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第69話/探し物は、意外とすでに触れていたりする/Limited_NAGI



波の方を時折見ながら手頃な流木を集めていく。

ヤマは海の方を見て膝を抱えて座っていた。

思索とも空白ともつかない表情。


流木をヤマの目の前に優しく投げ置くナギ。

木片同士がぶつかる乾いた音が心地良い。

顔を上げたヤマと目が合った。


「ヤマ、火つけられる?僕、火の魔法持ってないんだ。」


(コロンの時に戦った情報が知られてませんように!)


「まだ明るいよ?」


眉を上げて空に視線を移しながら言う。


「暗い所?っていうか暗くなっていくの、僕怖いんだよ。」


目を細めて言った。

瞼が痙攣する。

少し笑うと木の枝に〝こがせ〟を唱えるヤマ。

マッチの火を五つ程度、搔き集めたようなふんわりした火の塊が翳した両手から飛び出した。


(えっ。小さ...。)


アネットの〝もうれつにこがせ〟を見ているナギ。


(アネットのは顔の三倍以上の大きさあったな…もっとかも…。)


「うわっ、ありがと、すご。」


少しでも表情に出すまいと言い終わりに唇に力を入れた。

二人分くらいの間隔を空けて胡坐をかいて座る。


砂の音がしたかと思うと右腕に肌が触れた。

顔を向けるとヤマの横顔が近い。

正座を崩した体制で両足を右へ流して座っていた。

燃え始めた流木を見ながらぽつりと呟いた。


「さっきの人達、回復薬の値上がりで増えてい――――」


「もういいよ。」


無機質な声で言い放つ。


「え?」


横からの視線が近い。


「ヤマカミがどういうチームなのかはわかったから、もう大丈夫。」


老婆の口ぶりを思い出す。

ルントと自分のやりとりと重なった。


「ドミヌスのせいでああいう人達が増えてるって言いたいのかもしれないけどさ、僕には一方的にパンをあげてる仲でもなさそうだなって思ったよ。でも、おいしく食べてくれるといいね。僕、この街の白身魚大好きなんだけど、もっと感謝して食べる事にするよ。」


数回の波が沈黙を埋める。

啜り泣く声がした。

その声を聞く度に少年の目は暗闇を宿していく。

沈んでいく太陽の光を吸い込みそうな程だった。


(事務所に居たいって言ってるのを無理矢理連れ出して、勝手に治安悪いとこ回って、最後は急に泣き出す…。ミトハロ節ですねえ。)


背中を軽くさすってあげる。

紐状の感触が掌に引っ掛かる。

目は死んでいた。

さらに身を寄せてくるヤマ。

ナギの顔が歪む。

泣き止むとゆっくりと、しかし素早く手を引いて波を向き直す。

右肩に重さを感じた。

髪が触れてこそばゆい。

近い距離で漏れ出た声が聞こえる。


「私、マヤって言うの。本名。」


「僕はナギ。よろしくね。」


間髪入れずに淡々と言った。

波から視線を離さない。


「うん。」


肩に深い呼吸が伝わる。

切り込むナギ。


「ヤマって、何の魔法をt」


「マヤ。」


遮るマヤ。


「〝くっついて〟って魔法のキャンディ、どこで買ったの?」


回避ナギ。

質問を変える。


「マヤ。」


力ずくのマヤ。

色香を漂わせた声、甘えているような。

身を任せてくるような。

先程までとは別人の声。

観念ナギ。


「マヤ、どこで買ったの?僕アクト魔法っていうの?行動系の魔法、興味あるんだ。」


「キャンディじゃないよ。なんかできる気がして、使えるようになってた。」


優しい声でマヤはそう言った。

アルセナでのアネットの説明を思い出す。


(閃いたのか、何かを育てた…?)


「凄いね。僕、そういう経験ないから。他にどんな魔法使えるの?」


遮られた質問をする。


「一緒にホテってくれたらなんでも教えてあげる。」


優しさと妖しさが吐息に混じったような声。

か細かった。


(〝ホテる〟?〝ツースプ〟といい、たまにギャルって意味わかんない言葉使うよね。)


「一緒にホテる?って何?」


なんとなく予想はつくが溢れ出す好奇心。


(アルセナをもっと散策すればよかったな。面白い事あったかも。白身魚みたいに大好きになる食べ物だってあったかもなあ。)


