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ナギとリサの大冒険  作者: あ★い★う★え★お
【水仙の部】第五章
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第75話/目隠しバトル/Limited_NAGI

けたたましい音。

目を開けたが暗い。

不安になり瞬きをする。暗い。

体をくねらせながら、その煩さに目を瞑った。

甲高い、細く鋭い音が途切れなく聞こえている。

細い木笛で出す高音域のような音。

聞いた事のない程の音が頭に響き、状況が整理できない。

頭に衝撃。

体が跳ねた。

堪らず呻き声が出る。


体の右側に硬い感触。

床だ。横たわっているのだろう。

背中からヤマらしき女の声。


「目――た?」


気にせずに体を捩る。

腕は背中に回され、手首で縛られている。

足首同士も固定されている。

右の上腕の感覚がない。

床と体に挟まれていたからか、痺れている。

気を失ってから、けっこう時間が経ってるのかも。そう思った。

激しい痛みはない。

外套、身に着けていたポーチなどは身に着けていない。ナイフもだ。

思い通りに動かせるのは眼球だけ。

と思ったら膝も動く。

膝だけ動いてもなあ。そう思って、甲高い音が鳴り響く中でため息をつく。

あっ首も動くじゃん。さらにそう思った時、女の声が少し近づいた。


「ねえ!目-覚め-か-て--て-じゃん!」


声の主はヤマだろうか。

鳴り続ける鋭い音と被って聞こえない。


(この音、こいつら聞こえてないの?)


背中に衝撃。

くぐもった声が出た。

足が硬いものに触れる。おそらく壁。

おそらく部屋の端にいるのだとわかる。

断片的に聞こえる、籠った少年の声。

おそらくアースだろう。静かに顔を歪ませる。

おそらくおそらくおそらくおそらくおそらく。思わず奥歯を噛み締めたが、大きく呼吸した。


(ヤマカミがドミヌスに繋がっているなら捕まる事はなんとなく考えてたけど、アースは信じたかった。アースは知らないでほしかった。)


目から光が消えていく。

凍りつくような目。

浮かんだアースとの思い出が消えていく。いや、消していく。


(捕まえるのはやくない?あれ?なんで僕、捕まんなくちゃいけないんだ?殺せばいいのに。)


甲高い音がやんだ。

ヤマから、無視をするな。そんな言葉を喚かれていた。


建物の外の音が遠くから聞こえ出す。

どれくらい気を失っていたのかはわからない。

しかし、たしかに抗争は始まっている。

耳にうっすらと入ってくる悲鳴や、怒鳴り声が交じる声の束でそう思った。


「これ!取ってくんない?」


冷静な口調でそう言った。

少し声を張る。

甲高い音のせいで自分の声の聞こえ方がおかしい。

ヤマが高笑い交じりで言葉を返す。


「おまえバカでしょ!私達ドミヌスなんだって!ダーガから話もらう前にすでにドミヌスなの!」


口を開きかけた時、アースが割って入る。


「わりぃ、ナギ。俺、ヤマカミにまだ入れてない。おまえをチームが捕まえたら正式加入なんだ。」


どうでもいい。

ぶん殴りたいとぶん殴りたくないが同時に浮かぶ。

そんな思考と距離を取るように、冷たい声で言葉を返すナギ。


「おい〝アエス〟。どうでもいいからこれ解けよ。解いたら殺さないでやるから。」


自分でも想像以上の低い声に少し驚くと、頭の中が静かになった。


(そうだ…。部屋に何人いる?まさか二人だけ?)


ヤマが笑いながら絶え絶えに言い放つ。


「解くわけ、ないでしょ~!おまえを〝さっちゃん〟に渡したら、五十万エンテなんだってよ!お、い、しーー!」


(五十万!?)


勇者の剣をオウ王様へ売却した値段よりも高価だ。

完全な誤算。

自分なんてあらゆる人間から眼中にないものだと思っていた。

自分自身に価値があった。

思考から抜け落ちていた。


(なんで…?勇者バレしてる?まあでも、それなら、とりあえず死にはしないか。)


嬉々とした声でヤマが続ける。


「殺人鬼でシオン一派が潰れてさあ!意味わかんない新人にコロンが落とされて、後釜が私達!お、い、しーー!」


(シオン一派?)


