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第68話/初めての裏路地/Limited_NAGI



中心街の一角にある飲食店。

人が全くと言っていいほどいない。

屋外にあるテーブル席に正対して座る。

座りながらヤマが明るい声で口にした。


「ナギ君って、度胸あるよね。コロンに立ち向かったのってホントだったんだね。」


「なんで?」


座ると椅子の足を覗き込むナギ。

テーブルとの距離を調節しながら聞き返す。


「さっき、〝怖い大人の人達〟いたでしょ?動じてなかったから。」


チームに近づく人間に片っ端から掴みかかっているかもしれないナギの友達。

〝耳に九つのピアスを宿したガチムチ筋肉ハゲ〟が浮かぶ。

怖い大人のミトハロの部、いや、〝ナギ人生の部〟ぶっちぎりの優勝者である。


(怖い大人って言えば、やっぱレイシーだよなあ。会いたいな。)


「上には上がいるよ。」


白身魚を頬張りながら淡々と答えた。


「あの人達ね、全員じゃないんだけど。ドミヌスの被害者なの。」


咀嚼が止まる。

手元で混ぜるサラダに視線を落としているヤマを見た。


「辞める時に体のどこかを落とさないといけないの。ドミヌスって。」


白身魚の味がしなくなった。

ブーザーが頭に湧き出る。


(あいつは強かったから平気だったのかな。待てよ…そもそもタトゥーしてるだけで元ドミヌスじゃないのかも。)


「チームとトラブッてそうなった人も中にはいる。でも親が病気になっちゃって配達で各地に行けないからって辞める人とかもいて。そういう人も例外なく体のどこかを落とされるの。強い人はいいのかもしれないけど…。私は何もされなかった人って聞いた事ない。逃げても大体はミトハロに居れなくなるから。周りもセグイドにウィキアーク、クラックランに囲まれてるし。」


ヤマは続けた。

サラダを混ぜる手は止まっている。


「だから、そういう人のお世話っていうか…。正しい事かはわかんないんだけど…。私達に相談があった時にね、その時にある人脈っていうか、そういうのを辿ったりして、紹介するようにしてて…。でも紹介しっぱなしって違うなって思うから、大体の日を決めて顔出してるんだよね。私もどうしていいかわからないんだけど、放っておけなくて。ドミヌスが異常なのは知ってるし…。」


「うん。」


白身魚をジュースで流し込むナギ。

眉を上げてヤマが少しだけ弾んだ声を出した。


「そんな暗くならないでよ!彼女達も前向いてるんだしさ。」


掌を下に向け、ナギに向かってひらひらと上下に泳がせる。


「うん。」


「ナギ君、あ~ん。」


落ちないよう手を添えられたフォークがナギの口元に近づいた。

艶めいた表情のヤマがトマトの向こうに見える。

一瞬、顔を歪ませるが応じるナギ。


「おいしい?」


目を細めて聞くヤマ。


「うん。」


今まで食べた中で一番不味いトマトだった。

食欲消失ナギ。

パンをちびちびと齧っていると不満そうにヤマが言う。


「ねぇ、ナギ君もなんか喋ってよ。モテないよそんなんじゃ。」


イライラナギ。


(ミトハロ節め!)


何故だかそう思った。

声と顔を作る。


「ごめんごめん、昨日ね、アースに道具屋を案内してもらったんだ。」


「うん、聞いたよ。なんも買えなかったんだよね。」


「そう。で、その時にお店の人がさ、ニルディーノの情報はミトハロに伝わりにくいって言ってたんだけど、なんで?」


「ナギ君って世の中の事何も知らないんだね。かわいいね。」


優しく微笑みながら言った。

口を半分開けたまま眉がひくつくナギ。


「世の中の事を話し合ったり、情報交換するために大きな国がそれぞれ組んでるの。七つ?八つ?それくらいだったかな。」


「うんうん。物知りだね。」


顔を作りながら言う。

肩に少しかかったショートツインテールを手の甲で撫でているヤマを注視する。


(自分だって正確に知らないじゃん!)


