第65話/世界は意外と自分の事を見ている/Limited_NAGI
「おいナギ、何してんの?」
翌日、日が高く昇った頃。
枝の上にいる監視役のアースに質問される。
腐った干しフルーツを埋めようと穴を掘っていた。
抗争の日にリサに会ったら無理やり口にぶち込もうと考えていたが、あまりの異臭。
我慢できずに捨てる事に。
鼓膜に触れる波の音が何故か懐かしい。
しっかり睡眠を取れたからか頭の中がクッキリしていた。
「干しフルーツ埋めてんの。腐ったから。さっき話したドミヌスに入った奴が宿に置きっ放しにしたんだよ。」
「最低だな。もう二度と干しフルーツ食う資格ねえよ。」
「うん、絶対にそうだ。」
近くに蟻がいたので食べるかもしれないとフルーツをいくつか土の上に散らしておいた。
「おまえさ、よくグローブ・Kに行ったな。ドミヌスともやり合ったんだろ?怖くねえの?そういうの。」
アースが枝から降りながら吐息交じりの声で言う。
「怖いっていうか、もうそれしかなかったんだ。ドミヌスとはやり合ったんじゃなくて向こうが襲ってきただけ。」
無機質な声で返した。
フルーツに気付かずに明後日の方向を彷徨う蟻を見つめる。
胸がどろつくので話すのが億劫だった。
「いやーナギ、おまえやる奴だと思ってたよ。一緒に戦えたらいいな。」
「えっ、アースも当日来るの?」
海の方を見るアースに顔を向けて瞬きを繰り返す。
「ああ、行くよ。色々経験したいからな。」
「ふーん。」
視線を蟻に戻す。
言葉が空気に溶けていった。
心の奥が冷たくなる。
蟻を摘まんで無理矢理フルーツの近くに置いた。
(監視なんてウォッチにされてたから楽勝だと思ってたけど、けっこうめんどくさいぞ…。外にいる時はずっと誰かが一緒にいるって事でしょ?)
以前のようにアースと上手く話せなくなっていた。
砂浜にある石を掴み、これでもかと助走をつけて海に向かって投げつけた。
「ナギ、なんか聞きたい事あったら言えよな。俺まだヤマカミ入ってから全然日が経ってないけど、わかる事あったら教えるからよ。別に一緒に攻めないとしても知っといた方があると思うし。」
背中からアースの声。
「ヤマカミの見分け方教えてよ。僕全然わかんない。」
振り返らずに尋ねる。
背中から声が聞こえた。
「俺もわかんねーよ。」
「チームの人とかどうしてんの?」
振り向いて問いただす。
「みんな一応わかってるみたいらしいけど…。」
「なんかコツとかないの?まったく一緒の声だし。洋服とかさ、身に着けてるものとか、髪型も一緒じゃん。」
砂浜に視線を漂わせるアース。
何か思案しているような表情。
「ナギ、絶対に言わないって約束できる?」
声の調子が変わる。
「できる。」
断言ナギ。
アースが耳打ちをしてきた。
「いやいやいや…。それはやばいでしょ。」
「だってしょうがないじゃんよ。」
顔を赤くしながら離れていくアース。
(そんなの話す時に無理だよ…。)
「ねえ、魔法筒を補充したいんだけど、どっか良い道具屋知らない?」
ナギは顔を作って話題を変えた。
*
アースに案内されるがままについていくナギ。
「そろそろ着くから。そこでたまーに買うんだよね。仲良いってわけじゃないけど。店のおっちゃんも優しいぜ。」
「そうなんだ、ありがとね。」
(この辺来るとしたらずっとルントのお店だったから、別のお店って新鮮だ。)
「ナギと街歩くの初めてじゃね?俺いつも滑っていくから普通の靴で歩くの新鮮だわ。おまえブーツだしな。」
「そうだね。」
嬉々とするアース。
笑顔で相槌を打つナギの目に光はない。
東大通りを少し歩く。
路地を曲がった所に〝猫のシルエット〟の看板が店の壁から飛び出していた。
扉を押して中に入るなり、アースは店内の隅に直行していた。
「いらっしゃーい。」
柔らかい男性の声がした。
中はルントの店の三倍くらい。
とても広く感じた。
カウンターには中年の男性。
白い長袖シャツ、ズボン。
地味な服装。
エプロンをしている。
髪はツンツンではなかった。
(ルント、ムルルク無事に着けたかな。)
普段サスペンダーだったルントのエプロン姿を想像する。
少し微笑みながら商品棚を適当に見て回った。
