第74話/決戦は暗転から始まる/Limited_NAGI
まだ夜が残っている早朝。
ヤマカミ事務所の前。
腕や太腿に淡い青色のバンダナを巻いている人間がそこら中にいる。
バンダナと言えるのかわからない、色あせた布を巻いている人間もいた。
色褪せすぎて青に見えない人間もいる。
間違えて攻撃されてもいいのだろうか。腕に自信があるのかもしれない。
一人で屈伸をしている者。
何人かで立ち話をしている者達。
木箱に座り、ぼんやりとどこかを見ている者。
忘れ物だろうか、慌ただしく事務所に駆け込んでいく人間もいた。
皆思い思いに過ごしていたが、顔つきは強張っているような気がした。
雰囲気に引っ張られるように手に汗が滲む。
今日死ぬかもしれない。
そう思うと胸がきゅっとした。
拳を握りしめる。
フィンガーレスグローブがぎちっと軋む。
死ねば、明日から生きなくていい。
そう思うと胸がすっとした。
たっぷり息を吸おうと顔を上げる。
散りばめられていた星が目に入り、少し楽になる。
ひんやりとした空気で頭が冴える。
勇者選抜会に向かった日の朝を思い出す。
嫌な事を思い出してしまった。頭が冴えすぎた。
思考をリセットするかのようにブーツのつま先で地面を叩く。
叩く動きに合わせて外套が揺れた。
半袖から出た腕に擦れてこそばゆい。
着慣れていない外套に気を取られ、嫌な記憶は薄れていった。
がははと笑い声が聞こえた。
顔を向けるとガタイの良い男が大笑いしている。
ブーザーやコロンよりは小さい。
しかし、もし裏切られたら。あれが敵になるのか。
そう思うと呼吸が浅くなる。
ガタイの良い男から自分の左手に視線を移す。
手首にはブレスレット。
右手で回転させて、息を整える。
おそらく、アネットがリサにプレゼントしたリングだ。
ゴミ箱に捨てていたリサを考えると拳に力が入る。
アネットの事を考えると、緩んでいった。
ブレスレットから右手を離すと、ベルトに当たった。
腰に巻いたマナベルトに外套の上から手を当てる。
ルントからのもらいもの。
七本装填可能。
三本は魔法筒がセットしてある、所謂スティックだ。
二本はセーフポイント。
空きは二本分。
ルントの事を思い出すと、やってやろうという気になった。
ガタイの良い男を見据えながら、空いている二本分の穴が背中にくるよう、ベルトを回転させた。
周囲からヤマカミのメンバーの話し声が聞こえてくるが耳に残らない。
バンダナは腕につけると言っていたが皆思い思いの場所に巻いていた。
ナギは右の太腿に巻いている。
腰につけたアイテムポーチを左手でぽんぽん叩く。
外套を手繰り寄せ、ポーチを開ける。
中にはルントからもらった回復サプリ、スプレー。
マナリキッド、フィルムはたらふく入っている。
けっこうあるが、足りるだろうか。
魔法は連発する事になるはずだ。
抗争なんてした事がない。手が冷えていく。
ポーチの裏地ポケットから、金とエーテルカードが顔を覗かせた。
そもそも死んだら使わないよな。そう思いつつ、一応入れたのだった。
それ以外の荷物は部屋に残してきていた。
俯いていたら鎖骨の辺りが突っ張った。
手で擦る。
マナシールをすでに三枚、鎖骨の少し下に貼ってある。
台紙のようなものを剥がせば回復出来る。
二日酔いだわ~寝てないわ~。言いながら、軽そうな男が女と一緒に目の前を横切った。
お酒を飲んで寝ずに抗争?ナギは軽そうな男を目で追った。
とはいえ、ナギも昨日はあまり眠れなかった。
今日は絶対に揺らげないと、浅い睡眠ついでに、夜遅くまであらゆる感情を出し切っていた。
「行くよ。」
女の声に顔を向ける。
ヤマとアースが目の前にいた。
ヤマはいつもの胸の開いたシャツのスタイル。
短剣を腰に携えている。
喧嘩にいくのに肌を露出する意味がわからなかった。
アースは特に武器は携帯しているようには見えない。
「緊張しないで。大丈夫だから。」