オレンジジュースを喉を鳴らして飲み干す。

遠くの店員におかわりを叫んだ。

人差し指と親指だけをくっつけて翳す笑顔の男性店員。

顔を戻して話に集中するナギ。

パンを千切る動作で結んだ髪を少し揺らすヤマ。

胸を張って楽しそうに続けた。


「ウィキアークもそこに加盟してるんだけど、王様が変わったりなんだかんだあって、加盟って言っても名前だけ。クラックランとも仲悪いしね。だから事実上、ウエスタール大陸の南部は隔離気味。ニルディーノだけじゃなくて他の地域の情報も入りにくいよ。昔はクラックラン経由で色々聞けたらしいけどね。」


「ふーん。」


「これからウィキアークも世の中へ積極的に関わっていくんじゃないかって噂もあるしね。勇者を選ぶんでしょ?ニルディーノで。カルセラ?パルシナ?だいぶ前に聞いてから忘れちゃった。」


「なんで積極的になるの?別にノード使って儲けてればよくない?」


オレンジジュースのおかわりが到着した。

御礼ナギ。


「〝勇者ビジネス〟とかあるんじゃない?」


「勇者ビジネス?」


ヤマを見据えて聞き返す。


「そ。利用できればなんでもいいでしょそういうの。ノードだってその一つじゃない?いくらクラックランから反対されているとは言え、ノードなんて壊せないから超安定商売でしょ?勇者なんて希少価値高いんだからそういうのあるでしょ~。」


「へえ。大変だね。」


オレンジジュースに口をつける。


(ルントの手紙燃やしといて正解だったかも。)


「ナギ君の出身ってどこなの?」


ヤマが眉を上げて聞いてきた。


「あっ、うん。僕はニルディーノだけど〝エンローズ村〟って小さい村だから世の中の事なんてなーんもわかんないよ。自分のいる大陸の名前がニルディーノだって最近知ったしね。」


噴き出すヤマ。

もやもやナギ。


「じゃあそろそろ次行こ。」


太陽を見上げながらナギに話しかける。


「えっ次あるの?」


「あるある。でもラストね。途中買い物してくから荷物持ってね。」


そのまま店を立ち去ろうとするヤマ。

ナギは二人分の食器を纏めて店内に運ぶ。

店を出ると不思議そうな顔で話しかけてきた。


「お店の人いるから大丈夫じゃない?」


声が近かった。


「別にどっちでもいいと思うけど。拭く人大変じゃん。」


「別にどっちでもいいけど、誰かが助かる事ってさ、いいよね。」


二拍置いて少し微笑みながらヤマが言った。


「うん。そうだね。」


買い物をする店に行く途中、腕を絡ませてくるヤマ。

腕に柔らかい弾力が広がった。

地面を見つめるナギの目に温度はなく、瞳は濁っていた。





けっこうな数のパンを購入し、西の大通りを歩く二人。

ナギはパンの入った袋を両手で抱えていた。

徒歩で移動する人間はそれなりに通りを歩いているが、レイルをする人間が減った道は歩きやすかった。


「ナギ君、今から行くところさ、ルールがあって。」


幸せの匂いが立ち込める大きな袋に今にも頭を突っ込みそうなナギ。

制止するかのようにヤマが声をかけてきた。


「何?」


(パンってたくさん集まるとこんなに良い匂いなんだ。小さいパン屋が袋の中にあるみたい。)


「呼ばれても絶対に応えないで。気にしないで。あと、挨拶もしないで。」


少し低い声で言った。


「どういう事?」


突っ込みかけていた鼻をヤマに向ける。


「いいから。別に会話したりは問題ないから。私と居れば大丈夫だから。」


前を向いたままのヤマ。

様子がおかしいような気もしたがナギにはどうでもよかったので反応しなかった。


(ミトハロ節、絶好調ですね~。)


パンの袋に鼻を近づけて中の空気を満喫していた。

黙って歩いていると西の大通りを逸れていくヤマ。

辺りがたちまち暗くなり、雰囲気が一変する。


ぽつぽつと上から何か物が落ちてくる。

石、木片、紙くず、なんなのかもわからないが腐っているだろうモノ。

ナギがミトハロに来てから絶対に足を踏み入れないようにしていた裏路地だった。


(もううんざり。行先も告げないでこういう所ばっかり連れてきて。治安最悪ミトハロツアーですね!ヤマさん!もうどうでもいいよ!)


