第67話/初めての娼館/Limited_NAGI
抗争まであと五日。
日は高く昇っている。
ヤマカミの事務所の前で待つ。
ナギは予定がなかったので事務所にいると伝えたが、待機しながらの監視が面倒だという事でヤマの定例の予定に付き合う事になった。
無料で事務所に居させてもらっているナギは応じる事にする。
出入り口から出てくるヤマを訝しげに見つめる。
胸が開いたタイトな半袖のシャツにズボン。
腕には黒いブレスレット。
エーテルシューズを履いていた。
(アース、本当に違いが全くわからない。僕には無理だ。)
「お待たせ。行こ。」
「うん。」
「付き合ってくれて助かるよ。人が多いわけじゃないからさ、ずっと事務所にいるってきついの。ナギ君って年、いくつ?」
「十三。」
「おっけい。絶対にないと思うけど、今から行く所に治安維持隊が来たらナギ君はヤマカミの従業員って事にしといて。雑用で偶々居合わせたみたいな。」
「え!?治安維持隊!?犯罪するの!?それ僕無理!」
事務所内に逃げ込もうと走り出す。
ヤマに左手首を掴まれた。
「違う!違うから!犯罪なんてするわけないでしょ!面倒な事になりたくないだけなんだって!」
「面倒な事!無理!今日は僕ずっと部屋にいるから大丈夫!ありがとうございました!」
ヤマに背を向けて腕を振り払おうとするナギ。
手首を掴まれたまま、勢いよくもう片方の手が首に絡みついてきた。
背中へ温もりが伝わった。
少しごわついた丸みが潰れる柔らかい感触。
手を振り払って意地でも事務所に入りたい。
藻掻きまくる。
「本当に大丈夫だから!」
(〝はなれて〟使おうかな…、でも魔法を見られたくない…。)
首に絡みつく手を振り払いのけ、事務所に逃げ込もうとすると両手で左手首を掴まれる。
前進しようと前を向いて唸っているとヤマが囁いた。
「〝くっついて〟」
手首とふくらはぎに入れる力を抜く。
食いしばっていた顔つきが崩れ、静かな真顔だけが残るナギ。
振り向いて掴まれている手首とヤマの顔、交互に視線を向ける。
「魔法?」
「うん、もうしばらく離れないよ。」
(たしかに〝はなれて〟があれば〝くっついて〟あるか…。今知れて良かった。)
「本当に犯罪はしないの?」
「うん。絶対にしないよ。ナギ君がそこにいる事はルールからちょっと外れてるけどね。危険でもないよ。」
ナギは観念して向かう事にした。
*
真っ暗闇の部屋。
ベッドに座っている一人の女性に優しく話しかけているヤマ。
ナギは扉でランタンを持たされ部屋を照らしながらそれを見ていた。
部屋は広くない。
ベッドと簡易的な机がある。
机の脇の床には空の籠がひとつあった。
ヤマと女性が和やかに話す様子を扉の横からじっと見つめていた。
少し話すと次の部屋に向かうヤマ。
ナギも一緒になって回る。
どこを照らそうか迷うくらい暗い廊下を移動して、各部屋の女性とヤマは話していく。
女性達は皆、薄着だった。
室内は真っ暗闇だったが女性達から悲壮感はない。
会話の流れでナギに話しかけようとしてくる女性もいた。
十七歳未満だとヤマが告げると舌を出して軽く謝る女性。
それ以外は特に何事もなく、和やかに話すヤマと女性の様子を見つめていた。
建物は低い三階建て。
ヤマカミの事務所は二階建てなので事務所よりも大きく感じる建物だった。
二階と三階の階段を登り切ってすぐの壁に腕が太いコワモテの男が一人ずつ立っている。
掌を体の前で組み、足を肩幅より少し開いて背筋が伸びていた。
足元のランタンに下から照らされるコワモテは、おどろおどろしさが三割増しであった。
特にナギは物怖じせず、すれ違う際に会釈をする。
ゆっくりとした会釈が返ってきた。
断片的に聞こえたヤマと女性の会話から大体何をする場所かは察していた。
ナギに〝ろくでもない真理〟しか説かないジョージが丁寧に〝そういう教育〟をしてきたのを思い出す。
雄弁になり彼が口を滑らした内容のひとつにこの建物のような事があった気がした。
〝強い男〟になるまでは行くなと言われていたのが少し腑に落ちる。
ナギにはその建物全体が異様な雰囲気に思えた。
(あれ?おじさんなんて言ってたっけ?男として自信がつくまでは行くなだっけ?…ま、いいか。)
全ての部屋を回り切り一階に降りていく二人。
建物に入ってからは特にヤマから話しかけられる事もなかったのでナギも黙っていた。
一階は椅子と小さいテーブルが狭い間隔で並んでいた。
男が何人か座っている。
ヤマが傍を通り過ぎると男達はどこかそわついた気がした。
こじんまりとしたカウンターが一辺にあり、その奥の部屋に入っていくヤマ。
ナギは近くで待つ事にした。
壁越しに誰かと話すヤマの高い声が微かに聞こえる。
カウンターに火元はない。
おそらく飲み物だけ提供しているのだろうとダガヤの経験からナギは予想した。
(〝チューパイン〟はなさそうだ。)
〝チューチューできるパインパイン〟の行方を呆然と考えていて意識が抜け落ちていた。
頬を優しく摘ままれる。
顔を上げるとヤマは微笑みながら囁いた。
「終わり。」
頬を摘まんできた手を肩に添えられる。
促されるように建物から出た。
入り口を出ると、駆け寄ってくる一人の男。
何やらヤマと話し出した。
少し離れるナギ。
特段、男の服装はパリッとしていない。
果物の行商人ではなさそうだ。
〝チューパイン〟についてヤマに聞いてみようか迷ったが、なんとなくヤマカミに恩は作りたくないと感じ辞める事にした。
話を終えたヤマが近づいてくる。
弾んだ声で言った。
「ついてきてくれてありがと。ご飯行こ?奢るから。」
「うん。」
何気ない顔で返事をした。
エーテルシューズに履き替えながら建物を見上げるナギ。
薄着の女性達を頭に浮かべる。
ほとんど全員が、手足のいずれかが欠損していたりどこかに大怪我の痕があったのだった。