掘り下げても仕方ないと思い、適当に返す。


「〝レイル人口〟はどうすんの。」


殺されないとわかると、つい声に嘲笑が滲んだ。


「あはは!甘いね~!信じてくれてたの?ナギ君!そんなのどうでもいいでしょ!自分達が良い思いするのが大事でしょう?」


〝アエス〟に話を戻す。


「おい〝アエス〟。さっさと解けよ。解いたら殺さないでやるから。」


「悪いナギ。俺、覚悟決まってんだわ。」


ヤマが食い気味に弾けた声で言う。


「自分の立場わかってないんじゃない?ちなみにグローブ・Kもドミヌスだよ。〝さっちゃん〟から引き入れろって言われてたんだけど、タリフと繋がりがなくて困ってたんだよね。前にウチにいた奴が何人か行ってる事は知ってたんだけどね~。」


高い声で、よく喋るヤマ。

機嫌がいいのだろうか。


(もしかしたらこれ、自己顕示欲タイムじゃ…。)


情報収集に徹しようと、今にも踊り出しそうな高い声に集中する。


「そ・し・た・ら!加入をたっびたび希望してた同年代のアースになんか知らないか聞いたらさ!最近知り合ったお友達が〝おそらく五十万エンテ〟で!さらにそいつがタリフとも繋がってて何故か話早いし!」


きゃははと笑い声。

興奮しているようだ。

どこかの壁に衝撃音。抗争の音だろうか。


(部屋の中に、あんま人数がいる感じしないんだよなあ…。)


「アースがしくじっても結局ダーガがあんたを連れてくるみたいだったし!あっははは!これってツキって言うんだよね!なーんもしてない私達!」


(勝手にすんごい喋ってくれる、抑えられないのか…〝トマト太郎〟の敵キャラみたい。ルントの自己顕示欲の例え、たぶんあれ相当ホントなんだろうな。)


〝トマト太郎〟主人公のライバルの一人〝暴言ショートケーキ姫〟が浮かんだ。

ヤマの言葉に意識を戻す。


「ちなみにタリフは今日も来てるよ!今頃ドミヌスの方でダーガとやり合ってんじゃないの?」


ナギの眉が上がる。


(今の言い方!ここバシナリーかも!ドミヌスのアジトじゃないんだ!それに、僕がタリフと内緒で会った事は知らないっぽい。)


上がった眉が、すっと下がる。

ヤマカミ、グローブ・Kが寝返ったとなると勢力図が大きく変わる。

数字のインパクトが大きかった。

うっすらと外から悲鳴が聞こえる。


(ヤマカミもダーガも自分の事務所に守りの人数を割いてたはずなんだ。でも、ヤマカミは多分それをしてない。となると…。)


アジトなんて必要ないと言っていたタリフ。

グローブ・Kは全員攻めているはずだ。


(ドミヌスが百五十?ヤマカミが百。タリフが五十?六十?あれ?ダーガのとこって百三十だっけ?百五十だっけ?昨日作戦を思い出してた時も曖昧だったんだよね。)


考える事が多すぎて忘れちゃったナギ。


「ショーー受けーーでよ!話―!ヒマ!」


背中に衝撃。

おそらくヤマだろう。

ざっくり計算する。


(百五十対三百ちょっと!?相当マズいぞこれ…。)


ダガヤ・クルーの数字は適当だ。

絶望的な数字だった。

人数もそうだが、それよりもめんどうな事があった。


(キューを助けるって僕の目的がバレてるのがまずい。それにこの頭の布!工夫すんなよあほ!)


どれだけ勢力図が変わろうが、動けなければ意味がない。

ドワンが後ろに手を回されて拘束されていたので、捕まった時は自分も〝そのスタイル〟じゃないかと考えていた。

僕はとっても甘かったあ。ナギは開き直り、適当にそう思った。


(まあ一応、背中に手は回ってるから〝はなれて〟は撃てるけど…。)


「なんか言えって!」


思考に割って入るヤマの甲高い声。

それにしても、ヤマとアエス以外に人の気配がしない。

なんとかもう少し、手掛かりが欲しい。


「話したいんだけど!右耳が床向いちゃってるから聞こえにくいの!せめて座らせてよ!どうせ見えないんだから魔法撃てないし!それくらい良いじゃん!」


アエスがヤマに了承を取った後、近くに来てナギを起こす。

二人以外の足音や、衣服の擦れる音、相談する声がない。


(多分二人だ!僕が弱いから?ラッキー!)