息を大きく吐いても胸のむかつきは消えない。

顔を見上げてきょろきょろと何かを探すように歩くヤマについていく。


(このパン全部捨ててやろうか!)


そう思った時だった。

落ちてくる物が一斉に増える。

ふと立ち止まり、上空に向かってヤマが自分の名前を叫んだ。


落下物の勢いは徐々に止んでいった。

ヤマの進行方向に視線を向ける。

建物一階部分、少しだけ開いた窓の隙間から老婆が覗いていた。


「大丈夫だから。」


ヤマが囁いた。

老婆はナギを見ている。

近づくと、これでもかと目が見開き口角が上がっていた。

呆れた表情で老婆に視線を送るナギ。

少年は冷めていた。


(リサじゃん。)


ドワンが抱いた不快さを完全に理解した。

窓の横にある扉の前に立つヤマ。

ナギは横の窓から覗く老婆と視線を絡めていた。


(これどっちだ?おじいちゃんか?おばあちゃんか?)


「は い れ」


窓にいる老婆がゆっくりと口を開いた。

ヤマが扉に手をかける。

慎重に開けている。

扉が開くにつれ、嗅いだことのない独特の臭いが鼻をついた。

年老いた男が視界に飛び込む。

目が剥かれ、理性の消えた瞳。

口が半開き。

立ち尽くしていた。

扉に口づけするような距離だった。

息が浅くなるヤマ。


(リサじゃん。)


しばらくそのまま全員立ち尽くす。

年老いた男とヤマは目を合わせている。

ナギはその様子と老婆へ交互に視線を向けた。


(パンをぶちまけて今日から適当な中心街の宿に泊まろう。)


袋を抱える両手に投げやりな力を入れた時。

年老いた男が後ろを向く。

一歩一歩踏み締めるようにゆらりと中に入っていった。

躊躇いを含みながら足を踏み入れるヤマについていく。


案の定、中は暗かった。

扉を入った正面に上階へ続く階段。

左に部屋への入り口。

扉はない。

先ほどの老婆が覗いていた部屋だろう。


先を行くヤマは部屋の入口の前で立ち尽くしていた。

横から覗くと何もない部屋の真ん中で老婆だけがナギ達を向いて立っていた。


腰まで届きそうなぼさぼさの髪。

半袖シャツ、膝までのハーフパンツ。

衣類の形をした布切れを纏っているような薄さ。

汚れた素足。


部屋の隅に置いてあるいくつかのランタンを頼りに視線を漂わせる。

衣服の色がわかりにくいがかなり汚れている事はわかった。


目が剥いた状態で口角は上がったままだ。

ナギは呆れ顔で大きく息を吸った。


(ずっとそんな顔して…。)


ヤマは少し震えていた。

老いた男の階段を上る足音で思い直す。


(待て待て待て!こういう顔から戻らなくなっちゃった人かもしれない!病気なのかも!だとしたら僕、相当失礼だぞ!「リサじゃん」とか言って!僕が化け物みたいな考えになってない!?)