影が伸びる速度が見て取れそうな程の沈黙。

肩に触れる温度が上がった。


「ナギ君はどんな魔法使えるの?」


ヤマが話題を転じる。


「ヤマがk―――」


「マヤ。」


意地でもマヤ。


「ヤマが会話できるようになったら教えてあげる。」


突撃ナギ。

近くの蟹が泡を吹いていた。

止まらないマヤ。

指が優しく手に絡んできた。


「さっきの人、なんで怖くないの?」


絞り出すような漏れた声。

ブローチを経験して一回死んでるからとは言えない。

再び〝上には上がいる〟と話して、誰かと聞かれるのも面倒だった。

〝異様ぶっている老婆〟を思い出しながら返事に困る。


(大体あれがブローチだったら怖いって思う瞬間に死んでるよ。怖く感じない理由って何て言えばいいの?他にもっと怖い思いをしたから以外でなんかあるの?唐辛子を食べても辛くないって言う人にさ、なんで辛くないの?って聞いて答えが返ってくるの?っていうか辛いの我慢してるだけかもしれないじゃん。)


「なんでヤ、…マは怖いの?」


言い直しの要望を予想していたがなかった。

横からすすり泣く声。

マヤが嗚咽ながらに言う。


「背中、さすってほし、いです。」


(やっぱいくつになってもナデナデされたいんだ!)


大共感即答了承ナギ。

ヤマの背中を猛スピードで掌が上下に動く。

雑にさすってあげる。

〝マヤ〟は泣きながら笑っていた。

初めて見る可愛らしい笑顔だった。


流木が燃え尽きるまで背中を撫でさせられたナギ。

黒くなった流木に足で砂をかけようと立ち上がる。


「〝みず〟持ってる?火、消えてないかも。」


「〝みず〟なんてあるんだ。知らなかった。」


(街に売ってる魔法以外はレアなのかも。〝みず〟アルセナにあったんだよな~!買っておけばよかった!)


炭を踏み、砂を蹴ってかける。

少し燻ぶっていた火を踏み消した。


(焚火って落ち着くな。)


焚火に波と同じ可能性を感じる。

消火を念入りに確認していた時だった。

左手に強い力が加わる。


マヤに抱き締められていた。

顔が柔らかい丸みに包まれる。

柑橘系っぽい良い匂いがした。

後頭部と肩甲骨にマヤの手が回る。

こめかみがひくつき、瞼が痙攣する。

胸が黒くどろついた。


(これ抵抗したら〝くっついて〟だろなあ。)


師の抱擁とは全く異なる、あまりにも強引な〝それ〟。

併せて〝アネットの呪い〟が発動する。

〝エッチな気持ちは執着になる〟のだ。

ナギの全身が闇に包まれる。

ジョージの召喚を目論んだ。


(助けてジョージおじさん!)


ひたすら記憶を探っていると顔を離される。

虚ろな目つきでどこか寂しげな表情で見られていた。


「なんで抱き締め返してくれないの?汚い?」


(ミトハロ節もここまで来るとすごい…。)


顔に出さずに努める。

しかし、そもそもどういう顔をしていいのかわからない。

右手を掴まれ、マヤの左胸に押し付けられた。

掌に弾力が伝わる。

手を引こうとすぐに力を入れる。


「〝くっついて〟」


手首を掴まれているヤマの左手をこじ開けようとするが離れない。

少し動悸がするがリサやミライ君を彷彿とさせるミトハロ節で冷静だった。


(これ今…、どことどこがくっついてるんだ?)


右手を引いてもお互いの体が前後に揺れるだけであった。

マヤの右手がナギの掌の上に添えられる。

自分の胸を揉みしだいていた。


ごわつきの中に埋もれていく指を受け入れるような温もり。

形容できない柔らかさ。

砂浜でのアネットとの喧嘩が頭に浮かんだ。


「汚い?なんも言ってくれないの?」


意味不明な事を口走るマヤ。

目は少し虚ろ。

頭の中のアネットがリサになる。

潤んだ目つきのマヤと視線を絡ませる。

心拍が上がった。

瞼は痙攣し、手が冷えて顔が強張った。


(リサになっちゃった…。)


虚無と狂気を同時に宿す底知れない目つきのマヤ。

全部ぶっちゃける事にした。


「グローブ・Kのタリフが僕が中心だとかなんか言ってたから、チームに引き込みたいのかもしれないけど。あれ買い被り過ぎてるからね。僕弱いし、中心でもなんでもないよ。だから事務所戻ろうよ。今日、僕別の宿泊まろうかな。」


少し早口になった。

乾いた笑いで応戦する。

反撃のマヤ。


「うん。最初はそうだったけど、今は違うよ。チームとか関係ない。私がナギ君とこういう事したいだけ。ナギ君は?」


理性が消えた、何も映していないような目つきで言った。

ナギは素直な気持ちを話す。


「僕、お世話になった宿屋の人がドミヌスに捕まっちゃって言ったじゃない?だからこんな事してる場合じゃないんだ。」


焦って言い直す。


「あっ、その…!こんな事っていうか、僕自身が混乱気味って言ったらいいの?ドミヌスとの事で頭がいっぱいなんだよ。」


「したら落ち着くかも。」


光を失った目つきでマヤは微笑んでいた。


(この人、誰…?)