中年男性の疑念を宿した視線が絡みつく。
(子供だけだから万引きとかしそうとかって思われてるのかも。)
ルントの手紙が脳裏に過ぎる。
違和感を抱かれてるのかもしれない。
話し掛けることにしたナギ。
カウンターに足早に歩き寄る。
太腿周辺に視線を感じた。
「おじさん、魔法って見れますか?」
「あっ!魔法!?そうだよね!魔法ね!ちょっと待ってて下さいね!」
体が跳ねる中年男性。
慌てた様子で奥に引っ込んだ。
顎にヒゲを生やしている。
片手で箱を持って奥から出てくる男性。
「はっ!はい!!どうぞ!ご覧ください!ゆっくりでいいからねぇえ!」
声が裏返っていた。
「ありがとう。」
笑顔で木箱を覗き込む。
もえろ、こがせ、こおれ、いやすね…。
特に真新しいものはない。
中年男性はその場でそわそわとステップを踏んでいた。
両手を組んだり離したりしている。
顔を上げて本命を買う事にしたナギ。
「あの…魔法筒ってありますか?」
「まっ!みゃ!魔法キャンディはどうだっ、どうでした!?」
上ずった声。
何故か焦っている様子だった。
「キャンディは大丈夫。ありがとう。」
「ああ!そう!筒ね!イッッ!筒!筒…!」
カウンターに手をついて体をぐいっと通路に入れる顎ヒゲの男性。
ついた手を押し離す反動を利用してダッシュで商品棚に向かう。
カウンターの角に腰をぶつけていた。
見た事のない様子に目で追うナギ。
屈んで棚を漁っている店員の姿をなんとなく眺める。
男性は顔だけナギに向け、口ごもりながら言った。
「う…う…りきれ…です…。」
口が半開きで少し震えているようだ。
目は合わず、顔面蒼白。
(プレゼントにルーピアを買っちゃった時のレイシーみたい。そう言えば、カイバさんと上手くいったかな。)
久しぶりに会いたかった。
声が小さくなる。
「あっ、そうですか、〝ふうせん〟はありますか?」
さらに俯く顎ヒゲの男性。
肩を落としている。
「し…品切れです…。そういえば…纏めて買って行った人がいたんです…。」
眉間に皺を寄せるナギ。
床の木目をなぞるように視線を泳がせる。
(〝抗争〟を知ってる人かもしれない。)
「ねーならしゃーない。次行こうナギ。他知ってるからよ。おじさんありがとう。また来るからさ。」
隅の方でマナソールを手に取っていたアースが近寄ってきた。
ナギも思考を止めて顔を上げる。
「うん。おじさんありがとう。またね。」
アースが扉を引き外に出る。
それに続こうとした時だった。
背中から呼び止める声。
「ちょっと待った!ちょっと待って下さい!」
大きい声に肩が跳ねる。
振り返ると猛ダッシュで奥の部屋へと入っていく顎ヒゲの中年男性の背中。
そのままのスピードでナギの前まで戻ってきた。
少し屈んで手のひらサイズの木箱を差し出した。
「これ!これいかがですか!魔法キャンディなんです!〝やわくなれ〟!相手に攻撃が入りやすくなる!命中率じゃなくて、相手が怪我をし易くなるんです!どう!?レアなんだ!これ!」
畳み掛けるように話す顎ヒゲの男性。
(命令形なのにレア…?)
命令形、依頼系以外の魔法がレアの可能性が高い。
アネットからそう聞いていた。
(僕、そもそも弱いから相手が弱くなってもあんま意味ない気がする…。)
拳が顎にヒットしても笑顔で殴り返してきたウォッチが脳裏を過ぎる。
顎ヒゲはさらに言葉を飛ばす。
目は見開いていた。
「君に必要な魔法だと思うんだ!君…自分よりも体が大きい敵!多いだろ!?これあんまり仕入れられなくて!絶対に君に必要な魔法だと思うんだ!」
強く言う男の目がさらに見開かれていく。
顔は紅潮していた。
ミライ君が浮かんだ。
気づけば下唇が出かかっていたナギ。
値段だけ聞く事に。
「いくら…?ですか?」
「七万エンテ!どうですか!?」
食い気味の店員。
(たっか!)
渋すぎるフルーツ串を引いてしまった時のような目つきになった。
「ごめんおじさん、お金が足りないや。あと僕、攻撃系とかさ、アクト魔法。〝つかむ〟みたいな。それに興味があるんだ。ごめんね。」
店を出ようと扉に手をかけるナギ。
肩を掴まれた。
瞼がぴくついた。
(この街おかしいよ!)