目を見開き下唇を突き出してなんともいえない顔を作る。

溜息をキャンセルした。

大きく息を吸ってから三拍ほど経っていた。


(わざとらしかったかな…。)


二人で部屋に入る。

老婆が二歩、後ずさった。


「い つ ?」


老婆がヤマを見ながら口を開く。

しゃがれた無機質な声。

掠れている。

低い声。

威圧感はない。


「それは言えないけど、近々。」


ヤマが言った。


「役 に 立 っ た ろ。 お か げ で 待 て た 」


「うん。」


イライラナギ。

足で床を踏み叩きたくなった。

呼吸が浅くなる。


(本当にそういう喋り方なんですか?自己顕示欲じゃないですか?それ。本当に?本当だったら謝ります。)


袋に鼻を近づける。

パンの匂いで気持ちを落ち着かせる。

部屋の匂いと混ざって効果は薄かった。


「も う 少 し で で か く な る 」


「そうだね。」


ヤマは静かな声だった。


「け っ きょ く お 前 た ち も こ っ ち 側 だ っ た 」


「うん。」


「言 っ た と お り 堕 ち た ら 浮 い た だ ろ 」


「まだ分かんないよ。」


ランタンの影が二度大きく揺れた。


「よ こ せ 」


顔を上げると目を見開いてにやけ顔の老婆と目が合った。

イライラ少年の出番。


毎晩ブローチの反芻をしている少年。

どうしても目の前の老婆が〝異質ぶってる人間〟にしか見えなかった。

〝本当の異質〟に感情はない。

ブローチとの接敵でナギはそう考えていた。

黙って老婆に近寄る。

ヤマの視線を感じた。


(なんかしてきたら両手で顔掴んで燃やしますからね。)


老婆の足元にパンの入った袋を置く。

一歩離れるナギ。

長い髪がパンの袋を飲み込んでいく。

腰を曲げて袋に手を伸ばす老婆。


老婆の髪が首を起点にして左右に流れている。

露になった後頭部を冷えた目つきで見下ろすナギ。


手を腰にぴっちりつけた。

綺麗な直立不動。

大きく息を吸った。

一気に吐き出す。


「おいしい!おいしい!パンです!どうぞ!召し上がれ!」


少年の悪意に満ちた無垢で元気いっぱいな声が空間に炸裂した。

そのほとんどは見下ろした老婆に注がれる。


うおっ。と反射的な低い声と同時に背中が跳ねる老婆。

ヤマの小さな悲鳴。


上階からバタバタと大量の足音。

軋む天井を見上げるナギ。

視線を戻すと引きつった笑顔で立ちすくむ老婆と目が合った。


「ごめんね、こういう場所初めてで怖くってつい。本当にごめんなさい。」


母のナエラが何かを諭すときの声色で老婆に言い放った。

老婆は引きつった笑顔が固定されている。

震えていた。

目を逸らさないナギ。

出入口からはヤマの荒い息遣いが聞こえてきた。


(こんなに大きな声出したのっていつぶりだろ…。ブローチ?コロン?アネットを殺そうとしちゃった時?…ここまでじゃなかった気がする。交流キャンプの時も口パクだったし。嫌いだったあれ。なんで嫌いだったんだろ。今なら楽しめる気がする。あ!オウ王様呼び止めるために叫んだ時かも!)


リヴェル村と近隣の村での交流キャンプ。

皆でシチューを作るのだ。

礼儀の一環として子供達が声を揃えてリーダー的なおじさんに全力で叫ぶ口上を思い出した。


老婆は部屋の入口付近に視線を戻すと何事もなかったようにヤマに話しかけ始める。

髪で隠れかかった横顔は少し歪んでいるように見えた。


「お ま え の お 気 に 入 り の ト ー マ ス 死 ん だ よ」


「別にお気に入りじゃないよ。」


息を整えながら食い気味に言うヤマの声が聞こえた。


「顔 を 蹴 ら れ て い っ ぱ つ  ど う せ ま ほ う 」


(わざとそんな話し方して…。さっき「うぉっ」てスピーディーに言ってたのちゃんと聞いてたからね。)