正座になる。

上半身を屈ませ俯いた。

なんか言えといわれても困る。とにかく、考えたい。時間を稼ぎたい。そう思った。

上半身を少しくねらせ、もぞもぞと太腿を動かし〝うまいこと座れてないんです感〟を出すナギ。

ヤマとアエスは黙っていた。


(これこれ。この甘さ。仰向けになれって言えばいいのに。ヤマカミでよかった~。タリフの所だったら死んでたな。)


ブローチに拘束された時の方が、よほど威圧感があった。

息をするのさえ苦痛だった記憶が一瞬蘇る。


(こっからどうしよ…。とりあえず〝はなれて〟撃って噛みつく…って布被ってんじゃん。じゃあ〝はなれて〟連打。…それは意味なさそう。目を瞑って〝やわくなれ〟使えるか試しときゃよかった。考える事ばっかりに集中し過ぎた。いやいや今反省会するな。それこそ今考えないと。手が使えれば抱き着いて目潰しで勝ちなんだけどなあ。)


指に伝わる感触を想像してしまった。

思わず身震いする。


(大体の位置を特定して〝はなれて〟撃って、うまく転ばせたらジャンプして顔を両足で踏みつけるとか…それしかないなあ…。)


心もとない作戦。

苦肉の策。

しかし何もしなければ何も起こらない。

太腿をもぞつかせるのも限界だろうと口を開く。

とりあえず揺らがせるしかない。


「ねぇ。」


言いながら布で覆われた顔を上げた。

ランタンだろうか。覆われた布越しに、少し明るさを感じるような気がした。

何も見えない。


「何?負け犬君。」


嬉しそうな声が返ってきた。


「おまえ〝ミカ〟でしょ?」


「何言ってんの?ヤマだけど。」


苛立ちが交じったような声だ。

畳みかける。


「怒っちゃってるじゃん。一昨日もミカがヤマをしてた。一回〝マヤ〟を見るとわかるもんだね。全然違うよ。ミカ。」


「違うし!だ、だからなんなのよ!」


声が大きくなり、震えている気がした。

火力を一気に上げる。


「はははは!ミカ!おまえヤマカミの仲間に!見分け方なんて言われてるか教えてあげよっか!」


反応は待たず、矢継ぎ早に言い捨てる。


「よく見るとおっぱいが小さいほうがミカだって!あはは!次から胸に布入れておきなよ!ダガヤ・クルーも〝そういう話題〟はあったけど人を傷つける感じじゃなかった!グローブ・Kは尖りまくってるけど意外と爽やかだった!ミカ!おまえのチームの奴らって気持ち悪いな!はははは!ちなみにこれアエスから聞いた!あはは!」


「お!おまえ!」


ナギの笑い声に被せるようにアエスが反応する。

困惑と怒りが混じった声だった。


「おい!おまえどういう事だよ!ふざけんな!」


〝ミカ〟の声。

てっきりナギに殴りかかってくるかと思っていたが、アエスに詰め寄っているようだった。


(二人だけっぽいな。誰かいたら、さすがに今は動いてるよね。)


詰め寄った方向からアエスの声。


「おっ、俺も先輩から聞いたんですよ!」


その言葉に顔を歪ませるナギ。


(覚悟決まってるなら本当の事を僕に教えるなよ!アースのバカ!徹底しろ!あほ!)