勢いよく振り返ると顎ヒゲのおじさんは涙目だった。
「タダであげる!あげるから!さっきは出さなくて悪かった!」
信じられないくらい甘いフルーツ串を口にした時の目つきで声が大きくなるナギ。
「タダ!?無料って事!?なんで!?」
口角が上がる暇なく声が大きくなる。
「出し惜しみしてたわけじゃないんだ!魔王が復活したから…もし勇者のパーティがミトハロに来たりなんかした時にって思って…一般の人には売ってないもので…!これ、相手が良い装備をしていても攻撃が通りやすくなるから!絶対に君に必要なんだ!使ってくれないか!」
商品を出さなかった事に罪悪感を抱いているのだろうか。
支離滅裂な顎ヒゲの男性。
勇者の一言に少し動悸がした。
矢継ぎ早に言葉を重ねる男。
「今思えば、ニルディーノ大陸のアルセナなんて遠くで誕生した勇者がミトハロに来るなんて…相当先なんだ!エマナリ島を挟んだニルディーノの情報すらいつ来るのかわからない!いつ誕生するかわからない勇者を待つよりも!君が使ってくれ!本当お願いだ!」
顎ヒゲのおじさんは自分に言い聞かせるようにそう言った。
涙がぽろぽろと零れていた。
ナギの目つきが鋭くなる。
「じゃあそれもらうよ。ありがとう。でも七万エンテでしょ?さすがに少しお金払うから。いくらくらい払えばいい?」
顎ヒゲの男は驚嘆の声を上げ、目を瞑って叫んだ。
「百エンテ!」
「百!?一万百じゃなくて!?百!?」
顎ヒゲが上下した。
力強い頷き。
「これは私から頼んでるんだ…。君、筒が欲しいんだろう?筒は君にとって絶対に必要だ。その邪魔はできない。」
「うん…。じゃあはい。」
ナギは訝しげな表情で百エンテを手渡す。
木箱を受け取った。
男性は目に腕を当てていた。
顎ヒゲが歪む。
「お買、い上、げい、ただき…ありが、とうっ!ご、ざい、、ます!!」
「うん。こちらこそありがとう。」
笑顔で言うナギ。
瞳には光があった。
袖で目を拭った顎ヒゲに肩を掴まれる。
鼻先に迫る目は真っ赤だ。
「か、覚悟を持って死ぬよりも、とにかく生きて世の中に関わる方が大事だからな!」
「えっ、うん。わかったよ。」
顔色が変わっていく男。
「……わっ私はお客様に何てことを…!すいません!」
(何を言ってるんだろう...)
肩から手が離れていく。
ナギはキャンディが入った木箱を布袋に雑にしまう。
男は鼻を何回か啜ると、落ち着いた声で言った。
「西の大通り沿いにトルコストアという店があります。行ってみてください。店の前にベンチが置いてあるからすぐわかるはずだ。もしかしたらそこにあるかもしれない。」
「ありがとう。行ってみる。」
扉に手をかけながら顔だけ後ろを向いた。
笑顔で言う。
「またのご利用!お待ちしております!」
閉まる扉に合わせて溌溂とした声が遠のいていった。
「どーした?」
「トルコストアって知ってる?店の案内してくれてたんだ。」
アースにそう告げながら、猫のシルエットの看板を見る。
〝アニャマート〟。
そう書いてあった。
ナギは〝やわくなれ〟を手に入れた。
*
道具屋巡りを終えヤマカミの事務所に戻る少年二人。
魔法筒はトルコストアでも売り切れ。
若い女性が恐縮しながら説明をしてくれた。
「筒、なかったな。」
アースが小石を蹴りながら言った。
「ドミヌス攻める他の人が買ったのかもね。遅かった。」
「ナギ、余ってたら分けてくんね?」
「ごめん、僕も少ないんだ。練習で使っちゃってたから。カツカツ。」
「だよな~、悪い悪い。」
事務所に近づくと、入り口の前にハイビスカスが大量に散っていた。
「何だこりゃ…。」
踏まないように避けながら入り口に近づく。
ヤマカミのどちらかが拾い集めていた。
「ヤマさん、どうしたんすか?これ。」
アースが女に近寄った。
(なんで違いがわかるんだよ…。絶対に勘でしょ今の…。)
「なんだろ、誰かの悪戯じゃない?」
通り過ぎようとするとヤマが声をかけてきた。
「ナギ君、明日は私とだから。よろしくね。どっかデートしにいこっか。」
愛想笑いをしてかわす。
不気味に散っているハイビスカスを拾うヤマとアースを一瞥し、一人で事務所に入って行った。
ドミヌスとの抗争まで後七日であった。




