の袋を覗き込む、袋の中には四本入っている。
(やった!)
無言で扉の方に戻っていくドンドラを見つめ、歓喜ナギ。
うきうきして自分の腰に視線をやる。
ベルトに差してあるセーフポイントと入れ替えながらはっとして、彼の背中に顔を戻した。
片足を庇う事なく歩いている。
「ドンドラって足、治ったの?」
ぽつりと言葉になっていた。
「嘘ついてたんだよ、チームの全員に。今日みたいな日のためにずっと準備してたみたい。誰が敵になるかわからないからだって。そんなんで気を悪くする奴らじゃないから皆笑ってたけどね。アイツ、今日相当強いと思う。」
隣で立っていたウォッチが答える。
澄んだ声だった。
「撤収!撤収!じゃねえわ!開戦!開戦!」
押し殺した声でタリフが叫んだ。
部屋の真ん中に集めていた回復薬の袋を壁面に投げつけていた。
壁にぶつかる衝撃音が室内に響く。
押し殺す声とは裏腹に、投げる力に遠慮がない。
どすどすと壁にぶつかり木箱の蓋の上に落ちる回復薬。
活き活きとしているようなタリフを横目に、一本のセーフポイントをベルトから抜いて木箱に入れる。
代わりに魔法筒を三本、ベルトに差し込んだ。
入らなかった分は近くの木箱にしまう。
セーフポイントと交換ね。ナギは心の中でそう言った。
「行こう。」
ウォッチにそう促されて、扉に向かった。
「ノードはこの上の階。バルコニーの両端は部屋だからこの部屋の真上じゃない。今はそんな感じの位置。とりあえずボスの言う通り、ノードのバルコニーを制圧ね。また階段で行くけど、四階から戦っちゃっていいよもう、めんどいから。全滅させようぜ~。」
掌で反対側のこめかみを押さえ、左右交互に首のストレッチをしながらタリフが言う。
骨がぽきぽきと鳴っていた。
頷く三人。
タリフがにやりと笑って扉に手を伸ばし、勢いよく扉を開ける。
目に飛び込んできたのは廊下ではなかった。
心臓が大きく波打った。
扉を男達に囲まれている。
バンダナは見当たらない。
ドミヌスだ。
「おまえら、何してんの?誰?」
一人の男が低い声で言う。
首を締め付けられるような感触。横にいたウォッチの右腕が素早く首に巻きついていた。
短い声が出た。息が出来ない。
タリフの声色が変わる。
たまに村に来ていた行商人のように腰が低そうな声色で言う。
「あっどーも先輩。こいつ…ヤマカミが捕まえたじゃないっすか。この建物が監禁場所なの聞いてないっすか?〝さっちゃん〟の近くに持ってけってヤマカミから言われてて。」
ナギを指差した横顔には笑みを浮かべていた。
男達の視線が集中する中で顔が強張るが、タリフの意図を察してふっと表情が緩む。
首に回る腕からも力が抜けていく。形だけだった。
後頭部に柔らかなものが押しつけられている。
あんなに壁に投げつけたらそりゃバレるでしょ。そう思い、首に手を回されたまま〝後輩モード〟のタリフを睨む。
それじゃ意味ないかと、すぐに怯えた表情を作る。
今、捕まってるって事になってんだから別にいいじゃん。そう思い直し、全力でタリフの背中を睨みつけた。
ドンドラが目に入るが、普段と変わった様子はない。
タリフは目の前の男達に畳み掛けている。
「今魔物もすげー出てるから、この建物もいつ襲われるかわからないって言うんで、ひとり五つまで持ってって良いってヤマカミがサf…〝さっちゃん〟に言われたらしいっす。あれ?人伝いだっけな、忘れました!へへっ。先輩達もいかがっすか?あ、確認はしない方がいいってヤマカミが言ってました。なんか〝さっちゃん〟すげーイラついてるらしいっすよ今日。」
ナギの中で、タリフとルントが何故か重なった。
「いや知ってるし。そのガキ、なんかウチからずっと追われてたよな。」
男は、ナギの太腿に巻いてある水色の布を一瞥して話し始め、タリフに視線を移して言い終えた。
そのままタリフに視線を固定して続ける。
「おまえらは誰?見ない顔だけど。」
(僕はこいつどっかで見た事あるぞ…。あれ?っていうか、ずっと僕狙われてたの?なんで?)