身を捩じらせ、膝を使って体を回転させる。

奥歯を噛み締めながら、喚き声が聞こえてくる方へ体を向けた。


ミカの断言は半分ハッタリだった。

雰囲気を見比べるとわかるが、一人だけで来られるとわからない。

先ほど首に手を回された時に柑橘系の匂いはしなかったが、そんなものどうにでもなるだろう。

気を失ってからどれくらい経ったかもわからない。

拘束されている間に入れ替わっているかもしれなかった。


もし間違えたら適当に悪口を言おうと思っていた。

崩れ落ちて泣いてしまったマヤを思い出す。


(〝汚い〟とはなんとなく言いたくなかったから、当たってよかった。)


やけに自信満々な表情がミカ。

マヤはなんとなく狂気を宿している。わざわざ自分のブランケットをアエスに持たせる程だ。

本物のマヤと一緒にアジトから出発していたのなら、襲われるまでの道中、もっと体触って来そうだ。ドミヌスのアジト付近まで〝同行したヤマ〟は自信ありげな表情だったなあ。ナギはそんな感じで予想した。おっぱいの大きさはわからなかった。


二人の喚き声は時折離れたり、右に左に少し移動していたが、やがて重なったまま動かなくなった。

〝はなれて〟を発声しようとした瞬間だった。

ミカの声がナギを向く。


「あんたマヤとヤれたんでしょ?見分けられるほどよかった?それからあいつ変わっちゃって、ナギを引き渡すのやめたいなんて言い出しやがって!体の相性よかったの?それともサイズが丁度良かった?」


怒りを押し殺した笑みを浮かべて言った。

嘲笑ミカは止まらない。


「ここまで来て!せっかく大金が入ってドミヌスにも入れるのに!童貞に挿れられただけで今更さあ!なんなんだよ!だからマヤと変わってあげたの!あとさ、歓楽街の娼館。あれウチのビジネスだから。別にドミヌス関係ないんだよね。裏路地で襲われた女が勝手に流れつくから私達が声かけてるだけ。あは!同情してウチに入った?良い思いしたかった?」


二人へ同時に魔法で突っ込みたかったが、段々とミカの声が近づいてきてしまった。

アエスと離れた。仕切り直しだ。そう思った。

目の前に人の気配。

鼻先からわざとらしい優しい声。


「なんで漁業やらないのか教えてあげるナギ君。手を生臭くして安い金しか手に入んない仕事なんてやるわけないんだよ。」


その言葉に目の周りが熱くなる。

頭の中が靄ついた。

抑えようと目を瞑る。


「気持ちよく空飛んで大金稼いだ方がいいでしょう?まぁ漁業やんなくても結局マヤは全身生臭くなっちゃったk――――」


気づけば魔法を声に出し、突っ込んでいた。

骨のような硬い感触。

何かが頭に当たる。

悲鳴交じりの呻き声。

くぐもる声がすれ違うように下がっていく。

ミカが倒れたのだろう。


柔らかな感触に次いで声の振動が腹を通過していった。

右のこめかみに無機質な硬さ。

ブーツの甲に柔らかい膨らみ。

ナギはやや左向きのうつ伏せ、ミカは仰向けだと予想した。

膝のあたりに動く顔。

脹脛、太腿の裏に力がかかる。

細い。手、指で触れられているのだろう。


体を捻り、仰向けになりながら、膝を少し曲げる。

両足でミカのどこかを蹴った。

背中が床と擦れる。

蹴った力の分、ナギの位置が少し上がる。

アエスの叫び声。

腹筋を使い両足を大きく振り上げて力一杯落とした。


胸ではないどこかに踵が当たる。

むせる声。

再び足を上げ、踵から振り下ろす。

人ではない無機質な硬さがブーツ越しに伝わる。

床だろう。避けられた。

頭の中の靄は消えていた。


(蹴ったら少しスッキリした。で…ここからどうしよう…。)


アエスから顔面に蹴りがあるだろうと、歯を食いしばる。

とりあえず受ける事にした。

まず一発もらわねばアエスの場所がわからない。

鼓動が早い。

息が荒くなる。


(僕っていつも相手の攻撃受けてからだよなあ。ほんと嫌!)