向けられた言葉に反応せずに、肩に手を乗せてくるヤマの笑顔を何気ない顔でじっと見つめていた。
〝刃を向けてくる敵は見える。笑顔を向けてくる敵は見えない〟
ルントの言葉がちらついた。
意外と見えるかもよ。ナギはそう思った。
*
東の大通りを十人ちょっとの人数で横切る。
裏路地を通り、ドミヌスのアジトへ向かう。
西通りの裏路地とは違い、何も落下してこない。
人通りは全くない。
大通りを横切った時、中心街の方にふらついている人の影がひとつ、見えた程度だった。
周囲の人間はエーテルシューズで緩やかに走る。
ナギはブーツ。
早歩きと駆け足を交互にしてついていく。
裏路地を抜けると人が住んでいるのかどうかすらわからない、古びた木造家屋が並ぶ。
雑木林に隣接していた。
ブーツから伝わる感触が柔らかくなる。
暗い。
視界も悪くなった。
枝が瞼を掠め、堪らず目を閉じる。
それにしても暗い。太腿のカランビットナイフに手を添えた。
頭上から草木の擦れる音、軽い衝突音が耳に飛び込んだ。
見上げて首を左右に振るが、見えない。
「あと半分は別ルートから来るからちょっと待ってて。」
横からヤマの声。
ナギは反応しなかった。
「大丈夫か?」
アースが声をかけてくる。
「うん。」
静かにそう応えた。
周囲は信じられないくらい静かだった。
「ナギ君とアースは真ん中。私もいるから。」
二人を交互に見て告げるヤマ。
「僕は一番後ろでいい。」
食い気味に反論するナギ。
「ダメ。最後方が一番危ないの。守るから。」
ヤマの顔が迫り、左手を握ってくる。
昨日憎悪は出し切った。
静かに絡めた視線を、ヤマの鎖骨辺りにふと落としながら言う。
「大丈夫、一番後ろでいいから。」
「おい、おまえ我儘言ってんじゃねえよ。」
初めて聞く声色に思えた。
声の方を向くとアースがいた。
「僕はヤマカミに入ってない。サファを殺せばいいんでしょ。」
ナギの口調にも怒気が滲む。
ヤマに視線を戻しながらそう言った。
背中から足音が近づいてくる。
顔を向けると、十余人程の人間がいた。
「ヤマさん、行きましょう。」
ろうそく式のランタンを持っている先頭の男が声をかけてきた。
合流部隊だろう。
後ろに回り込もうとすると、ランタンを持っている男に肩を掴まれ、突き飛ばされる。
よろけながら元の位置に戻る。
戻れと言わんばかりに顎をしゃくる男。
ナギは何気ない表情でそれを見据える。
耳周りを刈り上げている短い黒髪。
前髪は立てていた。
顎でしゃくる動作って嫌いだ。そう思った。
首周りに温かい感触。
腕が回されていた。
ヤマに促されるように部隊の真ん中に配置される。
全員がランタンを消し、暗闇の中を進む。
カランビットナイフから添えた手を離さない。
(雑木林でドミヌスと戦闘になるかと思ってたけど、静かだな。)
四方を囲まれながらそう思った。
少し進むと前方に建物が見える。
アジトだろう。
白んできた空の下にある横長の屋敷が不気味に見える。
周囲にはちょっとした背の高い柵。
ナギは目を見開いた。
*
(建物の周りに人がいない…。)
人は見えるのだが、到底警備をしているとは思えない。
エーテルシューズで不規則な軌道を描いて滑っている人間。
雑談しているような数人の集団。
魔法で遊んでいるのか、手元から飛び出した光に向けて上がる叫び声。
ダーガの情報は嘘だったのか。そう考えた時。
視界の上から勢いよく暗幕が降りてきた。
つむじに衝撃。
両腕が動かせない。
顔に何発か衝撃。
呻き声が漏れた。
何かを被せられたのだと気づいた頃には、足も動かせなくなっていた。
足の裏が地面から離れていく。
首が締まる。
顔に衝撃。
息が出来ない。
短い男の声が飛び交った。
腹、腿に痛み。
両足を掴む手が増えた気がする。
たちまちこめかみに衝撃が走る。
草、土の匂い。
うつ伏せだと匂いでわかる。
耳をそばだてる。
何も聞こえない。