ナギには方向性の異なるリサに見えていた。

強引さにぞわっと全身が何かに包まれそうになる。

捨ててあるブレスレットを見つけてしまった時の〝アレ〟が蘇る。

意識を失いそうなほど頭が沸騰するのがわかった。


(まだ抑えろまだ抑えろ怒るな怒るな抑えろ怒るな会話しろ会話しろ会話しろ)


しかし、フルスイングする事にした。

母、ナエラが諭す時の口調を思い出す。

怒りが混じり声が震えた。


「僕が今こういう事したくないの。わかる?僕の気持ちもあるよね?こういうの。じゃあしたくないって言ったら、僕の都合関係なしにマヤが魅力ないとか、その…汚い?って事になるわけ?それっておかしくない?僕一言もマヤの事汚いなんて言ってないよね?誰との会話を思い出して話しているのかわからないけど、僕はそんな事一言も言ってないよね?言った?」


目を逸らして黙るマヤ。


(言ってないでしょ否定しなよ。)


〝くっついて〟が切れる。

無理矢理手を引いた時だった。

ジョージが降臨する。

少し太陽が残る空に笑顔のジョージが親指を立てているのが見えた。


「マヤは魅力的な女性だと思うよ。っていうかその―――」


あまりにもジョージらしい言葉が飛び出た。

軽すぎる。

軌道修正しようと掘り下げた。

空のジョージは霧散する。


「んんああああっとね、他の男の人からしたら魅力的だと思う。でも聞いた事がないからわからない。僕の産まれたリ…エンローズ村のジョージって男性なら間違いなく魅力的って言うと思う。残念ながら今の僕には良さがわかる余裕も経験もないんだよ。僕の気持ちも考えてよ。」


「汚いって思ってないの?」


言葉に遅れて反応するマヤ。

一粒だけ涙が零れていたのが映った。


(会話が成り立たないのって、なんか考えてて反応が遅れてるのかな。)


相手の会話に付き合う事にした。


「なんで汚いって思うの?」


少しの沈黙。

リサを思い出す。


(そこで黙ってほしくないんだよね。)


「汚いって思ってないなら…じゃあ証明して。」


刺すような視線。

語気が少し荒くなる。


(攻撃的になってない…?)


〝どうやったら目の前の人間を人間として断定できるのか?〟を物凄い剣幕で話してきたブローチが脳裏に過る。

怒りを宿していた目だった。

応戦ナギ。


「そんなの無理でしょ。証明なんて無理だよ。」


「胸触って。今。両手で。好きなだけ揉んでいいから。」


フルスイングマヤ。


「はあ?それで証明になるの?」


食い気味で言う。


「なるから。」


「僕が触りながら汚いって思ってるかもしれないじゃん。」


眉を顰めながら言う。


「思ってるの?」


「だから思ってないって!」


「じゃあ証明になるじゃん。」


「はあ!?じゃあ触らないでもなるじゃん。」


「無理、ならない。」


おどけているわけではない。

澄み切っているようだが力のない目つき。

日が暮れてきた。


(イライライライライライライライライライラいらいららららららららららするあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ)


爆発ナギ。

静かにシャットダウンする。

目から全ての色が抜け落ちた。


「よし。わかりました。OKです。触りましょう。揉みます。何が何だかまったくわからんけどですが、貴方は汚くありません!おもいっっきりいきますね。」


「うん。」


微笑みのマヤ。

小さく頷いた。


「三回ね。あと〝くっついて〟なしです。」


「五回。」


「三回ね。あと〝くっついて〟なしです。」


「五回。」


「三回ね。あと〝くっついて〟なしです。」


「五回。」


「五回ね。あと〝くっついて〟なしです。」


「五回。」


憤慨ナギ。

感情と言葉を分離して穏やかに話す。


「だからそう言ってるでしょ?もう僕と会話する気ないですよね?あんたさっきから誰と会話しているのですか?誰でもいいんですよね?僕はしたくないって言ってるのに。」


マヤの顔が一気に歪む。


「誰でも良くない!それは違う!絶対に違う!誰でも良くない!誰でもいいわけじゃないから!」


唐突に泣き出すマヤ。

その場にすとんとしゃがみ込む。

引きつった顔で見下ろす。


(エヴィから良いパンチもらった時の僕ってこんな感じで倒れてるんだろうな。)