カツアゲの時にいた男だろうか。
コロンの時だろうか。
思い出せない。
「見ない顔って!そりゃそうっすよ。今回ダガヤ・クルー裏切ったグローブ・Kの〝フリッター〟と申します。ボク、下っ端なんで知らないと思いますよ。ダガヤを無事潰したらドミヌスらしいっす。先輩よろしくっす。」
「ああ〝GK〟ね。名前は知ってるよ。」
「もう僕ら行きますけどどうします?せっかくだし…もらっといたらいいんじゃないっすか?なんでも五つっすよ。太っ腹っすね~ドミヌスって。GKの先輩、ぶっちゃけゴミっすよ。先輩風ばっか吹かしてつかえねーし!監視役なんてゲートからバンバン通しますからね。さっさとダガヤ潰してはやくドミヌス入りて~。GKほんとクソ。ゴミ。あれ?〝さっちゃん〟ってバシナリーっすよね?今。」
首に回る腕に力が戻る。
息が出来ない。
ウォッチの脇腹を軽くタップした。
体がぴくついたのが、巻き付けられている腕から伝わった。
「ああ、テラスから飛んでなきゃあ、この上にいんじゃね?五個な。じゃあもらっとくわ。ドミヌスも身体の回復薬は全然支給されねーぞ。こんなの初めてだよ。」
にやけながら言う男。
鶏のように首から先だけを前に出し、笑顔で会釈する〝フリッター〟。
和やかな雰囲気でぞろぞろと部屋に入ってくるドミヌス達。
サファがいる。
その言葉に唇を噛み締める。眼光が鋭くなった。
表情がバレないようウォッチの腕を少し持ち上げ、出来る限り顔を埋める。
肘の関節の辺りに唇と頬が触れた。
〝後輩三人〟と〝賞金首〟は大人しく横に逸れる。
何故か首と背中に熱が伝わってきた。
(いち、に、さん…)
入ってくる男達を直接見ないよう、視界に入れたまま数える。九人。
ドンドラが扉に向かってそろりと動く。扉から出た瞬間、機敏な動きで視界から消えていった。
〝フリッター〟が「掘り出し物があるっす!」と喚きだし、先輩達が触れていない木箱を指差す。
たしかに指の先にある木箱を開けるドミヌス達に「そっちじゃないっす!」そう叫んで別の木箱を開けさせていた。
素直に従う男達。
今って抗争中だよね?ナギはそう思った。
廊下から物音がした時〝フリッター〟が声を張る。
「じゃ!先輩方!ボクら行きますんで!ごゆっくり!」
壁面に沿って積んである木箱を漁りながら「あー。」と気のない返事で手を挙げる先輩。
軽く頭を下げるタリフが目に入り、何故かナギも会釈した。ウォッチの腕の柔らかさに唇と鼻が沈んだ。
部屋を出ると、回された腕が離れていく。頭を軽く撫でられた気がした。
廊下にはいくつもの机と椅子が置いてあった。
でかい箪笥のようなものを両手で抱えてドンドラが歩いてくる。
「閉じろ閉じろ!置け置け!」
嬉々として囁く〝フリッター〟。
室内での、あんなにも素直そうな輝いた目が、悪戯を楽しむ目つきに変わり、無邪気な口角には卑しさが滲み出していた。
フリッターの笑みにタリフが顔を出す。
ドンドラが扉の前にでかい箪笥を置いたのを皮切りに、皆で廊下に準備してあったテーブルと椅子をてきぱきと組み上げる。
荒々しいグローブ・Kとは思えない程、繊細な組み方だった。
それぞれの脚を交錯させ、そこにまた、どこからともなく別の脚がするりと入り込む。
よく見ると、でかい箪笥を横からすり抜けるように、扉の取っ手に脚が絡みつけられるように差し込まれていた。
ドンドラが組んだ家具を上からぎゅっと押した時にひやひやしたが、それぞれの家具が衝撃を吸収するひとつの生き物になったようだった。
硬いはずの家具が一体となり、弾力を帯びた動き方をした。
日頃、馴染みのある家具達が、自分より背の高い怪物となった。
崩しそうで怖かったので、遠くにある家具を近くに寄せていただけのナギは感心してしまった。
廊下の先を見ると誰もいなかった。
先ほど見かけた人間が、部屋に入っていった〝先輩達〟なのだろう。
タリフは声を上げずに大笑いしながら、小さな声でナギに話しかける。