半ば呆れ顔ですたすたと入り口に近づいていくナギ。

目を丸くしているヤマと視線が合った。

手を見ると少し震えていたようだった。


「ミ ッ シ ェ ル は も う 呼 ば な い 」


「うぉっ」


ナギは入口付近で思わず声を出した。

ヤマがぴくりと動く。

階段の途中まで、ランタンを持った大量の人間で埋め尽くされていた。

破れまくったシャツ、ズボンなのか下着なのかわからない短パン。

ぼさぼさの頭。

暗さもあったが、性別も年代もわからない。

上までぎっしりいる。

息荒く、にやついている。

先頭の人間が涎を垂らしていたのが見えた。


「ま ほ う で と つ げ き さ れ た か ら 。」


(みんなでおいしく食べてほしいな。足りるかな。)


階段を横目に素直にそう思った。

鼻を一度啜りながら老婆を向く。


「や ば ん な に ん げ ん に お そ わ れ た」


「ト ー マ ス み た い に な り た く な い だ と さ」


「ミ ッ シ ェ ル は も う 呼 ば な い 」


「そう。」


端的にヤマが返す。

呼吸は落ち着いたようだ。


「や ば ん な に ん げ ん は お れ に も ま ほ う を つ か お う と し た」


少しの沈黙。

部屋の隅に置かれたいくつものランタンに目をやった。


(あんな数、何に使うんだろう。)


「パ ン の ぶ ん 」


ルントの顔が浮かんだ。


「サ フ ァ の と こ ろ に あ た ら し い き ょ う け ん 」


「さ つ じ ん き の ひ い た せ ん に は ち か づ く な 」


「い か り の ひ を ま と っ た ら に げ ろ  か ち め は な い」


サファの名前に目が鋭くなる。

ナギは老婆を睨みつけた。

拳に力が入り、心拍数が上がる。


(強剣?強肩?狂犬?)


「ま た い つ で も こ い み ん な ま っ て る 」



ナギの肩にヤマが手を添えてきた。

少し震えていた。

呼吸に合わせるようにゆるやかに扉に向かっていた。

ふと振り向いて出た部屋を見ると老婆は微動だにしていなかった。


(ブローチだったらここで何故かヒッヒッヒって笑いそう。)


後ずさりしながら慎重に扉に向かうナギ。

掌は床に向け、両手を胸の高さまで上げる。

階段にいる大量の人間達の視線は部屋の中に注がれていた。


(飛び掛かっては来ないよね。)


後ろから顔面を撫でられるようにヤマの手が伸びてきた。

退出を促される。

扉を閉めると少し開いた窓から大量の足音や興奮した声が漏れ出していた。


来た道を戻るヤマに歩幅を合わせて歩くナギ。

上から物は落ちてきていない。

鋭い眼光で思考を巡らせる。


(あの人達は大丈夫だったけど、あそこで襲われていたらどうしてた?部屋の入口に〝はなれて〟連打して。その間に老婆の鳩尾殴るか股間蹴り上げる…。逃げるのが先かな?…無理無理。階段近かったし。部屋の入口までは絶対に来られちゃう。)


ヤマが手を繋いできた。

しっとりとした手は震えていた。


(老婆を動けなくして階段の人達に〝はなれて〟連打したら下がってくれるかな。…相手に期待しちゃだめだって…。僕からこじ開けないと。人数多かったんだよなあ…。あっランタン!ランタン投げつけて〝もえろ〟で建物ごと燃やしてドサクサに紛れて移動する…。やっぱこうなっちゃう。うーーーーーん。)


なんとなくヤマに沿って歩く。

裏路地を抜けた。

少し遠くに西の大通りの先端が見えた。


(こっちってドーゲンミライ道場の方だ。)


「ねぇ、ありがとう。」


ヤマがぽつりと漏らす。

握ってくる手に力が入った気がした。


「何が?」


顔を向けて聞き返す。

日が傾きかけていた。


「静かな場所、行かない?中心街の安い所でもいいから。」


空気に溶けるような声。

か細かった。


「いいよ。」


手を強く握り返し、目を丸くするヤマを引っ張っていく。

少年の目に光はなかった。



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