第62話/覚悟の砂浜/Limited_NAGI
ドワンの激昂を浴びた直後。
砂浜に隣接した木々の密集地帯を歩くナギ。
宿屋から離れるように街の西側へと暗闇を彷徨っていた。
時折、木に向かって低い蹴りを思いっ切り放つ。
足に伝わる痛みで思考が湧いた。
(キューを助けなくちゃ。)
布の袋を担ぎなおして顔を上げる。
魔法を使って木の枝に移動した。
今まで手付かずだった記憶を呼び起こす。
(コロンが襲ってきた時、僕は甘かった。相手の事を考えちゃだめだ。向かってきたら倒さないと。)
言葉を変える。
(…殺さないと。)
冷徹にならなければいけないと律すると、グローブ・Kの人間達が頭に浮かんだ。
(もし…。)
打ち込みに付き合ってくれたウォッチの呆れた表情。
殴り合いの前にアドバイスをくれたドンドラの静かに燃える目つきが頭に過ぎる。
呆れた表情のウォッチが屈託のない笑顔に変わっていった。
(もしじゃない。絶対にそうだ。関わってないだけでドミヌスの中にも良い人達はいる。ちゃんと知り合ってたら仲良くなれる人達も絶対にいる。でも殺さなくちゃいけない。)
近くの木が高音で軋んだ。
ストリートファイトをしながら自分を偽っていた自身を思い出す。
ルントに言われた〝嘘〟について。
そのままの声で脳内に響いた。
(グローブ・Kの人達にはたくさん嘘ついた。ダガヤ・クルーの人達みたいに仲良くなれたのかもしれないのに。でも…。)
サディナの家に忍び込んで読んだ〝トマト太郎〟が浮かんだ。
(相手を気絶させれば終わりなんて。謝ってくれたら許すなんて物語の世界だけの話だ。相手は何度でも向かってくる。)
歯を食いしばる。
力強く目を瞑った。
(コロンの時!なんで物置部屋に居た奴らを逃がそうとしたんだ!なんで気絶してる奴を殺さなかったんだ!最後はあいつのせいで負けた!……落ち着け落ち着け。そうじゃない。勝ち負けじゃない。)
座り直して息を吸った。
ミライ君が脳裏に過ぎる。
(謝ったり…逃げた程度で僕が相手を許すなら、僕が最初から戦いに参加しなければいい。逃げたフリしてくる奴らもいるだろうし。徹底的にやらなくちゃだめだ。逃げても何故か追われるし…。なんでサファって襲ってきたんだろ?リサのせい?あいつがなんか言ったの?もう関わらないでよ…。)
両手でこめかみをぐっと押し込んだ。
(グローブ・Kはたしかに荒くれ者だった。荒くれ者っていうか…一歩間違えたら普通に殺されるんだろうなって思った。そういう…なんていうんだろ…。尖ってる感?それはたしかにあった。でもあの人達は殴り合いの時にルールをちゃんと守ってた。)
脳内でブーザーがナギからもらった金を見せびらかしてきた。
(ブーザーはともかく…。それ以外は全員が守ってた。僕がまいったって言ったらちゃんと離れてくれた。まいったって言っても殴り続けてきたのはタリフと股間を蹴ってキレたブーザーくらい。でもそれもずっとじゃない。きっとドミヌスの人達もそういう人がいるはずだ。でもやるからには…。そういう時が来ちゃったら命を奪わないといけない。)
頭の中のブーザーがナギに股間を蹴られた。
(グローブ・Kよりも僕の方が悪者じゃないか!ズルしないと勝てない!エヴィの時だって魔法使っちゃったし!ズルしても勝てないじゃないか!なんでこんなに弱いんだ!)
グローブ・Kに支払った総額は〝一万八千エンテ〟。
ダガヤ・クルーのカウンターの仕事とミライ君からもらった意味不明な参加料で〝カツアゲされた二万エンテ問題〟は解決していたが、そのほとんどをグローブ・Kに突っ込んでいた。
目の白い部分が夜の暗闇を吸い込むかのように、ぼんやりとしていく少年の顔つき。
(大金を支払って得たもの…。知った事…。僕は半端なく弱いって事。自分が思う〝ギャグ回〟にも勝てない。僕は自分が思っているよりもずっと弱い。一回くらいはちゃんと勝てると思ってた…。っていうか体格の差があり過ぎて無理なもんは無理でしょ。掴まれたら終わりじゃん。〝眉毛がなかった男〟に勝ったのはマグレだし…。もう認めるぞ。僕は弱い。そこからもう絶対に逃げない。もしかしたら勝てるんじゃ…とか、相手が見逃してくれるんじゃ…とか考えるのやめよう。正しい練習とかも大事なんだけど、僕は弱いから、その地点から色々考えよう。弱いから相手を殺さなくちゃいけないし、弱いから仲間…アネットもどっか行っちゃう。でも〝それでいい〟から。そこからちゃんと考えよう。)
微かにリサの声がした気がした。
顔を歪めながら立膝の体制になる。
(弱いからいけないんだって言われても。しょうがないだろ。)
木を殴りつけた。
拳に走る痛みで冷静になる。
(コロンもサファもなんで僕を殺さないんだ?わざわざ復讐されるような事して。僕が弱いから?徹底的にやればいいのに。)
リサ然り、ミライ君然り、さっさとハッキリさせればいいものをダラダラと引き延ばす執着的な態度、全く会話が成り立たない状態を〝リサ状態〟改め〝ミトハロ節〟と名付けた。
思考を戻す。
(キューを助けないと。どうやって助けよう。ドミヌスに突っ込んでいっても負けるだけだし。リサ…あいつ何やってんだ!)
浮かんでしまったリサを脳内で殴り飛ばす。
化け物は掻き消えた。
(ダーガに線を引かれちゃったから。こっからの判断は後手だ。)
それを読んでさらに先手を取ったであろうルント。
落ち着いて目を瞑る。
話してくれた事を片っ端から思い出しまくる。
魔法の練習はアネットがひっきりなしに浮かんでいたが、弱さに向き合った時に出てくるのはいつもルントだった。
聞いた事もない鳥が悲鳴のようにひとつ鳴く。
アイテムポーチからルントからもらった手紙を取り出して木の枝から降りる。
砂浜に向かって歩き出す。
その辺の枝を何本か魔法で燃やし、手紙を何度も読み返した。
火が消えると再び枝を探して燃やす。
さらに読み返した。
暗闇から波の音が不気味に耳を撫でた。
何回目かの枝が燃え尽きた。
顔を歪めながら手紙を砂浜に置く。
唇を一度強く噛むと〝もえろ〟と発声した。
(ごめんねルント。もし荷物が奪われて僕が勇者だってこの手紙で気づかれたらもっとめんどくさい事になりそうだ。僕、絶対に手紙の内容、忘れないから。本当にごめんよルント。)
目元をシャツの袖で拭う。
手紙を食べていく火をまっすぐ見つめる。
少年のミトハロへの挑戦が始まった。