「仲間に引き入れるんならトップの特徴くらい周知しとけよな。サファとかヤマカミってバカだよな~。」
リーダー不在の今は自分がボスだ。タリフはそう言いたげな、不敵な表情だった。
今は僕がボスだ!ナギはそう思って顔を向けると、タリフは四色あるエクステの白色を指で捻じっていた。
組み上げて出来た適当な空間に、最後の椅子をウォッチが差し込む。
適当に見えてあれも適当じゃないんだろうな~。なんとなくそう思った。
椅子を差し込んでいるウォッチの顔は何故か上気していた。
*
先程よりもスピードを上げた早歩きで廊下を抜け、階段を上がっていた。すぐ上が四階だ。
並びは先ほどと変わらない。
タリフが先頭、次いでドンドラ。
ナギとウォッチは横並び。
四階に上がった瞬間に戦闘開始。いよいよだ。
動悸がする。
握り締める拳に力が入らない。
ブレスレットを掴もうとしたその時。
建物内に声が響き渡る。
「サファ!てめぇえ!久しぶりだなあ!おい!おまえ全然老けないな!ぜっっっったいぶっ殺すからな今日!」
階段を折り返したタリフがその先に声を張っている。
一切おどけてない声。
胸が締まる。
声と同時に、タリフの足から慎重さが消えた。全速力で走り出す。
それに合わせるようにドンドラの動きも俊敏になった。
ドンドラは一度振り向いたが、その後は忙しなく左右に顔を振っていた。
走るスピードがとてつもなく速い。
ついていくのが精いっぱいだった。
ナギとウォッチも続く。
(こんなにいきなり始まるのか!)
走り始めただけなのに息が切れた気がする。
空気を吸いにくい。
ミディアムヘアの黒髪が扉に滑り入っていくのが見えた。
閉まった扉の向こう側で叫ぶ声。
扉が何か音を立てている。
タリフが扉の前で立ち止まって振り向いた。
「ドン!破れ!」
目を見開いて声を張った。
顔は笑っていない。
タリフが横に逸れる。
ドンドラが何かを囁くと、さらに加速してナギとウォッチから距離が空く。
毛量の多い髪が大きく揺れている。
少し大股になったと思った数歩の後、足の裏を扉へ蹴り当てる要領で右足を突き出した。
短い破砕音と同時にドンドラの足が木の扉にめり込んでいる。
片足立ちのまま、肩を開いて左拳を振りかぶっている。
上半身だけで器用に反動をつけ、拳を突き刺した。
乾いた破砕音が鳴った時、ナギとウォッチも近くについて立ち止まる。
自分の心臓の音が聞こえた。
ドンドラが右足を強引に抜くと、足のサイズよりもやや大きな穴。
穴の周辺から雷のような亀裂がいくつか走っている。
それをちらりと見ると力任せに左拳を抜き、足を突っ込んで出来た亀裂に何発か蹴りを入れ、穴を広げていく。
外の喧騒が扉から漏れ出る程に穴が大きくなった時、ドンドラが扉から数歩離れる。
助走をつけ、肩を扉に衝突させた。
木材の破片が見た事のない飛び散り方をし、勢い余って扉の向こう側へ突っ込んでいくドンドラ。
くぐるように扉を跨ぐタリフに続き、ナギも扉を乗り越える。
血が流れる左腕を回復しているドンドラを横目に前に出る。
扉から左に離れていくサファの背中が視界の端に映る。
目の前にいる見慣れた女からは視線を切り、ナギはノードを探す。
一番右側、バルコニーの縁にあった。
木の柵がノードまでいくつも立てられていた。
すぐさま数える。
(柵が少し邪魔。普通の強さの〝はなれて〟二回…三回?敵は…。)
視線を這わせていく。
ノードの一番近くには青い髪のショートカットの女。
その左隣、ノードから離れる位置に見慣れた女。
さらにその左は前髪を上げた黒髪の男。
サファは一番左端。
ナギ達に鋭い視線を注いでいた。
(人少な!サファとリサが一緒にいるって事はキューもバシナリーにいるかも!)
二歩後ずさりしている見慣れた女。
リサである。
視線は彼女に向けていたが、目は見ていなかった。
周辺視野でノードの周りに意識を集中させる。
遠くの白んだ空に大きな黒い鳥が飛んでいるのがぼんやりと映る。
ナギの瞳は小鳥が飛び回るように忙しなく動き、状況を拾い続けていた。