少しの間立ちすくむ。

手を取ってあげ、泣きながら歩くマヤに寄り添って事務所に戻る。

中々泣き止まなかったが、ナギは絶対に背中を撫でなかった。


(誰でも良くないけど、僕が良いとも別に言ってないんだよね。)


執着というものに思考が反応できるようになってきた少年。

ミトハロを呑み込みそうな少年の瞳は誰も映していなかった。





ヤマカミの借りている部屋に戻ると施錠出来た事をしっかり確認する。

喉の奥がせり上がる。

呼吸をしたら何かの拍子に出そうである。

息を止める。

込み上げる吐き気。


(吐きそ…。〝よわくなれ〟じゃなくて〝やわくなれ〟多分これ使えるよね...お願いだから使えて!)


ベッドの下に急いで潜り込み、木の壁に向かって〝やわくなれ〟を囁く。

触れると拳大の範囲がかなり柔らかくなっていた。


(よかった...元から木も古いからかな。)


柔らかくなった壁の部分を捥ぎ取る。

さらに発声し、頭が出せるくらいのサイズまで穴を広げる。

顔を出すと鼻先に木々が茂っていた。


盛大に嘔吐する。

ナギの借りている部屋は二階。

落下していく吐瀉物を見るのは不思議な感覚だった。


(僕が見られてないのに僕に向けられた気持ちってこんなに気色悪いのか....タリフのせいだ...あーんもしちゃったし。きもちわる。ほんと最悪な一日だった。)


胸の柔らかい感触と潤んだヤマの目つきを思い出すと胃が猛スピードで伸縮した。

抵抗せずにもう一度吐いた。


(でも警戒されてはいないと思う。あと、ヤマは魔法が弱かった。たしかに〝くっついて〟は強力だったけど、〝こがせ〟は小さい。あれは食らっても問題ない。もういくつか見たかったけどあれ以上は無理だろうな。)


ヤマとミライ君が重なる。

リサが湧いて出た。

口から胃が出そうになる。

液体が口から少し出て糸を引いた。


(リサを百とするなら〝砂浜でのマヤ〟は二十くらいかな....?会話が出来ない人と過ごすって...会話を交わせる状態でもこんなに辛いのか...人と話してる気がしないんだよ。人として話されてる感じもしない。今日僕ずっとイライラしてた気がする…でも収穫もあったぞ。)


ルントとアネットからもらった知識を統合した。


(会話が成立しない人…状態って言ったらいいのか。何か別のものを見てる。多分自分と会話してるんだ。いや、言いにくい事とか認めたくない事を伏せた状態で会話するから僕からはそう見えるんだ。相手がそれを認識してるかどうかは別の話!)


リサがクッキリ浮かぶ。

えずいた。


(そんで、さらに、いや、だからか…。だから目の前で起きた出来事を話してるつもりでも、自分自身について話が寄っていく。〝砂浜でのマヤ〟は特に不自然だった。出来事を見ているつもりで、マヤは自分の中身を見てる。自分の中の何かを確認するために僕を利用してるだけだ。)


アネットから言われた〝自分探しで世界を彷徨う〟が少し理解できた。

胃が元の形に戻っていくように息が落ち着いてきた。

思考が核心に迫る。


(さっきマヤはリサの目になりかけてた。共通点…、〝黙る事〟だ。不自然な時に黙る。マヤもそうだった。あとはもう何言ってんのかわかんない。それまで全然話してない事を独り言みたいに突然話し出す。…僕を使って何をしようとしてたんだろう?自分が自分じゃなくなる事…おそらくあの老婆となんかあったんだ。僕の行動が何か関係あるのかも。でも一旦それは置いておこう。考えてもわかんない。アネット無事かな…。)


壁から顔を引っ込める。

もぞもぞとベッドの下から這い出ると、光が漏れないようベッドの上のブランケットを穴に敷き詰めた。


(もし今日が抗争の当日なら、僕は何回もマヤに殺されてる。油断しちゃだめだ。〝くっついて〟なんて強力な魔法もあるんだから。動けなくなったら終わりだ…。)


リサとマヤを重ね、一通り思考を巡らせるとベッドに座り目を瞑る。

当日の事を考え、アネットやルントから教わった事を反芻した。

夜が深くなってきた頃、部屋の扉がノックされた。

ナギはベッドの上から鋭い眼光でそれをただ見ていたのだった。


抗争まで、あと六日。




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