奥歯にこれでもかと力を籠めていた時だった。


「え~、何してんの?」


男の声。

少し離れた頭上から聞こえてきた。

退屈そうな笑いを含んだ、呆れと好奇心が混じる、つかめない声。


「おっぱいちゃん、なんでやられてんの?」


タリフの声だった。

誰かに肩を強引に掴まれ、起こされる。

室内に散る複数の足音。

肩を引っ張られ、後ろに回る手と尻が床と擦れる。

背中に衝撃が伝わると、衣服にかかる強引な力は離れていった。

壁際に連れて来られたのだろうと、そのまま寄りかかった。

膝を少し曲げて、息を整える。


「タリフ、なんで。ドミヌスの方は?」


ミカがむせながら言っている。


「いや~、ダーガちゃん弱すぎてつまんないから、もっと弱いナギちゃんでもボコろうかなって。」


鼻先で声がし、首元で指が細かく動いている。

首回りを締めつけていた感触が少しずつほどけていく。

楽になるのとほとんど同時に黒い幕が上がる。

眩しく感じる室内に目を細めた。

タリフの下卑た笑顔がぼやけて見える。


下卑た笑顔が、怪訝そうな表情に変わると、ナギの顔に視線を漂わせている。

あまりの顔の近さに目が泳いだ。

腹に一発蹴りを食らう。

タリフはミカの元へ踵を返している。

ナギは呻き声を漏らし、むせながら横たわる。


ドンドラがアエスの隣に立っている。

何かおかしい。そう思って眉を顰めた。

大きく呼吸する。

湧いた違和感を振り払うように視線を移動させる。


ミカが顔を両手で抑えて回復していた。

両手がじわりと光っている。

その横に立つウォッチと視線が合った。

腰に剣を差し、眼光は鋭い。

目の周りは赤いように思えた。

タリフとドンドラに武器らしい武器は見当たらない。


グローブ・Kの三人は、ブーツを履いていた。

腰の横腹あたりに、エーテルシューズが紐でぶら下がっている。


部屋の隅やテーブルの上にランタンがある。

室内はそれなりに明るかった。

狭いルントの道具屋の三倍くらいあったアニャマートよりもっと広い。

暴れるにはいい広さだと思ったが、この人数では到底勝てない。

扉からも距離があり、強引に走ってどうにかなるものではなさそうだった。

ましてや相手は不気味さが拭えないタリフ。

ナギは機を窺う事にした。


(あとは引き渡しのタイミングかな…。でも警戒されるだろうなあ。)


もやもやと考えていると、ミカが顔から手を離し、ナギを向く。


「マヤで童貞捨てて調子に乗っちゃったのナギ君!きもすぎ!でもこれでもう何しても意味ないね!さっきも意味なかったけど!」


呼吸荒く言い放つ。

ウォッチの鋭い視線が刺さる。

柄に右手が伸びているのが見えた。

タリフが頭を大きく振って爆笑しながら言う。


「なんだナギちゃん!やっぱりそういう感じ!うわはは!」


「僕〝そういう事〟してないよ。」


くねくねと上半身を起こしつつ、淡々と否定する。


「はあ!?マヤが嘘ついてるって事?それは苦しいでしょ~。」


顔を歪ませたミカが両手を翳してきた。


「〝しばれ〟」


言うと、ナギの周りに光る輪がふわふわと出現した。

慌てた顔で見回すと、いくつもの輪が左方向に楕円状に伸びていた。


ふわっと一瞬広がった後、数本あった輪が二本に纏まりながら、勢いよく体に巻き付いた。

右の上腕と胸、右腰のあたりに固定される圧を感じる。

右腕に顔を向けると、光る輪が食い込んでいる。

足を捩らせ身を低くし、輪を掻い潜ろうとしていると、左から木材を引きずるような激しい音。

頭に衝撃。

短い声が漏れる。

左を見ると天板が目と鼻の先にあった。

テーブルの脚と体が一体になっている。


(この双子の魔法ってめんどい!絶対に〝おそくなれ〟とか持ってるでしょ!どうせならミカは〝おっぱいもっとおっきくなれ〟とかにしときなよ!)


イライラナギ。険しい表情になる。

腹筋を使って上体を強引に動かす。

動けなくはないが〝はなれて〟で加速するにはテーブルが重い。

早歩きで近づいてきたミカが天板に手をつき、右足を後ろに振り上げた。

叫び声と共につまさきが腹に刺さる。


「マヤが私に嘘つくわけない!そういう作戦なんだから!好かれたと思って調子乗っちゃった!?なんでマヤが嘘つくんだよ!」


頭上から降り注ぐ叫び声。

何度も右足を振り抜いてくる。

堪らず膝を寄せ、出来る限り体を丸めた。

膝や脛に当たり、蹴りの軌道が逸れる。

脇腹や鳩尾にミカのエーテルシューズが刺さる。


「一回ヤッただけで!わかった感じ出すなよ!演技だよ!え・ん・ぎ!」


天板を掴んで少しは踏ん張れているからか、気が立っているからなのか。はたまた当たり所が悪いのか。

痛みが軽いはずのエーテルシューズでも、ミカの蹴りは痛かった。

どこが痛いのかわからなくなってきた。

後を引く脛の痛みに耐えながら衝撃を受ける。

タリフが木材の壁のささくれを毟りながら、なだめるように声をかける。


「おっぱいちゃ、~ん。サファに渡すなら、あんまりさあ、そういうのやめときな~。」


震えた声。

抑えきれないといったように笑いが交じっていた。


蹴りが止み、ミカの荒い息遣いだけが残る。

息が吸いにくい。

大きく肩を上下させるが肺が反応しない。

しばらくナギを見下ろしていたが、離れていく頃にはミカは背を向けていた。

一度振り向きかけた横顔は、鋭い目つきで唇が歪んでいるように思えた。

タリフが毟った木片を手にしながら、ミカに話しかける。


「外見た~?すごい事になってるよ。魔物がすんげー湧いてんの。おまえのチームはダガヤとよく戦ってるけど、大混乱。」


ミカに近づき肩に手を添えるタリフ。

プレゼント。そう囁き、木片を渡していた。


(魔物…?)


考えている余裕がない、空気空気空気。

毛穴から空気を取り込みたいほど苦しいが、二人を見据える。

息荒くどこか虚ろな表情で、どかっと椅子に座るミカ。

木片は手からすり抜けるように落ちた。


「こんなガキに構ってるヒマないと思うな~。人数の調整とか色々やる事あるんじゃない?ねー聞いてる?」


腰から体を曲げ、ミカの顔を覗き込みながら言うタリフ。


「わかってるよ!」


顔を背けながら言い捨てた。


「〝壁を這ってる奴〟もいるからさ、ここもあんま安全とは言えないんだよね。って事で移動しよう。」


膝をぱんと叩き、上体を起こす。ミカに背を向けて数歩歩きながら言った。


「は?どこに?」


タリフを見上げながら、ミカも立ち上がった時だった。

振り向きざまに、短刀のような刃物を腹に突き立てるタリフ。にやついていた。

ナギは目を丸くする。

ミカが言葉にならない声を出した。


その瞬間、聞いた事のある呻き声が視界の外から聞こえる。

声の方を向くと、蹲っているアエス。

手首と肩をドンドラに掴まれ、肘に足を乗せられている。

今にも腕を折られるところだった。

不快な籠った音と同時にアエスの叫び声が先に響く。

ナギは目を細めた。

追いかけるようにミカの罵声。


視線を戻すと、血が滲む箇所を抑えているミカ。

少しふらつきながら、へらへら笑うタリフを睨みつけていた。

その死角から、全身の力を右拳へ集めるように、肩を開いているウォッチが見えた。

ミカが顔を向けるのと同時に、ウォッチが踏み込む。頬、鼻のあたりに拳が綺麗にめり込んだ。


(ウォッチでもあんな振りかぶるんだ。あれ?右利きだったの?)


腹部にナイフが刺さったまま吹っ飛ぶミカ。

耳を塞ぎたくなるような衝撃音の後に、棚から物が落ちる乾いた音。

肉食獣が牙を剥いたような顔つきで、ウォッチはミカの顔面に蹴りを入れまくっていた。


「ウォッチ!まず腕!腕折らないと!」


「ああ!?おまえがやれよ!」


手を叩きながら高笑いするタリフの楽しそうな声と、ウォッチの怒号が室内を埋め尽くしていた。

ナギは口を半分開けたまま、あっけにとられた様子でそれを眺めていた。



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